第177話 ヒトデナシのロジック その三
まえがき
思いのほか前回の評判が悪かったので、急遽書き上げて連続投稿。
最新話からきた人はご注意ください。
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「い、慰謝料……? え、いや待ってください。それっておかしくないですか? 何で山主さんがあの子に慰謝料を払う必要があるんですか!? 悪いのは犯人ですよね!?」
『ええ、それは間違いありません。実のところ、この件でそいつが関与できる部分はあまり多くないです。犯人の動機の一つとして名前は挙がるでしょうが、当事者としてカウントするのは難しい。当事者寄りの第三者、ぐらいが関の山でしょう』
「俺、思い切り喧嘩売られてるんだけどなー?」
『それでも被害に遭ってねぇだろお前は。この一件で当事者にカウントされるのは、犯人、被害者である天目さん、天目さんが所属するデンジラス、車を管理してたテレビ局、ビルの管理会社、被害者その二であるビルの人間。これだけだ。お前の居場所はねぇ』
まあ、実際の被害と言われたらそれはそう。面子を潰されてるし、個人的にはガッツリケジメ案件ではあるのだけど、面子云々は基本的に現実の法の対象外だからね。仕方ないね。
『んで、慰謝料に話を戻しますが。天目さんに慰謝料を払う必要があるのは犯人です。話し合い次第では、ここにテレビ局が追加されるかもしれませんがね。犯人が所属していた企業ですし、犯行に使われた車両の管理責任などもありますから』
「……はい。それなら理解できます」
『付け加えると、ポーションもテレビ局側に用意させることもできるでしょう。なにせこれだけの不祥事です。幸いにして、天目さんの怪我はそこまで大きくない。色羽仁さんの時と違って、比較的容易に入手できることを考えれば、示談の一環として提供されてもおかしくない』
「そうですよね!? やっぱり山主さんが慰謝料を払ったり、結婚する必要なんてないですよね!?」
『まあ、はい。あるかないかで言えば、正直ないです』
ないんかーい。そこで認めたら試合終了じゃねぇかよぉ。じゃあ何で提案したって話になるんだが? やっぱりオッサン、疲れて頭おかしくなってねぇか?
『ただ、それはあくまで表面上の話です。これはどちらかと言うと、ケジメの話です。私がイメージ優先で慰謝料と言ったせいで勘違いさせましたが、これは言わば誠意の問題です』
「ケジメ……? 誠意……?」
『ええ。あなたの恋人である馬鹿は、変なところで責任感が強い。自分の事情に知り合いを巻き込んだ、それも先日の失言が原因の可能性が高いとなれば、詫びの一つもしなければ気が済まないはずです』
「まあ、否定はしない」
『んで、コイツの詫びはスケールがデカイ。本人が規格外の富豪かつ、物欲もないに等しい。だからここぞとばかりにいろいろ与えようとする。間違いなくする。元々、気に入った相手には甘い性格ですし、なによりいろいろと雑なので』
「それも否定はしない」
『ただそうなると、日本の法律が邪魔をするわけですよ。先ほど法律は建前と言いましたが、限度ってもんがあります。それに金銭関係の話題は、情報封鎖しても漏れる時は漏れるものです。だからもしもの際の保険として、体裁を整えておく必要がある』
あー。贈与関係がバレても良いように籍を入れろと。幸いにして、いまは治療とか世論構築とか、名目にできそうなもんもいろいろあるし的な? ……納得するかは置いといて、言いたいことは理解できるな。納得するかは置いといて。
『こっちはテレビ局に対する攻め口が増える。ソイツは好きなだけ天目さんに対して詫びを入れられる。天目さんは即座に健康体に戻れて、活動を再開できる。良い話だとは思いませんか?』
「いや駄目でしょう!? ほ、ほら! 離婚なんかしたら、あの子の結婚歴にバツがついちゃいますし!」
