第33話 祝福は油の音で その三

「──いやー、凄いね。そんな感想しか浮かばないわ」


 調理の傍らで行われる、キッチンでのライブ鑑賞会。油の跳ねる音が若干のノイズではあったけれど、それでも凄まじいクオリティのライブがスマホの画面の中で繰り広げられていた。

 ウタちゃんのソロメドレーから始まり、一旦休憩からのトーク。さらにその後、他のライブラメンバーが続々とゲストとして登場し、ともに歌やダンスを披露していく。

 その光景はまさに人気アイドルのライブ。それでいてバーチャルという強みを全面に押し出した、リアルではできないVTuber文化の一つの集大成だろう。


「感動、いや違うな。圧倒……そう圧倒だわ。切り抜きとかで目にしていたけど、やっぱりこういう方面じゃライブラの皆さんはヤバイね。ライバーさんたち、モデル技術、映像に音響、挙げていけばキリがないぐらいにテッペンだわ」


:本当にそれな

:正直、こっち方面の技術じゃ完全に独走してるよなぁ

:ライブじゃ毎度圧倒されるよね。服の動きとか凄い滑らかだし

:3Dモデルに違和感がないから、没入感がヤバイ

:圧倒されてるとか言いつつ、鶏皮を回収しはじめましたね山主さん

:てんてんとのデュエットはマジで感動だったわ

:みんな歌の途中で泣いてた。俺ももらい泣きした

:ストップ山主!

:危ない!


 ん? なんかコメントの空気途中から変わったな。鶏油濾すための準備してたせいで、配信画面の方はよく見てなかったんだけど。なんかやらかしたかな?


「コメントどした? ……もしかして映り込みとかしてる?」


:違う違う! 手! 手!

:中華鍋の取っ手素手で触っちゃ駄目だよ!

:熱くないの!?

:濡れてない布巾とか使え! 火傷するぞ!?

:おいガッツリ掴んでるけど大丈夫か!?

:早く冷やしな!


 あー……。コメントに指摘されて気付いたけど、そういや今、普通に中華鍋を素手で掴んで持ち上げてますね。はい、鶏油を濾すために。

 特に問題ないからうっかりしてたけど、一般人が熱された中華鍋を素手で掴んだら大火傷だわ。手元カメラでそんなことやれば、そりゃ大騒ぎされるよねと。


「なんか、驚かせたみたいでゴメンね……。俺、この程度じゃ火傷しないんだわ。温かいぐらいにしか感じないのよ。スキルとかで肉体が頑丈になってるから」


:それ熱くないの!?

:いやおかしいだろ!? 

:えぇ……

:頑丈とかそういう問題じゃなくない?

:怖っ

:うわ本当に大丈夫そうなんだけど……

:さっきまで火に掛かってたってマ?


 マジです。凄い驚かれてはいるけれど、こんなのダンジョンを攻略していけば自然と身につく程度の変化でしかなかったりする。

 ダンジョンに潜っていれば、火炎ブレスとかを吐いてくる敵もいるし、階層によっては溶岩地帯とか普通にあるからね。料理レベルの熱でダメージなんか負ってられないのよ。

 だから加熱した中華鍋ぐらいなら素手でも持てるし、それが当たり前だから完全に頭の中からすっぽ抜けてたという。


「──はい。ちょっと雰囲気が吹っ飛んじゃったけど、鶏油が濾し終わりました。あとはこれを瓶に詰めれば……完成ですね。覇軍鶏の鶏油」


 見事な黄金色ですね。炒飯に和えたり、インスタントラーメンとかに入れるだけで、グッとクオリティが爆上がりする魔法の油だよ。

 個人的には、自家製油そばのタレに使うと面白いと思う。下層の食材だけあって旨味が段違いだから、他の材料をスーパーの安いやつにしても、行列のできる人気ラーメン店クラスの味になる。


「なお皆が気になるであろう価格は……いくらになるんだろ? 下層のモンスターだけど、メインの食材じゃなくて消耗品の調味料だしなぁ。んー、流石に七桁よりの六桁ぐらいかな?」


:ちょっと何言ってるか分かんねぇんだわ

:瓶一本でその値段が許されるのはワインとかなんよ

:ダンジョン産の飯が金持ちの道楽と呼ばれているのがよく分かる……

:実力あるグルメ探索者か、最上位のカネモティだけが食べることを許されるからな

:こりゃガチファンたち追い返したの正解だわ。さっきのもそうだけど、いろいろありすぎてライブに集中できん

:値段を聞くと馬鹿みたいに思えるけど、マジで入手困難すぎて言い値の世界やからの。ダンジョン食材って


 うーむ。ある意味で恒例となった反応だ。覇軍鶏の鶏油の推定価格に、リスナーたちが慄くこと慄くこと。まあ実際、馬鹿みたいな値段をしてるなぁとは思うよ。取り扱ってる側の感想ではないけどね。

