第120話 英雄賛歌 下

 啖呵を切ったその直後、大地に刻まれた亀裂が輝き、極太の熱線が放たれる。

 中々の威力だ。熱線に触れた大地は赤熱し、その衝撃で俺の生み出した亀裂は見事に塗り替えられた。


「……ふっ!」


 だが甘い。この程度なら斬り裂ける。魂を、概念に刃を届かせるこの俺が、ビームぐらい斬れないわけがないよなぁ!?


「ぬぉぉぉぉぉぉ!?」

「うるせぇぞミスター・サム。ちゃんとカメラマンとして守ってやってんだろ。この程度で狼狽えるな」

「……何か言ったか!? 轟音で耳が聞こえん!」

「ちっ。年寄りは耳が遠いなオイ」

「私はまだ五十一だ!」

「聞こえてんじゃねぇか!」


 年寄り呼ばわりの時だけ反応すんじゃねぇよ! 乙女か己は!


「ったく……」


 呆れながら剣を一振りし、巻き上がった砂煙を吹き飛ばす。

 これで視界は確保完了。……別に俺は問題ないが、視界不良だと画面映えもしないからな。サービスである。

 にしても、やっぱ威力は中々だな。俺を頂点として、見事なまでの二等辺三角形が生まれてら。溝の深さは二十メートルってところか?


「なんと……」

「そんな驚くことか? よくあるだろコレくらい」

「あってたまるか! そもそも初見の攻撃なんだが!? 報告に上がってないぞこんなの!? あの化け物はこんなことするのか!?」

「ドラゴンはブレス吐くだろ」

「言われてみたらそうだなクソッタレ!」


 キレすぎだろ。血圧上がっても知らんぞおじいちゃん。


「キミは慣れてるかもしれないが、私は慣れてないんだよ! いや我々だな! ほら見ろ! コメント欄も凄いことになってるぞ!?」

「あー? だからいちいちコメント……はぁ面倒くさいなぁ。分かったから読み上げようとするな。それなら音声読み上げソフト使え。確か念のため入れてもらってたろ」


 多言語対応のハイグレード版。俺は不思議パワーで聞き取れるし、アンタはアンタで大統領なんだから、ある程度の語学力はあるだろ。分かるやつだけ拾えば良い。

 それで共感もらって落ち着けるなら儲けものだ。いくら覚悟完了してようが、荒事と程遠い政治家なのは変わらないしな。それに賑やかしぐらいにはなるだろ。


「……こ、こうか?」


:エグい攻撃

:ヤバいな今の

:こんなん倒せるのか……?

:呑気かコイツら

:聞こえてますかミスター・サム

:ドラゴンブレス……

:マジで映画みたいだ


 ん。ちゃんと起動はできてるな。アンチコメもなさげ。ま、あったところで俺は気にしないがな。好きなだけ騒げば良いさ。ミスター・サムの方はどうか知らんが。


「……ふぅ。しかしだ。急に何故こんな攻撃を? それだけ今の一撃が致命的だったのか? 追撃の類いがないのも気になるが……」

「追撃に関しては、俺が出鼻挫いてさせてないだけだよ。ほら、あっちをよく見てみろ」

「サラッとまた意味の分からないことを……。いや、向こうだと?」

「おう。あれ」

「……っ、何だアレは!?」


 ミスター・サムが驚愕の声を上げる。そりゃそうだろう。なにせ視線の先の空には、いつの間にか人型のナニカが浮かんでいたのだから。


「アレは一体……」

「俺の攻撃を警戒してだろう。魂に直接届く斬撃を前にしたら、デカイ身体は的なだけだ。だから一箇所に凝縮させ、巨体を限界まで絞った。ついでにスペックも上がるしな」


 ちなみにさっきのブレスは、凝縮させたエネルギーを吐き出したんだろう。今までしてこなかったのもそれが理由だ。しなかったんじゃなくて、できなかったが正しいな。


「本体ってのはアレのことだよ。今のアイツは、大地に伸ばしていた根を全てあの身体に集めている。──つまり、アレさえ仕留めればゲームセット。ついでに言うと、一時的にテキサスも解放されている」

「そうか……!」

「ただ良いニュースだけじゃねぇな。エネルギーを凝縮させる際、生き残るために大地のエネルギーを片っ端から吸い取ったはずだ。テキサスに無数の不毛の地が誕生したと思っておけ」


:それダメでは?

:アカンやん

:なにしてんだお前!

:アウトやんけ

:厄介な

:テキサスの一次産業死んだだろそれ

:それ救えてなくない?

