第126話 ……進む前の飲みコラボ その四
「あ、本当にある。ぶどうに胡椒」
「マジで気になってるんですね、それ」
テーブルに戻っての第一声がそれですか。おもむろにスマホ弄りだしたなと思ったら、わざわざ調べてたのか。いやまあ、確かにインパクトはあるのは認めるけど。
「一度気になるとどうもね。オタクの性ってやつだよ」
「そんなもんすか」
「そんなもんだよ」
:分かる
:気になると夜しか眠れないからな
:あるある
:草
:ついついスマホで調べちゃう
:オタクの特性
:特に四谷は生粋だからな
:納得できないとムズムズするのよな
:分かるー
:草
俺もオタク……いや、違うのか? 昔の基準だとオタクなんだろうけど、今の時代はVTuberが好きなだけじゃオタクと言えない気もする。アニメも漫画も人並み程度だし。
まあ、間違いなく俺以上のオタク、それもクリエイターサイドの四谷先輩がそう言うならそうなのだろう。
「じゃあ、最初にぶどうから食べてみます?」
「え、それは……ちょっとお行儀悪くない? これデザートでしょ? カプレーゼとアヒージョを食べてからじゃない?」
「そんな大層なもんじゃないですよ。半分家飲みみたいなもんなんですから、自由にすれば良いんです」
コース料理ってわけでもなし。食べる順番なんか好きにすれば良いのだ。こんな身内での飲み会に、七面倒臭いマナーを持ち込んだところで、プラスになるようなことなんて何もないのだから。
「じゃ、じゃあ? お言葉に甘えて……」
「どぞどぞ」
「い、いただきま……んむっ!?」
「……四谷先輩?」
え、ちょっと何そのリアクション。一口いったら固まったんだけど。……もしかして駄目だった? あんまり美味しくなかったりする?
「え……すっご。これめっちゃ美味しいよ山主君! ぶどうの甘みがめっちゃ引き立ってる! え、ちょっと待ってビックリなんだけど!?」
「あ、左様で……? 美味しいなら良かったです」
「いや本当に美味しいよこれ。ちょっと山主君も食べてみて! ほらこれ!」
「お気持ちはありがたいんですけど、ぶどうを人の口に突っ込もうとせんでください」
アーンはアウトや。流石に燃える。別に配信に映ってるわけではないけど、それでも下手なことはするべきじゃないって。てか、せめてアーンしようとするにしてもフォークでやって。興奮してるのは分かりますけど、素手はアカンて。
それはそうと、ぶどうか。四谷先輩から拝借し、パクリと一口。……ふむふむ。なるほど?
あー、こりゃ確かに美味いな。ぶどう本来の甘さが、胡椒のピリッとした辛さでより一層引き立っている感じ。鼻から抜ける胡椒の香りもプラスポイント。
ワンチャン胡椒のインパクトにぶどうが負けるかなと危惧してたんだけど、そんなこともなかった。使う量は抑えたし、味の系統も全く違うからぶつからない。ちゃんと名脇役のポジションに収まってる。
「これはシャンパンが進む……っぷはぁぁ」
「あらあら。これまた良い飲みっぷりで」
「いや最高だねコレ! ワインとも相性バッチリ! これもまた素敵なおつまみだよ!」
「それは良かった」
:そんなに美味いのか
:はえー
:シャレオツ
:ぶどうと胡椒は合うんじゃよ……
:今度やってみよう
:マジかよ。合うのかその組み合わせ
:まあ『あまじょっぱい』だからな
:マジ?
