第27話 人助け、悪巧み その二
御堂さんの案内に従い、ウタちゃん──紗奈さんの病室へと移動する。
医者でもない見ず知らずの男が、要介護状態の女性、それもVTuberという秘匿性の高い活動を行っている女性を訪ねるというのは、控えめに言ってアウトな気もしなくはないのだけど……。
目的が目的なので、会わなきゃなにも始まらない。娘さんの容態を直に確認したいと述べたところ、二つ返事で頷かれたぐらいには、合理的な行動だと言い訳は準備しておく。
「……こちらです」
そして到着。コンコンと扉をノックする御堂さんを尻目に、すっと入口の名前を確認。……紗奈さんのみ。名札のスペースを考えるに、患者が他にいないのではなく、恐らく個室。
活動の関係からわざわざ選んだのか、他に病室が空いていなかったのか、はたまた容態的に個室じゃないといけないのか。
その辺に関しては詳しくないかつ、わざわざ質問することではないのでスルー。重要なのは、個室なら大手を振って話ができるということ。
「どうぞ。お入りください」
「失礼します」
御堂さんに促され、入室する。そしてすぐに、ベッドに力なく横たわる紗奈さんの姿が目に入った。
「……」
──痛々しい姿だった。点滴に繋がれ、首には固定器具。頭をはじめ、至るところに巻かれた包帯。
ポーションで回復は早まり、容態は通常のそれよりも早く安定しているとのことだが、やはり救急隊に支給される程度のランクのもの。効力には限界があるか。
「紗奈。昨日話した通り、お客様がやってきたわよ」
「……ん」
怪我のためか返事はたどたどしく、覇気もない。怪我と固定器具のせいで、口を上手く動かせないからだろう。……あとは、自分の将来に絶望している気配がする。
なんとも悲しいことだ。VTuber色羽仁ウタは、力強い声から繰り出される圧倒的な歌唱力が持ち味として知られていた。配信自体は切り抜きを眺める程度しかしない俺ですら、彼女の歌みた動画は何度か聴いたことがある。
それぐらい素晴らしい武器を持っていた彼女が、今やこの有様なのだから、一般人というのはつくづく脆い身体をしている。
「ほら、双葉ちゃんよ。そして彼女の後輩の夜桜さん。はじめまして、って挨拶しましょう」
「……め、し、て」
「はじめまして。──ちょっと失礼します」
御堂さんに軽く目配せしたあと、ズイッと一歩前に出る。このペースだと埒があかないし、彼女も苦労するだろうから。
「どうも、夜桜です。もしかしたら話を聞いているかもしれませんが、山主ボタンとして活動している者です。あ、少し馴れ馴れしいですが、紗奈さんと呼ばせていただきますね」
声掛けと並行して、固有スキル【阿頼耶識】を発動。このスキルはいろいろと応用の効く便利スキルなのだけど、元となったのは感知系スキルだったりする。だからこそ、こういう状況ではまたとない武器となる。
『この人があの山主ボタンさん、か。動画のご飯、美味しそうだったな……』
「ああ、配信を観てくれたんですね。それは光栄です。ライブラさんの方針的に難しいかもですが、機会があれば振る舞わせていただきますよ」
「っ……!?」
紗奈さんの目が分かりやすく丸くなる。全体的に覇気が欠けてしまっていても、流石に心の内を読み取られたら驚くか。
「あの、紗奈の考えてることが分かるんですか……?」
「はい。そういうスキル、探索者としての力ですね。なので会話は問題ありません。……ああ、思考を読むといっても、表層意識のみにフォーカスしてるのでご心配なく。プライバシーはしっかり守ります」
読もうと思えば相手の深層心理、それどころか過去から未来まで見通すこともできるけど、まあ今回に関してはやらない。プライバシーは大事。それに戦闘用と区切っておかないと、いろいろと悪用できすぎてタガが外れかねないからね。
「では、これから紗奈さんと話をさせていただきますので、しばらくお時間をいただきます。──その間にこちらの方をお願いできますか? お見舞い品なんですが」
空間袋から『御見舞』と書かれた箱、そしておろし金を取り出して、御堂さんと瀬良先輩に渡す。
心を読めるのが俺しかいない以上、二人が手持ち無沙汰になるのは確実。なので、少しばかりお手伝いをお願いしたいのだ。
「あ、これはこれはご丁寧に! ……このおろし金は?」
「実は今回お持ちしたのが、少しばかり足の早いダンジョン産の食材でして。ただとても身体にいいものですので、この場ですりおろして食べさせてあげられたらなと、ご用意させていただきました」
