剣になれ
冷静に考える。相手は武装していない。武装していたとしても、こちらの最終的な攻撃手段は威圧だ。防具では防げない。
完全な暗闇なら、視覚ではこちらが有利だ。双方、身体強化なしで戦う理由は殆どない。となれば、少なくとも俺には見える。魔素視対策で身体強化を捨てるとは考えにくい。損失が大きすぎる。
攻撃された場合はどうか。人間なら急所にあたる部位のかなりを俺は甲殻で防御できる。むしろ甲殻が無い部位を挙げた方が早い。顔と頭と前腕だな。
身体強化なしの攻撃であれば、甲殻で受ければ殆どダメージにならない。身体強化を使われてもこちらも同じように強化すれば、一発で昏倒はまずない。刃物も多少なら受けられる。
人間だと誤認させるために認識阻害の外套を着て侵入し、威圧をかける前に脱ぐのはどうか。認識阻害と威圧は正反対の関係にある。両立はできない。
俺を人間だと思わせるなら、最初の攻撃は甲殻で受けられる可能性が高い。格闘術の心得はないが――人間同士の近接戦闘で相手の無力化を第一とする場合、真っ先に狙うのは首か魔臓か。ゴロツキの喧嘩ではない。顔面を殴りにいくのは素人のやることに思える。相手は訓練された軍人だ。
いや、そもそもだ。相手は俺を攻撃する必要がない。何かこう組み伏せて、俺が目を合わせられなくしてしまえば威圧はかなり軽減される。最悪のケースだ。甲殻という有利もなくなる。俺に接近するために素手でやりあう理由もない。
相手は勝手知ったる自宅だ。椅子や机を投げるなりできる。モノが少なそうなのは幸いか。今は夏、厚い布団が手元にある可能性も低い。
攻撃しなければならないのは、むしろ俺の方なのだ。
外套は無しだ。初めから全力で威圧の機会を狙う。こっちは素人なんだ。やるべきことはできるだけ単純にする。それに、魔枝を効かせるには印象が重要だ。ハッタリでもいい。強い者を演じる必要がある。これは人間の闘いではない。魔物の、魔獣の闘いだ。
フェムを武器として使うのはどうか。フェムは杖であって武器ではない。視覚を補助するための形状だ。細く、長さは130センチを軽く超える。折れることは絶対に無いと信じているが、この長さが仇となり素人の自分が室内で武器として取り回すのには向かない。今は利き手が殆ど使えないのも厳しい。
先端であれば、多少の形状は変えられる。刃をつけるのは難しいが、鋭くはできる。
「フェム……剣になれ。どんなものも貫く鋭さを」
片手で使うなら――距離のあるうちは突き、近距離なら縦に刺す、か。ほぼ垂直に構え、力任せに地面に刺してみる。身体強化を使っていないにも関わらず、フェムは地面に深く突き刺さった。これなら、強化ゴリラ相手でも傷を付けられそうだ。
アレイナはああ言っていたが、怪我をさせるのはやむをえまい。相手は強化属性の魔物混ざり。生命力に期待する。大きな怪我をさせることなく相手の自由を奪うのなら、足でも狙いたいところだが、動いている相手の足を攻撃できる気はしない。
やるなら、俺に確実に見え、当てやすく、命に別状がなく、有利の取れる場所だ。
――魔臓か。
魔臓だけは、身体強化を切ろうが俺には見える。
腕や足、他の何が見えなくとも、魔臓だけは見える。
魔臓を突けば、魔素操作が乱れる。一瞬でいい。その隙に、威圧を入れる。
魔素操作は根底の技術だ。だからこそ、無防備な魔臓を攻撃できることなど、通常はない。
魔臓は正面から狙えば、ぎりぎり肋骨で守られていない位置にある。奥までブッ刺しても巻き添えを喰らうのは肝臓くらいだ。運悪く大動脈を引っ掛けない限り、すぐに命に別状はないだろう。
半身に構えられるだけで狙い難くなるから、不意打ちが通じるのは最初の一手だけだ。
不意打ちに失敗したなら、暗闇の中で逃げ回りながらフェムで執拗にチクチク攻撃だな。腕や脚を取られたり距離を詰められると勝ち目が消える。フェムであれば、取られても再顕現すればよい。
俺は無駄に硬い。ゆえに打撃に走りたくなるが、ゴリラ側はそれに付き合う理由が全くない。これを忘れてはならない。
方針が決まった。
アレイナに認識阻害の外套を着せ先に侵入、灯りを消させる。認識阻害とアレイナの術の相乗効果は高い。アレイナ自身にも多少の危険はあるが、協力はしてもらう。
俺が部屋に入ったら、こちらだけが見える暗闇で、不意打ちを仕掛ける。近づかれる前に、攻撃の瞬間に顕現させたフェムで魔臓を突く。威圧は初めから全力でかける。
「今日はしばらく剣術ごっこだ。頼むぞ」
一旦、フェムを消す。フェムはかしこい。次に呼んだときには、剣術ごっこを楽しめるだろう。
「……戻りました」
突然、声がした。様子見に行かせたアレイナが戻ってきたのだ。これはやばいな。風向きもあり、声がするまで全く気づかなかった。認識阻害の外套を着たアレイナは、俺には殆ど見えない。
今はフェムを引っ込めている上に、アレイナは足音や衣服がたてる音を消せるのだ。この組み合わせは俺には効く。禁じ手にしたい。味方で助かった。
「予定通りでいきましょう。暗いため、直接に確認はしていませんが、窓は開いています。風鈴の音がしました」
「風鈴?」
「あまりに殺風景な部屋なので、私が買ってきたのです。火箸の独特の響きなので、聞き間違いはありません。このような形で役に立つとは予想外でしたが……」
新月の夜に風鈴の奏でに紛れ、奇襲する。どうして詩的ではないか。風鈴を鳴らすだろう、この夜風もなかなかに心地よい。
攻撃手段をアレイナに教えるべきか。正直、反対されてもおかしくはない。西方諸国にはいるという魔臓のない者が死にはしないように、魔臓そのものは生命維持に必要ない。心理的にはどうか。魔素や魔臓を目で見ている俺とアレイナでは、この攻撃に対する忌避感が異なるはずだ。
まあ、他に取れる手段も思いつかない。要点をまとめ、姿の見えないアレイナに伝える。
「その外套はそのまま着ておけ。今のアレイナは俺には見えない。それによる不測の事態があれば、アレイナの判断で脱げ。フードを被って目を逸していれば、原理的に威圧を軽減できる筈だが、戦闘に巻き込まれるようなら脱いだ方がいい」
「はい」
「予定地点からは、先行を交代。室内へはアレイナが先に侵入し、灯りがあれば消す。机と寝床があるのは向かって左側だ。動線を確保するために、窓は右側を全開させる。カーテンも開けろ。視認性を優先したい。準備ができた、もしくは緊急事態なら、指先を身体強化して俺に合図。合図する位置は窓から標的までの動線上を避け、そこからできる限り動くな。動くと巻き込む可能性がある」
「了解しました」
俺の手が触れる先、アレイナが歩を進める。
新月の下、俺たちは作戦を開始した。
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