くだらない小説

ジャンパーてっつん

くだらない小説

今日俺はここにいるカマキリゼミのメンバーを全員この場でめった刺しにして殺す。


「えーであるから、私の結論は…」

とコオロギの露木尾の野郎がくだらない発表をしている。

ゼミの教室は黒板に向って長机が垂直に設置されており、生徒は向かい合うように座るよ

うになっている。

それゆえ、パノプティコンの牢獄のように、こうして座っている間も誰かが自分を見ているかもしれないという疑心暗鬼を感じるのだ。

他のカマキリゼミのメンバーは露木尾の発表をさも分かったようなふりをして真剣に聞いていた。

気色が悪い。

なぜなら誰もかれもこの場で学術的な発表を行っているのだという形だけの環境に酔いしれているからだ。

カマキリ教授はパソコンをみていた。

「えー以上が私の発表になります。質問のある方いらっしゃいますか。」

と露木尾が言った。

先ほどまでの皆の露木尾に向ける真剣な視線は何だったのか。

ゼミメンバーはそしらぬふりをして誰かが質問をするのを待っている。

「誰もいないの?質問は大事だよ。質問は」とさっきまで画面に夢中だったカマキリ教授が思い出したかのようにメンバーに向って言った。

教授はゼミ生の話など正直全く興味がない。

自分の研究を行うために大学にいすわる必要があるから、形だけのゼミを運営しているのだ。適当なタイミングで学生の論をつついては、箸にも棒にもかからないような知識を披露して、これから社会に出る君たちはなんていうくだらん警句を時折口にする。

「えとー私の発表が難しかったかと思うので少し補足をしますとー」と露木尾が空気を読んでつづけた。

ふざけるな。

ただでさえくだらない貴様らの茶番をまだ続けるというのか。

俺はイライラして同じ気持ちのやつはいやしないかと存在しない仲間をさがすためにあたりを見渡した。

すると期待通り、メンバーはほっとした表情で露木尾の次言葉を待っていた。

畜生目が。

俺は机の中に入っている先のとがった小枝をちらりと見た。

昨日、帰り道に見つけた小枝だ。

家に帰って小石で先をとがらせておいた。

どこにでもあるようなものでさえ、我々虫にとっては殺傷能力のある凶器となる。

このままここにいる全員を殺す。

露木尾から順番にカマキリの野郎、バッタの殿田、蟻の佐藤…ここにいる全員の腹部にこの小枝をぶっさして触角をもぎ取ってやるのだ。

俺がここまでに気が狂うのにはまっとうな理由がある。

俺は、貧しい環境に育った。

貧しいというのは、虫の俺にとっては食べるものが少ない環境というべきか。

俺の住んでいた町はとにかく人工的な構造をしていて、あるのは固いコンクリートとその上をたたきつけるように歩く外套にくるまった人間たちだけだった。

おまけにこの町に住む人間はとても神経質なやつばかりときたものだから、俺が食えるようなゴミは一つもなかった。

たまに風で飛ばされた何やら字のびっしり詰まったグレーのくしゃくしゃっとしたくずが町なかをひとりでにころころと流れているのだが、試しにこいつをかじった日には俺は死にそうになるぐらい腹が悶え、吐き気と頭痛が3日ばかしもきえることはなかった。

ではなぜ虫の俺が食えるゴミとやらをしっているのかって。

それは時たま俺の住む通りをgarbageと書かれたどでかい鉄の塊が猛スピードで通り過ぎていくのだが、その塊が通った後には思わず腹に住むもう一匹の相棒も舌なめずりをするような甘美な香りがぷんとただよっていたからだった。

俺はこの町に一番似つかわしく無い生物である。

どしてこんなところに生まれてしまったのか。

おそらくこれは俺の推測なのだが、母親の腹についた卵の一つが偶然にも風にさらわれ、母にとっては幸運にも、ダストの上に傷ひとつなくたどり着き、俺にとっては不幸にもその上で孵化してしまったのではないかと思う。

今では知る由もないのことだが。

とにかく俺は、何とかその日暮らしで生き延び人間たちが靴の隙間から時おり落とすわずかばかりの彼らの足の角質を頂戴するような生き方をしていた。

ほんのたまたに限界という言葉をしらないバカな鳥がこの町に住む俺にお前は食う価値もないといったような哀れな目で見下ろしながら、口からこぼれんばかりにほおばった何かわからぬ死骸のようなもののカスを天から与えてくれることがあった。

