第174話 テレビの不手際 その二
「──まず端的に結論から。連帯責任ということで、制作メンバー全員に処罰が下ることになった」
「そんなっ!? 自分たちなんもやってませんよ!? 一部が勝手に暴走しただけじゃないですか!」
「チッ。それだけ上層部は今回の事態を重く見てるってことだよ。そんぐらい分かれアホ」
一人が思わずといった様子で声を上げると、プロデューサーが舌打ち混じりに言葉を返す。……予想はしていたが、やはり機嫌が悪い。ありゃ会議で相当絞られたな。役員様がいなきゃ怒声と手が出てたぞ多分。
とはいえ、声を上げた奴の気持ちも分からんでもないのがな……。全員が巻き添えで被害が出なければなと願っていたのに、残念ながら結果は連帯責任。散々としか言いようがない。
「実際、いまは局全体がクレーム対応でてんやわんやなんだよ。それも市民だけじゃない。スポンサーからも苦言の嵐だ。これで生半可な処分なんかできるか」
「補足しておくと、局と付き合いのある議員の方々からもお叱りの言葉をいただいている。これほどの事態を起こしてしまった責任は、しっかりと取らねばならないよ」
おっと。役員様からのありがたい補足が入ったな。つまり市民、企業、政治家が敵に回ったと。こりゃ四面楚歌だな。日本の大半が敵みたいなもんじゃねぇか。
んで、『責任』ね。その言葉に、自然と視線が移動する。もちろん、その先にいるのは向井を筆頭とした馬鹿ども。今回の原因チームである。
気付けば、同じように部屋にいる全員が馬鹿どもを見ていた。見られている側からすれば針の筵だろうが、いい気味だな。時代が時代なら集団リンチになっているだろうし、むしろこの程度で済んでラッキーだろう。
「んじゃ、軽い順から内容を伝えていくぞ。まず今回の件に関与してない、ディレクター未満の者たち。そいつらは譴責」
下っ端連中は譴責か。思ってたより軽いと見るべきか、完全に巻き込まれただけにしては重いと見るべきか……。
ただ、反応としては様々だな。譴責、つまり始末書の提出だ。ホッと胸を撫で下ろしてる奴もいるし、苦い表情を浮かべてる奴もいる。
後者の奴らはぶん殴りてぇな。めちゃくちゃ羨ましいぞこんにゃろう。状況に比べればめっちゃ軽いぞ。出世には響くが、それだけで済むんだからよ。自分たちの幸運を理解してんのかね?
「次。関与してないディレクター。三ヶ月の出勤停止」
「ぬぐっ……!?」
「なお、停止中の業務に一切支障が出ないようにする『完璧な引き継ぎ書』を作成すること。絶対に作れ。……俺の言ってる意味は分かるな?」
「……」
プロデューサーの意味深な確認に、該当メンバーの頬が思いっきり引き攣った。
出勤停止。つまり三ヶ月は無給が確定したわけだが、それだけじゃない。その程度の内容じゃない。
三ヶ月先までの業務を想定し、支障が出ないようにする『完璧な引き継ぎ書』なんて、普通に考えれば作れない。それを作れと。しかも絶対。
この台詞の裏に隠された意味など明白だ。お前自身が引き継ぎ書として現場を回せということである。なお、ゴリッゴリの違法である。そのための匂わせだ。天下の役員様もいらっしゃってるからな。
まあ、簡単にまとめるとアレだ。三ヶ月タダ働き確定だ。……クソッタレ!! タダ働きとかいつの時代だ!? 昭和じゃねぇんだぞこんちくしょう!!
てか、なんで出勤停止なんだよ!? そこは減給じゃねぇのかよ!? 譴責処分の上は減給だろうが! ちゃんと順番守れよこの野郎!!
いやマジふざけんなよ……。三ヶ月タダ働き? 下手なブラック企業より忙しいのに? しかもサービス出勤したところでまったく評価されない、それどころか処分されてるから評価的には完全マイナスだろ? クソすぎるだろなんだこれ地獄か?
「不満そうにしてる奴もいるが、管理責任ってやつだから諦めろ。それが立場だ」
頭にちゃんと『中間』付けろや! このレベルで責任問われるぐらいの権限なんかねぇだろうが! 少なくともディレクターにはよぉ!!
