第173話 テレビの不手際 その一

──丁巨己ていここテレビ。会議室。


「クソが……! ふざけんじゃねぇぞこんちくしょう!」


 地獄のような空気が蔓延していた。ああ、何でこんなことになったんだと、思わず頭を抱える。ちなみにもう何度目か分からない。……いや、原因自体は明白なのだが。

 現在もっとも日本を──否。世界を騒がせている個人。『VTuber山主ボタン』。探索者として規格外の実力を持ち、ダンジョンの謎を解き明かし、モンスターに蹂躙され滅ぶ直前だったアメリカを救った英雄。誰もが認める、現代最高の偉人。

 そいつを俺たちが怒らせた。……正確には、同じ番組の制作チームのうちの一つが、だが。

 お陰で緊急会議だ。番組の制作チーム全員が集められ、この会議室に押し込まれた。そして役員会議に出頭を命じられたプロデューサーの帰還待ちだ。

 気分は沙汰を待つ罪人だな。と言っても、実行犯はこの中の一部だけで、俺たちは連座で巻き込まれただけなのだが。


「……ったく。あのコネ野郎め。調子乗ってるから虎の尾を踏むんだよ」

「これ、どうなんですかねぇ……」

「さあな。だがまあ、碌なことにゃならん。少なくとも、あの間抜けの首は飛ぶな」

「……その場合、向井Dの婚約ヤバくないですか?」

「んなの、見りゃ分かんだろ」


 視線の先では、今回の元凶であるディレクター、向井の野郎が荒れ狂っている。恥も外聞も捨てた狂乱ぶりを見れば、どうなるかなんて馬鹿でも想像できる。

 山主ボタンの知名度と影響力は莫大だ。日本の全芸能人はもとより、世界で活躍するハリウッドスターすら足元にも及ばない。それどころか、国家元首すらも余裕で凌ぎかねない力がアレにはある。

 当然ながら、俺たちテレビの人間は山主ボタンを欲した。出演すれば間違いなく数字が獲れる。万が一ダンジョンにまつわる情報を引き出せれば、番組の名前が歴史に刻まれる。テレビマンとして、手を伸ばさない選択肢なんてない。

 幸いなことに、相手はVTuber。近年注目を浴びだした職種であるが、やってることはタレントと大して変わらない。地上波デビューという餌があれば簡単に引っ張ってこれるだろうし、事実として多くの人気VTuberをそうやって出演させてきた実績もあった。


「──クソッ。アイツもアイツだ。あの野郎がもっと早く頷いてれば、ここまで話は拗れなかったってのに……!」


 だが、こちらの予想に反して山主ボタンは釣れなかった。テレビどころか、メディアそのものへの対応が最低限。地上波への出演依頼の悉くを蹴り飛ばし、大手の新聞や雑誌のインタビューすら拒絶したのだとか。

 その姿勢は頑なと言ってよく、取材に成功したのはゲームや漫画雑誌、いわゆるサブカル関係を扱うところのみ。その他は取り付く島もないときた。

 この現実に、メディアの人間は腹を立てたわけだ。元々、ネットの台頭を良く思ってない人間が多い業界だ。俺自身もその一人であり、山主ボタンの態度には思うところはあった。

 その感情をなんと表現すべきだろうか? 『俺たちテレビの後追いの癖に、お高くとまってんじゃねぇぞ』みたいな感じか?

 特に最近のテレビ関係者は、鬱屈としたものを抱えている奴が多い。国民のテレビ離れ、そしてネット上での『マスゴミ』呼ばわりに対して嫌気がさしているのだ。

 ただでさえこの業界は人手不足で、残業マシマシの超絶ブラック。さらに様々な要因で健全とは言い難い職だ。

 そのストレスは想像を絶する。それに追加で近年の風潮だ。こうもボロクソに叩かれたら、モチベーションもなにもあったもんじゃない。

 んで、それらマイナス要素が今回最悪の形で炸裂したわけだ。いろんな感情が拗れに拗れた結果、絶対に喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩を売ってしまった。

 主導した奴がアレなのも悪かった。周りから向井Dと呼ばれてるアイツは、俺たちディレクター陣の中でもとりわけ若い。それが能力を評価されての昇進ならそこまで問題にならなかったのだろうが、残念ながらそうじゃない。