後にそれはウジと知ることとなる。しかしバカな鳥もそう都合よく通るわけではない。

もういっそウジなど落としてくれなくていいから俺を食べてしまいに来てくれと何度おもったことか。

とにかく俺は何とかして毎日を食いつないで、それもたった一人で生き延びてきたのだった。

だが、そんな俺も希望を捨てたわけではなかった。

もうかねてから、隣町のピザ屋の路地裏にカブトムシ大学という虫たちの学校があるという噂を心優しい秋風の男爵から教えてもらっていたのだ。

男爵によると、そこでは効率的なえさの探し方、住処の確保や我々の体の構造について、驚いたことに、人間のころし方まで、虫類の英知を余すことなく学べるというのだ。

俺はなんとかしてこのカブトムシ大学で学べないかと考えた。

結果的に、おれは壮絶な道のりを乗り越えたびたびの犠牲を払いながらも、その大学にたどり着くこととなるのだが、その話はここでは割愛する。一つだけ言うとするならば、俺は大学までの道すがらくたくたに疲れてフラフラの状態の中うっかりコンクリートのすきまに右中腕を挟ませてしまい欠陥してしまったのだ。

とにかく、俺はそれほどの犠牲を払う覚悟をもってして大学にいくことを決めていたのだ。

そして神の系譜とでもいうべきか奇跡的にも俺の人生を変えるべき新境地に達することができたというわけだ。

入学後俺はカブトムシ大学でもとりわけ効率的なえさの探し方をまなべる干し草学部カマキリゼミというものに所属した。

これで俺はあのみじめな街に戻らなくて済む。

飯の心配をする必要もなければ、明日を迎える喜びを人並みに、いや虫並みにかんじることができるようになったんだ。

俺は今までの壮絶な生活の日々を振り返って言葉では到底表すことができないほどの感激と希望と祝杯の気持ちでいっぱいだった。

ところがふたを開けてみるとその内情は、先輩たちが残した過去の栄光にすがり、絶望などみじんも味わったことのない常に肥えた腹を身にすえたエリートを気取るあほ面どもたちより集めにすぎなかった。

要はこのカブトムシ大学というのは夢に見たユートピアとは程遠く、生まれてからぬくぬくと安全の中で暮らしてきた高等遊民ならぬ高等裕虫たちの巣窟だったわけだ。

カマキリ教授の前では皆ご機嫌取りで純朴な学生を演じているしまつである。

これではいとも簡単に他者にこびへつらい自分の利益を心配をすることしか脳に詰まっていないどこかの人間と同じではないか。

明日の飯もくえない環境にいた俺にとってはそうした甘ったるい虫関係に、気の狂った腹の相棒がこれみよがしに俺の体を駆け回る感触と同じものを感じていた。

どうにも全てが気に入らなかったのである。

なぜおまえらは元来めぐまれた環境にいるにもかかわらずバカなふりをするのか。

なぜ変化を拒み温かい場所でぬくぬくといられるのか。

明日にでも人間にぺちゃんこにされて死ぬかもしれないのだぞ。

たしかに、この辺りは裏通りということもあってか人間の存在は俺たち虫に取って脅威にならないほどに数少ないものだった。

が、俺たち虫はたとえそのような場所にいるときでさえ、自分たちがちっぽけで哀れな存在であるということに変わりがない。

だが、この場所では俺はほかの虫にとっては嫌悪の対象、いわゆるバカだったのだ。

適当にエリートを気取るやつらは確かにエリートをきどるだけの教養があり学問に精通していた。

対して俺はせっかく過酷な思いをしてまでここあでたどり着いてきたというのに勉強はろくすっぽできず、かといって目の前の安全を素直に享受することもできずに、かつての過酷な環境で生活した日々の鬱屈とした思いを奴らに対する劣等感にどばどばと注ぎ込み、常に強烈な批判と怒りに身を震えあがらせているだけだった。

