第28話 人助け、悪巧み その三
「……喋、れる。それに、身体も動く……!?」
硬直からの呟き。そして状況を把握できたのか、ガバリと紗奈さんがベッドから起き上がった。
つい先程まで、力なくベッドに横たわっていたのに。動くこともできず、動かすことも許されない。そんな状態だったのに。
今はもう違う。身体は生命力に満ち溢れ、自分の状態を確認しようと全身を動かしているその姿は、健康体そのものだ。
「さ、な……? っ、紗奈ぁ!!」
「わっ、ママ……!?」
突然の事態に固まっていた御堂さんが、堪らずといった様子で紗奈さんの胸に抱きついた。状況をようやく理解したのか、大量の歓喜の涙を流している。
「紗奈ちゃん……」
ついでに瀬良先輩も涙ぐんでいる。空気を読んで俺も涙を滲ませた方がいいかな? まあ冗談だけど。
「奇跡が起きて良かったですねー」
「奇跡って……。夜桜君がやったことでしょう?」
「いやいやいや。俺はなにもしてませんよ。俺はただ、お見舞品を持って話をしにきただけですから。ええ、ですので今の状況には本当に驚いています」
「白々しいなぁ……」
HAHAHA。そんなこと言われても、これが事実だからしょうがないじゃないですか。俺が持ってきたのは、検索すれば出てくる程度には、ダンジョン産食材として知られている【偽仙桃】。これは鑑定スキル持ちによる証明書が保証してくれる。
鑑定スキルは、対象の情報を文章として読み取るスキルだ。読み取れる情報はスキルの格に左右される。
対象と比べて、スキルの格が劣っていれば判別不可能、または中途半端な情報しか得られない。対象とスキルの格が釣り合っていれば一通りの情報が手に入る。そして対象よりも鑑定スキルの格が勝っていれば、より詳細な情報を読み取ることができる。
つまり証明書が発行されているということは、少なくとも偽仙桃と確定できる情報が読み取られたということになる。
なので一般的に知られている偽仙桃とはかけ離れた未知の効果が確認されようが、国が未知のポーションの一種として管理するべき代物だろうが、現段階ではこれは市販の漢方の延長線扱いされる偽仙桃なのだ。
ただ鑑定した職員が、回復効果の部分を上手く読み取れなかっただけで。
「……でも、大丈夫なの? ポーションとかって、他人に使うのは法律でアウトって言ってたよね?」
「なにを心配しているんです? 俺がお見舞品として持ってきたのは偽仙桃。それはこの紙切れが証明してくれてますから。確かに偽仙桃の範疇を超える回復効果が出てますけど、それは証明書を発行した側のミスなんで。つまりモーマンタイです」
「……頑なに認めないんだね。まあ、明らかに裏技っぽい感じだし、認められないんだろうけど」
「ちょっと何言ってるか分からないですねー」
深層産の通常より効果の高い偽仙桃を用意して、中層レベルのアイテムを担当している鑑定士の人に投げたとか、そんなことするわけないじゃないですかー。
「……でもこれ、相手に迷惑かかってない? 最悪、業務上過失とかで逮捕とかありそうだけど」
「その辺は大丈夫ですよ。紗奈さんにもちょろっと話ましたけど、こういうイレギュラーとか稀によくあるんですよ。多少の怒られは起きるでしょうが、罰らしい罰はないそうで」
鑑定結果を偽装したとかなら、もちろん一発でアウトなんだけど、鑑定ミスは扱いが違うんだよね。普通の技術と違って、外付け要素が強いと表現すればいいのかな? 技術よりも、インストールされてるソフトが違うとか、そんな感じ。
所持する鑑定スキルの格で、処理できるアイテムのランクが決まるから、人によってはどうしたって鑑定できない代物が出てくるわけで。だからイレギュラーを持ち込まれると普通にミスるんだよね。
アレだ。ソシャゲとかである、親密度でキャラのエピソードが解放されるシステムみたいなイメージ。数値が足りないとウィンドウが解放されないけど、それが表示されないで後半部分に気付けない的な。
