第178話 ヒトデナシのロジック その四

──『まさか一番反対していたはずのウタちゃんさんが、秒速で陥落するなんてなぁ……』と思いつつも、本人からやれと言われてしまった以上は仕方ない。


「んで、どれぐらいで着くの?」

「あと十五分ぐらいだ」


 というわけで、現在車で移動中。なお、ウタちゃんさんも付いてきている模様。あの話の流れで置いていけるわけがないので当然だね。


「それで何言ったの?」

「言えん」

「すいません。言えません」

「オッサンは本当に何を言ったの?」


 こんな完全黙秘の構え取ることある? しかもウタちゃんさんがだよ? オッサンなら普通にあるかもだけど、ウタちゃんさんは違うじゃん? しかも内容が内容だし。

 あんなヤンの気配すら出して、覚悟ガンギマリの告白してきたウタちゃんさんが手のひら返すって、相当クリティカルな説得材料が出てきたってことじゃん。気になるんだけど。


「……色羽仁さんもありがとうございます。改めてご協力の御礼をさせていただきたく。そして、こちらの事情で辛い決断をさせてしまったこと、誠に申し訳ございません」

「……いえ。未だに思うところはありますが、理由が理由なので。仕方のないことだと思っています」

「堂々と二人だけの会話をされて悲しい」

「お前にそんな感情はない」

「言い切ったな」


 悲しみの感情ぐらい普通にあるぞこの野郎。映画やアニメ、漫画で泣いた経験だってしっかりあるんだぞ。中学生ぐらいの時だけど。


「てか……うーん? まあ、目の前で起きたことだし、ウタちゃんさんは百歩譲って良いとしてさ。天目先輩はどうだったわけ?」

「どうとは?」

「説得した時の反応とかだよ。のせられかけた俺が言うのもアレだけど、天目先輩ってできた人じゃん。慰謝料や詫びアイテムなんて言っても受け取らないだろうし、ポーションだって別に使うほどの怪我じゃないって拒否しかねんだろ、あの人の性格的に。それでいて結婚とか離婚とかは結構気にしそうだし」

「問題ない。確かにそのへんは彼女も気にしていたが、それを含めて説得してある。しっかり慰謝料諸々は受け取ってくれるし、ポーションによる治療も受け入れてくれる予定だ」

「マジで説得材料が気になるんだけど?」


 入籍の話を頷かせるだけでもかなり難しそうなのに、追加オプションまでしっかり完備してるじゃねぇか。しかも言い方が絶妙に引っかかるという。

 いや、俺的には嬉しいんだよ? 詫びのお金や品を受け取ってくれたり、とかポーション治療を受け入れてくれたりとかはさ。……入籍云々は一旦脇に置くものとして。

 まあ、お詫びに何を差し出すべきかは諸説だし、独りよがりの押し付けにならないよう注意はするつもりだったけど。それでもポーションによる治療に関して言えば、是が非でも受け入れてもらうつもりだった。

 別にポーションで治療するほどの怪我ではないとは言え、だ。痛みを長引かせる意味もないし、日常も不便。さらにはライバー活動にも支障がでる。

 俺が抱えるいざこざに巻き込んだ以上、最速にして最大のケアを心掛けるのは必須。これは俺の心情の話である。

 問題なのは、玉木さん側の思惑に俺の目的まで組み込まれていること。入籍と治療などがセットになっている気配がするのがしっくりこない。というか、釈然としない。

 いやまあ、玉木さんの目的なんて、その気になれば聞き出せるんだけどさ。それぐらい力関係に差があるし。ただウタちゃんさんに『聞かないで』と言われて頷いた手前、無理矢理吐かせるのは違うかなって。……あとシンプルに負けた気がするし。


「いや本当になんなんだよ。気になるだろマジで……。しかも入籍だけじゃなくて、それ公表すんでしょ? それを事務所が認めてるんでしょ? 相当だよ? 既婚者のライバーさんは普通にいるけど、企業勢のライバー同士の結婚って前代未聞じゃん。天目先輩なんて、下手したら一気にライバー生命終わるじゃんかよ。それを許可するってどういうことなの?」

「それについては心配するな。公表する声明は、丁巨己テレビの人間によるテロが原因であると、殊更主張する内容になっている。あくまでお前と天目さんは被害者であり、今回のテロに対しての緊急処置的な意味での入籍であると」

「それでなんとかなんの?」

「なる。炎はより大きい炎にかき消される。炎上だって同じだよ。お前さんの結婚はかなりのビッグニュースだろうが、今回の件はそれを掻き消してあまりある。メディアの人間が私怨でテロ行為だ。それも取材情報を利用して。挙句の果てに、狙ったのは世界的な英雄の同僚。準身内だ。その声明を出せば、あの局は世界の敵になる」

「へー?」

「正義の棍棒を持った時の民衆は苛烈だ。むしろお前と彼女の婚約は、錦の御旗に変わる。というか、アレコレ工作して変えさせる。だから評判については気にするな。飽きれば興味の薄い層は去っていくし、興味のある層には社内事情の名目で押し通せば問題ない。一般人ならともかく、相手はお前だからな。離婚などの伝えた時の影響を軽く語れば筋は通せるだろ」


