第30話 警察と最強探索者

「──こんのっ、大馬鹿野郎がぁぁ!!」

「痛い」


 警察が、駆け付けてきて、殴られた。俳句にしてみたけど、字面的に酷いなコレ。

 とりあえずざっくり説明すると、『愉快な奇跡が起きちゃいました』と知り合いの刑事に連絡したら、憤怒の表情でやってきて拳骨を落とされてしまったわけだ。

 そして瀬良先輩たちに二、三点ほど話を窺い、その後は皆さんの前で襟首掴まれて連行され、車に叩き込まれた次第。

 いや、別にいいんだけどさ。面倒なイレギュラーを発生させたのはこっちだし、そもそも高校時代からの付き合いだし。


「玉木さん、もう歳なんだから。そんな風にヒートアップすると血管切れますよ?」

「元凶の台詞じゃねぇんだよなぁ!? 気まぐれで厄介事を発生させんなって、いっつも言ってんだろうが!! ちったぁ学習しろやこのクソボケが!」

「そっちもそっちで相変わらずですねぇ。警察官にあるまじき口の悪さ。しかもあなたお偉いさんでしょうに」


 警察としての体面を捨て去ってるとしか思えないクレームは、流石にどうかと思うんだけどなぁ。……アラフォーのオジチャンなので、口の悪さはそういうものなのかもしれないけど。

 玉木大治郎。警視庁捜査五課、主にダンジョン関係の犯罪を扱う課に属していたキャリア組の刑事さん。今は出世して警視正らしい。役職は忘れた。

 言動が明らかに現場主義のノンキャリ、ドラマに出てくる警部とかのそれなのに、実際はガッチガチのお偉いさんなんだから面白いよね。

 実際、真っ先に現場にすっ飛んでくる階級の人ではないのだけど、さらに上から俺の担当を仰せつかっているため、こういう時には駆り出されてしまうという。本人曰く夜桜係と警視庁では呼ばれているとのこと。


「ったく。毎度毎度ダンジョン省と連携のために奔走させられる身にもなれってんだよ」

「でも俺のおかげで昇進できたんでしょ?」

「いざという時の首印用に上げられたんだよ! こんな出世は望んでねぇ!」


 俺を担当するためだけに、最速で警視正にまで昇進させられたキャリア組の悲痛の叫びだった。面倒な仕事を押し付けてる自覚はあるので何も言えない。


「で、今回はなんでこんなことをやらかしたんだよ?」

「やらかしたなんて人聞きの悪い。偶然にも奇跡が起きただけですよ?」

「白々しいんだよ! 知らなかったで無茶苦茶するの、お前の常套手段じゃねぇか! お前、認めねぇだけで鑑定スキルの類は絶対に持ってんだろうが! それも最上位のやつ!」

「相変わらず疑り深いなぁー」


 確かに持ってるけど。正確に言えば、阿頼耶識が鑑定スキルも包括してるだけだけど。

 ただそれを認めてしまうと、この手の悪巧みが使えなくなるので煙に巻いている。実力差の関係で、俺には鑑定スキルが通用しないからこそ構えられる免罪符だ。


「別にいいじゃないですか。後遺症で苦しむ不幸な女性が助かり、偽仙桃の真実は明るみになった。持ち主だった俺は協会にクレームを入れる気もない。割を食った人がいないハッピーエンドでしょう?」

「普通に通販で流通してた偽仙桃が、特級ポーションの代用品になり兼ねないって時点で大問題なんだよ! 今頃関係各所は阿鼻叫喚だぞ!?」

「問題のない形で発覚したってだけで、最悪の事態とは程遠いと思うんですけどねぇ?」


 数万円で買い取りました。でも実際は数十億の価値がありました、てへぺろ。なんてことが起こってたら、クレームどころの騒ぎじゃないわけで。

 今回は俺が意図的に発生させたから、そういうクレームも発生しないし、今後起きたかもしれないトラブルも未然に防げた。行政側からすれば万々歳では?


