第117話 ご照覧あれ その四

「ふむ。断られてしまったか。理由を訊いても構わないか?」

「白々しいぞミスター。ハナから受け入れられると思ってないだろうが。精々、コレで釣れてくれればラッキーぐらいだろうに」


 残念そうに言ってくれるなよ。ローリスク・ハイリターンを求めるのは交渉の定石ではあるが、それにしたってあからさまがすぎる。


「コラボと言えば首を縦に振るとでも? 俺がホイホイついてくると、本気で思ってるのか? ──違うだろ。アンタはそんな馬鹿じゃない。早く本心を語れよ。万が一から始めんなよ。その煮えたぎるような覚悟を、さっさとこの場で晒してみせろよ……!」

「随分と、私のことを高く買ってくれているようだね?」

「……当たり前だろ。なあ、ミスター・サム。アンクル・サム! アンタは俺と会話中、一切気を抜いていなかった! その理由は何だ!? 崖っぷちで勝負に臨んでいるからだろうが! 負けられないからこそ、全力で挑んでるんだろうが!」


 勝負に出ている人間を! それも確たる芯を持ち、責務を背負って挑んでいる人間を、安く見積もる馬鹿が何処にいるってんだ!!

 俺を何だと思ってやがる! こちとら、浪漫を求めてダンジョンに挑んでた大馬鹿者だぞ!? 同じ穴の狢を、自分より遥かに上等な狢を下に見ることなんかできるものかよ!

 だから早く本心を晒せ! ヌルい前置きで反応を伺おうとすんな! 冷めるようなことをするんじゃねぇ! 勝負どころで踏み出せない奴が、鉄火場を踏み越えることをできると思うなよ!!


「……なるほど、なるほど。いや、すまない。少しばかり紛らわしい言い方をした。勘違いさせたようで申し訳ないが、まだプレゼンの途中でね。続きをさせてくれるかい?」

「そうか。それは悪いことをした。詫びと言ってはなんだが、俺が乗り気でない理由を先に提示しておこう。一つ、戦闘に巻き込まれるであろう人々の扱いが不明瞭だ。二つ、俺が動こうと思えるような、価値のあるものが示されていない。三つ、コラボと銘打っているわりには、アンタの立ち位置が見当たらない。四つ……まあ、これはなくても構わないと言うか、ただアンタの言葉に倣うだけだが。──劇的さが足りない。口説き文句が弱すぎる」

「……貴重な意見をありがとう。参考にさせてもらうよ」

「そうか。期待してる」


 本当にな。今のアンタは『アンクル・サム』なんだ。世界一の大国に相応しい意地ってもんを、是非とも俺に、世界に知らしめてくれ。


「そうだな。ではプレゼンを再開する前に、ボタン君が特に懸念している点について、明確にしておこう。戦闘に巻き込まれる者、特に要救助者たちについてだ」

「いきなりそこか。まあ、確かに気になる点だ。他の三つは、言ってしまえば俺の気分の話だ。だが一つ目だけは違う。絶対に語らなきゃならない命の話だ」

「その通りだ。まず、国民のことを想ってくれてありがとう。感謝してもし足りない。……その上で宣言しよう。私は、彼らを切り捨てなければならないと思っている」

「……ほう?」


 オイオイオイ。半ば予想はしていた、いやそれしか選択肢はないと思っていたが、それをこの場で言い切るか。この世界中に公開されたネットの場で!

 チラリとコメント欄を横目で見る。やはりザワついている。そりゃそうだ。そんな暴言は、一般人ですら許されないものだ。それを地位ある人間が、VTuberの皮を被っているとは言え、大統領が言い切るなんて前代未聞だろ!


