第29話 親友への問いかけ
「……本当にずるいなぁ」
そそくさと病室のドアから出ていく後ろ姿を眺めながら、私は自然と同じ言葉を呟いていた。
親友を救ってくれただけでも、感謝してもしきれないのに、そこに追加であの言葉。あのタイミングであんなこと、流石に言わないで欲しかったな……。
あんなの殺し文句だよ。『先輩に笑って欲しかったから』なんてストレートに言われたら、その気がないと分かっていても動揺してしまう。破壊力が高すぎる。
「しかも、あんな風に恥ずかしそうに出ていくとか……!」
なんというか、あざとい。あざとすぎて顔が熱い。狙ってやっているんじゃないかと疑ってしまうほどに。それこそ下心があると言ってくれた方が納得できるのに。
でも、絶対にそれはないんだよね。だってシンプルにコスパが悪いもの。紗奈ちゃんを助けた『奇跡』は、明らかにグレーゾーン、それもかなり黒寄りの手段のはず。夜桜君ほどの男の子が、下心だけでそんな危ない橋を渡るわけがないんだから。
そもそも、私と彼は今日初めて顔を合わせた。それなりに交流はあったものの、外見の分からない相手にそういう感情を向けるのは、ちょっと考えにくいと思う。よしんばそっちの目的があったとして、普通に交流を重ねて距離を詰めた方が堅実だ。
だから多分、夜桜君のこれは本当に善意からきている。恩返しという言葉には、一切の誤魔化しも偽りもないはずだ。……それでも一般論ではありえないのだけれど、夜桜君を一般に当てはめることが恐らく間違いなんだと思う。
彼はとても高価な食材を、惜しげもなく同期に振る舞えるような人間なので、根本的な価値観が私たち一般人とは違うんじゃないかな。
お金とか、貴重品だとか、夜桜君にとっては本当にどうでもよくて、それでいて簡単に補充できるものなんだと思う。それこそ、事務所の先輩の友達に平然と提供できるぐらい、彼の中では価値が低いんだ。
「──あれ、夜桜さんは?」
──だからこの光景も。首から下の麻痺で一生寝たきりだったはずの紗奈ちゃんが、人数の変化に気付いて身体ごと振り返っている光景も、『奇跡ですね』の一言で片付けてしまえるんだ。誇ることもせず、感謝の言葉すら受け取らず、粛々と後始末に移行することができるんだ。
「アイテムが証明書と違う効果が確認されたから、関係各所に連絡するって一旦席を外したよ。あと、病院の先生も呼んできてくれるって」
「あっ、それは大変な失礼を! 娘を助けていただいただけでなく、そんな雑用みたいなことまで……!?」
「待ってくださいママさん。警察への連絡は彼にしかできないことですし、先生を呼ぶのはそのついでです。それよりも、今の内に今後の話し合いをしてて欲しいとのことです」
慌てて夜桜君を追おうとしたママさんを押しとどめ、もう一度ベッドの方に誘導する。
夜桜君の言ってた通り、これは家族で話し合うべきことだから、できる限り早めに伝えておかなきゃ。直ぐに病院の先生がやって来るだろうから、せめて問題提起だけでもしなければ。だってそう頼まれたんだから。
「……関係各所に連絡。ねえ双葉、夜桜さん大丈夫だよね? 警察とかに捕まったりしないよね?」
「んー、それは大丈夫じゃないかな。本人がそう言ってたし、逮捕とかはないと思うよ」
あそこまで『奇跡』を連呼して、私たちの前ですら偶然の建前を貫き通すぐらいには警戒心が強いんだもの。プライベートではまだ短い付き合いだけど、逮捕されるような迂闊な手段は取らないという確信がある。……やけに周到というか、手馴れていた印象を受けた部分は、とりあえず触れないでおこうと思う。
「そっか……良かった。じゃあ、直ぐに戻ってくるんだよね? このままさようならとか、流石にないよね?」
「それは大丈夫だと思うけど……どうして?」
「だって私、まだ夜桜さんにお礼も言えてないんだよ!? 本当なら、真っ先に『ありがとうございました!』って土下座で伝えなきゃいけないのに!」
「き、気持ちは分かるけど、土下座は多分夜桜君が困るから止めようね?」
本当に気持ちは分かるんだけど、夜桜君が思いきり顔を引き攣らせる未来が見えるのがね……。特に紗奈ちゃんって、リアクションが大袈裟なところがあるから、余計に夜桜君が困りそうで。
「とりあえず、その辺りは彼が戻ってきてから。今は先のことについて話そう。ね?」
「先って、お礼より大切なこと? ここまでしてもらって自分の今後を優先するとか、普通に人としてアウトじゃない?」
「それについては、当の本人がそうして言ってたから大丈夫だよ」
「……これだけでも感謝してもしきれないのに、まだ私のこと心配してくれるんだ……」
「……」
どうしよう。紗奈ちゃんの中で、夜桜君の好感度が凄まじい勢いで上昇してる気配を感じる。これ不味くないかな……?