「ダンジョン産、ですか」
「はい。一応、中に証明書が挿入されていますが、【偽仙桃】という桃です。ポーションほどではありませんが、食べると体調が整う効果が確認されています。気休めになればと」
「っ。本当に、なにからなにまで……!」
深々と頭を下げる御堂さん。今回ばかりは、素直にお礼は受け取っておく。……いやだって、本当にこれ用意するの面倒だったんだよ。正確に言えば、手続きがだけど。
見舞品ということもあって、税金関係は無視できるのだけど、それにしたってダンジョン産の食材で、微弱ながら回復効果が確認されてるから、まあ書くべき書類が多いこと多いこと。
これがポーションとかなら、国に全投げになる分逆に手続きが簡単だったりするんだけどねー。偽仙桃は効能が高くて高級な漢方みたいな扱いだから、手続きが中々に煩雑なのよね。讓渡に関する書類の他にも、鑑定スキル持ちの人に頼んで証明書を発行してもらったりとかで。
ただまあ、苦労に見合うだけの品だとは思うよ。少なくとも、怪我人に与える見舞品としては最適のはず。ポーションとかと同じでファンタジーな回復効果だから、科学的な薬効とかとは競合しないし、副作用も特にない。それでいてそこらの桃よりも遥かに美味しいので、いい具合に心が満たされると思う。
「皮ごと食べられるので、そのまますりおろしちゃって大丈夫です。あ、これスプーンとお皿です」
「はい。ありがとうございます」
御堂さんに必要な道具を手渡した後、再び紗奈さんの方へと向き直る。ポカンとした表情を浮かべたままの彼女に笑いかけながら、ベッド横に置かれた丸椅子に腰を下ろす。
「それでは紗奈さん。あなたの今後について、話し合ってみましょうか。……あ、頭で言いたいことを思い浮かべてくれれば、こちらで読み取りますので、気負わずいきましょうね」
『えっと、こう、ですか……?』
「あ、はい。そうですそうです。そんな感じです。最初はちょっと馴れないかもですが、気にしなくて大丈夫ですよ。あと重ねて言いますが、内面まで読み取るわけではないので、遠慮なく思い浮かべてください」
『は、はい……』
初対面ということもあり、できる限り丁寧かつフレンドリーに。特に今は怪我でナイーブになっているだろうし、しっかり気を遣ってあげなければ。
『……ぐすっ……』
「えぇ……」
なんで速攻で泣かれてんの俺? しかもわりとガチ泣きだし。心の声とかじゃなく、しっかり目尻に涙が浮かんでるんだけど。
「えっと、なんか地雷でも踏みましたか?」
『あ、そのっ、違うんです! ただその、久々にちゃんとお話できたことが嬉しくて……』
「あー……」
久しぶりに会話っぽいことができて、感極まっちゃったのかぁ。いやまあ、そうだよなぁ。今まで普通にできてたことが、急に上手くできなくなったんだから、そりゃ心にもクルか。
怪我と後遺症の具合の詳細は分からないけど、少なくとも当分の間は会話が難しくなるのは確実。VTuberとして活動していただけあって、トークスキルは一つのアイデンティティになっていてもおかしくないし、余計にストレスが溜まっていてもおかしくない。
『えっと、話の腰を折っちゃってゴメンなさい。もう大丈夫ですから』
「いえいえ。お気になさらないでください。いろいろと不安になるのも当然ですよ。俺も身体の一部が消し飛んだ経験とかありますので、怪我でメンタルがおかしくなったりすることは理解できます」
『え、身体が消しと……え?』
「実際、大怪我すると不安になりますよねぇ。腕が完全に炭化した時とか、ポーション飲んだら治るって分かってるのに、万が一を考えて無事な付け根の部分から切り落としたりしますし」
『えぇ……』
いや、肉体の一部が完全に炭化してても、特級ポーションを使えば普通に生えてくるんだけどさ。やっぱりちょっと不安になるのよ。炭から肉に戻るとか、効能知ってても中々信じられないじゃん? それよか、ない状態から生やした方がまだ納得できるというか。
あ、もちろん戦闘中とかは別だよ? そんな無駄な情緒にリソース割いたりとかはしない。普通に回復するし、なんだったら回復しないで攻めにいく。あくまで素面の状態の時だけのメンタルね。
「まあ、一般の方に語ったところで、中々理解できないとは思いますが。とりあえず、俺自身も紗奈さんと似たような怪我を何度も負っていると、それだけ分かっていてくれれば大丈夫です。──そっちの方が希望が見えるでしょう?」