「それでもだ! 特級ポーションに匹敵するかもしれんアイテムが、高級食材程度の値段で売り買いされてたんだぞ!? 偽仙桃を買取りに出した経験のある探索者が、大勢騒ぎ出すのは目に見えてる!」

「あー、大丈夫大丈夫。獲得した階層と回復効果は比例するんで。中層でポーション以下な時点で、大抵のクレームは封殺できますよ」


 ダンジョンは大まかに六つの段階に分類される。上層、中層、下層、深層、超深層、深淵だ。

 上層は主にバイト感覚のアマチュアが。中層だと専業が。下層だと専業の中でも一流とされる連中か、警察や自衛隊の専門部隊。深層だと人間辞めはじめた一部の探索者や自衛官。超深層で俺クラス。深淵は……とりあえず測定不能ということで。

 ここで重要なのは、下層以降で活動してる探索者なんてほぼいないということだ。この事実さえあれば、クレームなんて恐れることではない。


「ポーションの代用品として扱うなら、最低でも下層でゲットしたやつじゃないと意味がない。それでも下級ポーションとどっこいぐらいの効能だし、なんなら本物と違って長期保存が利かない時点で下位互換。下層以降で活動してる連中が、わざわざ桃なんか持って帰るはずがないんですよ。クレームなんて出す奴らはただの馬鹿です」


 探索者の最大の敵は荷物だ。俺みたいに何らかの手段で運搬能力を拡張していない限り、装備と戦利品のシーソーゲームは避けられない。

 そんな中で、長期保存に向かなくて、柔くて、持ち運びにそこそこ場所を取って、それでいて値段は下級ポーションを下回るであろうアイテムを、わざわざ持ち帰ろうとする探索者なんていない。


「……今回みたいな、特級ポーションクラスだとどこで出てくる?」

「ゲットしたのは超深層ですね。深層で中級から上級ぐらいかと。どっちにしろ、出てもゴミ扱いですよ」


 手に入れたとしても、大抵がその場で食べるか捨てるだろうね。てかそもそも、偽仙桃なんて食料系ダンジョンでもなければ滅多に出ないんだけど。

 一応、普通のダンジョンでも場所によっては採取できたり、妖仙系のモンスターからドロップしたりはするが……まあ大ハズレ枠だ。他を狙った方が圧倒的に金になる。


「……だったらまだマシか。てか、やっぱり鑑定スキル持ってるだろお前! なんで階層と回復効果が比例するって断言できてんだよ!?」

「別に鑑定スキルなくても推測ぐらいできますぅ。証明書の備考欄、スキルで読み取った情報をそのまま記載するルールでしょう? その一部に書いてあるんですよ。【仙桃】のなり損ないだって」


 鑑定スキル曰く、環境が悪く仙桃にまで届かなかった粗悪品が偽仙桃。原典が不老不死とかそっち系のアイテムであるために、紛いものでも回復効果を宿しているという。

 で、この『環境』という部分を、ダンジョンの深さに置き換えることができるわけだ。浅ければより粗悪品となり回復効果が落ち、深けれは環境がマシとなって仙桃に近づくということ。……ドロップ品に生育環境とやらが存在するのかは不明だけど、とりあえずフレーバーテキストとしてそうなっている。


「今回の件と、一般的に流通してた偽仙桃の効果を基に組み立てた仮定ってやつですよ。あとは探索者としての勘をエッセンスに」

「ぐぬぬ……!」


 もちろん、これは全て言い訳。阿頼耶識で読み取った情報を基に、正解から逆算してでっち上げた推測モドキだ。

 だから筋が通っている。鑑定スキルが俺には効かない以上、カンニングによって矛盾のない推測を上げられた時点で追及は不可能。

 

