第32話 祝福は油の音で その二

『──私の声、届いていますか?』


 キッチンにセットしていたスマホが暗転し、それと同時にイヤホンから音楽が流れはじめる。

 現在時刻は夜の九時。色羽仁ウタの復活記念、3D歌配信の開始時刻。


「へえ、いきなり歌なんだ。アニソンっぽいけど、なんて曲だろ?」


:きちゃのぅ

:初っ端から歌だ。完全復活のアピールかな?

:歌妖極の挿入歌じゃん! うわめっちゃエモ!

:アカン。ガチファンほどではないのにちょっと泣きそう

:八話のエピソードと被るところあるから、最高の選曲だわ

:ウタちゃんところのコメント欄、案の定凄いことになってら

:赤スパばっかりで草


 イヤホンから流れる力強い歌声と、儚くも何処か欲深い歌詞。有識者曰く、敵に敗れ、主人公の記憶から消されたヒロイン、ビスクドールの付喪神が奇跡の復活を果たした名シーンの挿入歌だとか。

 ボロボロになりながらも戦場にて踊るように戦い、声高に謳い続けた愛の叫び。音楽とともに添えられた『忘れないでよ。戻ってきたよ。私はここだ、私はここだ。私を見て、私を観て。──この舞台で謳う私の姿を焼き付けて!』というモノローグは、多くの視聴者の心を揺さぶったという。

 生憎とアニメの方は未視聴なのでインパクトは薄いが、それでもなお分かる。今回の復活配信の頭を飾るには、おあつらえ向きな選曲だ。

 実際、彼女のチャンネルのコメント欄は凄いことになっている。色とりどりの板、いわゆるスーパーチャットが絶えることなく流れ続け、通常コメントに関しては並の動体視力では視認不可能なレベル。

 それだけ色羽仁ウタというVTuberが愛されているということであり、歌というパフォーマンスで大勢が熱狂しているということ。


「いやはや……。改めて観ると本当に凄いねぇ。大量のファンを抱えるだけある。パフォーマンスのレベルが違うわ」

 

:それな。やっぱりライブラって別次元よな

:アイドル路線を選んだだけあって、3D技術も抜きん出てるからなぁ

:やっぱり登録者100万オーバーはすげぇわ

:パフォーマンスに関して言えば、あなたも人のこと言えないけどね?

:V界でもトップクラスの歌ウマと言われるだけのことはある

:この歌声をもう一度聴けて、本当に良かった……

:なんか雲の上の話みたいなスタンス取ってるけど、山主さんも大概よ? 今回の騒動もあって、チャンネル登録者80万超えたでしょ

:わりとブーメランなんよなぁ


 なんかリスナーの一部から鋒を向けられてる気もするけど、それでも半数以上のリスナーがウタちゃんのパフォーマンスに圧倒されていた。

 配信画面には一切載せてはいないので、それぞれの環境で同時視聴をしているのだろうけど、ものの見事に惹き付けられているわけだ。

 ま、それも然もありなんというやつだろう。なにせ当の本人、ウタちゃんの放つ熱量が凄い。一挙手一投足、一言一句に魂が込められていると言うべきか。

 ギリギリまで追い詰められ、人生に絶望していた状態からの復活。反動というやつなのか、これまで溜まった心の澱の全てを焼き尽くすかのように歌っている。

 単純に歌が上手いとか、そんな次元ではない。名作と讃えられる美術品のように、詳細を理解できなくとも心が震えるような、ただただ圧倒されるパフォーマンスだ。


「……ねぇ、この配信をBGMに油使うって、わりと冒涜的な行為だったりすると思う? 今から鶏油作りつつ鶏皮揚げるんだけど」


:草

:草

:油の音は完全にノイズですね

:草

:雰囲気ぶち壊しではある

:鶏油www

:関係者が裏配信でやることではねぇわな


 あ、やっぱり? なんか薄々そんな気はしてたんだよね。これぐらい熱の入ったパフォーマンスされたら、背筋を伸ばして視聴してた方がよろしいのではと。

 普通に考えれば、リアルのトップアーティストに匹敵するような本気ライブ配信をやってる中で、揚げ物みたいなことしてる奴いたら殴られても文句言えないよね。それぐらい雰囲気をぶち壊してる自覚はある。


「いやまあ、そんなこと言ってもやるんだけどさ。変に真剣に視聴してても、恩着せがましいだけだし。恩人ムーブというか、後方彼氏面っぽくてアレじゃん? それよりも、これぐらいの距離感がちょうど良いと思うわけよ」


:分からなくもない

:オタクくんは繊細だからね。仕方ないね

:それはそう

:面倒ではあるけど、火種が燻ってることを考えるとリスクマネジメントは大事

:功績を考えれば全然恩人ムーブをしても問題ないとは思うけど、それを鬱陶しがる奴は絶対に出るからなぁ

:ま、ここに残ってる、または二窓してる時点で野次馬寄りの奴らってことだし。山主の好きに配信してええのでは?