 通せるか? ユニコーンやアンチの生態的に、そういうネタは延々と擦り続けると……その場合は内々に摘まれるだけか。じゃあ問題ねぇな。


「……あの、山主さん。逆にお訊きしたいのですが、山主さんはあの子との結婚は嫌じゃないんですか? ほぼ強制されるような形ですけど」

「それについては気にする必要はないですよ、色羽仁さん。恋人であるあなたの前でこういうことを言うのもアレですが、ソイツは結婚という行為そのものに対して、なんの価値も意味も見出していませんから」

「へい。何故にオッサンが答えてるん?」


 ウタちゃんさんの質問だぞ? 回答権は俺のものはずだろうがよぉ。まあ、言ってる内容は否定しないけども。

 はい。ウタちゃんさんに告白されなかったら、間違いなく独身貴族ルートを突っ走ってただろう寂しい若造です。

 実際問題、わりと真面目に『結婚ってする意味あんの?』と思っていた勢だからね。なんなら現在進行形で思っている勢だよ。

 逆に法的な意味というか、解釈的な面では理解できるんだけどね。戸籍の管理とかはロジカルな理由だから。


「あなたとの交際で、ソイツが恋愛感情などを獲得できてたらまた話は違ったのでしょうが……。非常に残念ながら、その兆候は依然として見えてません。『VTuber』のように、興味があれば自分勝手としか言えないレベルで我を貫き通しますが、そうでなければソイツは他人に判断基準をぶん投げるレベルで適当になる」

「それ、は……」

「思い当たる節があるでしょう? ちなみにコレ、信頼されてるとかそんな殊勝な理由じゃないですからね? 都合が悪くなれば、力で無理矢理ひっくり返せると思っているからです。クソみたいな驕りからくる無関心です」

「果てしなく人聞きが悪い」

「事実だろうが」


 オッサンとかが相手ならともかく、ウタちゃんさんが相手の時はそんなこと考えてないやい。

 恋愛初心者がアレコレしようとしたところで、どうせ空回るだけだろうという常識的な判断じゃい。オーダーを聞いてた方が俺は楽。ウタちゃんさんは楽しい。合理的じゃん?


「一つ例え話……いや、付き合いの長さからの分析をお伝えしましょう。まず、ソイツは身近な人間に対しては、基本的に義理堅いです。……我々政府の人間は例外ですが」

「不満そうにすんなや。そっちが進んで下についたんだろうが」


 好き勝手されても止められないから、自分たちが手足として動いて、可能な限り状況をコントロールする。そう選択したのはそっちだろうに。


「……ともかく。そういう性格ですので、浮気とかまずしないでしょう。どんな美女に言い寄られようが、どんなに仲の良い女性に告白されようが、ソイツは恋人がいるからと言って断るでしょう。そういう、ある種の身持ちの固さがあります」

「それは私も思います。山主さんは、浮気なんて絶対にしないって信じてますし」


 そもそもデフォルトが性欲オフだからね俺。異性同性関係なく、恋愛そのものにも興味ないし。


「ですが、そんなソイツが他の女に手を出す場合が一つだけあります。それは色羽仁さんが納得し、許可を出した時です。相手が悪意を持って近づいていない限り、ソイツは深く考えずに受け入れるでしょう」

「……今回みたいに、ですか」

「ええ。ただ勘違いしてはいけないのが、その場合は相手に対してなんの感情も抱いていないということです。恋人という立場におり、恋愛という項目においての判断基準にしている色羽仁さんが決めたから、脳死で追従しているに過ぎない」

「ひでぇ言い草だな」

「そして新たに増えた女性を、あなたと同じカテゴリーに置くことでしょう。もちろん、最上位はあなたで、二番目の女性をその下ですがね。そこもまた律儀に、先着順で指示の優先度を付けるはずだ。もし三人目が増えるとしたら、二人目の時とまったく同じプロセスを経ることになるでしょうね」


 増えんが? そんなぽんぽん交際相手なんぞ増えんが? 二人目という形に収まることになった天目先輩ですら、期間限定の仮加入なんだぞ? 三人目なんてあるわけがないが?


「……えっと、つまり? 私次第では、山主さんの周りに女性が増えるってことですか?」

「当たらずとも遠からずですね。私が言いたいのは、ソイツの動かし方を学んでほしいってことなんですよ」

「動かし方……?」

「はい。そこの馬鹿と交際を続ける以上、必然的にあなたは世界最強の探索者のハンドルを握ることになる。これは恋愛方面に限った話ではありません」

「それは……なんとなくイメージできます」

「でしょう? そういう性格なんですよ。ソイツは興味のないことについては、滅多に自分で考えない。その場の気分で好き勝手動くか、身近にいる仲の良い人間に判断を預ける。反して、興味のあることには一直線。余程身近な相手じゃないと忠告なんて聞かないし、聞いた上で無視するなんてこともザラにある」

「これ、遠回しに俺のことディスるのが目的だったりする?」

「お前の人間性を分かりやすく語ってるだけだタコ」


 でもそれ玉木さん視点でしょ? 手足やってる人特有の偏見が多分に含まれてると思うのだけど、いかがか?


