第2話 一方通行

 カーテンの隙間から覗く陽の光で目が覚めた。外から雀がちゅんちゅんと鳴いているのが聞こえる。

眠たいなあと思いながら寝返りをうつと、隣には1人の少女。


「昨晩はお楽しみでしたね♪」


 リンフィは微笑む。


「え」


 どうしよう、何も記憶が無い。

昨日はき、キスしてそれで帰って……あれ、その後……


「そんなに動揺しないでくださいよ、嘘です。もしかしてやましいこと考えちゃいました?」


 リンフィは小馬鹿にしたように笑う。


「失礼な……ていうか、勝手に部屋入らないでよ……」

「いえいえ、きちんとお母様に許可取っておきましたよ。婚約者なのですから、もちろんOKして下さりました。……まあ、ここに来ればやることはひとつですよね。そう、キスの時間です」


 そう楽しそうに笑うと、リンフィはベットに座っている私を押し倒した。


「ちょ、ちょっと……まだ朝……」

「その言い方だと夜ならいいってことになりますよ?」

「ちが……」


 違う。と言おうとした私の口をリンフィはキスで塞いだ。

昨日のを思い出して顔が熱くなる。

すると、リンフィは昨日よりも短いキスをして終わった。


「約束の1回、もう終わっちゃいました……」


 昨日3回くらいやってた人がよく言うものだ。

……まだ顔が熱い。私はまだ何かを求めているんだろうか。


「物足りないって顔してますね。まあ今日はゆっくりお庭の散歩でもしましょうよ」

「そ、そんなこと思ってない……!」


 失礼なやつだ。私はそんなに欲張りじゃない。

……なのにこの期待の気持ちはなんだろう。



「……んー、外は気持ちいいですね~」


 リンフィが大きく伸びをする。


「そうだね。外、久しぶりに出たかも……」

「たまには外に出ないと体に悪いですよ。毎日外に連れてってあげましょうか?」

「遠慮しとく。外苦手だし」

「え〜……」


 リンフィが残念そうに肩を落とす。

庭園はいつも通り気持ちの良い明るい日が差していて、私たち2人を見下ろす。

ふと横にいるリンフィを見た。さっきとは真逆に、今は上機嫌な様子で歩いている。風でリンフィの長い銀色の髪がなびく。赤い瞳がキラキラと輝く様子を見ると、リンフィは本当に美人な子なんだと思った。

なんで私がリンフィに見惚れているんだろう。それの答えも、今はまだ何も分からない。


「……ねえリンフィ。今度2人きりで泊まりのお出かけをしない? 2人きりって言ってもメイドがいるんだけど……多分、許可は取れると思うんだよね」

「お出かけ……ですか。ちなみにその泊まりでって言うのは、狙ってるんですか?」

「な……ッ!! ち、違う! そんなんじゃない……!」


 私は慌てて否定する。気づかなかった。そうだ、リンフィはこんなことを平気で言う人だ。


「……まぁ、ミアリスがそんなことを考える人じゃないって言うのは分かってますよ」

「そ、そう。ならいいんだけど……」

「でもそのお泊まりデート、楽しみにしておきますね♪」

「私も……」


 そもそも許可が降りるかも分からないんだけど……。


「とりあえずお母様に聞かないといけないからその報告まで待ってて」

「……なんか、ミアリス今日は昨日より素直じゃないですか?」


 不思議そうな顔で首を傾げて聞いた。


「私はいつもこんなだよ」


 昨日のキスのせいでリンフィを余計に意識しているって言うのはあるのかもしれない。


「キスされて満足したんでしょうか……」

「だからそんなんじゃないって~。私そんなにキスが好きなわけじゃないし……」

「昨日は「もっと……」って満更でもない感じでしたけどね」


 リンフィが私の真似をして顔を覗き込んむと楽しそうに笑った。


「もう! それは忘れて~! 恥ずかしいから……!」


 あれは……なんていうの、口から勝手に漏れたというか……とにかく私が本当に思って言ったことじゃないのに……。


「でも、この私だけが一方的に好きなのも悪くないですね。ミアリスはまだ私を好きじゃないので、好きになるまでとことん攻める。これがいいんですよ」

「よ、よかったね」


 それだと私は別に好きにならなくていいんじゃないかな……。それとも好きになるまでの過程だけを楽しみたいんだろうか。

よくわからない。


「それでもいつか、ミアリスを私の虜にさせてみせましょう!」


 リンフィがガッツポーズをとる。

そして私たちは庭園のベンチに座って話を続けた。


「正直私はリンフィのことどう思ってるのかも分からない。けど、なんか昨日からモヤモヤするんだよね。キスの時とか」

「やっぱり物足りなかったんですか?」

「違うって……!」


 何回言えばわかるの!? ……あぁ、だめだ、リンフィはこういうの通じない。


「私とキスしたくないんですか……?」


 リンフィは子犬のようにうるうると私を見つめる。

ずるい。そんなの否定できない。


「ちがう、けど……」


 私は恥ずかしくなって顔を逸らす。


「じゃあ遠慮なく……」


 リンフィはニコッと笑うと朝のように私に顔を近づけ唇を2秒ほど重ねて顔を離した。


「な……」


 なんで。口から出かけたこの言葉に疑問を感じた。どうしてこんなこと思ってしまったんだ。


「……どうしました?」


 リンフィはニヤニヤと笑っている。

私はリンフィを好きじゃない……はずなのに、なぜかもっとキスをして欲しい、なんて考えてしまう。こんな私を押し殺したくて仕方が無いのに、その言葉はすんなりと私の喉をとおった。


「な……んで、昨日みたいにしてくれないの……」


 言った。……言ってしまった。こんなことを言ってしまったという感覚に羞恥心で潰れそうだった。


「ふふ、待ってましたよその言葉」


 リンフィはベンチから立ち上がり私の肩の辺りに手を着いた。

リンフィの長い髪がカーテンのように私の視界をリンフィだけにする。そんな中リンフィは愛しそうに私を見つめていて、私は顔を逸らしたくてもできない状況にいた。

そしてリンフィが食いつくようにキスをする。昨日のように私の口を舌が這い、音を立てる。頭が蕩けていくのを感じた。

昨日の満足感と気持ちよさが頭の中に広がっていく。


「……ん、ふ」


 声が漏れるのも気にせずに私もリンフィに舌を絡ませた。キスをしている時だけ、こんなにもリンフィを求めている。

私は酷いやつなんだろうか。好きじゃない人と、こんなことして、自分から求めて。

そんなことするくらいなら、私がリンフィを好きにならないと。

毎日こんなことを期待して、私はきっと欲張りなんだ。

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