しかし俺にとってみりゃやつらの態度は安全を盾に現実から目を背ける怠惰の極みに過ぎない。

教養もなく勉学も取れず、この大学にいて全くの価値を見出せない俺にとっては、俺の吐く言葉は全てやつらにとってはたわごとにしかきこえないのだが。

しかし俺は、力のあるくせに現実からめをそむけぬくぬくと今の立場に甘んじる何もしない奴の方が、バカでも現実に抗い、もがき苦しむだけでいるやつよりも、よっぽど無価値な存在だと考えている。

少なくとも俺は現実という壁に向き合っている時点で十分苦しんでいる。苦しむというのは生み出すということだ。何かを生み出すには苦しむ必要がある。今はまだ何も生み出せていなくても、苦しむということはもはや生産活動なのだ。

それでいてもまだ、やつらをバカにしている自分こそがこの社会からはバカにされているということは非常につらい。

しかし、こんなぬるま湯にひたって何が楽しくて生きていかなくてはいけないのか。

そして俺はどうしてここでもまた生まれてくる必要のない虫えあるということをここまで徹底的に自覚しなければならないのか。

世の中は全く不平等だ。

世の中に生きているやつは全員、意地悪で自分のことしか考えておらず、自分の体裁と利益だけを求めている嘘つきだ。

俺は嘘つきが大嫌いだ。

しかし、生きていくには嘘つきの中でうまくやる必要がある。

俺はその嘘つきにもなれない。

もうどうなってもいい。どうせ俺は生まれる予定のなかった存在だ。

嘘つきには俺の主張など到底通じない。

制裁でもって俺はやつらに主張を通すのだ。

俺は、机から小枝を取り出し手の感覚がなくなるほど強く握りしめた。

そして未だにくだらない講義をつづけているコオロギの露木尾の腹部めがけて突っ込んでいった。

ギャー―

露木尾の腹から透明の液体が噴出してドバドバ出る。

草ばかり食っているコオロギはてっきり緑色の血色をしていると思っていたばかりに拍子抜けする。

くだらんな。

おれの顔には噴出した液体がびっしりこびりついた。

カマキリ教授はふるえて腰が抜けてやがる。

ざまあみろ。

これが路肩で死に物狂いで生き抜いてきた俺様の生きざまだ。

他のメンバーは露木尾を助けてやろうかそれとも逃げてしまおうかいや、この数ならば本やら椅子やらを武器に俺を抑え込めば何とか制圧できるのではないかと未だにぐちゃぐちゃと周りの目を気にしてその場で次の行為を取れずにいた。

俺はこうなるのが分かっていた。

こいつらは最後の最後まで自分の体裁と世間の目とやらを気にしてその中での最善種を常に取ろうとしている。

たとえそう思っていなくてもこのぬくぬくとした環境で暮らしてきた体が今ではそのように反応するように本能ごと書き換えられてしまったのだ。

どうせことが終われば殺された露木尾をしのんで嘘の涙でもながすのだろう。

俺はそんな気色の悪いやつらを手あたり次第順番に制裁していった。

これが俺の生きざまだ。

ざまあみろ。

蟻の佐藤の頭部、腹部、下腹部を順番に突き刺してはその破裂の感触がくせになりかけていた時、俺は教室から逃げた何びきかの虫の中にオレの一番嫌いなキリギリスの桐山がいることに気付いた。

こいつは、普段クラスの中ではいい人をよそおっているが、自分よりも確実に劣っているもしくは自分にとって無利益だと感じた相手に対しては徹底的に屈辱的な仕打ちをする卑怯下劣な奴だった。

なんといっても一番屈辱的だったのは、俺の試験結果を聞いてあいつは、にこにこ笑いながら「カス」と言ってきたことだ。

俺自身勉学に関して人よりも数倍劣ることはこの大学にきてから痛いほどわかっていた。

それでも、俺はもといひもじい生活から抜け出すためにこの大学を目指してきたからこそいつだって全力でしがみついてきた。

それなのにこいつはそんな苦労も知らず平気で俺に向かってカスと言ったのだ。それも笑顔で。誰もいないところでだ。たわいもない話をあいつとしていた。人間の殺し方についてだ。この手の話題は虫にとっては尽きないのだが。そんな折にふとこの前の試験の話になった。

