第166話 母猪からの連絡

「──ウタちゃんさん」

「なんでしょうか?」

「最近、なんか距離近くないですか?」

「付き合ってるんだから良いじゃないですか」

「否定はしないんですね……」


 おもむろに膝の上に頭を置いてきたから何だと思ったよ。まあ、構いやしないのだけど。

 今日も今日とてお家デート。いや、デートってやつなのかこれ? お宅訪問? 半同棲? んー、その手の単語詳しくないからよく分かんねぇ。とりあえずお家デートで良いや。前にウタちゃんさんもそんな感じのこと言ってたし。

 なんというか、ドンドン会う頻度が多くなってきてるんだよなぁ。そしてそれに比例して、スキンシップが激しくなっている気がする。……でも、その割には未だにキスとかそういうのはない謎。俗に言うプラトニック的なアレなんだろうか?


「頭とか撫でた方が良いですか?」

「……髪が崩れちゃうので、背中とかをお願いします」

「背中」


 反応に困る注文が来たな。漫画とかだと、膝枕してる相手の頭を撫でたりしてるから、そういうのを求められてるのかなと思ったんだけど……。

 背中、背中かぁ。絶妙に見た目が想像つかないというか、シチュエーション的に正しいのかが分からない。いや、撫でること自体は拒否られなかったし、リクエストだから間違ってるわけじゃないんだろうけど。


「……こんな感じでしょうか?」

「んっ……はい。良い感じ、です。気持ち良いです」

「気持ち良い」


 思ってた反応となんか違う。背中撫でられて気持ち良いって感想出るか? もしかして気分悪い? ……あと、定期的に手のひらに引っ掛かるものがあるんだけど、これは伝えるべきなんだろうか? それとも黙っておくべきなんだろうか?

 んー、こういうのをわざわざ伝えて確認すること自体、なんか童貞くさい気もする。かと言って、黙ってるのもなんかなぁ。下着の存在を堪能しているように思われそうで嫌。

 でもなぁ、考えすぎな気もするんだよなぁ。普通の男は、こういうことをいちいち気にしないのかもしれんし。俺がこの手の機微に疎すぎるからアレなだけで。

 ただウタちゃんさん、プラトニック疑惑出てるからなぁ。それを疑問視していながら、こうした性的なアレコレに繋がりそうな部分を無視するのも、なんか不誠実な気も……。

 いやまあ、俺自身が性的に興奮しているわけではないから、プラトニック的なサムシングに反するようなことはないとは思うんだけど。性欲とかオフにしてるし。

 ただそれはそれとして、世間一般では男が異性の下着に触れるという行為は、センシティブな話題に発展するのも全然おかしくないわけで。

 受け取り手である女性、つまりウタちゃんさんが感じることが全てである以上、俺がセーフと断定するのも違うんじゃないかなと思うんだよなぁ。


「んー……」

「どうしました? 何か考えごとですか?」

「いや、結構大胆なことしてるのではと思いまして」

「……そうですか? これぐらい普通だと思いますけど?」

「そうなんですかねぇ。あと……伝えるか悩んでることもありまして」

「なんでしょう?」

「いや、下着の感触があるけど、これ良いのかなと。こういうのって、女性は不快だったりしません?」

「……気になるなら、その、外しますよ?」

「撫でるのに邪魔とかって意味ではなくてですね?」


 まあ、この反応なら大丈夫そうか。俺が気にしすぎてただけだな。

 いや本当、女性の不快のラインってのが想像付かないのよね。わりと性格によって振れ幅デカイ気がするし。恋人だからってなにしても良いってわけじゃないから、このあたりの肌感ってのは手探りしていくしかないのが大変だ。


「それはそうと、話は変わるんですが」

「……変えちゃうんですか?」

「いまの話題で話し足りないことってあります?」

「……なんでもないです」


 下着の話題でも続けたかったのか? まあ、意外と深掘りできそうなトークテーマではあるけど。


「で、話なんですけど。最近よくいらっしゃるじゃないですか」

「そうですね。……迷惑でしたか?」

「いえ、そうではなく。こっち来るの、面倒くさくないんですか?」

「……恋人の部屋を行くのを面倒くさく思いはじめてたら、それはもういろいろと末期な気がするんですが」


 それはそう。いや、そういうことじゃなくて。


「あー、はい。言い方が悪かったです。俺が言いたいのはですね? ほら、お互いに忙しいじゃないですか」

「そうですね」

「ウタちゃんさんだって、自由にできる時間は限られているわけで。そのリソースを、いちいち俺に会うためだけに削るってのは……こう、申し訳なく思うんですよ」

「全然気にしなくて大丈夫ですよ? 私が好きでやってることですし」

「まあ、そうなんでしょうけどね? ただ個人的にはやっぱりもったいないよなと」

「もったいないって言われても……。じゃあどうすればいいんですか?」

「前に話したじゃないですか。一緒に住みません?」

「……ふぇ?」


 いや、そんなポカンとした顔されても。え、前に話したよね? ちゃんと記憶あるんだけど、俺の勘違いじゃないよね?


「えーと、一旦持ち帰って考えるって話でしたよね? その返事を聞きたいんですが」

「い、いまですか!? いまなんですか!?」

「こういうのって早い方が良くないですか?」

「前にも言いましたけど、こういうのってもう少しタイミングとかありません!?」

「わりといまな気もしますが。シチュエーション的に」


 ソファの上で膝枕しつつ、背中撫でてまったりしてるわけでしょ? これ世間一般的にはムード整ってると思うんだけど、違うの?


