第59話 待望のコラボ回 その六
「……」
無言。いや正確に表現するのなら、言葉にすることができないのだろう。ジッとテーブルの上を見つめる沙界さんを見て、そう思った。
実際、竜王の酒とソーセージには、それを当然と思わせるだけの凄味がある。魅入らせるような格がある。
香ばしく焼きあがったソーセージ。柔らかに光を反射する薄橙の酒。メニューとしてはとてもシンプル。肉と酒のみ。
しかし、だからこそ誤魔化しが効かない。その上で圧倒的な存在感を放っている。
「それでは、いただきましょうか」
「そう、ですね……」
:ゴクリ
:なんだこの緊張感
:いったいどんな味なんだ
:いいなぁ
:早く食レポしてくれ
:気になる
言葉は少ない。配信でそれはどうなのかと言われてしまえばその通りだが……。
でも仕方あるまい。テーブルを中心に放たれる雰囲気、セレブ御用達の最高級レストランを思わせるそれは、無駄なコメントを許さない。
ただ厳かに。トークは最低限に留め、自然とこれからの食事に集中するべきだと本能が訴えている。
「まずは、ゲストの沙界さんからどうぞ」
「……分かりました。では、最初はプレーンのまま一口失礼いたします」
俺に促される形で、沙界さんがいただきますと手を合わせる。
フォークをソーセージへと突き刺し、ゆっくりと口元へと運んでいく。
「ぉぉ……」
そのわずかな間に漏れる感嘆。ポタポタと、一目で分かるほどに大量の肉汁が滴り落ちているのだ。
なんて凄い量だろうか。ただフォークで突き刺しただけなのに。たったそれだけで、ジューシーなハンバーグをナイフで割ったかなような肉汁が溢れている。
当然、そんな光景を前に落ち着いてなんかいられない。食欲をこれでもかと唆るソーセージに、ゴクリと喉を鳴らした沙界さんが意を決してかぶりついた。
「っ、それでは……!!」
──バツンッ。ブシャァ。文字に表せば恐らくそんな感じ。肉が弾ける音、肉汁が吹き出す音が響いた。
「……」
:すげぇ……
:めっちゃいい音した
:やっばぁ
:音だけでこんな食欲を唆るんか……
:リーマンずっと無言やん
:食レポほしいなぁ!
加速するコメント欄。それもそうだろう。たった一口。その一口によって発生した音が、ガッツリと配信にのっていたのだ。
なお、沙界さんはピンマイクなど付けていない。もちろん俺も。そうでありながら、ASMRのような蠱惑的な音が配信にのった。
すなわち、それだけ凄まじい歯応えであったことの証明に他ならない。
「……」
無言でソーセージを咀嚼する沙界さん。その姿はなんというか、どことなく鬼気迫る気配を放っていて、流石にちょっと心配になった。
「……沙界さん?」
「……」
反応なし。
「あのー?」
「……ははっ」
あ、笑った。
「ハハハっ」
「えーと……」
「ハハハハハハハハッ!!」
:リーマン!?
:うおっ!?
:急に高笑いしだしたぞ!?
:これもしかしなくても壊れた?
:ヤバいぐらい笑ってる
:大丈夫なんこれ……?
:まさか美味すぎて……?
お、おう……。なんというか、この反応は予想外。いや、配信画面では満面の笑みの立ち絵と、沙界さんの笑い声しかのってないんだけど。
こっちはもっと凄い。椅子に寄りかかって、目を片手で押さえて、もう片方の手で太ももをバシバシと叩いている。そこにプラスで高笑いだ。
端的に言ってテンション爆アゲ。最高にハイってやつ。しかも直前まで無言だったから、余計に落差というか、高低差が酷い。
「ハハハッ! いや、これ、アハハハッ!! もう、ダメだこれ! ダメですよコレは……!!」
「笑い茸かなんか食ったんかってレベルで笑ってるなぁ……」
:本当に大丈夫なんかこれ……?
:リーマン大歓喜やん
:ちょっと心配になるレベルで笑ってるんだけど……
:草
:おいお前が言うかそれ!?
:完璧に飛んどる
:山主さん!?
