第119話 英雄讃歌 中

「──さて、と。こっちは準備オーケーだが、そっちは?」

「少し待ってほしい。今確認を……ああ、良し。送迎してくれた彼らも十分距離を取ったと連絡が入った。これでこの荒野にいるのは、私たちだけだ」

「そんなの気配で分かってるっての。そうじゃなくて、配信準備はどうかって訊いてるんだよ、カメラマン」

「……質問を返すようで悪いが、その気配とやらはどれだけの範囲をカバーできるんだ?」

「今は十キロぐらいに留めてるが、それが?」

「……そうか」

「んだよ」


 凄い何か言いたげだな、ご老人。一応言っておくが、普段からこんなレーダーみたいなことしてないからな? 疲れるし、気配探ってまで知りたいこともないし。

 非常時だからやってんだよ。あと巻き込み防止。周りへの被害を考えて、わざわざ人がいない荒野にまで足を運んだんだ。それなのに、実は人がいましたなんてオチがついたら笑えねぇだろ。


「ま、まあ、二重でチェックしてくれているのならありがたい。少し驚いたがね」

「さようで。それで、さっきの質問の答えは? 配信準備はオーケー?」

「ああ、問題ないとも。キミが到着するまで、専門家の下で精一杯詰め込んだからね。きっと大丈夫……なはずさ」

「若干自信ねぇじゃねぇか」


 いやまあ、仕方ないんだろうけども、サムおじさん、年齢的には多分もうすぐおじいちゃんだろうし。知らんけど。

 とは言え、そこまで不安に思う必要もないか。この場に送ってもらった際に、軍の専門家らしき人らが指導してたし。

 その結果誕生したのが、世にも珍しい現役大統領カメラマンだ。ライブ撮影用のカメラを構え、片手には配信画面確認用のタブレットを携えるその姿。まったくサマになっていない。


「……今更になって不安になってきたな」

「怖気付いたか?」

「いや、覚悟はとっくに決めている。そうではなくてな、いざこれらを操作するとなった時、画面やボタンの文字がちゃんと見えるかが……な?」

「老眼かよ」

「歳なんだから仕方ないだろう! 馬鹿にしてられるのも今の内だぞ!? キミだっていずれはなるんだからな!!」

「お生憎様。悲しいことに、老いとはとっくに縁が切れてるんだわ。老眼なんて死んでも経験できんのよ」

「……つまりキミはピーターパンか」

「張り倒すぞクソジジイ」


 誰が永遠のクソガキだ。無駄にこっちのノリに順応しやがってよ。馬鹿なこと言ってないでさっさと配信準備しろや。


「……良し。これで大丈夫なはずだ。あとは開始ボタンを押すだけだ」

「そうか。んじゃ、さっさと始めよう。最初は俺が喋る。今の俺の言葉なら、翻訳なしでも世界中の人間に伝わるからな」

「改めて言われると、意味不明な現象だな……」

「神託が言語の壁に阻まれるかって話だよ。別に神を僭称する気もないがな。認識としては似たようなもんだ」

「……デタラメだな。だが、今はそれが頼もしくもある。──それでは始めるぞ」

「応ともよ。戦闘が始まったら、ナレーションは任せるぞカメラマン」


 互いに頷き、配信開始。問題なくスタートしているか、自分のスマホでチェック。……大丈夫そうだな。


「はいどうも。デンジラスのスーパー猟師、山主ボタンです。今日は話題沸騰中のテキサスの地にやって来ております。理由はコラボです。前の配信を見てるなら分かるよな? てことで、コラボ相手の紹介だ」

「あー……画面の前の諸君、ご機嫌よう。私はミスター・サム。アメリカの代表を務めている者だ。今日はボタン君の勇姿を、全世界に伝える役目を負っている。……勇姿と呼ぶには、些か衝撃的だがね」

「一応リスナー諸君に説明しておくが、身バレ防止だ。カメラマンのミスター・サムと違って、俺は前に出なきゃだからな。毎度料理配信で超美麗3Dを使ってるとはいえ、馬鹿正直に全身そのまま映せるかって話だ」

「それにしたって、顔を隠すなら他のマスクがあっただろうに。同僚からのプレゼントとは聞いているが、明らかにパーティーグッズだろそれ。贈った者も驚いてるのではないかね?」