「んで、次。俺を含めたプロデューサー。……全員降格」
は、甘くね!? 普通そこは自主退職、てか相手の力を考えると懲戒解雇だろ。……いや、どうなんだこれ? 確かにプロデューサー陣全員が自主退職ってのはやりすぎだとは思うが、チーフのアンタは腹を切るべきだろうに。それこそ管理責任ってやつなんじゃねぇの?
「……」
あー、でもアレか。あの人、いくつもの人気番組を生み出した、いわゆる名プロデューサーだからなぁ。これまでの功績を考えると、局としてもあんま強くは出れねぇのかもしれん。コネもかなりのもんだし。
そう考えると、これもしかしたら他のP、いや場合によってはDたちもとばっちりじゃね? 全体に処分を分散させて、チーフPを生き延びさせた可能性もあるぞ。
いや、でも言えねぇ……。ここでそれを指摘したら、恐らく俺が潰される。チーフPと俺じゃ影響力が違いすぎる。あっちは上層部にもコネはあるが、こっちにはんなもんねぇし。
仕方ねぇ。ここは沈黙一択だな。不満を飲み込まなきゃ、この業界では生き残れない。証拠もあるわけではなし。下手な言い掛かりは自分の寿命を縮める。
「そして最後。今回の件に関わったメンバー。全員懲戒解雇。今日の内に荷物をまとめるように。以上」
「そんなっ!?」
ああ、うん。知ってた。なんか馬鹿たちは悲鳴を上げてるし、一人だけ信じられないみたいな態度してるけど。
普通に考えればそれ以外にないよなと。番組を担当していたプロデューサー全員が降格処分。それもどうにか理屈をこね回して降格処分に落ち着かせた疑惑まであるレベルの不祥事なのだ。それを巻き起こした一派が生き延びられるはずがないのである。
むしろ向井はなんでそんな反応取れるんだ? え、辞めないで済むと思ってたの? 正気か?
「以上、解散。あ、譴責の連中は、三日以内に始末書出しとけよ」
「待って! 待ってください!! ──お義父さん!!」
全員が疲れたように動き出す中、向井だけが現実を受け入れらず再び喚き始める。……ん? お義父さん?
向井の言葉に反応したのは、付いてきた意味があんまり分からなかった役員様。あー、もしかしてあの人が向井の婚約者の父親か? そしてだからここに来たのか?
なるほど。あの馬鹿が助かると思ってた理由が分かった。義父予定の人物がわざわざ足を運んでやって来たから、もしかしたらと思ってたのかもしれない。……普通は死刑宣告じゃねぇのって疑うだろうが、溺れる者は藁をも掴むって言うしな。
「お義父さん! 何故ですか!? あんなに見込みがあるって言ってくれたじゃないですか!? 近いうちに右腕にしたいって……! それなのに懲戒解雇なんて!?」
「……しでかしたことの大きさを考えると、懲戒解雇は妥当だろう。それより、お義父さんと呼ぶのをやめてくれるかな? キミと私は他人だ」
そんで案の定、死刑宣告&絶縁宣言だった。
「たっ……!? いや、冗談はやめてくださいよ! それじゃあ由紀子との婚約はどうなるんですか!?」
「そんなもの、破棄に決まってるだろう。何故大切な一人娘を、無職の人間にやれねばならないんだね?」
「そ、それはあんまりじゃないですか!? 由紀子と僕は愛し合っているんですよ!?」
「私も親として娘を愛している。娘の将来のために、悪い虫を排除するのは当然だ。もし今後も娘に付きまとうというのなら、こちらにも考えがある。──ところでキミは、今回の件でどれだけ我が社に損害を与えたか分かっているのかね?」
「なっ、なにを言いたいんですか……!?」
「役員会は、キミに対して損害賠償請求を行う用意があるということだ。私の言いたいことは分かるだろう?」
ああ、これは勝負あったな。おっかねぇな、あの役員様は。これ以上ゴネて婚約者面をするなら、損害賠償請求で破滅させるぞっていう言外の脅しだ。
いくら出世ルートにのっていたディレクターでも、今回の件で出た損害の補填などできやしない。それこそ、一家心中に逃げる必要があるぐらいには絶望的だ。
「私が伝えたいのはそれだけだ。分かったら離れたまえ」
「ま、待ってください……! それじゃあ、俺の生活はどうなるんですか!? 家のローンだって組んだばっかなんですよ!? お義父さんが組めって言ったから!! ドタバタしたくないから、籍を入れる前にやっておいてくれって頼まれたからやったのに……!!」