「いやっ、それは……そうかもしれませんけど! というかですよ!? 山主さんは良いんですか!? 私と一緒に住むんですよ!?」

「特には? 配信用のセカンドハウスみたいなのも用意するつもりですし、同棲と言ってもそこまで重く感じる必要もないかなって」

「まあ山主さんはそういう人ですよね!!」


 俺からすれば、むしろウタちゃんさんが気を張りすぎなんじゃないかと思うのだけど。

 何度も言うけど、プライベートな空間は間違いなく確保できるのだ。それも一人が問題なく生活できるレベルで。

 つまるところ、二世帯住宅とほぼ同じだ。共用スペースで繋がっているだけだと考えれば、そこまで重く感じることもないのではなかろうか?

 そもそも同棲の目的は、会うために消費される時間的なコストの削減なのだ。同棲したからと言って、恋人らしいことを強要するつもりもない。


「余計な手間が減って、自由時間が増える。その程度に考えれば良いんですよ。変に意識して日々のアレコレに支障が出たら、本末転倒ってやつですしね?」

「うぅぅっ。そんな軽く考えられませんよぉ……!」

「そう言われましてもねぇ。どうせ遅かれ早かれなんですから、早いうちに決断して慣れとくべきでは?」

「や、山主さんの中では、もう私と同棲することは確定なんですか……!?」

「え、だって結婚前提ですよね? 別れる可能性があるなら躊躇するのも分かりますけど、いまのところそういうのないですよね?」

「そんな可能性ゼロです! ありえません! 逃がしません! いまのところとかないです! 未来永劫ないですから!!」

「ア、ハイ」


 言い切りおったな。そしてサラッと逃がしませんって混ぜたな。アレ、これやっぱりこの人ってメンかヤン……?


「あー、まあともかく。だったらもう、さっさと同棲開始して今後に備えた方が良いのではと」

「……待ってくださいちょっと泣きそうで本当に待って」

「いまのどこに泣く要素ありました!?」

「だ、だってそれ、山主さんが『その時』のことを考えてくれてるってことじゃないですか……!!」

「いや、そもそも最初からそういう話では?」


 結婚前提って言われてたわけだし、流れに任せてたら必然的にそうなるのは当然では? てか、最初からウタちゃんさん次第だって伝えてるのだから、そんな感極まるようなことでもない気が──おん?


「あ、すいません。ちょっと電話が。……母さんから? 珍しいな」

「お母様ですか!? まさか挨拶ですか!?」

「違います。とりあえず、落ち着くのも兼ねて一旦静かにしていただけますか?」


 あ、はい。そんな両手で口を塞ぎにいかなくても結構だったんですが。まあ、それで静かになるってんなら構いませんが。


「もしもーし」

『あ、シシオ? ちょっといま大丈夫ー?』

「おん。大丈夫だけど。どしたの急に? 何かあった?」

『そーそー。あったのよ。いやなんかね? さっきテレビ局の人から電話が来たのよ。なんか取材したいって』

「は? テレビ局? 何でよ? てかそれ本物? 詐欺じゃねぇの?」

『いやー、私も分からないから断ったんだけど、ちょっとしつこくて。【子供の探索者】をテーマにした番組だとかで、子供が学生時代に探索者をやっていた家庭にお話を伺っているんですー、って。……ほら、最近アンタ目立ってるでしょ? だから念のため伝えておこうと』

「……なるほど。了解。伝えてくれてありがと」

『大丈夫そう?』

「もち。その件はこっちでなんとかするから、とりあえず母さんは気にしないで。似たような話が来ても全無視で。父さんにも言っといて。他に何かある?」

『特にはないけど、ちゃんと定期的にこっちに顔出しなさいよ? アンタの場合、一度面倒くさくなるとパタってやめちゃうんだから。そのへん癖にしとくのよ?』

「はいはい、分かってる。……あー、もしかしたらだけど、近いうちに彼女も一緒に連れてくかも。その時はよろしく」

『はぁっ!? ちょっ、アンタそれ本気で言ってんの!? お母さん聞いてないんだけど!? というか、唐突に爆弾発言放り込む癖なんとかしろっていっつも言ってるわ──』

「んじゃ、ばいちゃ」


 はい切った。当分は母さんがうるさいだろうけど、とりあえずスルーでヨシ。

 ま、それはともかく。実家に取材の電話とか、なかなかどうして厄介事な気配がするじゃないか。面倒だし偶然で片付けてしまいたいが、ちょうどいま身バレの気配も漂ってるしなぁ。


「……さて、どうしたもんか?」


 とりあえず、玉木さんに連絡かー?








ーーー

あとがき

着々と這い寄る身バレの気配。チラつくマスコミの影。進展する恋模様。……これらが混ざり合い発展するトラブルとは!?

多分予告が入るとしたらこんな感じ。


ちなみに前半部分の主人公の言動ですが、性欲オフの仕様……反動みたいなものです。知識や常識はあるけど、実感がない。そのせいで一周回った無知シチュみたいになってます。

性欲はないけど、思春期の時に体験はしているのでしっかり知識はある。だからフラットな精神状態のまま『これどうなんだろう……?』と思考を巡らせる。でも男女の付き合いの経験は皆無なので迷走する。

虫の交尾を真剣に考察する虫取り少年みたいなもんです。鈍感なのではなく、当事者意識が極めて薄いが故に性的なアプローチがすり抜けるクソ仕様。


なら性欲オンにすれば良い? もちろん、その時がきたらちゃんとオンにするよ。……その時が来るまではオフのままなので、遠回しなアプローチは基本的にスカされる模様。

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