第147話 VS 山主コラボ その五
「それではウタちゃんさん、よろしくお願いいたします」
「は、はい。じゃあ、始めますね」
ウタちゃんさんがゴム手袋を装着したことを確認し、調理開始の宣言をする。調理開始ー!
ちなみに今回の配信では、カメラの画角を普段よりキツめに制限してたりする。やはりカメラ事故は怖いからね。特に今回は料理人がウタちゃんさんだし。
基本的にはまな板の映像で固定。コンロの方はなし。映すとしても仕上がりを見せる時だけ。……卵焼きの時は要検討か?
それ以外は写真と、俺の実況で済ませてしまう方針だ。俺のトーク力が試される形である。
「まずはどうする感じですか?」
「えっと、最初は肉じゃがを作ります。一番時間が掛かるので」
「なるほど」
「ということで、こちらが肉じゃがの材料になります」
:おー
:定番の内容
:白滝入ってる系か
:肉じゃがって家ごとに結構な個性出るよね
:俺の家と大体同じだ。やったぜ
:いんげん豆がない。そんな……
:わりとオーソドックスやね
:The家庭料理って感じ
:ウタちゃんの作る肉じゃがは牛肉なのか
:ええなぁ……
:家庭環境が見えてくるよな
:ほうほう?
牛こま、じゃがいも、玉ねぎ、にんじん、白滝か。まあ、普通である。コメント欄が無駄に盛り上がっている意味が分からないぐらいには、定番な具材と言えるだろう。
それでもあえてコメントするのならば……ちゃんと商品のラベルを剥がしてる点かな? 購入店舗から生活圏を推測する奴とかいるからね。そこは流石の防犯意識かなって感じ。
「それじゃあ、まずは野菜から切っていきます。最初は玉ね、ぎっ!?」
「……どうしました? 急に固まって」
「あ、いや……。ちょっと包丁の切れ味に驚いて。え、本当に凄い。スって切れる」
「あー。ちょっと良いやつですからね、それ。ちゃんと研いでますし」
「……やっぱりですか。全体的に黒いからそんな気はしてましたけど」
「色に関しては反射防止です。それで良さげなのを適当に買った感じです」
「あ、なるほど。……ちなみなんですが、お値段ってお訊きしても?」
「別に大丈夫ですけど、そんなにですよ? 二万か三万ぐらいだったかな?」
「ひぇぇ……」
そんな反応するほど? いや、確かに普通の包丁よりは高いかもだけど、そこまでじゃない? めっちゃ高いやつはウン十万とかするだろうし、それに比べればリーズナブルというか……一般的?
実際、これぐらいの値段帯の包丁なら、持っている人はそこそこいると思う。料理が趣味で、多少財力がある、または自由に使えるお金が大きい独身とかね。
特に男の独身貴族とか、趣味周りの道具にこだわりがちなイメージ。凝り性が多いんだよな。あと心の中に少年を飼ってるし。
そういう意味では、この包丁には俺の地の部分が出ているとも言える。配信のネタでやってるだけで、料理自体にはそんなこだわりがないと、分かる人には分かるんじゃねぇかなー。
「……やっぱり良い道具は違うなぁ。こうやって使ってみると、欲しくなっちゃうかも」
「そんなに違うんですか?」
「それはもう! ……何で持ち主の山主さんが実感できてないんですか?」
「カットには一家言あるからですかねぇ。道具の質で差が出る技量はしてませんから」
「た、達人の台詞だ……」
:草
:でしょうね
:剣の一振りで海すら割る男だ。面構えが違う
:弘法筆を選ばず、か
:草
:なんなら素手でも似たようなことできそう
:道具の恩恵が消滅しとる
:高い包丁は本当に違うんだけどなー
:草
:草
:そんな弊害があるとは……
:ガチの達人だからしゃーない
:草
コメントにもあったが、弘法筆を選ばずってやつだ。……まあ、実際の弘法大師はガッツリ筆にもこだわってたそうだが。なのでこの使い方があってるかは知らん。
とはいえ、技量が極まると道具を選ばなくなるのは事実である。もちろん、限度はあるけどね。俺だって状況次第では、ちゃんと獲物にこだわるしね。
ただ包丁に関しては……あんまり差はないかなぁ。選んだ理由も、反射による映り込みのしにくさと、全体的なビジュアルだもん。料理とは全然関係ねぇ。
一般的には、かなり違うらしいんだけどね。高い包丁と安い包丁だと。切れ味もそうだし、金気なんてものも食材に残らないらしい。
俺には差が理解できないからアレだけど。味覚が鈍いのではなく、そもそも金気なんてものを残さずカットしてるって意味でね。
なのでウタちゃんさんの意見は新鮮だ。そんな分かりやすいレベルで違うんだな、その包丁。
「てか、アレですね。予想はしてましたけど、やっぱりウタちゃんさん料理お上手ですよね。包丁の違いが分かるってことは、相当やってるでしょ?」
「いやー、そこまでですよ? 私なんか普通です、普通」
「そうですかねー? 見てる限りだと、結構手際も良く感じますけど」
すでに一通りの具材を切り終え、炒める工程に移っている姿を見るに、普通という台詞は明らかに謙遜だ。