:駄目だろ

:復興の道は険しいな


 やかましいぞコメント欄。どちらにせよ、倒せなきゃ滅びるんだよ。ハッピーエンドが罷り通るほど、世の中は甘くねぇぞ。


「っ……! ち、ちなみに訊くが、アレを倒したら、土地の状態が戻ったりとかはしないのか……?」

「ない。ドロップアイテムすら落とさねぇんだから、そんな奇跡が用意されてるわけがないだろう? ダンジョンから出たモンスターは、地上になんの恩恵も齎さないんだよ。壊すだけ壊して、塵となって消えるだけだ」

「……そうか」

「失望したか?」

「いや、元を辿れば我が国の、私の不始末だ。ならばキミにがなり立てるのは筋が違う。ただ改めて決心しただけだよ。──アレはステイツの敵だ! 一秒でも早く塵へと還してくれ!」

「あい、よ!」


 オーダーともに斬撃を飛ばす。……ヒット! また一歩奴は死に近づいた。

 そうだ。それで良い。それでこそだ! 起きちまったことをウジウジ悩むな! 後悔は全てを終わらせてからで良い!

 今はひたすらに前を向け! 眼前の敵を睨め付けろ!  戦場ってのは、意地を貫き通したものだけが最後まで笑ってられるのさ! それで生き残るか死ぬかは別としてなぁ!


「GYAAAAAAAAAAAAAAA!!」

「ぬぅ……!?」

「怯むな! 何のために俺がアンタの前に立っていると思っている!? 配信だぜ!? カメラマンが先にくたばっちゃ台無しだろうが! そんな興醒めなことさせるものかよ!」


:うわぁ……

:すっごい

:なんだこれ……

:いけぇ山主!

:そうだ! 大統領を守ってくれ!

:現実かこれ……?

:最後まで見せてくれ!

:やれ! そこだ!

:ははっ、やっば……


 ブレスが飛ぶ。剣圧をぶち込んで相殺させる。そんでお返しにもう一発! 反応遅せぇよ木偶人形!!

 通させると思ってるのか!? 悪いが俺の後ろはセーフポイントだ! なんせ配信機材は繊細でな! 壊させるわけにはいかねぇんだ!


「良いかミスター・サム! 恐れるのは構わん! だが気圧されるな! 目を逸らすな! アンタの前に立っている奴は何だ!? 最強の探索者か!? ──違ぇだろ! アンタが自分の命と、アメリカ大統領の命を対価に呼び寄せた男だ! ならば信じろ! 俺ではなく、自分の賭けたモノを信じろ!! さもなきゃ対価の価値が落ちるぞ!?

「っ……!」

「戦場では生き様で語れと言ったろうが! 奴を睨め付け、カメラを向け続けるその姿に価値がある! 違うか!?」

「……全くキミは! 人をその気にさせるのが随分上手いな!? 探索者よりも、アジテーターの才能の方があるんじゃないか!?」

「そりゃ見解の相違だな! 俺はただ自分の生き様を、在り方を貫いているだけさ! 俺ならそうすると語ってるだけだ! アンタが勝手に感化されてるだけだよ! 歳を取っても男の子だな、なぁミスター!?」

「私はまだ五十一だと言ってるだろうが!」


 またブレス! 馬鹿の一つ覚えみたいに乱射しやがって! もっと真正面からぶつかってこいよ! その時は容赦なくぶった斬るがな!!


「それによミスター・サム。アンタはアメリカの代表で、これはアメリカの戦いなんだ。だったら堂々としてようぜ? 俺は所詮オマケなんだからよ」

「オマケ? 何故だ英雄。戦ってるのはキミだろう? むしろ、私の方がオマケだろうに」

「ハッ! 分かってねぇなおじいちゃん。俺はアンタの命でこの場にいる。アンタがあそこまでの覚悟を決めなきゃここにはいない。アンタの覚悟が、意地が俺をこの場に留めてるんだ」

「……うむ」

「そしてアンタを大統領に選んだのは、アメリカの国民だ。つまりこれは、アメリカによるアメリカのための戦いだ」

「──」

「この場において、俺は所詮は剣だ。そして剣を構え、振るうのはアンタと、アンタを選んだ国民たちだ! ミスター・サム! アンタのこの場の立ち振る舞いが、そのまま奴を殺す刃になる! アンタを選んだ国民の声が、それだけ刃を鋭くさせる!」


:俺たちの声が……

:大統領……

:そうだ、これは俺たちの戦いだ!

:また山主さんがカッケェこと言ってる

:大統領! 堂々としてくれ!

:やっぱり山主さん煽るの上手いな

:俺たちがついてるぞ!

:私はあなたに投票したのよ!

:頑張れ大統領!

:いけ! やっちまえ!

:どうか家族の仇を!

:応援してるぞ大統領!


 そうだ! コメント欄も叫べ! せっかく配信に載るよう自我を出させてやったんだ! お前らの声で、もっとミスター・サムを鼓舞してやれ!