:ちょっと気になる
:裏山
:スーパー行ってくるわ
実験混じりではあったが、意外と好評なようでなにより。今度から自分でも作ると言っているので、本当に気に入ったらしい。まあ、簡単だからね。
さて、これにて疑問は解消された。そして手を付けていないのは、あと一品のみ。
「……で、これだよ。アヒージョ」
「バゲットと一緒にどうぞ」
「いやこれ大丈夫? もう見るからに『罪』なんだけど。私、これから正気を保っていられるかな……?」
「放送事故さえ起こさなければ、正気を失っても俺は別に構いませんよ?」
「いや私が構うんだけど!?」
「それはそう」
と言っても、ダンジョン産の料理を食った人って、大抵が大なり小なり正気を失うんだけどね。俺もたまにやるし。
なんなら放送事故もやる。無言のまま延々と食べ続けたこともある。つまり余程のことをやらかさなければOKである。
「……では、いただかせていただきます」
「日本語がおかしい……おかしいのか?」
「いざ鎌倉!」
「違うわこれ。無駄に気負いすぎて先輩自身がおかしなっとる」
「えーと、まずは卵とベーコン、エリンギをお皿に移して……あ、駄目だ香りがもう凄い。自然と顔がニヤける……!?」
「駄目みたいですね」
:あー!
:草
:もうこの時点で凄い美味そう
:ヤバいて
:絶対に美味いもん
:もう正気じゃないの草
:食べたい
:いいなー
:草
:めっちゃ美味そうなのが分かる
:やっぱりアヒージョはヤバいって
愉快なことになっております。大変愉快なことになっております。ちょっと四谷先輩? ご飯食べるのに口元隠してどうするんですのん?
「待って見ないで山主君! 今は駄目! もう女として駄目な顔してるから! ……そんなニコニコするなぁっ!!」
「いや無理でしょ。めっちゃ見てて楽しいですもん」
「性格悪い! デリカシーなし!」
「ほら早く食べてくださいよ」
「〜〜っ! 食べるけど、食べるけどさぁ……!?」
「顔赤いですけど、もしかしてもう酔いました?」
「山主君!!」
てへぺろ。でもマジでウッキウキよ。男女とか関係なく、ちゃんとした大人が動揺してる姿って最高よね。超愉悦。面白すぎてニヤニヤしちゃう。
「やっぱりキミSだよね! 今度はそういうボイスやらせるからね!?」
「別に構いませんが」
「クソこの羞恥心皆無野郎め……!」
「いやボイスって普通そんなもんでしょ。正直、今回みたいな内容の方が異例というか。なんすかアレ」
「仕方ないでしょ!? アメリカのアレを見たら、選択肢なんて一択しかないじゃん! クリエイターなら誰だって、山主君にカッコイイ演説をさせたくなるよ」
「あ、テーマ言ってオーケーなんすね」
「ちゃんと許可は貰ってますぅ! なんならこのコラボの最後で宣伝する予定でした! 無理そうだから先に言うけど!」
:演説!? 山主の演説!?
:待ってなにそれ聞いてない
:ハ? 絶対に買うが?
:またあのアメリカみたいなやつ聞けんの? マ?
:絶対にカッコイイやつ
:それはズルだろ
:ガチ恋勢がまた量産されちゃう
:草
:それまあまあ無法では?
:そんなん買うしかないやん
:売上エグいことになりそう
:これは購入一択
:サンプルください
コメント欄めっちゃ湧いてるじゃん。え、そんなに? 確かに収録の時も評判は良かったけど、そこまで期待されるほど?
世の中って不思議ね。やってる側からすれば『こんなんで売れるのかなぁ……』としか思えないのに。まあ、大体のライバーが同じこと思ってそうだけど。
「ちなみに絶体絶命な状況での逆境ver、戦場前ver、ダークサイドverの三種収録してます! めっちゃ迫力あるから皆買ってね! シナリオ書いた私も超ビビったクオリティだから!」
「ここぞとばかりに宣伝しおる」
「これでやることやりました! もうやり残したことはないです! てことで、アヒージョ食べます!」
「あ、はい。召し上がれ」
パクリと一く……あ、ちょいステイ! そんな勢いよく食べたら駄目──
「アッツ!?」
「当たり前でしょ何してんすか!? 熱した油がそんなすぐに冷めるわけないでしょうが! しかも入ってたのスキレットですよ!?」
:草
:草
:草
:お馬鹿!