包丁の扱いも手馴れたものだったし、今も危なげなくフライパンを振っている。具材を零す気配すらないよ。下手な奴は普通にコンロに落とすもん。
「普段から自炊とかはしてるんですか?」
「まあ、はい。特にここ最近は、その、力を入れてます」
「ほう? それはまたどうして? ……あ、リスナーに報告すると、今ちょうど水やら調味料やら入れましたね。ここから煮込みに入るのかな?」
「そんな感じですねー。灰汁も取りつつ、軽く煮込んでいきます。その間にお味噌汁をやっちゃいます」
:本当に手際が良いな
:これは料理上手
:まあ、ライブラの中だと家庭的な方だしね。ウタちゃんって
:お泊まりの時とか料理作ってるからな
:早い
:同時並行で料理作れるの凄い
:手馴れてるよね
:野菜切るのも速かった
:こんな彼女ほしい
:料理上手な子って良いよね……
:山主さんの調理とは違った良さがある
:手際良い
:山主マジで羨ましい
鍋に水を張り、出汁パックを入れて弱火。そしてゆっくり煮立たせてる間に、長ネギと豆腐、油揚げを刻んでいく。……ペットボトルの水を使ったり、豆腐を刻む時にしゃもじを使ってたりと、ところどころで差を感じるな。
俺ならそんな面倒なことしねぇもん。やっぱりウタちゃんさん、料理めっちゃやってるでしょ。細部に光るものがあるもん。
なんなら、出汁パックも配信との兼ね合いでしょ。垣間見える挙動からして、普段は出汁引いててもおかしくないぞコレ。
「ウタちゃんさん、実は料理が趣味だったりします?」
「え。何でですか?」
「だって手際が、その……自炊って感じしないですもん。しっかり料理をやってる人の気配がすると言いますか」
自炊の手際と、料理の手際って似て非なるものだからね。自炊は日々のルーティンだから、効率化に重きが置かれてるのよ。
もちろん、自分で食べるのと人に振る舞うのとでは、アレコレ変わってくるんだけど。それでも前提となる土台が異なるから、ひと手間の内容も違ってくるの。
ウタちゃんさんがさっきやった、豆腐の刻み方とか正にそう。多分、風味とか食感に関わってくるんだろうけど、自炊由来の手際だとそんなことしないもん。
自炊で経験値を稼いだ人は、洗い物を減らすために手に載せて包丁で切る。断言して良い。
だからこそ、ウタちゃんさんは『料理』をしてる人なのだ。効率よりも、手間暇掛けてクオリティを上げることに重きを置いていることが分かる。そういうのは所作に出るのだ。
「えーと、このままだと無限にハードルが上がりそうなので訂正しますけど……。本当に違いますよ? 自炊はしてましたけど、料理が趣味とかじゃないです。ただ最近勉強してるってだけで」
「趣味じゃないのに勉強してるんですか? さっきもそんな感じのこと言ってましたけど、それまたどうして?」
「その……これに関しては、山主さんの影響が大きくてですね」
「俺? まさかこのコラボのために練習した的な?」
「あ、はい。それも確かにあるんですけど、それだけじゃなくて……」
「ふむ?」
「山主さん、料理お上手じゃないですか。配信でも、すっごい美味しそうな料理を沢山作ってて。で、コラボして実際に食べさせていただいたら、ほっぺが落ちるぐらいに美味しくて。……見た目はアレでしたけど」
「それについては失礼しました」
蜘蛛とダンゴムシだからね。どんなに味が良かろうが、ゲテモノはゲテモノである。
「まあ、それだけなら特に思うところもないんですけど。私と山主さんの関係性的に、それだけじゃ済ませられないと言いますか……」
「関係性?」
「山主さんは私の大恩人で、しかも男性じゃないですか。……それで料理の腕で負けてるっていうのは、女として看過できないかなって。恋愛感情とか抜きにしても」
「恋愛感情……?」
「……失礼。言い方が悪かったです。『そういう話と繋げる人もいるけど、そんなの関係なく』って意味です」
「あー……」
:草
:草
:たまに山主さんの料理見て死にたくなる女オタクです
:草
:それは確かにそう
:草
:草
:女子力ぅ……
:切実な理由だった
:草
:女だけど超分かる
:草生えるわ
:草
それでアレコレ頑張ってくださったと。……恥ずかしそうにそんなこと言われたら、反応に困るなコレ。
ーーー
あとがき
久しぶりに遅れてしまった。調理シーンは……これで終わりで良いか。食材普通だし。
気になる人はクックパッドかYouTube見て。味噌汁と肉じゃが、卵焼きをそれぞれ検索してね。
てことで、次回は実食。
あ、あと前回のコメント。購入済みの方、ありがとうございます。そのまま、是非とも周囲の方に拡散してください。そうして売上が上がれば、間違いなく続刊に繋がると思いますので。
あとは……アレだ。コミカライズ版の二話がもう少ししたら出るのかな? 確か今月のコンプティークの発売が十日だったはずだし。
なので原作ともども買ってね。
てか、五十万文字こえたね。ビックリしたわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます