第175話 ヒトデナシのロジック その一

──その連絡が入ってきたのは、ウタちゃんさんとともに自室で寛いでいた時だった。


「あ、電話」

「外に出てましょうか?」

「いえ。玉木さんなので大丈夫です。交際の件は知ってるんで」

「……そうなんですか?」

「ええ。立場の関係で」


 あのオッサンは俺の使いっ走りをやっているが、同時に俺の周辺人物に対する警護の取りまとめ役でもある。だから炎上回避のために秘匿している俺たちの交際も、当然のように玉木さんは把握している。

 なんで、ウタちゃんさんがわざわざ気を遣って離席する必要はねぇっす。なのでそのまま膝の上で寛いでくれて結構ですよ。


「とりあえず、静かにだけしていただければ」

「分かりました」

「──はいはい。もしもし」

『……ようやく出たか。悪いが緊急事態だ』

「緊急事態? てか、なんか焦ってね? え、なになになに怖いんだけど。面倒ごと?」


 スマホから聞こえてくる、玉木さんの声。それが明らかに強ばっている。長い付き合いではあるが、このオッサンがここまで緊迫した気配を漂わせていたことなど、片手の指で数えるほどしか記憶にない。

 それこそ、アメリカの時よりも深刻度は上のように思える。ナチュラルに混ぜられる悪態がない。俺に対する怒りもない。……あるのは、恐怖と焦り? 本当にどうしたんだ? てか、何が起こった?


『……良いか。落ち着いて聞け。俺の話が終わるまで何もするな。何もしないでくれ』

「おい待て。不穏な前置きやめーや」

『キレるなとは言わない。俺ももう止めやしない。……だが頼む。即断即決だけは止めてくれ。この電話の間だけは動かないでくれ』

「おいコラ。それつまり俺がバチギレするような報告あるってことじゃねぇか。今度は何した? 何が起きた?」

『丁巨己テレビの人間がやらかした。デンジラスが利用するスタジオの入ったビルに、ガソリン積んだ車で突っ込みやがった』

「──あ?」


 は? おいどういうことだよ。それはつまり、デンジラスに対して攻撃を加えにきたってことか? テレビの連中が? ……そうか、そうか。


「戦争がしたいのか」

「……山主さん? あの、少し怖いですよ?」

「……ふぅ。失礼しました」


 恐る恐る訊ねてきたウタちゃんさんの顔を見て、一旦深呼吸。クソが。テレビの連中も運が良い。


「話を続けろ」

『……怖いぐらいに冷静だな。いま何してる? すでにテレビ局の前にいるとかじゃないよな?』

「ちげぇよバカ。ちょうどいま、ウタちゃんさんのこと膝枕してんだよ。怪我させらんねぇから咄嗟に動けなかっただけだ」

『……このタイミングで言うことじゃねぇけど、お前そんなことやってんのか? 女できて人間性取り戻したか?』

「いや、お願いされたらやるだろ。膝枕ぐらい」

『……ああ、恋愛方面じゃ主体性がないだけか。まあ、お前はそういう奴だよな』

「否定はしないがどういう意味だコラ」


 そういう奴ってなんだそういう奴ってよ。あと、若干落胆してんのなんなんだよ。オッサンは何を期待してたんだよ。


『とは言え、好都合だ。そのままの体勢で話を聞いてくれ』

「……どうせ結末は変わんねぇぞ?」

『分かってる。いまこの瞬間、衝動的に突撃かまされなければそれで良い』

「へぇ?」


 まるで多少の猶予があれば、最悪の事態は避けてみせると言いたげだな。そりゃまた随分な自信だ。ウタちゃんさんの手前抑えているだけで、俺の腸は煮えくり返っているというのに。


『話を続けるぞ。……もう一度言うが、落ち着けよ? ここからが本題だ。冷静にな』

「これ以上があんのか?」

『ある。ちょうどそいつが車で突っ込んだ時、お前のところの瀬良……あー、天目一花だったか? スタジオを利用してた彼女が、帰るところだったらしくてな。運悪く巻き込まれて、病院に搬送された』

「──おい。さすがに限度があるぞ」

『だから待て! 怒りに任せて行動するな! やるにしても、お前の力で彼女を治してからだ! それが巻き込んだ責任ってもんだろうが!! 違うか!?』

「……天目先輩の容態は?」


 クソッ! 殺意に身を任せる前に釘を刺された。しかも正論だからタチが悪い。巻き込んだ責任を問われた以上、俺の感情を優先することはできない。……この狸親父、これを狙いやがったな? こちらの即断即決を防ごうとしてたのはこのためか。


