第155話 禁断の料理配信 その三
「んじゃ、食べていくわけですが……どうしよ? どれからいこうか」
もも、むね、ささみ。同じ鶏肉ではあるものの、地味にジャンルが違う部位である。
ざっくり言うと、ももはガッツリ。むねはさっぱり。そしてささみはヘルシー。むねとささみは同系統と言えば同系統だけど、ささみはより一層って感じ。
んー、やっぱりささみからか? そこからむね、ももって順にした方が無難か。インパクトって意味でもそうだし、なにより勇気的な意味で段階を踏みたい。
味付けも同じ方向で。わさび醤油にしよう。ゴマ油も気になりはするが、まずは馴染みの味わいをまとわせることでクッションにしたい。
「では、ささみからで。わさび醤油でいただいてみましょう。……マジで味の想像が付かないんだよなコレ」
:わくわく
:絶対美味いんだよなぁ
:おおぅ……
:いくんか!?
:はー、裏山
:味が気になる
:食べてみたいけど食べたくない
:本当に味が分からん
:いいなぁ……
:わさび醤油は最高やで
:久々に里帰りして食べようかなぁ
:気になるわぁ
:ずっと半信半疑で草ですわよ
本当になんなんだろうね、この抵抗感。毒とかよりアレな感じがする。やっぱり生焼け肉とかの方が、人生において身近だったからだろうか?
まあ、延々と二の足を踏んでても仕方ないので、食べるんだけどさ。それでもやっぱり言わせてくれ。
「──南無三!」
てことで、勇気を出してパクリ。もうこの時点で後戻りはできないので、あとは流れるまま。わさびと醤油の風味を舌で感じながら、グニッとささみを噛み潰して……。
「おう? ……んんっ!? え、うま、いや、んー!? 何だこの……え、おん?」
あ、駄目だ。これ駄目だ。凄い脳が混乱する。抵抗感と溢れ出る旨味で思考回路が超バグる! 超超バグる!
「す、すげぇ……! 人生で初の衝撃かもしれない。マジで味わったことのない感覚。美味いとかそれ以前の、いや美味いんだけどさ。なんつーの? やっちゃ駄目なことしてる感が凄い。背徳飯レベルMAXというか、深夜に食べるジャンクフードの楽しさをグレードアップしたような……アレだ! 美味く感じるようになってきた酒やタバコ的な!」
:草
:草
:背徳飯レベルMAXて
:言いたいことは分かる
:草
:思ってたんと違う感想きたな
:そういう感じ……?
:草
:鶏刺し初体験だとそんな感想になるんか
:あー。身体に悪いことは確実なのに止められない的な?
:草
:語弊がありすぎる
:郷土料理に対する熱い風評被害
いや違うんだって! 確かにアレな感想なのは自覚してるんだけど! 本当にそんな感じなんだって!
まず大前提としてね、メタくそに美味いのよコレ! 焼いた肉では感じたことのない旨味みたいなのが、ドバッてくるわけよ! んで、食感もまた独特なの! しっとりして、でもぷりぷりで。これもまた『ナマ!』って感じの、加熱した肉じゃまずありえない歯応えすんの!
なんだろうな本当にコレ。同じ生食でも、魚のそれとはかけ離れた味と食感。あんま食べたことはないけど、多分めっちゃ近いのが馬刺しとか、鯨肉の刺身なんだろうけど……やっぱり違う気もする。個人的にイメージしやすい生肉ってだけだし。
いや、ともかく美味いのよ。マジのガチで美味い。ただ同時に、めっちゃ鶏。そんでめっちゃ生肉。ここからくる嫌悪感というか、抵抗感も懇々と心の奥底から湧き出てくる。
美味い! でも駄目! いやでも美味い! でも生肉! みたいなね? 食べ進めるたびにアカンことをやっている感覚と、旨味の暴力が襲いかかってきてエグい混乱する。
肉体的な拒絶反応じゃなくて、培われた常識に則った精神由来の代物だから、いまの俺にもしっかり影響を与えてくるというか。
「いやこれ、本当に凄いな! 普通の鶏刺しじゃこうはならんよ絶対。ダンジョン食材特有の、過剰なまでの旨味があるからこそ起きた感がある! 言い方はよろしくないけど、マジで脳内麻薬がバッチバチよ」
:完全にキマッとるやんけ
:草
:言い方ァ!
:草
:そんなことある?
:ちょっと興味出てきた
:えぇ……
:やっぱり鶏刺しって危ないんやなって
:草
:草
:地味に心惹かれるコメントやめーや
:マジで食べたい
:草
:普段食ってる側からすると、どんなもんか食べ比べしてみたい
アカンよコレ。本当に美味い。でも絶対にこの楽しみ方は違うって分かる。あってるか間違ってるかで言えば、確実に間違ってる。てか、俺自身も想定外だわこんなの。
それでも感想がコレしか浮かんでこないんだよなぁ……。それだけインパクトが強い。マジで変になる。
表現はクソ悪いんだけど、麻薬キメてる人ってこんな感覚に取り憑かれてんじゃねぇかなって。良識をぶっちする時の多幸感って実際あるしね。それに加えて薬物の成分由来のアレでしょ? まあ沼るよなって。
「しかもこれ、純粋に肉も美味いからガチで駄目。箸が止まんない。ヤバいちょっとハマるかもしれん」
簡単に作れて美味いとか、タチ悪いにもほどがあるわ。そりゃ執着する人も出てくるわなって納得感が凄い。
一品料理としても申し分ないし、ツマミのジャンルならパーフェクトだわこんなの。日本酒がエグい合うと思う。
まあ、今回は酒は飲まんのだけど。もちろん、飲みたいか飲みたくないかで言えば飲みたい。超飲みたい。冷酒でキュッていきたい。当然だけどビールでも可。
ただ、いまは駄目だ。善悪のラインを反復横飛びしているようなこの感覚。この感覚に慣れてない常態でアルコールをぶち込んだら、多分悪酔いする。いや、物理的に酔ったりする心配はないんだけど、変なハマり方をするって確信がある。
わざわざ悪癖を増やすのもアレなので、ここは我慢一択。ただでさえ恋人なんてものができたばかりなのに、意味不明な冒険をする必要はあるまいて。自重は大事。
「──総評。禁断の名に偽りなし! ダンジョン食材でやるのもあんまりオススメしないかもしれん!」
:草
:草
:草
:草
:そんなに……?
:草
:草
:地元飯が酷い言われようしてる
:草
:草
:草
ーーー
あとがき
書いといてなんだけど、鶏刺しの味はマジで想像できん。ちゃんと調べはしたけど……うん。実際に食べるには物理的、精神的なハードルも高すぎるし。
それはそれとして、コミカライズ版の二話目がWebで配信されましたね。みなさん、是非とも読んでください。
その上で、原作一巻、二巻。まだ出ぬコミカライズ版一巻をよろしくお願いいたします。
かーいーなーよー
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