いやでも、気持ちは痛いほど分かるんだよね。一生寝たきりで絶望してたところを、あんな風に無償で助けられたら、誰だってときめいちゃうよね。その上でさらに優しくされたら……うん。
しかも夜桜君、性格だけじゃなくビジュアルも悪くないし。顔は童顔よりだけど平均以上。なにより身体が探索者らしく引き締まっている。筋肉質って感じじゃなくて、無駄な部分を限界まで削ぎ落とした理想的な細マッチョだなってことが、服の上からでも分かる感じ。
本物の芸能人とかそういう華やかさはないけど、その気になれば普通に彼女とか作れるぐらいにはカッコイイ。というか、カッコかわいい?
「夜桜さん、本当に優しい人だね……」
「そ、そうだね……」
優しいというか、個性的というか。さっきの台詞とかも踏まえると、義理堅くて度量の大きい人誑しなんだと思う。……あと女誑し。
というか、こうして改めて分析すると、夜桜君って冗談みたいにスペック高いよね。見た目が良くて、性格も良くて、とんでもなく高収入。この時点でほとんどの女の子は放っておかないよ。
それに加えて、現金以外の資産が豊富、料理もできる、超一流探索者で強い、ライバー活動できるぐらいにはトークスキルもある。……VTuberじゃなくて、顔出しで活動してた方が人気出たんじゃないかな?
いや、そうじゃなくて。これは流石に止めなきゃ不味いって。プライベートのアレコレに口出しするのはよろしくないけど、下手したらまた夜桜君を巻き込んで大炎上しちゃうもの。
ただでさえ、近い将来に二人とも炎上することが確定しているのに、ここで新たな、それも特大の火種を作るのは見過ごせない。紗奈ちゃんの親友として、そして夜桜君の先輩として阻止しなければ。
まだ紗奈ちゃんの中で感謝の比率の方が高いだろうし、ここでブレーキを踏ませることができれば、時間稼ぎにはなるはず。ある程度の時間さえ置けば、状況は一旦落ち着くだろうし、紗奈ちゃんも冷静になるはず。
「紗奈ちゃん」
「なに?」
「えっと──」
──ちょっと待って。これどう止めるべきなんだろう? ここで変に制止をかければ、逆に意識させて完全に恋愛感情が芽生えそうだし。いっそさっきの台詞、『私のために紗奈ちゃんを助けた』って伝えちゃう? ……いやこれただの嫌味な鞘当だよね。
「双葉? 渋い顔してどうしたの?」
「紗奈ちゃんは、この後ってどうするつもりなの? ライバー活動、復帰する? これを機に引退したり、ちょっと活動休止したりしない?」
「え?」
結局、かなり強引に本題に移ることしか私にはできなかった。相変わらずと言ったらそれまでだけど、自分の機転の利かなさというか、鈍臭さが嫌になる。
でも、これも悪い手段じゃないはず! 目先の炎上を自覚させることで、色恋沙汰に現を抜かしている場合じゃないと危機感を抱いてくれれば……!
「双葉、どうしてそんなこと訊くの? まだまだライバーとしてやりたいことは沢山あるし、もちろんすぐに復帰するつもりだけど……」
「実はね、さっき夜桜君と一緒に話したんだ。紗奈ちゃん、いや色羽仁ウタが復帰した場合、絶対に炎上が起きるって」
「なんで!? そりゃ私にだってアンチはいるけど、そこまで嫌われてはないと思うよ!?」
良し……いや良しって言っちゃ駄目なんだけど。それでも食いついてくれた。夜桜君に傾いていた思考が、一気にライバー活動の方に向いてくれた。
まあ、実際こんなこと言われたら驚くよね。とてつもない奇跡で、喜ばしいことなんだから。祝福こそされ、燃やされるなんて思わないよね。
「うん。紗奈ちゃんは嫌われてはないよ。絶対に大勢から復帰を喜ばれる。──でもね、奇跡を素直に受け入れる人だけじゃないんだよ。特に今回は裏技みたいなものだから、絶対に否定する人が出るよ」
「あっ……」
私の言葉に、紗奈ちゃんの顔が暗くなる。隣で聞き手に徹していたママさんもまた、険しい表情を浮かべていた。
はぁ……。幸せムードを壊すのは、やっぱり心苦しいな。それでも夜桜君に頼まれちゃったし、私自身もやった方がいいと思うし。頑張って割り切らなきゃ。
「いろんな憶測が飛ぶと思う。犯罪者とか、そんな感じの誹謗中傷も絶対に出てくる。……なにより、紗奈ちゃんと似たような境遇の人や、その周りの人から理不尽に恨まれると思う。『なんでお前だけ助かるんだ』って。──それでもなお、紗奈ちゃんはVTuberとしてすぐに復帰したいと言い切れる?」
「っ……!!」
──悲しい現実を、紗奈ちゃんに突きつけなきゃ。
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