『……はぁ。よく堪えた。命に別状はない。右手の骨折と、いくつかの打撲と擦り傷。重傷ではあるが、それだけだ。容態が急変することもないだろう』

「……火傷とかはないのか? ガソリンも積んであったんだろ?」

『ポリタンクはそんな脆くねぇよ。車がスクラップになるレベルならともかく、下道で出せる程度の速度じゃそう壊れん。かなり入り組んだ場所にあるスタジオだったしな』

「……もしかしてTOWAビルか?」

『そうだ。しかもガソリンが積んであったのはワゴン車のカーゴ……ケツの部分だ。それで破損なんてまず無理だ。助手席に置いてあったら、万が一はあったかもだが』

「馬鹿かよ」

『ついでに言うと、犯人は衝突の衝撃でグロッキー。後ろのガソリンをどうこうする余裕もなく、衝突を見て駆けつけた警護の連中に拘束された』

「本当の馬鹿じゃねぇか。なんだそいつ」


 いろんな意味で論外なやつ出してくんじゃねぇよ。気が抜けるだろうが。いや、どっちにしろ許す気はないけども。

 そんで話を聞く限り、天目先輩アレだな? 完全に運が悪かったやつだな? 偶然出入口付近にいたから巻き込まれただけで、ちょっとスタジオ出るの遅かったら無傷で済んだやつだろコレ。


『とりあえず、犯人についてはアレだ。取り調べと裏取りが済んだら、獄中死させるつもりだが。拷問とかのオーダーはあるか?』

「オーダー……いや、あとにしろ。それより先輩の件だ」


 咄嗟に口を噤む。膝の上にはウタちゃんさんがいるんだ。あまりイリーガルな言葉は吐けねぇ。


「あ、あの……。さっきから凄い不穏な内容が聞こえてくるんですけど。もしかして、双葉になんかあったんですか? それにガソリンって……?」

「すいませんウタちゃんさん。あとでちゃんと説明するので、いまは少し我慢してください。天目先輩についても大丈夫です」


 いや、病院に運ばれてる時点で、大丈夫ではないんだけど。それを言ったら話が進まなくなるので、ウタちゃんさんには申し訳ないが、一旦誤魔化させてもらう。


「てか、警護で思い出したけどよ。確か警護の人間ってポーション持ってたろ。いやそもそも、何で防げてねぇんだよ?」

『ポーションは他の人間に使ったそうだ。ビルの人間も巻き込まれてたらしくてな。そっちは命の危険があったから、とりあえず人命を優先したそうだ。……これについては文句を言うなよ? 巻き添えであることには変わりないし、なによりお前の所属事務所のブランドを守る面もある。取引先の人間に死者が出たら、デンジラスもいろいろやりづらいだろう?』

「……はぁ。分かった。そういう理由なら納得してやる」


 見ず知らずの他人より、天目先輩の方を治療しろやと思わなくはないが……。まあ、後ほど確実に全快する人間より、その場で死にそうな命を救う方が総合的にはプラスになるか。

 実際、俺が発端となったトラブルが原因で、取引のある他企業の人間に死者が出たとなったら……うん。やべぇわな。

 助けられた天目先輩の方にも、各種ダメージが波及しかねないことを考えると、ナイスな判断だったと評価せざるをえまい。……あくまで客観的にはね。心情的には大変アレだけど。


「で、防げなかった理由は?」

『第一に人手不足。これはお前の失言が原因だから文句は聞かんぞ。……あとは油断だな。ここまでお前をコケにする奴が出るとは思ってなかった。その点については素直に謝罪する。警護の数も増やそう』

「さいで……」


 あー、これについては俺もあんま強くは言えんな。人手不足に関しては言わずもがなだし、馬鹿の下限を見誤ってたのは俺も同じだ。……俺自身も弩級の馬鹿だから、馬鹿の解像度はわりと高いと思ってたんだけどな。

 いや本当、テレビ局の人間がどうしてこんな無謀なことしたんだ? 一族郎党、知人友人まとめて消されかねない大悪手だぞ?

 俗に言う『無敵の人』ならまだ分かるが、仮にもテレビ局なんて大企業に勤めてた人間だろ? それがこんな短期間でそこまで落ちぶれることなんてそうないだろうし、詰め腹切らされたにしても違和感がある。余程の追い詰め方でもされたのか?

 まあ、事情なんかどうせすぐに分かるし、考えるだけ無駄か。どちらにせよ、関係者は根切りにするんだからなおさらだ。背景なんぞ知ったことか。


「まあ、反省云々は後回しか。先に先輩の方をなんとかしよう。全てはそれからだ」

『いや、その前にやってもらうことがある』

「は? 先輩の治療以外に優先することなんかないだろうが」

『あるんだよ。──お前さん、一旦入院中の彼女と籍を入れろ』

「……は?」


 急に何言ってんだこのオッサン。忙しさのせいで頭イカれたか?












ーーー

あとがき


前回のお詫びなのですが、投稿時に入れるべき『引き』をうっかり書き忘れてまして。更新してすぐに読んだ人は、それを読めなかったかもしれません。ごめんなさい。

……まあ、あくまで『引き』なので、設定矛盾とかはありません。この話を読めば問題ない感じです。


そして反省を活かして、今回はラストにしっかり入れました。なお、ここから唐突にラブコメが始まったりはしません。

当然、玉木さんも『女囲え』的な意味でこんなことは言ってません。ただ(自分の)ハッピーエンドを目指した結果出た言葉です。なのでちゃんとした意図があります。



ちなみに、ウタちゃんさんが膝の上で寝てなかったら、最初の時点でテレビ局が物理的に消えてました。なので影のMVP。

だから前章で交際させとく必要があったんですね(RTA風に)。まるで膝の上に乗ってきて仕事を邪魔する猫のように……!



あ、あとコミカライズ版Web更新が来てましたね。前は更新してる詐欺してしまってすんません。興味ある方は是非。

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