四肢が消し飛んだり、腹に大穴が空いたりなどしょっちゅうで、挙句の果てには胸から下を喰い千切られたりなんてことも、
それでもしぶとく回復して、五体満足で生きている人間が目の前にいるんだ。首のところの骨あたりをちょこっと痛めたぐらい、案外なんてことないもんさ。
『……でもそれは、夜桜さんがポーションとかを使えたからで、私には当てはまらないですし……』
「んー、案外そうでもないんですよ。ダンジョンのアイテムってのは本当にデタラメでして、ポーションに固執しなくても意外となんとかなるんです」
気休めだと紗奈さんが目を伏せるが、それは素人の早とちりだと否定させてもらおう。そして実にもったいない。
ダンジョンのデタラメさを知らないからこそ、こうも簡単に手を伸ばすことを諦めてしまえる。もし俺が紗奈さんと同じ状態になっても、ダンジョンがある限り諦めることなどできやしないだろう。『しない』のではなく『できない』のがポイントだ。
「俺が持ってきた偽仙桃のように、回復効果のある食材がダンジョンにはあります。スキルという特殊な力を習得できる、スクロールと呼ばれるアイテムがあります。身につけるだけで不思議なことが起きる装備があります。ダンジョンには、多分ですがなんでもあります」
ダンジョンから得られるアイテムは、既存の科学から逸脱した神秘の代物。逸脱しているが故に枠に囚われず、その可能性は無限大。少なくとも、人類の想像を超えるアイテムが無数に眠っている。
「法律があるから無理だとか、そういうのはナンセンスです。知ってますか? 法律は偉い人たちが決めるものですが、ダンジョン関係だと例外が毎度の如く出てくるので、彼らは頻繁に頭を抱えてたりするんですよ?」
法律ってのは枠組みであり、線引きだ。コレはそっちの仲間、そこを越えたらアウトってのを、偉い人たちが必死になって設定している。
しかし、しかしだ。物理法則すら平気で逸脱するダンジョン関係のアレコレを、法律で完全に縛るなんて土台無理な話なわけで。
ダンジョン発生当初はもちろん、現在ですらイレギュラー、それどころか未知のアレコレが頻繁に発生したりする。……まあ、頻繁と言っても年に一度とかなんだけど、それでも何十年も運用される法律の穴が年一で発見されてる時点でね。
「もちろん、伝手がなければ希望を抱いたところで、実現なんてできないですが……。幸いにして、紗奈さんには俺という伝手ができましたからね。諦めるのは、少しばかり早いかと」
『そう、なのかな……』
「ええ。月並みな台詞ではありますが、諦めなければ夢は叶う……いやちょっと違うか? 諦めなければ奇跡が起きるの方が、この場合は近いか。だって望む側の紗奈さんが本気じゃないと、起こす側になるであろう俺のやる気が減っちゃいますもん」
手を貸すにしても、全力で手を伸ばしてる方が好感を持てるのは当たり前。助けられる本人が諦めているようじゃ、そもそもお話にならないわけで。
『ふふっ。……確かにそうですね』
「でしょ? だから奇跡を信じま──っと、話の途中ですが、ちょうど桃がすりおろし終わったみたいですね。じゃあ、ちょっと中断して食べちゃいましょうか。そっちの方が、身体も楽になるでしょうし」
御堂さんの持つ皿が薄紅色で満たさていることを確認したので、一旦話を中断する。漫画で例えればハイライトっぽいシーンの最中だったが、生憎なことにこれは現実。
決めゼリフよりも怪我人の身体を労る方が優先だ。──いろんな意味でね。
「御堂さん、食べさせてあげてください」
「ええ。……紗奈、ほら見て。夜桜さんが持ってきてくれたダンジョンの桃のすりおろし。凄く美味しそうでしょ? 証明書とかもついてて、本当に貴重なものみたいよ」
「……ご、い、ね」
紗奈さんに見えるように皿を傾けながら、御堂さんはゆっくりと偽仙桃の証明書を読み上げていく。
そうして読み終えた後、スプーンで桃を掬って、零さないよう丁寧に紗奈さんの口元へ。
「ほら、慌てないで食べてね」
「……ん」
すりおろされた偽仙桃が、するりと紗奈さんの口の中に消える。そしてコクリと彼女の喉が小さく動き──
「あ、本当だ。美味し…………あれ?」
──笑ってしまうほどにあっさりと、奇跡は起きたのだった。
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