第149話 VS 山主コラボ(裏) 上

「──それでは本日の配信を終わらせていただきます。お送りいたしましたのは、デンジラス所属の山主ボタンと」

「ライブラ所属の色羽仁ウタです。お疲れ様でした」

「お疲れ様でーす」


 終わりの挨拶を済ませ、配信を切る。これにて一段落ということで、ホッと一息。


「ふぅ。改めてお疲れ様でした。ウタちゃんさん、本日はありがとうございました」

「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございました。今日はとても楽しかったです」


 俺が頭を下げると、ウタちゃんも同じようにペコリと返してくる。知った仲ではあるが、それはそれ。VTuberは個人事業主、つまるところ社会人である。

 業務が終われば、まずはお疲れ様。こういう礼儀は大事である。……まあ、別の理由もあるのだが。


「……良し。配信もちゃんと切れてるな。おけおけ」

「前のコラボの時から思ってましたけど、山主さんってそういうところちゃんとしてますよね。毎回確認してるんでしたっけ?」

「ええ。事故は怖いですから。特に俺の場合、万が一個人情報に繋がるような事故を起こしたら……ね?」

「あー、確かに。山主さんの場合、洒落になりませんしね……」


 配信が問題なく終了しているかを、個人用の端末でチェックしていた俺の横で、ウタちゃんさんが乾いた笑いを零した。

 VTuber、いや配信者が恐れていることはいくつかあるが、その中でも特に怖いとされているのが切り忘れなどの放送事故だ。……統計を取ったわけではないが、体感的には多分間違いない。

 実際にVTuberとして活動してみて分かったが、放送事故はマジでやる。いや、やりかねないが正しいか。

 うっかりならまだ自己責任で片付けられるが、場合によってはシステムエラーで配信枠が閉じなかったなんてこともあるので、冗談抜きで怖いんだよね。

 それで私生活上でのアレコレが垂れ流し、なんてことになったら笑えないし、場合によっては知り合いの個人情報まで流出しかねないから。特に俺の場合、わりと真面目に国家機密に匹敵する会話をしたりするから……。

 それを避けるためにも、配信が終了したあとは、違う端末で自分のチャンネルを必ずチェックしているのだ。それが終わるまでは、絶対に配信モードを維持するよそう務めている。


「そういう警戒心の高さが、探索者として大成するために必要なんでしょうね」

「まあ、そうですね。……あとは、生配信でやらかして人生終了、なんて事例をリアルタイムで見てきたってのもあります」

「……心当たりがありすぎて納得しかない」


 ウタちゃんさん、乾いた笑いセカンド。VTuber文化が成立する前から活動していた古参配信者としては、やはり思うところがあるのだろう。


「ま、それはさておきです。配信も無事切れてましたし、ここからはオフモードでいきましょうか。……えーと、何か話があるんですよね?」

「え、あー……はい。ただその、ちょっと覚悟の準備をしたいので、少しだけ雑談をさせていただけると……」

「……近いうちに訴えられます?」

「え……いや違いますよ!? ネットミーム的な意味じゃないですからね!?」

「ですよねー」


 知ってた。雷火さんや巫女乃先輩ならワンチャンあったけど、ウタちゃんさんがこの手のネタをぶっ込んでくるなんてことはさすがにね?

 とはいえ、雑談かぁ……。重要な話をしたいそうだし、ネタに走るのは控えるべきか。それともネタに振り切って、緊張を解すべきか。悩みどころである。


「んー……あ。そうだそうだ。今日の配信で、ウタちゃんさんに謝っておきたいことがあったんだ」

「へ? 謝る、ですか?」

「はい。俺、今日はかなり攻めた発言したじゃないですか。毎日味噌汁とか、良いお嫁さんにとか。一応、ネタとしての体は保ったつもりでしたけど、それはそれとしてキショかっただろうなぁ、って……」


 ウタちゃんさんから振られたこと内容ではあったが、やっぱりあの発言はないよなー。テンプレを乱用していただけであるけど、ガッツリ口説いてたと言われたら否定できないし。


「い、いえ! 謝らないでください山主さん! そもそも私がきっかけですし、全然嫌だと思ってないので! むしろドキドキして死にそうだったと言いますか……!?」

「そうですか? 問題ないなら良かったです」

「……今結構な失言をしたはずなんですが、反応軽すぎません?」

「あ、自分で触れるんですね……。いや、触らない方が良いかなって」

「ぬぐっ。それはそうなんですけど……」


 誤解されかねないこと言ったなぁとは思ったけども。でもほら、俺かて配信上で似たようなこと言ってたわけで。

 思春期でもあるまいし、そこまで過剰反応する必要もないかなって。


「お気遣いいただいて恐縮なんですけど、そんな冷静に対処されると……こう、心にクルものがあります。私、山主さんから意識されてなかったりします……?」

「あー、興味ない的なアレではないですよ。ただあの手の台詞の反応としては、わりと予想していたと言いますか。ぶっちゃけると、ドキドキしたと言われても『だろうなぁ』って思ってたんで、特に驚かなかっただけです」

「ふぇっ!? ちょっ、あの! 山主さん!? それどういう意味ですか!? だろうなって……!?」

「いやだって、俺たちって出会いが出会いじゃないですか。自惚れとかじゃなく、常識的に考えてですよ? アレで好感度が低いわけがないですし、その後も嫌われるようなことをした記憶もない。それで口説くようなこと言ったんですから、まあ妥当なリアクションだよなって」

「それはっ……まあ、確かに。否定はできないですけど……」


 あ、やっぱり? 常識的にとは言ったものの、実は若干不安だったんだよね。これ、多少なりとも異性として意識されてるって前提があっての考えだし。

 ウタちゃんさんに『意識してないです』って否定されたら、一気に前提が崩れて自意識過剰な痛いヤツにクラスチェンジしちゃうからさ。いやー、良かった良かった。


「あの……そこまで分かっているのなら、私がこれから話そうとしている内容も想像ついてますよね? というか、全部分かってこの話題振ってますよね?」

「え、何がですか?」

「……分からない。私には山主さんの考えてることがまったく分からない。これは誤魔化されてるの……?」

「急にどうしました?」


 そんな深刻そうな顔をする要素あったか? 爆弾解除で赤と青の二択を突きつけられたような表情してますけど。


「……分かりました。このままじゃ埒が明きません! 女は度胸です!! 山主さん、本題に入ってよろしいでしょうか!?」

「え? あ、はい。どうぞどうぞ」

「ふぅぅっ。……山主さん、いえ夜桜さん! 助けていただいた時から、ずっとあなたのことが好きでした! どうか私と付き合って──いや結婚を前提にお付き合いしてください!!」

「……とりあえず、一回配信画面の方を確認して良いですか?」


 さっき確認したけど、念のためもう一回。大丈夫だよな? ちゃんと配信切れてるよな? しっかり切れてるよな!?







ーーー

あとがき

長くなりそうなので上下に分けます。


それはそうと、皆さん。コミカライズの二話が出ましたよ。

今月のコンプティークは、紙と電子の両方でご購入いただけます。

また、藍川先生のツイートに、二話の冒頭部分が載せられておりますので、ご興味ある人は是非に。


も ち ろ ん 買 い ま す よ ね ? ……原作版もね?

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