第58話 待望のコラボ回 その五
「──さて、そろそろ脱線が酷くなってきたので、メインの方に戻りましょうか」
「説明が面倒になっただけの気配がするのは気のせいですか?」
「気のせいですね」
:絶対嘘やろ
:気のせいじゃない
:相変わらず流れをぶった切るのがおじょうず
:いけしゃあしゃあとw
:草
:なんて迷いのない返事なんだ……
:嘘くせぇんだよなぁ
なんて信用のないことでしょう。実際間違ってないのでスルー安定だけど。
とはいえ、だ。なんだかんだ雑談が長かったのは事実。ダンジョンと縁のない沙界さんの場合、リアクションやらなんやらで話題がとっちらかるのは仕方ないとしても、やはり限度というものがある。
なにせコラボなのだ。それも他企業かつ、初絡みの相手。なによりオフコラボとなれば……ねぇ?
つまるところ時間制限。事実として、打ち合わせでは二時間弱で終わる予定を立てていた以上、あまりトークに時間を割くわけにはいかないのだ。
「ということで、調理の方に移りましょうか。まあ、軽く茹でてから、油でさって焼くだけなんですがね」
いわゆる茹で焼きというやつである。調理工程としてはかなり簡単な部類なので、ちゃちゃっと終えることができるだろう。
そんなわけで巻きでいくよー。はいまずガスコンロをドン。その上に水の入ったフライパンをセット。強火にかけてからソーセージをぽーん。
「このままコトコト煮ていきます。具合としては、ちょっとソーセージがふっくらするぐらいですね」
「んー、市販のソーセージだと、二分弱ぐらいですかね?」
「そんなもんですね。参考にした動画が大体それぐらいって言ってたので。……にしてもその見識、流石ですね。配信企画で料理してただけはあります」
「見識は流石に過言では……? というか、口ぶり的にあの動画観てくれたんですね」
「そりゃもちろんでさぁ」
伊達に推しにカテゴライズされてない。本人の生配信だけでなく、他のライバーさんとのコラボや、公式チャンネルでのアレコレも、しっかりチェックしていますとも。
ちなみにだけど、沙界さんはわりとしっかり料理できる人だったりする。公式チャンネルの動画で、ちゃんと美味しそうな料理を作ってた。
「っと、そろそろですね。ソーセージを一旦お皿に戻して、お湯を捨てます。そして油をサッとたらして、コンロは中火。で、ここに……」
──ジュワァァァァァッ!!
「あー、お肉の焼ける音ぉ!」
「っ、これは堪りませんね……!!」
:あーダメですダメです!
:これは犯罪
:草
:めっちゃ美味そうやん
:片方リアクションがネタに走ってんな
:もうこの音だけで酒が飲めるわ
:やっべぇ……!
:いいなぁ……
凄まじく食欲を唆る音が響く。もはや肉料理のコンサート。さらにダイレクトで舌を殴りつけるような、暴力的な香り。この二つだけで理性が削られていく。
だが、だがしかし……! ここで正気を失ってはいけない。軽く茹でられたことで、ふっくらとしたソーセージは繊細だ。
中には溶けだした肉汁という名の旨味がパンパンに詰まっている。なのでここで乱暴に扱い、皮が破けてしまえば……。
ソーセージ単品で十分以上に美味いので、ミス一つで台無しとは言わない。だがそれでも、大損という評価をくださざるを得ない。
「丁寧に、丁寧に……。それでいて全体がこんがりと色づくまで、じっくり焼いていきます」
「……」
皮が破れないギリギリまでフライパンの上で転がし、焼き目と香ばしさを加えていく。
重要なのは見極めだ。……ゴクリと鳴った喉の音はどちらのものか。それすら分からなくなってきた。
旨味の塊──否。これは爆弾だ。弾けるのはフライパンの上ではならない。これらは然るべき場所で、我々の口の中で炸裂して貰わねばならない。
音が、香りが、ビジュアルが。竜王のソーセージが放つ魔性の魅力が、ガリガリと理性を削っていく。
そんな中で要求される極限の集中力。料理という名の爆弾処理。この究極の旨味を維持する作業は、下手な戦闘よりもよほど難易度が高い。
「……よし。いいでしょう」
──それでも終わりはやってくる。成し遂げた。俺は見事に成し遂げた。推しの前で正気を失うという粗相をすることなく、焼きあがったソーセージを皿に盛り付けることができた。
「ディップはケチャップ、マヨネーズ、粒マスタード。さらにブラックペッパー、カイエンペッパー、バジル、レモンなんかも用意してますので、お好みで。ただ個人的には、最初の一口はなにも付けずにいただいて欲しいかなと」
「なる、ほど……」
コトリと、各種調味料を盛った小皿をテーブルの上に置いておく。もちろん、お互い気兼ねなく使えるよう二人分ちゃんと用意した。
「最後に、酒を。……氷はどうしますか?」
「お願いします」
沙界さんが頷いたのを確認し、グラスと氷をテーブルの上に用意する。
ちなみに氷はお高いブロックのやつだ。ここまできたら細部まで拘りたいので、この場で具合のいいサイズに一瞬でカットする。
「っ、おお! 何度か動画では拝見しましたが、実際に目にすると凄いですね!!」
「ハハッ。でしょう?」
沙界さんから興奮の声が上がり、思わず笑みが溢れる。推しがこんな風に反応してくれるとは。わざわざパフォーマンスした甲斐がある。
「……では、おつぎいたします」
キュポンッと、樽から栓を抜く音が響く。ワインのコルクを抜くような、それでいてより水気の含んだその音と同時。
「「──」」
──甘い。いや違う。そんな単調なものじゃない。もっと複雑で、濃厚で、それでいて異常なまでに爽やかで。
「おぉ……」
「これ、は……」
栓を抜いたことで、樽の口から漏れ出た僅かな香り。万の果実を凝縮し、そのまま大気へと変換したような分厚いフルーツの存在感。
だが過剰ではない。くどさがない。香りの中には膨大な果実のエッセンスが確かに感じられるのに、むせ返るような暴力性がない。
果実の甘味はある。だがそれ以上に酸味がある。だから爽やかだ。濃厚ではあるが、それと同じぐらい薄いのだ。
「注ぎます」
樽を傾ける。薄橙の液体が、トクトクと角氷を伝ってグラスの中に溜まっていく。
それだけで目が離せない。グラスの中で形成される小さな夜明けに、視線が吸い寄せられて仕方ない。
「──できました。こちらが、本日のメインディッシュでございます」
──かくしてメニューは出揃った。起爆寸前の極太の旨味の爆弾と、グラスに詰まった夜明けがテーブルの上に並んでいた。
ーーー
あとがき
鶏を鳳凰と言い切る女の子が完凸しました。これが週一投稿は維持できている証拠です。
それはそうとお知らせ。活動報告でもお伝えしましたが、本作がカクヨムコンの現代ファンタジー部門特別賞と、ComicWalker漫画賞のダブル受賞となりました。
続報は追ってご報告いたします。
……タイトルに載せるかは悩み中。いやほら、タイトル長くなるし、人によっては分からなくなるし。
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