「手元にあったのがコレだけだったんだよ。新たに調達する時間を惜しんで駆け付けてやったんだ。賞賛こそされど、非難される筋合いはねぇ」

「だそうだ。コメントをしてくれた諸君も、これで納得できただろう。彼は真剣だよ。ふざけてなんかいないのさ」


 なるほど。無駄にさっきと似たようなことを訊いてくるなと思っていたが、コメント返しか。丁寧に批判を潰していくとは、なんとも付き合いの良いことである。


「ミスター・サム。安全圏から文句ばっか言う奴らなんか、相手するだけ時間の無駄だ。俺とアンタだけがここに立っている。それが全てだろ」

「いやまあ、それはそうだがな……。それでもやはり、印象やイメージは大事だろう?」

「ここは今から戦場だ。戦場で最も尊ばれるのは在り方だ。弁舌も別に悪くはねぇが、観客には生き様で魅せるんだよ。それが一番心を震わす」

「……そういうものかね?」

「そういうもんだよ。なにより履き違えるなよ? アンタが見るのは画面の中の文字じゃねぇ。カメラマンなんだろ? だったら被写体から目を逸らすな。コメントなんか放っておけ」

「……なるほど。道理だな」


 理解してくれたようでなによりだ。それじゃあ、早速だが本日のメインイベントに移ろうか。


「まずは一発。狼煙代わりにデカイのかますぞ。それで地中の本体を炙り出す」

「本体なんているのか!? そんな情報貰ってないが!?」

「違ぇよ。これから本体を作るんだ。ちゃんと解説も添えてやるから安心しろ」


 だから逸るな。情報を出し渋ったとかじゃないから。どうせ『本体があるのなら、それを伝えてくれれば我々だけでも……』なんて思ってんだろ? 悪いが無理だよ。今からやるのは、俺にしかできねぇことだ。


「敵は菌であり樹木……まあザックリ言うと、植物型のドラゴンだ。既にこのテキサスの地に根を張り、土地のエネルギーを奪い続けている。そしてやがては他の州に、国に、大陸全土にまで拡がることだろう」

「……ああ。だからこそ、我々には打つ手がなかった。植物である以上、根が何処かに残っていれば全てが振り出しだからだ」

「だろうな。コイツを現在の技術で物理的に仕留めるのなら……最低でもテキサスとその周りの土地に核を落とす必要があるんじゃねぇの? それも該当地域が地図から消え、新たな海ができるまで延々と」


 ま、諸共消し飛ばすしか手はないってこった。木の根や菌ってのはそれだけ厄介なんだよ。雑草だってそうだろ。抜いても抜いても生えてくる。

 しかも生えてくる雑草が巨大怪獣なんだから、やられた方は堪ったもんじゃねぇわな。


「だがそれは物理、それも馬鹿正直に科学技術で挑んだ場合だ。神秘を切り捨てた人類には手に余る相手だが、生憎と俺は違う。ダンジョンではな、物理法則に縛られるのは二流までだ。一流は物理を逸脱し、超一流からその先は自分のルールを押し付けるのさ」

「……つまり、どういうことかね?」

「簡単だ。ルールの違う俺の攻撃は、コイツに対して覿面に効くってこった!」


 阿頼耶識を発動。知覚範囲を物質界から、より高次の次元まで拡張。プログラムをチェックするかのように世界を観る。

 そして把握する。敵の全容を。どれ程根を伸ばしているのかとか、どれ程強大なのかは関係ない。識るべきは相手の本質。存在そのもの!


「分かりやすさ重視で群体と表現したが、コイツは厳密には違う。基本的にはクソデカイ個体だ。ただ切れ端が生まれると、そこから増える。ただソイツも同一個体で、繁殖してるわけじゃない。クローン……とも微妙に違うか。まあ、大元が同じってことだ。なら弱点だって同じよな?」

「その弱点はどこだって話なんだがね!?」

「そんなん魂に決まってんだろうが! だからこうすんだ、よ!!」


 気合いと同時に一閃。刃は空を切り、そのまま一気に大地を割る。

 だが本質はそこじゃない。物的破壊なんてただのオマケだ。この一閃の正体は、相手の魂そのものを斬り裂く概念攻撃!

 欠片さえ残ってれば復活する!? 塵一つ残さず消滅させなければ倒せない!? そうかいそれは大変だ! じゃあ魂ぶった斬って概念的に殺しにいきますね!


「さあ晴れ舞台だ、ミスター・サム! これより始まるは世界が注目するドラゴンハント! 提供はアメリカ代表様だ! 撮り損ねてくれるなよ? 気取っていくぞ、ヒーロー!」

「ああ! 私が許す! 存分に暴れろ、英雄!!」







ーーー

あとがき

コミカライズお祝いありがとうございます。それはそうと、思ってた反応と違くてビックリです。てっきり『やっとか!』とか『ようやく……!』みたいな反応がくると思ってました。


なんでかって? ──皆さん思い出してください。この作品、カクコンの【ComicWalker賞】受賞しとるんすわ。

つまり最初からコミカライズは決まってました。

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