第31話 祝砲は油の音で その一
──紗奈さん、いや色羽仁ウタの回復が公式サイトにて発信され、それと同時に復帰配信が決定した。
「はい皆さんこんばんは。デンジラス所属のスーパー猟師、山主ボタンです」
:きちゃ!
:山主ありがとう!
:うぉぉぉぉ! 山主サイコー!
:ウタちゃんを助けてくれてありがとう!
:お前は神だ! 最高だ!
:ありがとうございました!!
:天空民としてもお礼を言いたいです! ありがとうございます!
その結果、俺のチャンネルのコメント欄の狂乱が凄いことになった。一連の騒動によって、久しぶりとなったライブ配信だが、ウタんちゅ、天空民、その他ライブラファンが集まること集まること。
何故こうなったかというと、関係各所との話し合いの末、経緯をざっくりと公表することになったからだ。
後遺症で引退するしかなかったけど、俺がお見舞い品として持ってきた偽仙桃に未知の回復効果が確認され、それで完治しましたって感じで。
「はいはい。感謝の言葉は受け取りますよ。いやー、まさか少しでも身体に良くて美味しい物をって気遣いが、こんな形で実を結ぶとは思わなかったよね」
:最高の奇跡すぎる
:それな。回復効果が入手したエリアに比例するとか、普通は思わん
:一部の偽仙桃が準特殊医薬品に分類されるようになったのは笑った
:あなたの気遣いでウタちゃんは救われました。本当にありがとうございました
:探索者クラスタが絶叫したあと、すぐにスンッてなってたの草なんよ
:協会の発表のあと、クレーム入れて金をせしめようとした探索者多かったよね。速攻で返り討ちにあってたけど
:提出時、下層で活動していましたか? この質問で全てが終わるからな
用意していたカバーストーリーを展開すると、さらに多くのコメントが寄せられる。その中でも目を惹くのが、直近の探索者事情を把握していると思われるコメント。
つい先日、具体的には復帰発表の前日に、偽仙桃の情報が探索者協会によって発表された。内容は、下層以降で入手したことが証明された偽仙桃を、ポーションに準ずるアイテムとして取り扱うというもの。
面倒を引き起こした後始末ということで、俺の方で協会に各層の偽仙桃のサンプルを提供したのだけど、そしたら下層クラスのアイテムに対応した鑑定スキルを使用すると、中層産と下層産で読み取れる情報量に差があることが判明しまして。それを基準に、今後は食品と準医薬品に分けることになったんだよね。
で、取り扱いを変更するためには、経緯の公表は絶対。俺たちの個人情報こそ伏せられるとはいえ、ある程度詳細な内容が世に出回ることになった。……その余波として、ウタちゃん復活の経緯を公開する羽目になったのは痛し痒しというか、なんというか。
いや、公表は仕方ないことなんだよ。なにせ十分に推測、いや邪推できる要素が揃ってしまっているわけで。燃えることも承知の上で、ある程度の経緯を明かした方がマシだという結論になったんだ。
タイミングに加え、下層以降で偽仙桃を入手できる探索者も極小数。この時点で連想する者は出てくるだろうし、事実であるが故に詮索を躱しきれない可能性は低くない。
ただでさえ注目を集めやすい業界であるし、ライブラほどの事務所となると情報封鎖は難しい。実際、『とある筋から〜』という決まり文句で、暴論、炎上系のライバーに内部情報を晒されたことも……。
それを考えると、経緯を隠すという選択肢は中々に選べない。なんらかの理由でバレた際、ダメージが洒落にならないことになる可能性が高いんだ。なにせ大抵の人間は、『隠す』は『やましいこと』と捉えるから。
だったら奇跡と合法を前面に押し出した上で、批判を真っ向から受け止めた方が、まだ延焼が少ないと関係者全員の考えが一致した。一種のダメコンというわけだ。
「なんというか、ここまでのハッピーエンドって中々ないよね。色羽仁さんは復活、ライブラさん陣営も狂喜乱舞、そして俺は知名度とチャンネル登録者が爆増。まさか地上波で取り扱われるとは思わんかったよ」
:それな
:あの日、完全にウタちゃんと山主でトレンド一色だったからな
:物語でも滅多にないレベルのハッピーエンド
:リアルご都合主義なんて言われてるしな
:実際、山主が裏で手を引いてたとしても驚かない
:なにはともあれハッピーエンドは最高よ
:本当にありがとうございました
おかげでこの騒ぎよ。単純にストーリーとしての話題性は抜群だし、こっちはこっちで『奇跡』を全力アピールする必要はあったしで、面白いぐらいにお祭り騒ぎが展開していった。
特に公式からの発表当日はヤバかったよね。あの日はマジで表裏問わず通知が飛びまくって、反応がおっつかないレベルだったから……。
SNSではエゴサができなくなるぐらいの感謝ツイートが投げられまくるし、裏は裏でライブラメンバーを筆頭に、ウタちゃんと仲の良かったライバーの方々から感謝のチャットやらDMやらが大量に送られてきた。
その中でも一際熱量が凄かったのは、やはりライブラメンバーだった。チャットどころか通話で直にお礼を言われたし、なんならほぼ全員に泣かれたし。
推しとまではいかないけど、普通にライブ配信を眺めたりしてる人も何人かいたので、まあ気まずかったよね。あと、成り行きでライブラメンバー全員と連絡先を交換することになったのは本当に謎。……なんで初入手した他企業ライバーの連絡先が、男にとってはいっちゃん難易度が高いライブラなの?