:それだけ美味しかった、ってことぉ……!?
:元凶が引いてんじゃねぇぞコラ!
いやだって、ここまでぶっ壊れるとは思ってなかったというか……。
「それほどなんかねコレ……」
とりあえず俺もソーセージをパクリ。……ふんふん。なるほど、なるほど。
まず最初。口の中に広がる、いや口から溢れるレベルの肉汁の洪水。それと同時にガツンと脳内に響く旨味の暴力。
次。圧倒的な肉の歯応え。噛みきれないとか、そういうのはない。むしろ柔らかいだろう。だが存在感は桁外れ。和牛のような蕩ける感じではなく、分厚いアメリカンなステーキを食い千切ったかのような満足感。
そして最後。肉そのものの旨味。これに関してはシンプルだ。膨大な量のただひたすらに美味い肉を、ギュっと一口の中に凝縮したかのような。圧倒的な肉の旨味。これに尽きる。
この三段階のプロセスが、刹那の間に通り過ぎる。そして噛む度に繰り返される。
「……これはダメだぁ」
駄目だ笑うわ。こんなんそりゃ笑うわ。食レポなんてマトモにできんよ。少なくとも沙界さんには。
俺はまだアレだ。ダンジョン産の食品には慣れてるし、人としての根本的なスペックが違う。だから何が起きたかを把握できる。
舌から伝わり、脳で炸裂するシグナルの暴走。俺ですら把握はできても、わざわざ言葉に直そうとは思えないほどに圧倒的な旨味の暴力。
普通の人間である沙界さんが笑うのは当然。笑うしかできないのが当たり前で、むしろ合間合間になんとか言葉を挟んでいるプロ意識に脱帽してしまう。
「クックックッ……! あー、経験はあるけど、人間ってキャパ超えると笑うしかできないんだなぁ」
:山主さんまで笑ってら
:そんなに美味いってことなのかしら……
:くそぉ気になるぅ!
:マジで具体的に食レポしてほしい
:完全に参ってる感じじゃん
:笑い方カッコイイなオイ
:下手な食レポよりよっぽど美味そう
:ガチって感じがするなぁ
もう一口。さらに一口。そのたびにどうしようもなく笑ってしまう。ああ、こりゃ完敗だ。少なくとも、配信者として完敗だ。
トークなんて無理だわこんなの。食って笑うしかできないわ。いやマジでさ。ディップ用のアレコレすら付ける気にならんもん。それすら手間に思えるレベル。素の味だけで食い尽くしてしまいそうだ。
だが同時に忘れてはならないものがある。ディップはともかく、テーブルには竜王のソーセージと同じぐらい魅力的な酒がある。
「っぁぁ……! 沙界さん、ちょっと一回こっち行きましょう。次はこっちの酒飲みましょう」
「っ、失礼しました。そうですね……!」
ソーセージにかぶりつき、酒で喉を潤すマリアージュ。それを逃してはならないと、なんとか沙界さんを正気に戻す。
そして互いにグラスを掲げる。ここから先は最小限に。交わす言葉はたった一つ。
「「……乾杯」」
グラスをぶつけ、グビリと一口。喉を鳴らして酒を呷る。
「「──アッハッハッハッハッ!!」」
そして笑う。これで良い。コレだけで良い。
数多の果実の芳醇な旨味が脳を蕩かし、強烈なアルコールが喉を焼く。飾ろうとすれば万の言葉で彩れる至高の美酒。
だがいらない。そんなものはいらない。感想なんて美味いの一言で十分だ。膨大な賛美より、混じり気のない笑い声こそがこの場において相応しい。
「ハッハッハッ!!」
「……ああ」
──沙界さん。俺は、あなたのその反応が見たかったんだ。
ーーー
あとがき
美味いものに言葉はいらない。そういうこともきっとある。……手抜き描写と言ってはならない。
それはそうと、書籍化作業と並行して更新すると脳がバグる。
あと作業の関係で読み返して気づいたのですが、初期と今とじゃ、無意識のうちに書き方が変わってましたね。
主に配信の際のコメント関係。無意識って凄い。
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