「知らんよ。そんなこと。私とキミは他人なのだから。まあ、頑張って再就職すれば良いのではないか? それでコツコツ返済していくんだな」
「……っ、ぁぁぁぁぁ!!」
うわっ、エゲツねぇ……。最後にきっちりトドメを刺してから戻りやがった。しかも絶叫する向井をチラリとも見やしねぇ。
個人的な恨み言をぶつけたくあったが、その気も失せるぐらいには憐れだな。たった一回のミスで職を失い、婚約者を失い、残ったのは家の借金のみと。
しかも聞こえてきた話からして、ローン云々を進めさせたのは役員様だろ? それで問題起こしたらポイッてんだから、ひでぇ話だ。問題起こした方が悪いと言われたらそれまでだが。
にしても、やっぱり上の連中は性格悪いなぁ。向井の野郎、完全に壊れちまった。ブツブツ独り言を呟く姿がおっかねぇのなんの。
「……向井D、大丈夫なんですかね?」
「大丈夫に見えるか? 明らかに壊れてんだろアレ」
ありゃ駄目だ。長いことこの業界にいるから分かる。取材とかで何度も見てきた、追い詰められた人間特有の気配がある。
「……なんで俺が……なんで……なんで、誰の……アイツだ。アイ……らの……員……」
あー、おっかね。さっさとアイツから離れるべきだな。あの状態の人間の視界に入ったら、下手したら襲われかねん。
てか、あの役員様は大丈夫か? 向井の状態的に、下手したら逆恨みで襲われかねんぞ? 包丁あたりで刺されんじゃねぇの?
「いやまあ、俺に被害がなければ別に構いやしねぇんだが」
こっちに飛び火さえしなければ、復讐でもなんでも好きにしてくれて結構だ。そしたら、面白おかしくニュースにしてやる。今回の鬱憤も込めてな。
非情かもしれんが、ここはそういう業界だ。人の不幸をニュースにしてきたから、いまのメディアがあり、いまの俺たちがいるのだから。……あ、でもアレか? 局の不祥事も絡むし、そんな大々的に報道できんか?
「ちっ。特番組みたかったんだがなぁ」
「何がですか?」
「なんでもねぇよ。それより、今日は飲むぞ。ヤケ酒だ」
「あ、いいっすね! 奢りですか?」
「ざけんな! こっちはこれから三ヶ月タダ働きなんだよ! むしろお前が奢れ! 始末書で済んでんだから!」
「えー!? 部下にたからないでくださいよぉ!!」
──だが、この予定が果たされることはなかった。この約二時間後に、向井の野郎が局の車をどうやってか盗みだし、ガソリンを積んだ上でとあるビルに突っ込んだからだ。
そこは山主ボタンの所属する事務所、デンジラスが利用しているスタジオの入ったビルだった。そして運の悪いことに、そのスタジオには彼の同僚の一人がいたらしい。
ーーー
あとがき
※軽く読み直したら重要部分書き忘れてて草ですわよ。いや草じゃねぇんだけど。まあ、次回ちゃんと触れるからあんまり大事ではない。しいて言うなら『次回までの引き』が弱くなる程度なので……
前回のあとがき、書き方が悪かったみたいで勘違いしたか人が多かったのですが。終わるのはあくまで他視点です。この章はまだ続きます。むしろこれからが佳境です。
それはそれとして。皆様、前話で登場したキャラの大半に不快感を抱いていただけたようで、大変結構でございます。なお、彼らは『駄目な業界人』として、私が意識して描写しておりますので悪しからず。
ぶっちゃけ、テレビ関係はネットとか、色んなフィクション作品を参考にして書いた『雑イメージ』ですので、ふわっとした感じで読んでください。細かいツッコミはなしね?
それはそうと、最近のリアルちょっとやめてくれません? シンプルに本編書きづらいんですけど。
クソみたいなタイミングでいろいろイベント起こすな。無駄に私が思想を混ぜてるみたいで超居心地が悪い。
これアレですからね? ただ話の展開上そうなっただけで、本当に他意とかないですからね?
弁明のために裏話出すと、最初はテレビじゃなくて暴露系配信者か、ゴシップ記者あたりを敵として出す予定だったんですよ? どう考えても主人公の権力の前じゃ無力だから没になったけど。
テレビになったのは、個人じゃ話が絶対に成立しないからです。結果としてデカイ組織まで膨らんだだけなんです。本当にそれだけなんです。
なんなら、テレビ局のこと調べる手間増えてクソがよって思ってます。マジで暴露系配信者で済ませたかった。
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