「だぁっ、こんちくしょう! お前は本当に厄介事しか持ってこねぇな!?」

「でも人は助かってるじゃないですか。市民の幸せを願い、安全を守るのが警察なんですから。不幸な人が減るのは素敵なことでしょう?」

「代わりに本邦の法律が引っ掻き回されてたら堪んねぇんだよ!! しかも助けた理由が『気まぐれ』なんだからタチが悪いわ!」

「会社の先輩のお友達の事故で困ってたから、一緒にお見舞に行っただけですよ?」

「知り合いの知り合いは他人だろうが! 他人を助けてる時点で、気まぐれ以外になんて言うんだよ!?」


 何度も言うけど助けてません。奇跡が起きて勝手に助かっただけです。……という前提は置いておいて。

 わずかに声のトーンを下げた玉木さんに合わせて、俺も少しだけ煙に巻くの控えることにした。


「──お前、こんなことやってどうするつもりだ?」

「どうするもなにも。お世話になってる先輩が困ってたから、近場に成ってる桃をもぎってあげた。俺がやったのはそれだけですよ」

「ああ、だろうな。お前にとってはそうなんだろうよ。庭に生えてる果物をお裾分けした。その程度の感覚なんだろうさ。……だが、世間はそれを認めねぇぞ?」


 世間。国ではなく世間ときたか。これはまた随分と曖昧で、それでいて面倒な手合いを挙げてきたなぁ。


「世間が許すもなにも、俺は別に法律違反をしたわけではないんですけどね」

「現行法を盾にした上で、法の隙間をぶち抜くことを合法とのたまわれるのは甚だ遺憾なんだがな……。とはいえ、お前の持ってる手段の中で、もっとも穏便な一手だったことは認めてやるさ。密猟品を使われるよりは全然マシだ」

「密猟品とはまた物騒な……」

「ハッ。今更だろ。お前の空間袋の中から、何度表沙汰にできない代物が出てきたよ」

「……三回ぐらい?」

「数えろって話じゃねぇんだわ。お前にしか開けられない宝箱が、なんでも入っている火薬庫だって話だよ」

「……」


 ま、否定はしないね。俺にしか使えない、それでいて紛失することもない特性を利用して、確かにいろいろとぶち込んではいるよ。

 本来なら、探索者はダンジョンから持ち帰ったアイテムは、一度協会に提出する義務がある。これは流通とか、治安維持の観点から定められたルールだ。

 でも俺は違う。不可侵の空間袋を所持し、鑑定スキルなども弾く俺の場合、自己申告が全てとなる。袋から適当にアイテムを出して、これで全部ですと言ってしまえば、協会も警察も追及することができない。

 だから俺は公的に存在しないアイテムをいくつも所持している。ガッチガチに管理されているポーション、霊薬ですら、国が確認していない品が山とある。

 それでも違法にならない。何故なら存在しないから。物的証拠が絶対に出ないために追及ができないから。──そしてなにより、圧倒的な武力差から警察では俺のことを逮捕拘束ができないから。


「確かに今回は合法だ。だが合法であっても、世間がそれを許さないと決めちまえば、待っているのは批判の嵐だ。特にお前さん、今はVTuberとかいう、ネットのタレントみたいなことやってんだろ?」

「あれ? 玉木さんに教えましたっけ?」

「また白々しいんだよ。お前が匿名とはいえ表舞台に立ったことで、俺らがどれだけ泡食ったと思ってやがる。しかも探索者であることを売りにしやがって。可能なら今直ぐにでも辞めさせてぇよ」

「警察の台詞ではないですねぇ」


 職業選択の自由を真っ向から否定してくれちゃってまぁ。てか、意外としっかり把握しててビックリだ。仕事でやってるんだろうけど。


「今回の一件も、ある程度こっちも成り行きは把握してる。お前さんが貰い事故でバッシングされてたアレだろう? 助けた子は、階段から落ちたっていうもう一人の当事者か」

「どうでしょうね?」


 間違ってはないけど、これは流石に肯定はできないかな。匿名で活動しているライバーの、個人情報に関わることだから。もし開示するにしても、正式な手続きを踏んでくれなれけばお口にチャックだ。


「ふん。まあ俺の推測ということで聞け。お前は現在、業腹なことに表舞台に立つ準公人みたいな立場だ。相手の娘さんだってそうだ。であるならば、世間は必ずこの一件を追及する。合法だろうが、印象で叩く奴は絶対に出てくる。タカる奴らも湧くだろうよ」

「湧きますねぇ」

「影響力のある人間が、気まぐれで誰かを助けるってことはそういうことだ。例え一度しか使えない『奇跡』を盾にしたところで、前例がある時点で納得しねぇわな」

「知っていますとも」


 VTuberという世界に触れ、さらには演者として活動している身からすれば、嫌というほど実感している。世の中には、自分が世界の中心、世の代表だと思っている輩がことのほか多いということを。


「はっきり言ってな、俺はお前が表舞台に立つことを納得してねぇ。『金も出す。細かいことも追及しない。代わりに人目に触れないダンジョンの奥深くで、ひっそりと活動しててくれ』が関係者の、いや国の総意ってやつだ」

「酷いですね」

「生きた核兵器みたいな奴に対する、順当な評価だろうが。そんな奴がこんな騒ぎを起こしてれば、そりゃ文句が山のように出てきて当たり前だ」


 さらっと客観的な意見みたいに言ってますけど、その山のような文句を吐いてるのは玉木さんですよね?


