第176話 ヒトデナシのロジック その二
「まったくもって意味が分からないんだが? 何をどうやったら、俺と天目先輩が入籍する流れになるんだよ」
「ちょっと待ってください!? さすがに聞き捨てなりませんよ!? 何の話してるんですか一体!?」
「ほらー。うちの彼女も文句言ってるんだけど。と言うか、恋人いること知ってんのに、堂々と妙な提案してんじゃねぇよ。色ボケしてんじゃねぇぞオッサン」
『……お前だったら女囲ったところで問題ねぇだろうが。そっち方面だけ倫理観がしっかりしてんのなんなんだよ』
「単純に興味ねぇだけだわ。肉欲なんてとっくに克服してんだよ」
『知ってるよ。だから面倒なんだよお前は……』
実際苦労してたもんな、玉木さん。てかその後ろにいるお偉いさん。
無意味だと分かったから最近はゼロになったけど、高校の時とかは結構ハニトラみたいなの仕掛けられたし。
最初は誘惑ガン無視でダンジョン優先。後半には読心とかできるようになってたから、どうしようもなくなっていたという。
だからウタちゃんさんと付き合うことになったと伝えた時は、顎が外れるぐらい驚かれたのよね。交際の決め手を教えたら崩れ落ちてたし。
VTuberやってて、交流あって、告白さえすればOKだったからさもありなんって感じだけど。まあ、高校時代とは状況が違うからね。それもまた巡り合わせよ。
「だからさ、いきなり天目先輩と籍入れろって言われても困るんだわ。このままいけば、ウタちゃんさんと結婚するだろうし」
「ひゅっ……!?」
『……お前の口から結婚なんて単語が出るとは思わなかったがな。とりあえず、スピーカーにしろ。ちゃんと説明する』
それつまり、ウタちゃんさん込みで説得するつもりってことよな? なに? それができるって自信があるの? え、二股みたいなことを納得させるだけの根拠って存在すんの?
「スピーカーにしたけど……」
『あー、あー。コイツの彼女さん、聞こえてますか? 聞こえてるなら、返事をしてください』
「き、聞こえてます」
「オッサンの丁寧語きっしょ」
『茶化すなクソバカ。……まず本題に入る前に確認を。本名と芸名、どちらでお呼びすれば良いですか?』
「……その口ぶりからして、どっちも知ってるんですね」
『ええ、まあ。ご不快かもしれませんが、そういう立場なもので。さらに言えば、あなたが入院されていた時に、あちこちに手を回しもしました。お会いしたのは、少しだけでしたがね』
「……その節はご迷惑をお掛けしました。一応、ライバーとしての名前で呼び合ってるので、そっちでお願いします」
『そうですか。では、色羽仁さんと。……ああ、あの件についてはお気になさらないでください。私はあくまで、そこにいる馬鹿の後始末をしただけですから』
んー、空気がピリついてんなぁ。いや、ウタちゃんさんの方は若干引け腰なんだけど。それでも若干の敵意を向けているあたり、天目先輩との入籍云々にはちゃんとイラついてるようだ。
告白の時は愛人でも良いみたいなこと言ってたけど、やっぱり本心は別なんだろうな。まあ、あの台詞は告白がストレートに成就しないって前提があってのものだし、最善の結果で落ち着いているいまの状況だと、やはり拒否感はあるのだろう。
少なくとも、第三者からの提案だと納得できないっぽい。俺がそうしたいって言えば、多分涙を飲んで頷くのだろうけど。現状そんな気配はゼロだしね俺。それなのに横槍を入れられたら、そら不快にも思うわな。
「それで、山主さんとあの子を結婚させるってどういうことですか? 恋人として、そして親友として見過ごせないんですけど」
『そうですね。では念のため、簡単な経緯の説明から。先程、あなたのご友人……ここは呼び方を揃えて、天目さんにしておきましょうか。彼女が病院に搬送されました。幸い、命に別状はありません。一番重くて、腕の骨折ぐらいです』
「……聞こえてきた話から薄々分かってましたけど、本当にそんなことになってたんですね」
『はい。怪我をした経緯ですが、簡単に言ってしまえばテロです。あなたの恋人と敵対したテレビ局の人間が、何を血迷ったのかデンジラスの利用するスタジオが入ったビルに、車で突撃をしましてね。天目さんは、それに巻き込まれました』
「え……」
ウタちゃんさん、絶句。当然のリアクションだよね。そらそうなる。
実際、俺もいまだに信じられない部分があるし。改めて思うけどイカレてんだろ犯人。俺相手にようやったな本当に。
『で、ここから何故入籍の話に繋がるかですが。まず第一に、ポーションによる治療のため。これは色羽仁さんもよくお分かりだと思います』
「……ポーション関係の法律ですか」
『その通り。ポーションによる治療は医療行為ですので、原則として医師が行わなければなりません。ダンジョン内や、応急処置としての投与は例外的に認められてますが、今回は当てはまらない。この状況でポーションを使用する場合、莫大な金銭が発生します』