 んー、一応肯定寄りの意見が多いっぽいね。ふざけんなって騒ぐ奴らはいない感じ。まあ、コメントにもあったけど、ここにいる時点で傍観者ポジとかだろうし、熱烈に応援してる人たちは本配信で大歓声を上げているだろうから、遠慮せず当初の予定通りいきましょうか。


「じゃ、やっていきましょう。まず中華鍋を熱します。で、その間にネギ頭と生姜のスライスを用意します」


:相変わらず速い

:出した次の瞬間には切れてるの草なんだよな

:うーんこのスーパークック

:包丁がシュバッてなってドンッが許されるのは、本来漫画の世界だけなんだよなぁ……

:やっぱりアイドル路線のライブラとは毛色が違うだけで、パフォーマンスって括りでは山主も大概。というか異次元

:少なくとも配信者の中では、山主さんしかできないからなぁ


 えー? たかたが一秒未満で、ネギ頭と生姜スライスを作っただけじゃん。こんな反応されるか普通?

 いや、確かに普通じゃないことをやってる自覚はあるし、『この程度で驚かれるんですか!?』とは流石にならないけど。それはそれとしてもう何度も似たようなことやってるんですがそれは……。そろそろ慣れてもろて。


「はい次。本日のメイン食材の鶏皮です。下層のモンスター【覇軍鶏はしゃも】って鶏からドロップしました。……ちょっと入手する時にミスったんで、軽く全体を濯いでいきます」


 カメラの前で一度広げて見せたあと、ジャーと水道で濯ぐ。砂っぽいところでドロップしたせいで、一部砂まみれになったんだよね。

 食材がドロップする時は、皿の代わりかデカイ葉っぱに載せられた状態で再構成されるんだけど、そんなダンジョンの気遣い? も砂煙の前では無力というね。


「よし、綺麗になった。本当なら濡らしたキッチンペーパーで拭ったりするのが正解なんだろうけど、そこは男料理ってことで許してね。……こんなデカイの、いちいち拭ってらんないし」


:そうだね。流石にそのサイズだと難しいよね。なんだその鶏皮

:大きめの足ふきマットぐらいあったんですけど!?

:一枚のサイズじゃねぇんだわ

:またデカイ化け物を倒してきたんか山主……

:相変わらず非常識やの……

:そのサイズの鶏皮が取れる鶏、鶏と言っていいんですかね……?


 だって鑑定スキルで軍鶏って出たんだもん。だったらそれは軍鶏なんだよ。体高が成人男性サイズだったとしてもね。


「ちなみに今回はダンジョンの映像やら写真などがあるので、ちょっと覇軍鶏の写真をTweeterにあげますね。映像の方は編集が終わってないのでご勘弁を」


:写真見てきたけど、なぁにあれぇ……?

:ガチモンの化け物で笑えないんだけど……

:奇跡の復活配信の裏で関係者が出すには、流石にインパクトがありすぎるんだよなぁ!?

:え、これ合成じゃないの? ヤバない? 背景とかと比べると、普通に大柄な男性サイズやん

:蹴りでクソデカ岩砕いてる瞬間とかベストショットすぎない……?

:マジで鶏の覇者で草なんよ

:でも、コレを前にして余裕でカメラ構えてる山主が一番ヤバいと思う


 ふむ。試験的に写真を挙げてみたけど、反応を見る限りかなり良い感じかな。コメント欄もそうだけど、ツイートの方も凄い勢いで拡散されてるっぽい。

 やはり視覚的なインパクトって大事だ。これなら、配信でもかなりの反響を呼べそうだ。今後の新しい武器になりそう。

 ただそれはそれとして、タイミングがあれだったのはちょっと反省。俺の想定以上の速度で拡散されているので、ウタちゃんの復帰配信と話題が競合してそう。あとで彼女に謝っておこう。


「んじゃ、この鶏皮の主がどんなものなのか、リスナー諸君も理解できただろうし、ササッと調理していきましょうかね」


 と言っても、手頃なサイズに刻んだあと、アッツアツの中華鍋にぶち込んで放置するだけなんだけど。


「──はい。んで、この上に用意した香味野菜をポイ。あとは油が完全に抽出されるまで放置」


:え、それで終わり?

:めっちゃ簡単で草

:あー、これダメなやつだ! 出た油で鶏皮が揚げられてカリッカリになるやつだ!

:たまにやるけど、この油カスはガチで美味いんよなぁ

:これは酒カスが血涙を流すタイプのツマミ

:もうこの音で分かる美味いやつ

:美味そう

:シンプルに塩がいいんだよなぁ

:鶏油は鶏油で調味料として最高なんよ


 ふっ。やはり料理配信をわざわざ観に来る奴らだけあるな。分かっているリスナーが結構いる。

 これ、やることはシンプルな癖にめっちゃ美味いんだよね。揚げ物の中の揚げ物なので、冗談抜きで酒が欲しくなるツマミになるんだ。アツアツだとさらに最高。

 一緒にできる鶏油は鶏油で、チャーハンやラーメンとかに入れるだけでグンッ味のクオリティが上がるし。


「そんじゃ、いい具合になるまで、のんびり向こうの配信でも観ますかね。ちょうど他のライブラメンバーも出てきたし、こっからデュエットメドレーでもやるのかな?」


──なにより、調理工程がシンプルすぎるので、待ち時間の間にウタちゃんの配信をのんびり眺めることができる。正直、このためだけにこのメニューをチョイスしたと言ってもいい。

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