「おいおい。仮にもアメリカの代表が、そんなことを言って良いのかよ? 自国民だぞ? 被災者だぞ?」

「断腸の思いに決まっている! しかし、あのモンスターを野放しにすることは許されない! 大地に根を張り侵食し、土地のエネルギーを貪り支配権を拡大させる! それを我々に伝えたのはキミだろう!? 悠長にしていれば、より多くの国民が命を落とすのだ! ならば決断するしかないだろうが!!」

「正論だ。正論ではあるが、それで切り捨てられる国民が納得するか? 彼らに近しい人間が納得できるのか?」

「できるわけがないだろうが! 私だってその一人だ! テキサスは妻の故郷だ! 被害にあった者の中には、アイツの親戚だっている!! 親戚を見殺しにする決断なんか、したいわけがないだろう!? それでもしなくちゃならないんだ! それが政治家としての責任なんだ!!」

「……そうか。ご家族が巻き込まれたのか」


 その上で、必要とあらば見捨てると決断したのか。なるほど。それは素晴らしい責任感だ。


「しかし、しかしだミスター・サム。法はどうする? アンタの決断に敬意を表し、間接的に俺の手が血に濡れることは許容してやる。既にモンスターの血に塗れてるからな。それは今更と納得してやる。……だが、アメリカの法が俺に責任を問うと言うならば、感情を抜きにしても、俺は協力することはできないぞ?」

「仮の話をしよう。私の手元には常に核のボタンが置かれている。そして核を放つことになった時、責任の所在は誰にあると思う? ──私だ。ミサイルを放った軍ではない。命令を出した私が責任を負うのだ。それと同じだよ。行政が民間人に協力を要請したのなら、その要請の範囲内において発生した責任は、全て行政に向かう。そして行政の長は私だ。故に私が責任を負う」

「それで罪人として逮捕されることになってもか?」

「当然だ。そもそも前提が違う。。私が下した決断による責任は、罪は、私だけが背負う資格がある。私だけが背負って良いものだ。この事態を招き、悍ましい決断をした私に残された数少ない道だ。法に裁かれ、悔い改める機会を奪ってくれるな」


 奪ってくれるな、か。これはまた、随分と追い詰められているみたいだな。裁かれることを受け入れるどころか、待ち望むような精神状態か。気の毒としか言えないな。

 だが悪くない。罪を背負うと言い切るその姿は美しい。超法規的措置、なんてものを持ち出されるより、よほど好感が持てる姿勢だ。腹の据わった人間は好きだよ。筋が通っているなら尚更ね。


「……と言っても、だ。私が法廷に立てるかどうか分からないがね」

「何故? 法的にセーフな確信でもあるのか?」

「違う。道理の話だよ。安全な後方から、上等な椅子に腰掛けて命令してどうする? そんな姿勢で、被害者たちに多数のために死ねと言えるか? 言ったところで、誰が納得するというんだ。だから私も、彼らと同じリスクを負う」

「……へぇ?」

「二つ目と三つ目の答えにもなるな。キミを満足させられる対価は、生憎と思いつかなくてね。代わりに私の命をキミに預けよう。私がカメラマンとして、最前線でキミの勇姿を撮り続けよう。この命が尽きるその時まで」

「吠えるじゃねぇか! カメラマンなら守るぐらいはしてやるが、開幕でアンタの全身が消し飛んでもおかしくないぞ? そうなったら、無駄死にも無駄死にだぞ?」

「だが、切り捨てられる要救助者たちの方がもっと悲惨だ」

「……そうか、そうか」


 そこまでか。そこまでなのか。覚悟を示せと注文したが、予想以上だ。そして期待以上だ。

 まさかアメリカの大統領が、これ程の傑物だったとは。ニュースでたまに語られる内容では、印象らしい印象なんかなかったんだがな。

 また随分とデカイ爪を隠していたもんだ。非常時こそ輝くタイプか。ある意味では最適な人材だな。


「この件が終われば引き摺り下ろされるであろう身の上だが、それでもステイツのトップの命だ。差し出すモノとしては結構なモノだと思いたいのだが、どうかね?」

「そうだな。悪くない。むしろ十分すぎる。無駄死に上等で死地に赴く。そこまでの漢気を示されちゃ、こちらも応えないわけにはいかないな」


 これが軍人や探索者、鉄火場で命を賭け皿に載せることに慣れている人間ならば、また話は変わってくるが……。デスクワークを主とする政治家が、国のために文字通り身命を賭すと言うのならば、それには格別の敬意を払う必要があるだろう。

