第47話 目玉焼き配信 その三
ぷるぷると震える巨大な半熟な黄身。大皿いっぱいに広がる白身。部屋いっぱいに広がるマーガリンの香り。その横にはふわふわのパンと、こんがりきつね色に焼かれたカリカリのトースト。
「見てこれ。最高では?」
︰そうだね
︰美味そうなのは否定しない
︰カロリー……
︰絶対に美味いやつだろうけど、絶対に身体に悪い
︰まさか溶けたマーガリンを捨てずに全部皿に移すとは……
︰太るぞ?
︰ジャンクよりジャンクなのやめーや
なんでや。美味そうやろがい。……いや、リアクションとしてはコメ欄の方が正しいのは分かっているけれども。
でもわざわざ捨てるのはもったいないじゃないか。サラダ油とかじゃないんだし、揚げ焼きだけして廃棄ってのは流石にねぇ?
まあ幸いというべきか、皿に溜まった大量のマーガリンも処理自体は簡単だったり。なにせ今回は一斤丸ごとのパンがあるわけで。黄身とかと一緒にディップすればペロリと平らげることもできるだろう。
「カロリー爆弾なのは認める。……でもご安心を。こちとらアスリートよりも身体を酷使してる探索者なので。この程度じゃ太ることすらできないのです。てか、健康なんてポーション使えば一発だし」
︰それ食って太れないとかマジで言ってる?
︰全世界の女性を敵に回したぞ今
︰デブ食だろそれふざけんな
︰ポーションの使い方ではなくない?
︰天上人の価値観じゃないですかやだー
︰非難轟々で草
︰羨ましいぞコンチクショウ!
︰……つまりポーションさえあれば人間ドックに引っかかることはない?
君たちだってモンスターと日夜殺し合いしてれば、太る太らないとか気にしなくなるよ。そもそも痩せる、いや筋肉を落とすような考え方をしなくなる。
実際、探索者というのは男女問わず大食いが多い。食わなきゃ死ぬぐらい過酷だし、美味いものを食べて精神を安定させなきゃそれはそれで死ぬ。モンスターを相手にガチの生存競争をやっているようなものなので、エネルギーを蓄える方向に本能が切り替わるんだよね。
よく勘違いしている人も多いけど、探索者ってアスリートじゃないのよ。彼らは競技に最適な肉体を探求しているし、競技によってはルールで体重などに制限が掛かってたりする。対して、探索者は真の意味でなんでもありだ。
殺すために武器を振るう。目的地のために道なき道を進む。目的のために長時間動き続ける。
そこに最適なんかないし、第一にくるのは生き残ること。だからこそ、身体のパフォーマンスが落ちるギリギリまでエネルギーを蓄えるようになる。
なので食関係の健康面では、一般人と探索者では考え方が違うのは当たり前だったり。正直言って、味以外じゃ大なり小なり探索者はズレてると思う。
「ま、アレだよ。別にキミたちが食べるわけでもなし。なので気にする必要ナッシング、ってね」
重要なのは美味いかどうか。そしてリスナーたちが観ていて美味そうと思えるかどうかだ。
そして現状の反応は微妙。もちろん美味いとは思っているだろうが、今までの配信よりも引き気味になっているのは事実。
彼らが引いているのは、身近な存在であるマーガリンが、自分たちの常識以上に使用されているのを目にしているから。身近だからこそ、自分の身に置き換えてイメージしてしまっている。
「てことで、はいとろぉ」
──ならば、やるべきことは一つ。半熟かつ巨大な黄身にナイフを入れて、そのインパクトとともに大量のマーガリンを物理的に見えなくする。
「……ヤバくない? ねぇこれヤバくない?」
︰ヤバい
︰うわ凄い量
︰オレンジの洪水だぁ
︰なにこれ凄い
︰デカイのは知ってたけど、こうして見ると本当に凄いな……
︰絶対に濃厚なやつじゃん!
︰美味そうなんだが!?
︰卵何個分よこれ
結果は大成功。大皿を塗り潰すかのような黄身の奔流は、リスナーたちが抱いていたマーガリンへの抵抗感を一瞬で押し流した。
そしてこの好機を見逃してはならない。浮き足立っている彼らが正気に戻る前に、パンをちぎってトロトロの黄身にディップ。
「まずは素材の味を重視して……んぐ、っかぁぁ! ヤッバいなこれぇ!? ウッマこれウッマ!!」
一口。それだけで濃厚な卵の旨味が口いっぱいに広がる。アレだけ大量に使っていたはずのマーガリンの風味すら押し退け、見事に黄身が主役に居座っている。
卵を何十倍も濃くしたようなインパクト! 薄らと存在するマーガリンの風味。そこに加わるブラックペッパーのキレ。
「今度はトーストで。白身も一緒に載せて……っまい! このカリカリ感がまた素敵ですねぇ!」
︰うわぁ……
︰パンが調理中のフレンチトーストみたいな色になってら
︰ヤッバ……
︰食べたいんだが
︰明日の朝目玉焼きにするかぁ
︰なんて犯罪的なんだ……
︰もはや卵液なんだよなぁ
︰画面の暴力が酷い
︰これは許されませんねぇ!
いやもうヤバいね。毎度のことではあるけれど、本当にダンジョン産の食材ってヤバいわ。
なにが凄いって白身の部分もまた美味いんだよ。カリカリふわふわで、マーガリンの風味もしっかりついているんだけどね? それでもちゃんと白身の味もするのよ。口当たりはキャラメリゼしたスフレみたいな感じなのに、デザートじゃなくて『飯!』って感じがするんですよ。
ここに『卵の旨味を数十個ほど濃縮しました』的な黄身が合わさるともう最高よ。手が止まらない。本当に止まらない。気がついたらパンも目玉焼きも半分になっていたレベルよ。
「……おぅ。思わず素材の味だけで完食してしまうところだった。危ない危ない。これではソース派の名が廃るというもの。──てことで味変タイム!」
さあお馴染みの犬のソースを構えよ! 黄身のプールに艶めかしい黒を添えてやれ!
「コレだよコレ! やっぱり目玉焼きとパンだとこうでなくちゃ! いざ実食!」
ソースと黄身をふんだんに絡めて、さらに白身をオン。そんでパクリと一口。
「………………わぁ」
──結果。冗談抜きで黙々と食べ続ける羽目になった。目玉焼きとソースのマリアージュって、なんでこんなに美味いんですかね?
ーーー
あとがき
遅れました。日曜ということを完全に忘れてました。そろそろ六時投稿が形骸化してきた気がするので、マジで頑張って前のサイクルに戻します。
次回はついにダンジョン映像のやーつ。なおちょっと変わった形でいく予定。
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