「正直、このエピソードで本の一冊は作れるよね。初手は貰い事故からの炎上。で、紆余曲折を経て奇跡が起こってハッピーエンド。……かと思えば、第二部が始まりそうな不穏な空気もちょっと漂ってるし」
:それな……
:ライブラファンでもある身としては、感謝と申し訳なさで土下座不可避
:感謝と謝罪でスパチャをしたい
:マジで第二部がありそうなのが笑えない……
:騒いだ馬鹿たちは絶許
:もうすでに火種が燻ってるからな……
:スパチャ機能がオフになってるのが悔やまれる……
:せめてスパチャさせてください。俺たちにはそれしかできない
一連のできごとを軽く振り返った瞬間、コメント欄が謝罪と感謝で埋まった。うーん、やっぱり一般的な反応としてはこっちよな。変に燃やそうとしたり、開き直ったりとかする奴らは少数派よな。
いや、実際に酷いのがいるのよ。案の定と言ってしまえばそれまでなんだけどさ。当初から予想していたアンチの他にも、中々の化け物たちが湧いててじゃな……。
例えば、『自分たちが騒いだから俺とウタちゃんの間に縁ができて、結果として彼女を救った』と超理論を展開してる連中。自分の手柄とばかりに宣伝してた奴らがチラホラいた。
マトモじゃない奴ほど声が大きいのは知ってたけど、にしても限度があるだろうに。チャンネル登録やメンバー加入、礼金代わりのスパチャを申し出てるリスナーたちを見てると、余計にあの化け物たちの異常性が際立つよね……。
「まーまーまー、謝罪とかは別にいいんだけどね。絡んできたヤバいのは、これを機に根切りにするつもりだから。責任は本人に取らせるから、マトモな人らは気にしないでくださいな。あと、スパチャに関しては受け取りません。──キミたちが投げるべきは俺じゃなくて、この後すぐに復帰配信をする彼女でしょ」
──それは今日、いや今から十分後に、3Dによる復帰記念枠を取っている色羽仁ウタに捧げるべきものだ。ファンであるならば、そこは間違えちゃいけない。
「こっちは金なんて困ってないし、いろいろと手を貸そうと思った矢先に、謎に奇跡が起きて肩透かしを喰らった気分なんよ。色羽仁さんは勝手に救われたようなものだよ。俺はなにもしてない。だから俺に一円足りとも払うな。俺に無駄金払う暇があったら、彼女に満額までぶち込んできな」
:……アカン惚れる
:これは男前
:山主さん……あんたすげぇよ
:改めてありがとうございます!
:勝手に助かっただけか……
:いや、山主さんがいなければウタちゃんは戻ってこれなかったんです! そこは胸を張ってください!
:奇跡を起こしたのは山主だろ!
それっぽいことをカッコつけて言ったら、思いのほかガチで受け止められてビックリ。『カッコつけてて草』とかのコメントが欲しかったんだけども。
「はぁ……。そういうのいいから、色羽仁さん、及びライブラファンはさっさと向こう行ってきなさい。もうすぐ始まるから、キミらのアイドルをしっかり出迎えてきな。──この枠はアレだよ。関係者と言えば関係者だし、他箱だからとスルーするのもなぁって考えから用意した、消極的な観客枠だよ」
復帰記念配信の十五分前に、わざわざ配信枠を取った意味を考えてほしい。ちゃんとしたファンはお呼びじゃないんだよ。ここはもっとこう、俺のリスナーや、一歩引いたところから観測している奴らが集まるための場所なんだよ。
「同時視聴枠ってわけでもない。俺がただ色羽仁さんの配信を眺めながら、ツマミを作ったりするだけの枠だよ。酒を片手に、たまに感想を零すだけの枠だよ。ファンの人たちがいるべき場所ではねーの。残るは野次馬ぐらいの感覚の人らだけでいーの。ぶっちゃけ、余計な疑念を晴らすためだけに取ってんだからさ」
:あー……
:それでわざわざ記念配信と被せたのか
:つまりデコイ……?
:しっかりアフターケアにまで動いてるの、本当に頭が下がる
:当初のイメージ以上に、優しくて面倒見がいい人だった……
:兄貴と呼ばせてください
なんかまた勝手にコメント欄が盛り上がってるけど、別に大したことでもないだろうに。助けた以上、これぐらいの協力するさ。
巻き込まれて炎上したことや、超高級品をうっかり消費されてしまったことで、俺とウタちゃんに確執が存在しているとか、そんな根も葉もない噂を粉砕するためにこの枠は用意した。そのついで馬鹿たちを彼女の枠からこっちに誘導できればってのが、この配信の裏の目的。
「てことで、ファンなら本当に早く枠を移りな。ここでいくら足踏みしたところで、色羽仁さんの姿も声も配信には載らないよ。この配信で流れるのは、俺の声と熱した油の音だけだよ。今からツマミ用に鶏皮揚げるから」
──そんじゃ、久しぶりにダンジョン産の食材を使った料理配信を始めますかね。
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