第60話 エピローグ (終わりではない)
──笑いあり、涙なし、感動ありのコラボ配信が終わり。余韻に浸って、一眠りして、イベントを完全に消化していま。
「劇場版、完って感じ……」
なんか全てをやりきった感が凄くて、大変満足しております。
「あー。やっぱり沙界さん最高だったわ。あの高笑いを生で体験できただけで、いままでの苦労が報われた気がする。……苦労らしい苦労なんてしていないのだけども」
ま、それはさておき。これにて一段落。初期の目的は完遂したわけだが、この先はどうするべきか。そこが悩みどころである。
VTuberとして活動する前は、コラボさえ達成できたら、趣味ぐらいの範囲に活動頻度を落とそうと考えていた。
しかしながら、デンジラスの一員としてデビューした以上、そうした手抜きは許されない。男性ライバーのプロデュース成功例として、しっかりと活動することが採用の条件であったから。
数字という面ではすでにプロデュースは成功しているとは言えるが、期間の面ではまだまだ短い。だからこそ、まだまだ活動頻度を落とすわけにはいかない。最低でも数年は維持するべきだろう。
まあ、その辺りの裏事情を抜きにしてもだ。すでに俺の中では、ライバー活動は趣味のカテゴリーに入っている。
それに加えて、沙界さんを筆頭に、一般人時代に配信を楽しんでいたライバーの方々との繋がりもできたりもしたのだ。
となれば、当初の目的を達成したとはいえ、活動を縮小していく理由などないだろう。
「ただなぁ、だからといって漫然と活動するのもなぁ……」
目的というのはやはり大事だ。目的があるから邁進できる。邁進するから成長できる。脇目も振らずに突き進んでこそ、人は力を発揮できるのだ。
ダンジョンに浪漫を求めたから、俺は馬鹿みたいに強くなった。VTuberとして推しとの交流を求めたから、俺は世間一般的に非常識な手を打てた。
もちろん、惰性が悪いとは言わない。少なくとも俺の場合、探索者としても、VTuberとしても、漫然と活動しても問題ない実力をすでに備えている。
だから駄目とは言わない。強いて言うのならば……そう、もったいない。もったいないのだ。せっかくここまで築き上げたのだから、それらを活用しないでダラダラ続けるのは、って感覚だ。
上昇思考、というわけではない。結局のところ、これはもったいない精神というやつなのだろう。実際問題、『山主ボタン』という存在は、VTuberの中でも特異な立ち位置にいるという自負がある。
VTuber、いや配信者としても最上位の数字。ファン層はサブカル分野に留まらず、世界規模で認知されている。
ついでに活動資金は際限なく、所属している国の公的機関からは非公式のバックアップが保証されており、自画自賛になるが物理的にも滅法強い。
言ってしまえ、大抵のことはできるのである。もちろん、表に出ている身分がVTuber、一種の人気商売であり、企業に所属している以上は、ある程度の縛りは存在する。──だがそれを抜きにしても、活用しないのは惜しいと思えるほどの影響力があるのだ。
「どうせなら、いろいろとハジケたいよなぁ……」
自分の中に確実に流れている、愉快犯としての血が騒ぐ。一人のVTuber好きとして、この業界に面白おかしい傷跡を残したい。
もちろん、功名心からの願望ではない。すでにVTuberの歴史に、俺は名を刻んでいるであろうから。俺の存在は脇に置いといて構わない。
「……あー、そうか。そうだ」
いまこの瞬間、ストンと胸の内に落ちてきたものがあった。思い出した。思い出したのだ。
俺がVTuberを目指した切っ掛けはなんだ? ──推しであるリーマン、いや沙界さんが、ダンジョン産の食材を食べて感動したと話していたからだ。それに対し、より凄いものを振る舞いたいと思ったからだ。
つまるところ、推しに貢ぎたいという感情が全ての始まり。関わりたいのではなく、貢ぎたいというのがミソだ。
別に感謝などいらない。ただ俺は一方的に与えたいだけだ。それ以外は求めない。……まあ、あえて見返りを求めるのなら、貢がれたことでアタフタしてほしい。その姿を見せてほしいというぐらいか。
まあ、分かりやすく言ってしまえば、無限に赤スパを投げつけたいというファン心理である。それが行きつくところまで行った結果、VTuberになったのが俺だ。
「つまり目的の軸に据えるべきは『推し』か……?」
結局のところ、俺はVTuberではあるものの、根っこの部分は一人のVTuber好き。ならば主軸となるのは、自分ではなく他のVTuberだろう。
うーむ。最推しの沙界さんに全力で貢ぐか……? いや、今更それは目標にするようなことではない。すでにパイプが存在する以上、いつでも貢ぎ物で殴りつけることはできる。
ならば貢ぎ物以外、具体的に言うとコラボなどによる数字の提供だが、キャリアにおいて完全に目上の相手に何様だという話になる。
そもそも俺が特殊なだけで、沙界さんはVTuber界隈においては大物も大物だ。数字に必死になるような立場ではない。