 ましてや今は現代だ。上流階級に強い権限があった時代ならいざ知らず、今の時代にここまで責任感の強い政治家は滅多にいない。

 命を対価にしたノブレス・オブリージュなんて、現代では流行らないだろうに。よくもまあ、こんな古い傑物が今日まで眠っていたものだと思う。

 しかし、これは望外の幸運だ。予想以上の高値がついた。俺を動かしたいのなら、国家元首の命、またはそれに類するものを示さなければならなくなった。

 自ら進んでこれを提案してくれたのは、正直助かった。これなら利用しようと考える馬鹿に対して、良い牽制にもなるだろう。アメリカだって目を光らせるはずだ。

 少なくとも、最低限の目的は達成されたと判断して良い。ミスター・サムの漢気も惹かれるものがある。実に悪くない。


「とは言え、だ。本当にそんなことができるのか? トップが前に出るなんて前時代的なこと、実現できるとは思えない。それに混乱だって凄いことになるだろう?」

「そのための副大統領だよ、ボタン君。……それにな、私の代わりなどいくらでもいる。所詮は選挙で選ばれただけの政治家だ。混乱はあれど、やがて次の大統領選が始まり、次の大統領が生まれる。それが民主主義だ」

「言いたいことは分かる。だが、何故そこまでする? 選ばれただけと言うならば、命を差し出す義務……いや、義務はあるかもしれないが、それはあくまで理念の話だ。一種の理想論だろう?」

「そうかもしれんな。しかし、大統領の椅子とはそういうものだ。私の決断で多くの国民が路頭に迷い、命を落とすこともある。事実、私は救助を待っている国民を切り捨てる選択をした。なら、それに相応しい責務は果たさねばなるまい」

「そういうもんかね?」

「そういうものだ。私が命を差し出すことで、ステイツの滅びは回避され、多く国民が救われる。結果として民主主義は守られ、次の大統領が選ばれる。ならば本望と言うものだ。落ち目の政治家の命一つ、有効活用するべきだろう?」

「ハッ。聖人みたいな言葉を吐くじゃないか。しかも口先だけじゃないのがタチ悪い。アンタ、本当に政治家かよ?」

「政治家だとも。……だが、そうだな。それで信用できないと言うならば、個人的な理由も添えておこう」

「へぇ?」


 個人的な理由ねぇ? それは確かに興味深いな。ここまで職務に殉じようとする傑物が、どんな私情で命を賭けようとしているんだが。


「さっきも言ったが、テキサスは妻の故郷だ。あのクソッタレな化け物が出てきてから、妻は常に憂いている。家族の安否を気にしながら、アイツは涙を流して神にずっと祈っている」

「……」

「──。男が命を賭けるのに、それ以外の理由がいるか!?」

「よく言った……!!」


 見事な啖呵だ! 気に入ったぞミスター・サム! 政治家としてだけじゃない! 人として、男として敬意を表そう!

 確かにそれ以外の理由はいらねぇ! 愛した女のためならば、何処までも必死になれるのが真の漢だ! たとえ時代遅れと謗られようとも、男が惹かれ憧れるのはそんな『漢』だ!


「最高だ! 最高だよミスター・サム! だが足りない! せっかくここまで盛り上げたんだ! なら相応しい口説き文句で締めてくれ! 劇的に俺を口説いてみせろ!」

「ああ、ならお望み通り言ってやろう! I Want Youだ! 私の命はくれてやる! だから我が国を助けろ、英雄!!」

「ならしっかりついてこいよ……! I Need Youだ! 英雄譚を撮ると言うなら、勇気あるカメラマンは欠かせねぇ!」







ーーー

あとがき


書いてて思った。笑顔が素敵なあの漫画のフリークスかな? この主人公。


それはそれとして、書きたかった部分、全部書けたわ。個人的に考えるカッコイイオッサンを書きたくて、この章は始めたのよね。

だから満足。結構長くなったし、もうドラゴン戦とか二行で済ませても良いぐらい。それかスレでサクッとまとめるか。

もちろん、予定通りちゃんと書いても良いけど、悩ましいね。


あと話は変わるけど、KADOKAWAがサイバー攻撃受けてるんだってね。予約とか発送とか諸々できなくて、全体的に大変らしいっすね。

今月末に新刊出る身としては勘弁してほしい。なので励ましの意味も込めて一巻買って。もちろん二巻も。

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