『……個人的には、慰謝料として入ってくる数億円と、バツイチの経歴など、比べるべくもないと思うんですが──』
「ちょい待ち。もし結婚からの即離婚で俺の財産を分けるなら、数億程度じゃ済まなくね? もっとイけるべ」
『……話の腰を折るな。ザックリ説明すると、分与の対象になるのは籍を入れてからの収入だ。お前の既存の財産は対象外なんだよ』
「あ、そうなん? へー。普通に知らんかった」
『今回の場合だと、お前が溜め込んでる非公式のアイテム類を売っぱらう形になる。あとは分与の割合も、当事者間の合意があれば弄り回せる。そのあたりを上手く使って調整しろ。過剰な金銭は一般人には毒だからな。数億でも怪しいことは理解しとけよ?』
「無駄に詳しくて草。離婚歴あんの?」
『んなわけあるか。警察やってれば自然と詳しくなるんだよ。ともかく、金額に納得できなかったらアレだ。霊薬とかで補填しておけ。永遠の美とかは女性に需要あるだろうし、籍入れてる時に飲ませてやれば良い』
「あー、なるほど。……霊薬系で攻めるのもありか。金銭以外の補填は考えてなかったな」
「山主さん!? なんか意識が納得する方向に流れてませんか!?」
「はっ!?」
あっぶね。シンプルに参考になる意見が出てきたからつい。霊薬云々はそれぐらい盲点だった。
『ま、話を戻しますがね。結婚歴については問題ありません。それぐらいこちらで弄ります。ちゃんとなかったことにしますので、バツイチにはなりませんよ』
「い、いや! いやいやいや!! それはさすがに無理ありません!? だって公表するんですよね!? それじゃあ誤魔化すなんて無理ですよ!!」
『普通に誤魔化せますよ? 天目さんもVTuberなんですから。一般人からすれば、結婚したのはあくまで【天目一花】というVTuberです。現実の彼女の経歴と紐づけることは難しい』
「いや、あの子はVTuberになる前にも配信者として活動してるので、その、容姿とかはネットで調べれば普通に出てきます。……私もですが」
『それも大した問題ではないですね。本名まで知られているならまだしも、容姿だけなら普通に誤魔化せる範囲内です。そもそも、この場合は大多数を誤魔化す必要なんてありません。将来の伴侶となる方と、そのご家族に知られなければ済む話です』
「うぐっ……」
うーん。これは旗色厳しめな予感。そもそも隠蔽工作を前提にしている以上、一般人であるウタちゃんさんでは分が悪すぎる。
いやまあ、俺が断固拒否すればそれで話は終わるんだけど、こういう時のオッサンってタチ悪いんだよなぁ……。俺の不興を買うのを承知で物申す時って、大抵が説得できるだけの材料を用意しているか、引くに引けない事情があるかのどっちかだからさ。
「一応質問。ネットにいる特定班の能力的に、天目先輩の個人情報ぐらいまでは突き止めそうだけど? それでも誤魔化せるんの?」
『いけるな。いくらネットの連中が優秀でも、個人の資産やら税やらの詳細までは特定できねぇよ。それができるのは国と、他国の工作員みたいな国レベルのバックボーンを持ってる連中。あとは一部の力ある犯罪組織ぐらいだ。んで、そいつらはお前に対して喧嘩を売るほど馬鹿じゃねぇ』
「出たじゃねぇかよ、その馬鹿」
『実力行使と調査は話が違うんだよ。調査に必要なのは組織力だ。んで組織力を駆使すれば、必ず頭の回る奴が気付く。そもそも、こっちだって全力で妨害するしな。……そんでよしんば諸々特定されたとしても、それを拡散する連中がいない。メディアの連中は、今回の件で徹底的に反抗できなくさせる。ネットの方は、デマと断じた上で拡散した奴を裏で潰せば終わりだ』
「あら怖い」
なるほど。分かってはいたが、こりゃそっち方面で攻めるのは無理そうだな。ちゃんと想定してる。すでに一度失態を演じているのだ。ならば、想定される穴は徹底的に潰してくると見るべきだろう。