:草
:なんで一口で勢いよくいったし
:草
:草
:ふーふーしなさいふーふー!
:草
四谷先輩あなたねぇ……。今の絶対に舌火傷したでしょ。意を決して食べにいったのは分かりますけど、せめて最低限の冷静さは持っててくださいよ。
「あー、待ってください。氷水を持ってくるんで」
「……山主君」
「はい?」
「私と結婚しない?」
「頭まで火傷しました?」
いきなり何言ってんだこの人。もう炎上とかそういう次元じゃねぇだろ。ネタにしたって唐突すぎるわ。
「だってこれ、美味しい。凄い美味しいよ……」
「待って四谷先輩。ねぇ泣いてる? え、ガチで泣いてる?」
「私、こんなの食べたことない……。毎日食べたい。食べたいの……」
「パイセン? 四谷パイセン? 酔ってる? もしかして酔ってる?」
え、そんなことある? そりゃ確かに、カプレーゼの時点で結構パカパカいってたけど。それでもまだボトルの三分の二ぐらいしか飲んでないよ? 二本飲むって宣言してた人だよ?
てか、シャンパンってアルコール度数いくら? 六とかそれぐらい……嘘っだろそんなにすんの!? 思ってた以上に高いなコレ!?
「ビールより全然度数高いじゃねぇか! それをこの短時間で三分の二も空ければそりゃ酔うわ! 四谷先輩なんでこんなハイペースで飲んじゃったんですか!?」
「だって……てぇ、おつまみ美味しくて……」
「この酒カスゥッ!! 飲み慣れてんじゃねぇのかアンタ!? 何を下手な飲み方してんだ!?」
「美味しい……アヒージョ美味しい……」
「泣きながら食べるな!? もしかして泣き上戸だったりします!?」
:草
:草
:草
:草
:草
:山主がここまで慌ててんのも珍しいな
:草
:草
:草生える
あー、もう! 駄目だこれ配信してらんねぇ! 放送事故は気にしないって言ったけど、流石にこのレベルで酔われると駄目! 笑えないタイプの事故が起きかねん!
幸い最低限やることはやった! なので切ります! お疲れ様でした! ……お疲れ様会は裏でゆっくりやるか。ついでにマネさんに連絡しとこう。
ーーー
あとがき
酔っ払いのせいで強制終了。読み返すと分かるよ。しっかりおかしくなってるよ。
アヒージョの食レポは……ね? 途中描写だけでもしっかり美味しそうでしょ? さらに気になるって方は、是非とも作ってみてね。飛ぶぞ。……多分。
それはそうと、報告を二点ほど。
まず一つ目。ネズミが消えました。ここ数日、姿どころか糞や食事の形跡が一切見当たりません。発見初日はクソほどあった形跡が皆無です。
一応、侵入経路を含めた諸々は塞いでいるのですが、もしかしたら発見後すぐに逃げ出した可能性があります。
以上を持って、我が家を舞台にしたネズミとの冷戦が開始されました。いなくなった可能性を念頭に置きつつ、罠類はそのままで観察期間に移行します。
状況が動き次第、またご連絡いたしますので、ひとまずこの話はお終いということで。
二点目。購入報告、誠にありがとうございます。とても励みになります。
とは言え、まだ買ってないという方も多数いるでしょう。そんな皆様の購買意欲を刺激するため、耳寄りの情報を一つ。
本日、情報解禁されました。本作のコミカライズを担当してくださるのは、あの【藍川蓮】先生です!! どうだすげぇだろやべぇだろ!?
藍川先生だぞ藍川先生! ヤバくない!?
先生の描いた一話マジでヤバかったから! ネーム段階で背中ゾクゾクしたから!
皆も買おうな! コミカライズも小説もどっちも買おうな! 買ってくださいお願いします!
追記 Amazonの人気度ランキング Kindleストアで急上昇二位だそうです。皆様本当にありがとうございます。もっと買ってください。
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