 そもそも専業探索者が多くなく、下層以降に進めるのはひと握り。で、そんなひと握りの探索者も、食材なんかよりよっぽど価値のあるアイテムやら素材やらしか狙わない。だからダンジョン産の食材は超希少。

 その癖、希少さに釣り合う、それどころか上回るレベルの味が備わってたりするので、需要が絶えることもないという。

 

「まー、ここからさらに一皿いくらの世界になってくるから、値段に関してはかなり適当だけどね。あくまで仕入れ価格をざっくり推測してるだけだよ。この推測自体、これまでの経験から適当に弾いてるだけだし」


:それでも多分、一皿で数万はいくと思う

:どっちみち手がでねぇのよ

:ウン十万の品物を、ざっくり程度にしか認識してないのは相当ヤベェんだよなぁ……

:どれぐらい山主が金持ってるのか、不躾なのを承知で訊きたい

:山主の金銭感覚というか、お金に対するスタンス見てると、ウタちゃんとの不仲説がどれだけ見当外れなのかが分かるな

:お金がありすぎて値段とかを気にしなくなるのは、なんとなく分かる

:いやー、ウタちゃんとの不仲説の撤回は難しくねぇか? ツイートとかにあったけど、価値的には億クラスのやつを間違ってあげちゃったわけだろ? それで確執なしってのは、流石に無理がある気がするが


 ふむ。値段の話になったからか、コメントの内容もそっち寄りになってきたね。まあ、ライバーとしての収益の話ではないので、別にざっくり程度なら話しても問題ないのだけど……。


「んー、ちょうどいいコメントも見つけたから、軽く言及しておくけど。深層ぐらいで安全に活動できるようになると、億とかマジで端金になってくるよ。そこら辺から手に入るアイテムがエグくなるから」


 品質の高いポーションはもちろん、オリハルコンやヒヒイロカネなどといった、ダンジョンでしか手に入らない希少金属のインゴット。ゴルフボールサイズの宝石の原石など、世界的にもかなりの価値のあるアイテムが出てくる。

 なにより、深層からごく稀に霊薬が出るようになるのがヤバイ。霊薬はものによってはガチで数千億や兆クラスの代物なので、一周回って金銭に価値を感じなくなるんだよね。少なくとも俺はそうなった。


「だから冗談抜きで、表向きのパフォーマンスでもなんでもなく、今回の件で色羽仁さんに思うところはないんだよね。ラッキーでしたね、ぐらい。……そもそも、彼女に文句言うのもお門違いでしょ」


:……億が端金とか、人生で一度は言ってみたいわ

:行政側が悪いってのは確かにそう

:あなた何でVTuberやってるんです?

:お前マジでいくら持ってるんだ……

:そんなにお金あるなら、寄付かなにかすればいいのでは?

:一度でいいから、配信で盛大に散財してほしい

:知らない親戚が大量に湧いてそう

:投資とかしないの?

:普通なら行政側に対して全力控訴案件なのに……


 んー、やはりこの手の話題になると、俺とコメント欄の間には天と地ほどの隔たりが出てくるよなぁ。この辺の感性がぶっ壊れてる自覚はあるので、おかしいのは完全に俺の方なのだけど。

 ちなみに寄付や投資とかは基本していない。お金が惜しいとかではなく、そもそもお金関係に興味ないからアンテナ自体を張ってないというか。サイト登録とか、無駄に手続きとかあるから面倒なんだよね。

 ただ同時に、面白い企画ネタも出てきた。散財配信はいいかもしれない。高頻度でやるものではないけど、変わり種としてやってみるのは楽しそうだ。


「ま、お金の話は一旦ここまで。確執云々を叫ぶ人ら、粋ってものが理解できないんだよ。可愛らしい娘さんたちが、画面の中で楽しそうに笑ってる。──この光景と美味しいツマミがあるのなら、呑みの席としては言うことなしだよ。そんじゃ、調理も終わったので一旦待機画面ね」


──さて、移動しましょ移動しましょ。ライブの方も休憩ついでの雑談パートに入ったことだし、こっちはこっちで実食フェーズに入りましょ。



ーーー

あとがき

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