 簡単に言えばコネだ。なんでも、うちの局の役員の一人の娘さんと婚約しているらしい。んで、その関係で通常より早めに昇進したのだ。

 実際の能力は……まあ、普通かそれよりちょい下ぐらいだろう。少なくとも、いまみたいな出世コースに乗れるほどの優秀さはない。

 だからやらかした。能力を越えた立場による重圧。延々と終わらない仕事。周りからの陰口。ネット上での番組や企画に対するバッシング。それらが悪魔合体した結果、功を焦ったのだろう。


「若い奴が失敗するのは当然だ。ましてや能力に見合わない立場にいるならなおさらな。ストレス耐性だって、他のディレクター連中より低いだろうよ。それが裏目に出たわけだ」


 状況だけなら、同情したくなるぐらいだ。テレビは実力社会なんて言われるぐらいにはシビアだ。そんな中で、コネによって昇進ってのはな……うむ。

 ぶっちゃけ、よろしくない。個人の心情を抜きにしても、健全ではないと思う。本人も周りも不幸にする。てか、不幸になった例を何度も見てきた。だが人脈がモノを言う世界でもあるので、完全な否定もできないからもどかしい。

 結局、能力以外の要因で昇進させられた奴の未来は二つしかない。一皮剥けて大成するか、潰れて使いものにならなくなるか。今回は後者だったわけだ。


「可哀想に、っていつもなら憐れんでやるんだが……」

「向井D、ぶっちゃけ性格悪いですからねぇ」

「もっといろいろ取り繕えって、何度も言ってやったのに。聞きやしねぇんだから、あの馬鹿は」


 状況だけなら、同情したくなる。それは俺の本心なのだが、アイツの場合は状況以外がアレなのが救えねぇんだ。

 端的に言って、性格悪いんだよなアイツ。自分が出世コースに乗ってることを鼻に掛けてるというか。表立って態度に出すことはないが、言動の節々から滲み出てきて腹が立つ。

 まあ、他人様のスキャンダルを暴き立て、面白おかしくお茶の間に提供している業界なのだ。性格の良い人間がやっていける世界ではないのだが。

 全員悪人、とまでは言わないが……。それでも上にいる連中は、大なり小なり他人の不幸を養分にしてきたからこそいまの地位にいるわけで。

 そういう意味では、向井の奴も上に行く素養はあったのかもな。今回の件で、間違いなくその未来は絶たれただろうが。


「クソッ! クソッ! ふざけんなっ、ふざけんなよ畜生が!!」


 本人もそれを分かってるから、ああも堂々と荒れているのだろう。お陰で誰も近寄れねぇ。いまの状況でアイツに向けて文句を言ってみろ。火に油なんてもんじゃねぇぞ。


「本当なら、素敵なことに巻き込んでくれたことに対して、礼の一つも言いたいところなんだがな」

「下手したら椅子とか飛んできますよ?」

「わーってるよ。キレる若者の相手なんか、オッサンには荷が重すぎる」


 他の連中もそうだろうさ。向井に対して文句は言いたいが、殴られたいわけじゃない。だから下手に刺激しないよう、アイツに聞こえない程度の声量で陰口を叩くに留めている。

 とは言え、このままじゃ不味い。そのうち手が付けられなくなる。本格的に暴れ出すのも時間の問題だ。できれば、その前に状況が──


「──お前たち戻ったぞ。いまから会議の結果を話す。ほら全員こっちこい」


 ああ、良かった。……いや、巻き添えで処分を食らうであろうことを考えると良くはないのだが。

 とりあえず、状況は動いた。役員会議に呼び出されていた我らがプロデューサーのお帰りだ。しかも役員様の一人をお連れになってときたもんだ。

 これで向井の野郎も大人しくなるだろう。てか、なった。身の危険がなくなってホッと一息ってやつだな。


「それでは、会議で決まったことを話す」


 あとは、できる限りこっちに被害のない形で事態が収まれば良いんだが。とは言え、望み薄だよなぁ……。





ーーー

あとがき


今回はテレビサイド。なお他視点は次で終わる予定。……終われるかな?

ちなみテレビ局の名前ですが、独特なのは仕様です。個人的には中々高評価。理由は秘密。

他になんだろ? 今回出てきた固有名詞はそんな憶えてなくて良いです。語り手含めて大体モブ。いままでずっと視点移動しての一人称だったから、それに合わせただけです。

あとテレビ関係の設定はふわってみて。DとかPとか調べてみたけどよう分からん。


あ、次にくるライトノベル大賞への投票、よろしくお願いいたします。番号は【21】です。

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