病院が所有するポーションを使用した場合は、シンプルな治療費。自分や家族が用意した場合は、ポーションの購入費。第三者からの提供の場合は、恐らく贈与税。
まあ、さすがにウタちゃんさんの時ほどの金額にはならないだろうが、それでもかなりの額にはなると思われる。
費用的には、多少の不便を承知で通常の治療を選択した方が安いんじゃないかな? それぐらいポーションってものは高い。
『だが、あなたの隣にいるそいつと入籍すれば話は別です。家族が提供する場合、金銭は発生しないでので。似たような経緯で助けられたあなたなら、理解できるのではないですか?』
「それは……」
「あ、ウタちゃんさん。そこは気にしないで結構ですよ。別にどうとでもなるんで」
「え?」
オッサンがウタちゃんさんの良心に付け込もうとしていたので、すかさずインターセプト。ったく、これだから裏寄りの人間って奴は……。
「あのさぁ。表の人間を丸め込もうとすんなっての。法律なんて言っても、いくらでも握り潰せるだろうが」
「山主さん!? あのっ、凄いこと言ってますよ!? しかも警察の人の前ですよ!?」
「問題ないです。あと、俺と交際するなら慣れてください。俺の周りは、法律が建前程度にしかならない世界です」
『あんまり堂々と言うな馬鹿! ……色羽仁さんも、これはオフレコでお願いします。まあ、慣れるべきというのは同意しますが』
「うっそぉ……」
祝。ウタちゃんさん、世界の裏側を知る。うぇるかむとぅーあんだーぐらうんど。
「んで、話を戻しますけど。法律云々は、とりあえず『ない』ものとして扱ってください。ウタちゃんさんの時とは状況も違いますし」
「そ、そうなんですか……?」
「はい。ウタちゃんさんの時は、すでに世間に認知されてしまってました。でも、今回は違います。──そうだろオッサン」
『……ああ。ことが起きてから、まだ一時間も経ってないからな。誤魔化しはいくらでも利く。それは否定しない』
「……マジでさっきじゃねぇか。そのわりには静かだが。チャットも入ってこねぇし」
『デンジラスの方には話を通した。情報については止めてもらっている。メディアにも手を回しているが……ことがことだ。どうも根回しする前から、自主的な報道規制を敷いていたっぽいな』
「はっ。普段は無駄に声がデカイ癖に、都合が悪くなると途端にだんまりか。それが余計に自分たちの首を絞めてるって分からんのかね?」
いや、分かってたらこんなことにはなってないか。知ってる。
『ま、ともかくだ。そんなこんなで、詳細はまだ出てないな。ネットでは騒ぎになってるが』
「え、マジで?」
「あ、本当だ……。丁巨己テレビでトレンドになってる」
うわガチじゃん。近場にいた人間がSNSに上げたのかな? 写真もあるし。……てか、これ社用車じゃね? 車にロゴ入ってるし。
「これ、テレビ局もう終わりでは?」
『これから終わせるんだよ。だからお前さんには、天目さんと籍を入れてもらいたいんだ』
「……というと?」
『確かに現段階では、隠れての治療は容易さ。彼女が運ばれた病院も、こちらの息が掛かってる場所だからな。誤魔化しなんていくらでも利く』
「だろうな。ネットにも詳細な情報は出てないみたいだし」
『だが、ここはあえて誤魔化さずにいく。ポーション提供の名目で籍を入れ、その事実を公表するんだ。テレビ局の人間がテロを行ったことも添えれば、完全に勝負は決まる』
「却下」
何言ってんだこのオッサン。さすがにそれは許容できねぇ。論外だ。お話にもなりゃしねぇ。
「馬鹿言ってんじゃねぇぞテメェ。ただでさえこっちの事情に巻き込んどいて、天目先輩の怪我を口実にするとか舐めてんのか? そりゃ筋が通らねぇだろ。デンジラスにも迷惑が掛かる。なにより天目先輩と、ウタちゃんさんに失礼だろうが」
『……ま、だろうな。分かってるさ。お前がそういうのを嫌うってな。無関係だったり、興味ない相手には横暴で傲慢な態度を取る癖によ。気に入ったり、認めた相手の時は人並みに筋を通そうとする。本当に自分勝手な奴だよ』
「分かってんなら提案すんじゃねぇよ。オッサンじゃなければ見限ってたぞ」
『そうかい。──だが、まだ話の途中だ。アレコレ判断するのは、人の話を最後まで聞いてからだ。親御さんにそう習わなかったか?』
「あ?」
『まあ、聞けよ。俺だって、ただ口実のためにこんなふざけた提案をしてんじゃない。これはお前のためでもあり、巻き込まれた彼女のためでもある』
「長い。結論」
『離婚による財産分与だ。お前さんが彼女へ慰謝料を渡すには、これが一番手っ取り早い』
ーーー
あとがき
そもそも離婚前提の提案だったというオチ。主人公も玉木さんも、天目先輩がどう思ってるか知らないからね。仕方ないね。
なお説得フェーズはまだ続く模様。
話は変わって。Xの方で情報が出ていたので告知いたします。
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