特に今回の場合、俺が持ち込んだのは俗にいう『上質な鉄鉱石』とか、そっち系かつ未知のアイテムだし。鉄鉱石ではあるから、品質とかのフレーバーテキストが読めなくても、大まかな判別自体は可能。見た目も同じ。だから余計に間違えやすいという。……もちろんそれを狙った。
「ま、心配する必要はないですよ。鑑定スキル持ちって貴重なんで。役人がスキルを習得するにはスクロールがいるので、供給の関係で母数が増えないんですよね。使い込めば上位のスキルに変化したりするので、腕のある人はいなくはないんですけど。だから多少のミスで罰してられないという事情があります」
まず前提として、スクロール自体が探索者にとっては手っ取り早い強化アイテムだから、滅多に売りに出されることがない。その中でも鑑定スキルは使いどころの多い大当たり枠だから、自分たちで消費しちゃうんだ。
一応、国としても買取価格を高値に設定してたり、鑑定スキル持ちの元探索者を好待遇でスカウトしたりしてるそうだけど……全く追いついてないのが実情というね。
「今回の場合だと、俺が金銭的な損害でも訴えない限り、なあなあで誤魔化すんじゃないですかね。その部分がスルーすれば、寝たきりの不幸な女性に奇跡が起きて、幸せになったっていう美談ですし。どうせ担当者は詰めませんよ」
「……なんかやけにお役所の内情に詳しいね。その稀によくあるってやつ、もしかして夜桜君も体験済み?」
「どうでしょうねー」
体験済みというか、過去の事例の半分ぐらいは俺だったり? あとは知り合い連中が四割、その他が一割ぐらいかなぁ。今回の疑惑が深まるので内緒だけど。
「ともかく、奇跡の詮索は野暮ってやつですよ。今は紗奈さんの回復を喜びましょう。瀬良先輩も混ざってきては?」
「んー、確かに紗奈ちゃんとは親友だけどね。感動の家族の時間に混ざりにいくのもまた、野暮ってものじゃないかなぁ。……一段落したら抱きつきに行くよ」
「終わりますかね?」
瀬良先輩とそこそこ話してるけど、あっちの母娘は未だに大号泣中なのですが。最初は御堂さんだけが泣いてたけど、今は紗奈さんまで涙が伝染してるし。
泣きたくなる気持ちは分かるので、空気を読んで遮るつもりはないけれど。落ち着くにはまだまだ時間が掛かりそうな感じ。
「まあいいや。俺は協会の方にイレギュラーが起きた連絡と、お医者さん呼んだりしてくるので。その間に、瀬良先輩はお二人と今後の身の振り方を話しててください」
「……それつまり、遠回しにあの二人の間に入れって言ってないかな? あと身の振り方?」
「ええ。犯罪ってわけでもないので、そういう心配はする必要はないんですがね。……やっかみってのは、法的にセーフでも起こるものですから」
呆れるべきは人の業というべきか。一番の難所は突破しても、まだまだ紗奈さんの、ウタちゃんの苦難は続くだろうってのが、俺の見立てなんですよ。
「彼女は人気VTuber、言ってしまえばタレントです。大勢から祝福はされるでしょうが、一部は絶対に燃やしにきますよ。犯罪者扱いしたり、淫売扱いしたり」
「……それは、否定できないね」
「でしょう?」
六桁オーバーのファンを女性VTuberとして、そしてアンチに散々振り回されたデンジラスの所属として、瀬良先輩は深々と嘆息した。
あの手の輩は、基本的に度し難い。裏付けのない自分の妄想を声高に叫ぶ。しかも声だけはデカイから、無駄に野次馬を発生させる。
今回なら『騒動に対する責任を取れ』とか、『そんな奇跡はありえない。ポーションをこっそり使ったに違いない』とか、『山主に股を開いて助けてもらったんだろ』とか。あとちょっと毛色が変わって『世の中にはもっと可哀想な子供とかがいるのに、人気者だからって助けられるのは不公平だ』とかかな?