「んで、あなたはその『身近にいる仲の良い人間』に一番なるであろう人物です。それはつまり、それだけそこの馬鹿に振り回される立場になるということ。良くも悪く……八割ぐらいの頻度で悪い意味になるでしょうが」

「スゴクシツレイ」

「だからいまのうちから、私が長年の付き合いで身に付けた、その馬鹿の操作方法を伝授します」

「……あの、そういうのって、本人の前で言っちゃって大丈夫なんですか? そもそも私、山主さんに対してそういうことしたくないんですけど……」

「大丈夫ですよ。ソイツもとっくに知ってますから。それと心情については我慢してください。ペットとかと同じです。可哀想だからって理由で、大型犬をノーリードで散歩させる方が無責任でしょう?」

「ホントウニシツレイ」


 誰がペットじゃい。ウタちゃんさんが俺の飼い主とでも? やかましいわ。あとこれ、人のこと畜生扱いしてるダブルミーニングだろ。


「実際、私は何度もその方法でソイツの暴走を止めたり、軌道修正させたりしてきました。経験談として語らせもらいますが、絶対に必要です。断言します」

「は、はぁ……」

「と言っても、そんな難しいことじゃありません。やることなんか簡単で、ソイツを論破して納得させれば良いんですよ」

「へ? 論破?」

「はい。それができれば、よほどの事態でもなければなんとかなります」


 その言い方だと、俺が口喧嘩でクッソ弱いみたいだからやめてくださる?


「誠に遺憾なことですが、ソイツに対していくらしがらみを用意したところで無意味です。多少の効果こそありますが、面倒になったらすべてをなぎ倒して我を通してきます。それができるだけの力と精神性を持っている」

「は、はぁ……?」

「ですが、唯一有効なしがらみがある。それこそがソイツ自身が決めた『自分ルール』です」

「じ、自分ルール?」

「はい。まあ、美学やこだわりと言っても良いかもですが。我が強い奴は、総じて自分の中に何かしらのルールがある。ソイツもその例に漏れずってやつです。分かりやすいやつだと、相手によっては筋は通す、身近にいる人間や認めた人間には迷惑を掛けないとか」

「あぁ……」


 それ自分ルールって言うほどのことではなくない? そんなの当たり前のことじゃない? 当たり前をやってない奴が何言ってんだ的なツッコミはナシで。


「今回の件とかまさにそうです。本来なら、連絡を受けたと同時に怒りに身を任せてもおかしくなかった。ですが私が『暴れる前に巻き込んだ天目さんを治療すんのが先だろうが』と伝え、納得させたことで一時的に大人しくさせました。……あくまで、タスクの優先順位を変えさせただけですがね」


 そうだよー。こうして雑談に参加しつつも、しっかり腸は煮えくり返っておりますよー。

 ウタちゃんさんを無駄に怖がらせるのもアレだし、天目先輩に会う前に空気を終わらせるのもなって思って抑えてるけど。笑いながらも怒ってますよー。


「そんなわけで、もし今後そこの馬鹿があなたの前で暴走しそうになったら、どうにかアレコレ言って納得させてください。論理的である必要はないです。常識や法を前に出すのではなく、ソイツが納得するであろう理屈を唱えてください」

「な、なるほど……? いやでも、えぇ……?」


 クッソ困惑しとるやんウタちゃんさん。混乱させるのやめてさしあげろよ。


「私のお勧めは、やはり『義理』や『筋』とかですね。あとは『周りの人間の面子』とかもわりと有効です。このあたりを絡めて語れば、色羽仁さんならなんとかなるでしょう。矛を収めさせることは無理でも、妥協させたり一時的に止めるぐらいはできるはずです。……状況の深刻さにもよりますが」

「ルート分岐を説明される攻略キャラの気分なんだけど」

「……なんて? ゲームの話か?」

「うっそだろ反応が年寄りすぎる……」

「うるせぇぞクソガキ!!」


 いや、中年なんだからルート分岐ぐらい分かれよ。そんなマイナーなゲーム用語じゃねぇから。その反応はオッサン通り越してジジイに片足突っ込んでじゃねぇか。






ーーー

あとがき


次で起承転結の『転』か『結』ぐらいまで持っていきたいところ。

ただハイライトの部分なのでどうしても文量が増える……。だから遅れた。



なお、今回の話で重要なポイントは以下の通り。


・玉木さんはボタンの動かし方を分かってる

・ボタンは玉木さんに動かされていることを分かっている

・入籍云々については、ボタンはウタちゃんさんにすべての判断を委ねている

・ボタンの中での現在の最優先事項は、天目先輩の治療である

・基本的に、ボタンは自分の中のルールに従って行動している

・ボタンを説得するには、情や理論よりも『ボタンの自分ルール』に訴えると成功しやすい


以上。


※もっともなコメントがあったのでちょっとだけ加筆修正しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る