「……何故だ? 何故キミはそこまで我らを立てるんだ? 何故、こんなにも私の心を奮わせようとする?」

「そんなの決まってる。──俺はな、気に入った人間が何かするのが好きなんだよ。頑張る姿を見るのが好きなんだよ」


 VTuberが好きなのもそうだ。気に入ったライバーさんが、配信でダラダラ話してるのが好きだ。企画を考え、一緒懸命努力してる姿が好きだ。

 俺はそれを見ていたいからVTuberが好きになった。より近くで新たな反応をみたいから、俺の手でそれを引き出したいからVTuberになった。


「正直な、俺はアイツを簡単に倒せる。アンタのことを気にしなければ今にでも。守りながらでも……まあ、あんま変わんないわな」


 またブレスが飛んでくる。また剣圧で相殺する。そして渾身の一撃を叩き込んで〆……にはしない。


「だがよ、それだとつまんねぇだろ。エンタメとか、そう言う話じゃないぞ? 俺がズンバラリンと奴を斬って、凄い凄いめでたしめでたしで済ませてくれるなって話だ」

「……」

「そんな簡単な話じゃないだろ。多くの悲しみがあっただろ。多くの葛藤があっただろ。多くの怒りがあっただろ。それが薄っぺらいハッピーエンドで片付けられちゃ、何て言うか興醒めだろ?」


 何度だって繰り返してやる! 俺はアンタの覚悟が決め手でここにいる! 確かに今はクライマックスだ! だが物語はそれが全てか!? ……違うだろ! そこに至るまでのアレコレがあるだろうが! だから最後が盛り上がるんだろうが!!


「この戦いは世界に注目されている。だが人間ってのは愚かでな。見たものしか記憶しない奴らが一定数いるんだ。そしてその手の人種、思った以上に数が多い!」

「……そうだな」

「そんな奴らが言うんだぞ! 『山主ボタンは戦った』ってな。俺がただ奴とやり合ってるってだけで! アンタを筆頭とした、多くのアメリカ国民のことを消し去って! さも俺一人だけが戦っていたかのように! 抗った奴らがどんどん忘れ去られるんだ! それをアンタは許せるのか!?」

「……」

「俺はそれが面白くねぇんだよ! 今はそうでなくても、後世は間違いなくそうなるぞ!? なにせそういう奴らに限って声が大きい! 拡大解釈で好き勝手言われるとか、ふざけんなって話だろうが! ましてや俺も当事者の戦いを、知らん奴らが訳知り顔で語るなんて反吐が出る!」


 ええいっ! 話の邪魔だ! ブレスなんか飛ばしてくんじゃねぇぞ木偶人形! すっこんでろ!!


「俺はな、アンタのことを結構気に入ってんだよ。なぁ、ミスター・サム。だからよ、アンタの活躍が捻じ曲がって伝わるのは気に入らねぇんだ。それにはもちろん、アンタが背負った『アメリカ』もまた含まれるんだ」

「……そうか」

「彼ら彼女らがアンタを選び、アンタはそれに応えて命を賭けた。ならそれをさ、世界に分かりやすく刻んでやろうぜ? あの木偶人形を倒したのは俺たちだって。アメリカが奴に全霊を懸けて挑み、勝利したって謳ってやろうや。それが一番面白くて痛快だろ?」

「……ハハッ、ハッハッハッ! HAHAHAHAHAHA!! ああ、そうだな! 確かにそれは痛快だな!」


:そうだ!

:俺たちだって戦ってる!

:よく言ってくれた!

:アンタら最高だよ!!

:俺は今、猛烈に感動している

:私たちがアメリカだ!

:あのクソ野郎に目に物見せてやれ!

:いけ! 俺たちの想い背負ってくれ!!

:いけぇぇぇぇ!!

:やれ! やっちまえ!!


 そうだ、叫べ! 自分たちはただ被害者ではないのだと! 部外者ではないのだと! ミスター・サムを、偉大なるアメリカ大統領を選んだのは自分たちだと!

 英雄とは! 自分でなるものでは決してない! 誰かに認められて勝手になっているものだ! ならば俺が認めてやる! 

 ミスター・サムは命を賭けた! そしてアメリカ国民はサムを選んだ!! それは見事な功績だ! なにせそれが国を救った!


「さあ、気取っていくぞミスター・サム! 俺は剣だ。そして振るうのはアンタと、アンタを選んだ国民たちだ! ならば声を張り上げろ! 奴を倒せと! 我らの意地を見せつけろと!」

「その通りだ! この配信を見ているアメリカ国民に告ぐ! 叫ぶのだ! 今こそ我らが一体となって叫ぶのだ! U.S.Aと! 私こそがU.S.Aだと! 我々こそがUnited States of Americaだと!!」


:U.S.A!

:U.S.A!

:U.S.A!

:U.S.A!

:U.S.A!

:U.S.A!

:U.S.A!

:U.S.A!

:U.S.A!


 そうだ! それでこそだ! その叫びが俺を奮わせる! その叫びに価値がある!!


「決めろ英雄!」

「応とも、ヒーローたち!」


 木偶人形が再びブレスを放つ。だが今回の一撃は、これまでとは比べものにならない輝きだった。恐らく、流れの変化を察知したのだろう。


「もう遅せぇよ。戦場は生き様を語る場だ。ビビって引き撃ちに徹したてめぇにゃ、語る資格はありゃしねぇ!」


 誇りを束ね、刃に載せる。これは──アメリカの敵を絶つ一撃なり!


「喰らえ、クソッタレの化け物め! これが……アメリカ合衆国だぁぁぁぁぁ!!」

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