うーん。分かってはいたが、この感じアレだな。真意を見抜かない限り、高確率で言い負けるやつだな。実際に何度かしてやられてきた経験的に。
「ま、待ってください! 正直まだ飲み込めませんが、あなたの言うことは分かりました! 私たちが挙げる不都合も、多分どうにかできるんだなってことは理解しました!! ……でも、でもですよ!? 気持ちはどうなるんですか!? 結婚ってそんな軽いものじゃないんですよ!? 私や双葉の気持ちはどうなるんですか!? そっちの都合で無視されなきゃいけないんですか!?」
「あ、そうよ。予想外すぎてぶっ飛んでたけど、そもそも天目先輩の意思はどうなんだよ? まずそこからだろ。……まさかとは思うが、そっちの事情を無理矢理押し付けようとはしてねぇよな?」
俺らがいくら話し合ったって、一番の当事者がいないんだから無意味じゃねぇか。
あと天目先輩の性格的に、慰謝料上げたいから結婚してとか言われても拒否するよね。絶対。そりゃ俺としても詫びはちゃんと入れたいけど、相手の意思を無視するのは違うし。妥協点こそ探すだろうけど、絶対に入籍云々は妥協先になんねぇよなって。
いやまあ、代わりに『目的のためにお願いします!』って頭を下げればワンチャンありそうだけど。当然ながら俺はそんなことする気はないし、玉木さんにもさせる気はない。
やっぱアレだって。こんなハチャメチャな理由で入籍とか無理だって。俺もそうだけど、ウタちゃんさんも天目先輩も納得しないもん絶対。乗り気なの玉木さんだけだろコレ。
「そこんところどうなんだ? 理論でならオッサンも返せるだろうが、これは感情の話だぜ? どう説得すんだよ、俺たちと天目先輩をよ」
『……実は、天目さんにはすでに話を通してある』
「は?」
「え?」
『ついでに言うと、デンジラスにもだ。両方とも説得済みだ』
「はっ!?」
「えっ!?」
おい待て! 何をどうやったら、こんな無茶苦茶な内容で説得できるんだ!? おかしいだろ!? まさか圧力……いやこのオッサンがそんなアホなことするわけねぇ!! 何した!? マジで何を言った!?
「ど、どどどど、どういうことですか!? 双葉が納得したって、えっ!?」
『そのへんの理由については、これから伝えさせていただきます。……ただその前に、そこにいる馬鹿に聞こえないようにしてください』
「は? おい、急に何言ってんだオッサン」
『いいから黙って下がれ。これはお前には聞かせらんない話だ。安心しろ。これからするのはちゃんとした、言葉による説得だ。色羽仁さんに対して妙なことはしない』
「……そこは信じてやるが、純粋に気になるんだが?」
天目先輩やデンジラスを説得したウルトラCがあるってことでしょ? 普通に教えてほしいんだけど。
『駄目だ。聞くな。……申し訳ないですが、色羽仁さんからも言ってくれませんか。あなたの方で念押ししてくれれば、そいつも大人しく引き下がるでしょうし』
「え、ええ……? いやその、山主さんにも関わることですし、ちゃんと説明を受けた上で納得してもらった方が良いのではないかと……」
『いえ、この部分に関しては、そいつに聞かれたら本当に困るので。とりあえず、一度理由を聞いてください。そうすれば納得していただけるはずです。その上で、そいつに伝えるかどうか話し合いましょう』
「いや、でも……」
『あと補足しておきますが、そいつは恋愛方面での主体性が完全にゼロです。入籍云々に反対しているのも、あなたと天目さん、そしてデンジラスに迷惑が掛かるからです。逆に言えば、周りが納得すれば自然とそいつも納得します。結婚とか本質的にどうでも良いと思ってますから』
「人聞きがわるーい」
あんま否定はしないけどさ。でも結婚予定の恋人にそういうこと言わんでくれない? これが原因でいろいろ不安視されたら、アンタ許しませんことよ?