俺が何の気なしに成績をあいつにいった所であいつはニヤッとしたのだ。

体をくねくねさせてまるで俺の言った冗談に体の力がぬけるほど笑えるといった感じで笑ってきやがった。俺はもともとこいつの顔がぶん殴りたくなるほど嫌いなのだ。いやらしい釣り目でいつもヘラヘラしながらこちらをのぞくあの顔が。どうしてその時俺がこいつと話をしていたのか思い出せない。ほんの偶然だったのだと思う。

しかし偶然というのはとても残酷で耐えがたい。俺は今のような屈辱をこいつからさんざん味わってきた。

俺は教室に残っている奴らのことは無視して桐山の方に全速力で向かった。

「死ねえええ!!!」

俺は後ろから桐山に襲い掛かりめった刺しにした。

桐山は長い手足をバタバタさせて抵抗した。

ゴキブリの俺は抵抗する桐山を3本の手で完璧にとらえ、左前の手で腹部をめった刺しにしながら右前の手で羽をむちゃくちゃに引きちぎってやった。

しかし腕が一本ないことがあだとなった。

桐山は右羽を不用意にばたつかせそのばたつかせた羽が俺の眼球を切り裂いた。

「うげー。」

俺は痛みに悶えながらも、けっして桐山を離すことはなかった。

右目はもう使えない。

俺は、口顎も使いながらやつの羽を先ほどよりも激しくむちゃくちゃに引きちぎった。

しばらくして桐山は動かなくなった。

残りのやつらはすっかり逃げ押せて、この場所には唯、ぐちゃぐちゃになった桐山と俺だけを残して静けさだけが漂っていた。

俺は急にあったこともない母のことを思い泣いた。

こんなことをしてしまった俺はもう母の待つ温かい家には戻れない。

どんな時も母は俺の見方だった。

実際には存在し得なくても俺がいきているということは母は俺の中にいるということだ。

どうしてこんなことをしてしまったのだろうか。

俺の頭の中は目のまえでぐちゃぐちゃになっている悲惨な光景ではなくあったことも見たこともない想像上の母のことでいっぱいになっていた。

「お母さん。お母さん。」

俺は嗚咽交じりにむせび泣きながらもう母と暮らしていけないのだということを悟り自分のやってしまったことに強烈に後悔した。

***

「えーであるから、先ほど申し上げました通りー」

ここまでバカな妄想を膨らませていた俺の目には自然と涙がたまっていた。

くだらないな。

これではやつらのやっていることと何一つ変わりはしない。

ただ安全地帯でぬくぬくと思想にふけるだけの毎日に今では俺もすっかりなじんでしまったというわけか。

俺はこの町から去ることを決めた。

授業が終わり、俺はカマキリ教授に直接この町を去るということを申し出に行こうと思い近くまであゆみよったが、結局怖気づいてしまいその時は逃げるようにして帰ってしまった。

その旨は家についてから手紙をしたためることにした。


カマキリ教授

いつもお世話になっておりますゴキブリのブリタです。

この度はゼミを辞めさせていただきたく思いご連絡しました。

理由は、成績がどうにも振るわずゼミ活動の内容についていけなくなったからです。

私は当初、自分自身のみじめな生活と未来をかえるためにこの大学にはいったつもりでした。しかし、今ではこのゼミにおいて私自身勉学に身が入らず怠惰の日々を送ってしまっています。

私はこれ以上現実にも目を背けこのようなどちらともつかずな状態でのうのうと大学に通えるほど自分の精神が図太くできているとは思いません。

そのために大変身勝手ながら自分のためにゼミを辞めたいと思います。

今までお世話になりました。

ブリタ


***

送り元は書いていない。

返信なんて来てもカマキリの言葉に不愉快になるだけだと思ったからだ。

俺は晴れて自由になった。

あいつらなど殺してやりなんかしない。

正しくは殺せる勇気など到底なかったのだが。

一生なかよしごっこでもしてろ。

俺はピザ屋の路地裏を後にした。


***

ここまでを原稿用紙に記すと私は静かにペンを置いた。

吐き出したかった思いをつたない小説に起こしてみると以外にもあれほどまで人を恨み自分自身までをも卑下していた当時の自分の感情がありありと立ち返ってきて外海からみてみて恥ずかしくなる。

と、同時に3か月前に辞めてしまったゼミのことが少しだけ気になった。

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くだらない小説 ジャンパーてっつん @Tomorrow1102

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