「なら他の推しか……?」
んー……これまた悩ましい。いや、好きなVTuberは結構いる。事実として、俺がチャンネル登録をしているVTuberはかなりの数が存在している。
だが『この人は推し!』とまで断言できるかと問われれば、首を傾げざるを得ないというのが正直なところ。
興味のある企画ならライブ視聴するが、そうでなければ切り抜きに走ってしまうことも多いのだ。……VTuber好きを自称しておいて恥ずかしいことだが。
だが実際、仕方ないことではあるのだ。人間、割けるリソースはどうしても限りがある。名のあるVTuberだけでも大量に存在している現状、一枠で数時間がデフォの配信など、アーカイブを掘るにしても限界があるわけで。
ぶっちゃけてしまえば、マトモに追えるVTuberなど片手の指以下というのが現実。そして俺の場合、その限られた枠にいるのが沙界さんであり、それ以外のVTuberは頭一つ分優先度が下に設定されているのである。
「かといって雷火さんや天目先輩たちは、またちょっと違うしなぁ」
沙界さんと同じ、というか別枠で優先度が設けられているのが、デンジラスの面々である。
彼女らは『推し』とかそれ以前の存在──同僚だ。大切な仲間である以上、共に高め合うのは当然のこと。故に、貢ぐというファン心理の対象にはならない。
何かあれば全力で手助けするのが前提にある以上、目標に絡ませるには不相応だろう。
「……いっそのこと、新しい推しでも見つけるか?」
貢ぎ甲斐のある相手を、新たに発見する。その上で、VTuberとして憂いなく活動できる領域まで引き上げる。これならどうだ……?
「──アリな気がしてきた」
なんかアレだ。ティンときたかもしれない。そうだそうだ。わりとコレは面白いのではないか?
相応しい推しを見つけて、VTuberとして長生きしてもらうために担ぎ上げる。あわよくば、人気ライバーの一人にまで盛り立てる。
スタジオを買った時から、似たような計画は密かに練っていたし、その延長で動いてしまえば……うん。いける気がする。
「焦点を当てるべきは、燻っているライバーたちか」
この構想において、大手のVTuberは弾いて構わない。すでに大手でデビューしているということは、少なくとも一度は目にした機会があるはず。
それで目を引いてないのだから、つまり俺のアンテナに引っかかるものはなかったということ。
だからこそ、注目すべきは中小クラスのVTuberだ。積極的に調べようとしない限り、目に留まる機会などこない彼ら彼女らならば、俺好みの原石が紛れている可能性はゼロではない。
また、大手所属と違って中小クラスのVTuberは消えやすい。そういう意味でも、注目レベルは上げといたほうが無難だ。
実際、そういう嘆きはこの界隈では多い。推しが様々な理由から活動休止、または引退を余儀なくされるなんてエピソードは、枚挙にいとまがない。
界隈の格言に、『推しは推せる時に推せ』なんてものもあるぐらいだ。星の数ほどVTuberがデビューしている昨今であるが、それと同じぐらい消えていく者も多いのである。
そんな中から、自分好みのVTuberを見出して、未来の人気者にまで引き上げる。……中々どうして、胸躍るじゃないか。
「つまるところ、VTuberの足長おじさんか?」
……いや、そんな上等な存在でもないか。もっと俗物的だ。身も蓋もない言い方をすれば、アイドルもののソシャゲのプレイヤーを、現実でやろうとしているのだから。
だがま、それでも悪いことではないか。俺は推しに貢げてハッピー。相手はVTuberとして活動する上での活力を貰えてハッピー。
別に変な要望を挟む気などないし、関係性としては清く正しいウィンウィンなもの……のはずだ。
「ま、何はともあれ活動しながら推し探しだな。そんで良さげな相手が見つかれば……」
──その時は新しい推しとして、ダンジョン産の美味いもんでも振る舞ってあげようじゃないか。
ーーー
あとがき
以上でエピローグ。これにて本編完結……ということはないです。まだまだ続きます。
いや正直、タイトル回収したら完結するの? って心配の声が多かったんですが、そこのところはご心配なく。
……まあ、人気が出なければタイトル回収して完結する予定ではあったのですが。
ただ幸いなことに、この作品は大層人気が出ましたし、カクコンの方でも賞をいただく栄誉を授かったので、今後も継続するつもりです。
ただ元々タイトル回収して完結予定ではあったので、物語としては一段落しているのも事実なわけで。
以降の章は初期のプロットに急遽追加したものなので、ここから先の展開は作者をしても未知となるでしょう。
まあ、本編という名の蛇足とでも思ってお読みいただければ、幸いでございます。
ということで、今後ともよろしくお願いします。
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