『なのでこの場においては、そいつはあなたの言葉を最優先に聞きます。だからどうかお願いします』
「……わ、分かりました。山主さん、ちょっとだけ離れてもらって良いですか?」
「うす」
『一応言っておくが、五感は人並みに落とせよ? こっちもスピーカーは切るから』
「わーっとるわい」
ウタちゃんさんに言われた以上、そのへんはちゃんとするっての。盗み聞きなんてしねぇわこのど阿呆。
そんなわけで、一旦部屋の隅に移動。聴力も人並み以下に落として、オッサンとウタちゃんさんの内緒話を一人寂しく眺めることに。
『……』
「……いやでも……それは……うっ……」
『……』
「……たし……想……」
なんかウタちゃんさんの表情が急速に曇っていってるんだが? どんどん沈鬱な雰囲気になっていってんだが?
「……話終わりました」
「何言われたんですか?」
「ゴメンなさい。言えません。……そして私の方からもお願いします。山主さん、あの子と一度結婚してください」
「ウタちゃんさん!?」
こんな秒で説得させられることある!? 本当に何を言われたの!? もうなんか一周回って怖いんだけど!?
ーーー
あとがき
思いのほか荒れたなって感想。やっぱり慰謝料が紛らわしかったかしら? あと締め方?
まあ、文字数と単話更新の兼ね合いがあるので、ご理解いただけるととしか。
最初は『うぇるかむとぅー……』の部分で区切ろうとしたんだけどね。ちょっと短かったので。
あと、皆さん意外とバツイチ重く見てんですね。億単位の金と、若返りなどの追加オプションの前では些事かなって作者は思ってたんですが。
んで、以降解説。
まず玉木さんの思惑
①ポーションによる先輩の早期治療(山主向けの説得材料&ブラフ)
②治療名目での入籍とその公表(目的その一&ブラフ)
③慰謝料(山主向けの説得材料&ブラフ)
④【 】(本命&先輩、ウタちゃん、デンジラスへの説得材料)
つまり全ては④を実現させるための見せ札。④の内容を山主に気付かせないよう、いろいろそれっぽいことをぶっ込んでるだけ。もちろん、表の名目もそれはそれで目的でもあり。
あと話がとっちらかってるように感じるのは、玉木さんが馬鹿正直に話せる部分は話してるから。
嘘も誤魔化しもせず、訊かれたことも訊かれてないことも話してるから。情報の洪水を意図的に起こして、本命を悟らせないようにしてます。
そもそも前提が逆で、玉木さん(政府)に都合が良いから山主と天目先輩を結婚させようとしてるってのは間違い。
政府に致命的に都合が悪いから、山主と天目先輩を結婚させなきゃならないが正解。
このへんのロジックが無理筋に感じる人もいるかもですが、無理筋でもなんでも良いから二人に結婚してもらわなきゃいけないと考えてください。
山主もそのへんを薄ら察してたというか、利益目的の策謀の気配を感じなかったので様子見してた。そしたら一発で外堀埋められたので驚いた。
あとこれは本筋にあんまり関係ないですが、贈与税の対象になるのは貰う側です。なので下手なことすると天目先輩が税金で詰む。
とりあえず、説明はこんな感じかな? ちょっぱやで書き上げたので、いろいろとっ散らかってるかもですが。
まあ、反応次第ではまた解説します。一度時間を置いて、私もちゃんと見直してからね。
それはそれとして、これ日曜分ってことにしちゃ駄目? 駄目かな?
推しにささげるダンジョングルメ〜最強探索者VTuberになる〜 モノクロウサギ @monokurousasan
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