「──だが、お前さんが注目を集めちまったんなら仕方ねぇ。だからこうして対応を訊いているんだよ」

「対応もなにも、普通に活動するだけですよ?」

「タカりの類いは?」

「法律を盾に無視一択。それでも付きまとってくるなら、容赦なく法的措置を取りますね」

「刑事になるならこっちに連絡しろ。関係各所に話を通して、最優先で処理させる」

「随分と協力的ですね? 玉木さんの役職は忘れましたけど、どうせ五課関係でしょ。公務員は縦割りがデフォルトですし、そういう口出しはアウトじゃないんです?」

「なんのための警視正だと思ってんだ。こういうのを通すための階級だ。それにお前さんが誹謗中傷にブチ切れて、大虐殺なんかを起こされるよりはずっとマシだよ」

「しないですよ?」


 なんてことを言うんだこの人。俺が高一の頃からの長い付き合いなのに、そんな大犯罪を犯すような人間だと思ってたってこと?


「法律の穴を好んで突いてくるような奴は、遵法精神が欠片もないと思われても仕方ねぇだろ」

「それは確かに」

「納得するんじゃねぇよ!? ……そもそもだ。する、しないの問題じゃねぇんだよ。大虐殺が可能であり、そして俺たち警察サイドにそれを止める術がねぇってのが問題なんだよ」


 不満そうに、口惜しそうに玉木さんが呟く。それでも治安維持を第一とする組織の敗北宣言を、どうしようもない事実として言い切った。


「これは何度も言っているがな。警察の面子が潰れることだけは、断じてあってはならないんだ。お前の問題を行為を、深く追及しないのもそういうことだ。国家転覆とかを狙ったりしなければ、そして公になりさえしなければ、俺たちは違法行為だろうと素知らぬ顔で握り潰す。多少の悪態は吐くが、それだけだ。──人の形をしているだけの怪物を、人の法で縛ろうなんざ考えちゃいねぇ。見て見ぬふりして共存を選ぶ」

「……」


 なんというか、玉木さんって本当にギャップの塊みたいな人だよね。口調は現場で指揮を執る熱血刑事なのに、実際は高級役人らしい魑魅魍魎なんだから。

 俺を怪物扱いしてくれてるけど、そっちだってあんまり人のこと言えないよねと。


「まあ、お前に関しちゃ気にしてはいない。有象無象の声なんぞ、歯牙にもかけない強さがあるからな。……だが、もう一人の子は違うだろ。そっちのケアはどうするつもりだ?」

「いやまあ、俺の手で助けた以上は、最後まで面倒見るつもりではありましたけど……」


 少しでも俺に絡んでると思われる誹謗中傷は回収して処理するつもりだったし、それ以外でも瀬良先輩経由でいろいろと手を貸そうかなと思っていた。


「だったらこっちに回せ。可能な奴は全部こっちでしょっぴいてやる。信頼できる警察の知り合いがいると、相手の子には伝えておけ」

「それは助かりますけど、いいんですか?」

「お前の機嫌は冗談抜きで国家の趨勢に影響が出るからな。言ったろうが。怪物と共存するって。か弱い人の子にできる共存ってのは、全力で奉って怪物から神様になってもらうことなんだよ」

「なるほど?」


 神様ねぇ。ま、【阿頼耶識】なんて意味深なスキルを生やしてる時点で、あんまり否定できないのが辛いところ。


「では、今は気持ちだけ受け取っておきます」

「あぁ? しっかり伝えろよ」

「いやだって、そもそも彼女がどういう決断をするのか──」


 瀬良先輩からチャットだ。……ふむふむ?


「決断したみたいなんで前言撤回です。諸々よろしくお願いします」

「おうよ」


──瀬良先輩のチャットには、こう書かれてあった。『紗奈ちゃん、まだVTuberを続けたいってさ。批判も全部覚悟の上で、ファンや同僚の皆とまだお別れしたくないって』と。

 こう書かれちゃ、助けた身としては協力しないわけにはいかないよねぇ?



ーーー

あとがき

書きだめがもうつきます。年末までは毎日更新しますが、来年からは他の作品も更新再開するので、週一予定

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