俺まで巻き込むような誹謗中傷、お気持ちとかなら、容赦なくこっち側で処理するけど、そうじゃない場合だと俺は動けない。かといって、回復明けの紗奈さんにそこまでメンタルは期待できないわけで。
「そういうの、早い段階で話し合っていた方がいいと思うんですよね。俺はこの後、協会の方に引っ張っていかれるのは確定してるんで。最速で問題提起ができるのは、この場に居合わせた瀬良先輩だけなんですよ。同業かつ親友ですしね」
「なる、ほど……」
「全てを承知した上で、早めに活動を再開するのも良し。怪我明けということで、回復の報告だけしてほとぼりが冷めるまで休業するのも良し。このままVの世界からフェードアウトするのも良しです。……決めるのは紗奈さん本人と、ご家族でしょうが」
まあ、今後の生活を考えると、引退や活動休止の選択肢は中々取りにくいとは思うけど。人気ライバーだし、貯蓄はそこそこにあるはずだが、今回の治療費や税金を考えるとねぇ。
だが折角健康になっても、メンタルがやられてしまえば元も子もないわけで。特にデンジラス所属としては、身近にメンタルやってカミソリ持った実例がいるからね……。
「……うん。確かにそうだね。分かった。紗奈ちゃんには私から伝えておくよ」
「そうしてあげてください」
「ちなみにだけど、夜桜君はどうした方がいいと思ってるの? 今回の騒動の当事者として、あの子を助けた人間として」
んー、その質問はアレかな? 奇跡という建前のもと、助けた側の意向を聞いておきたいってことかな?
「大前提として、アレは望外の奇跡というやつで、紗奈さん幸運にも勝手に助かっただけなんですがね。その上で桃を持ってきた身として言わせてもらえば──お好きにどうぞとしか」
「お好きにどうぞ、ね。それはどうして?」
「いやだって、俺が助けたのはVTuber色羽仁ウタではなく紗奈さんです。そして助けようと思ったのは、瀬良先輩が気落ちしていると雷火さんに聞いたからです。いろんな意味でアレな台詞で、変に口説いてるように聞こえるかもしれませんがね。俺って、瀬良先輩に笑ってもらうためにしか動いてないんですよ?」
「っ……!?」
ちなみにコレはガチです。お世話になっている事務所の先輩が悲しんでたから、一肌脱ごうと思っただけ。ちょっと回復効果があるだけの、それこそ腐るほどある桃の一つぐらいは、提供してもいいと思っただけ。
それでも、例えば瀬良先輩と紗奈さん仕事上の顔見知り程度の仲だったら、こんな本格的に悪巧みなんかはしていない。
ああも派手に炎上した以上、こちらも人気商売なので協力ぐらいはしてただろうが、せいぜいがビジネス上の付き合い程度に留めてた。
ライブラ側でクラファンとかしてもらって、お金が溜まったタイミングで薬を放出するとか、それぐらいしかしなかったはずだ。
つまるところ、紗奈さんがどういう選択をしようがどうでもいい。彼女が回復して、瀬良先輩が元気になったのなら、それ以外は興味がない。
「他の先輩たちもそうですが、俺がデビューしてから、ずっと気にかけてくれたじゃないですか。なのでこれはそのお返しです。恩返しです」
「……この恩返しはずるいかな。あと、義理堅すぎるよ夜桜君」
「知らないんですか? 男ってのはカッコつけたがりなんですよ。で、義理堅い男ってのは、王道主人公扱いされるぐらいにはカッコイイじゃないですか」
「そうだね。……カッコイイよ」
「ありがとうございまーす。では、連絡してきますねー」
さーて。小っ恥ずかしいこと言っちゃったから、とっとと退散するぞー!
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