第26話 人助け、悪巧み その一

 瀬良先輩に引っ張られる形で移動し、なんやかんや目的地に到着。そこはいわゆる大学病院であり──瀬良先輩曰くウタちゃんが入院中の病院だという。


「……あれ? 待ち合わせって病院近くのカフェって言ってませんでした?」

「いや、間違ってないよ。ここは病院の敷地内にカフェがあるの」

「なんと」


 コンビニとかは施設内にあったりするけど、大きい病院となるカフェまで併設されてたりするのか。知らなかった。


「病院ってもっと質素というか、シンプルな造りのイメージでした」

「んー、大きな怪我や病気とかをしなければ、確かにここみたいな大病院にはお世話になることはないと思うけど……。それでも、いろいろ揃ってる印象の方が強いと思うけどなぁ?」

「いやその、実のところ病院とかとはとんと縁のない人生を送ってきておりまして。病院の内装や設備とか、ドラマとかの背景ぐらいにしか思っていないといいますか……」


 幸いなことに家族は全員健康だし、俺も中学までは大きな怪我も病気は皆無。で、高校時代に探索者としての活動をはじめて、以降はスキルやら霊薬やらで、病院とは縁のない人生が確定したからね。

 もし縁があるとすれば、結婚して嫁が妊娠〜とかぐらいじゃないかなと。そんな状態じゃ、病院に対する情報のアップデートなんてそうそう起きないわけで。


「へぇ。じゃあ探索者になりはじめた時も、大きな怪我とかしなかったんだね?」

「……そっすね」

「今の間ってなに?」


 なんでもないです。わりと初期の頃にちょっと下手こいて死にかけた、てか多分ガチで死んだりしただけです。……絶対にアレが原因でぶっ壊れたんだよな俺。


「ま、ともかくですよ。病院の敷地内で雑談できるスペースがあるのは、確かに好都合ですね」

「そうだね。と言っても、そもそも病院のカフェって、お見舞いにきた人がメインの客層──あ、いた。あの人だよ夜桜君」

「ふむ?」


 瀬良先輩が会話を中断し、待ち合わせ場所として設定していたカフェの入口に早足で寄っていく。

 そこにいたのは一人の女性。身なりは整えているが、遠目にも分かるぐらいに覇気のないご婦人だった。


「夜桜君、紹介するね。こちらが御堂加奈子さん。事故にあったあの子、御堂紗奈のお母さん。ママさん、彼が私の後輩の夜桜君。今回いろいろと力になってくれる、現役の探索者さんです。もしかしたら、紗奈の会社から話ぐらいは聞いてたりするかもですが」

「ええ、双葉ちゃん。……御堂と申します。娘の件で大変なご迷惑が掛かったとか。それなのに、こうしてお力を貸していただけるとのことで、本当に感謝しております」

「はじめまして、夜桜です。御堂さん、頭を上げてください。今回は縁からくる幸運のようなものです。たまたま御堂さんの娘さんが、俺の大恩ある先輩と友達だった。なのでまあ、巡り合わせというやつですね。──それより、立ち話もなんでしょう。とりあえず中に」


 感謝の礼は移動を促すことで上手く流して、カフェの中へ。一度腰を落ち着けてしまえば、自然と本題へと誘導することができるという寸法だ。


「ではまず、状況を軽く整理しましょう。入院中の娘さんですが、とりあえず命に別状はない感じでしょうか?」

「ええ。一緒に出掛けていたお友達曰く、階段を下ってる途中に崩れ落ちたそうで。……少し前まで忙しくしてたので、恐らく過労で倒れたのでしょう」

「あー……」


 説明を聞いて納得。確かに事故前に、ライブラ内で春の大型ゲーム企画はやってたな。ウタちゃんは企画運営側でもあったとのことで、疲れが溜まっていたのだろう。……それが階段を移動中という、最悪のタイミングで出てしまったと。


「幸い、救急隊の迅速な対応と先生方の尽力によって、なんとか娘は一命は取り留めました。偶然にもポーションが配備されていたことも大きかったそうで」

「なんと。それは確かに幸運でしたね」


 売買の際には必ず国が間に入るポーションであるが、一旦回収された内の何割かは、オークションには出品されず公的機関に回される。

 特に下級寄りのポーションは、快癒は叶わずとも応急処置としては十分な性能だったりするので、救急隊に支給されているのだ。

 まあ、それでも数がめっちゃ少ないので、やって来た救急車に配備されてるかどうか運だったりするのだけど。あと使った場合はクソ高い請求がきたりもするらしい。

 それでも命あっての物種なのは変わらない。今回の件については、間違いなくウタちゃんは幸運だったのだろう。……本当に幸運なら死にかけることすらしないだろうけど。


「そうした諸々の要因が重なって、ひとまず娘の容態は安定しております。ですが、打ちどころが悪かったようで──マトモに動けなくなってしまいました」

「それは……」


 曰く、首から下の麻痺とのこと。しかも御堂さんの口ぶりからして、完全に動かないのだろう。恐らく、転落の際に頸髄の一部を損傷してしまったのだと思われる。


「意識は戻っています。スムーズではないけれど、意思疎通はできます。ご飯だって、流動食ですが食べられます。……でも、娘の身体は、動かないんです! 回復の見込みも、残念ながら低いと……!!」

「ママさん……」


 御堂さんの瞳から、ぽたぽたと零れ落ちる雫。瀬良先輩が励ますように手を握るが、その肩の震えは収まらない。

 まあ当然だよね。娘が事故で寝たきりになってしまったのだから、親としては泣きたくもなるさ。御堂さんの外見年齢や、瀬良先輩の友達という情報も加味すれば、ウタちゃんも恐らく若いのだろうし。


「娘が治るとすれば、ダンジョンで手に入るポーションしかない。そう思って調べました。ポーションにまつわる全てを! ……それで分かったのは絶望です。娘を完治させるには、最低でも特級クラスのポーションが必要だと。そしてそれは、とてもじゃないが手に入るものではないとも」

「……でしょうね」


 特級ポーション。部位欠損すらも一瞬で完治させる、最上位のポーション。その回復効果は絶大で、死んでなければ問題ないぐらいにはデタラメなアイテムだ。

 これ以上は【霊薬】と呼ばれるアイテム類、追加効果のせいで傷薬の範疇に収まらない神話のそれになってくるため、ある意味で人の手に負えるギリギリの薬だったりする。

──だからこそ、特級ポーションが市場に出ることは滅多にない。入手できる探索者がそもそも少ないし、入手したとしても手放す者が皆無だから。

 まあ、それでもゼロとは言わない。だが法律の問題で、手に入れるにはオークションで落札しなければならない。そしてもし特級ポーションが出品された場合、国、いや世界中の資産家があの手この手でオークションに参加して、落札のために動き出すことだろう。

 特に脛に傷のあるタイプ資産家なんて、是が非でも手に入れようとするはずだ。命の危険を身近に感じているからこそ、その辺の熱意は頭一つ抜けているだろうし。


「クラウドファンディングも、もちろん考えました。娘の事務所の方とも話し合いました。それでも、費用が集まるかどうか未知数。それだけ莫大なお金が必要になると……!」

「開始価格が50億なら安い方でしょうしねぇ」


 冗談みたいな値段だが、過去のオークションを調べてみると、本当にこのレベルの話なんだ。だって残機追加だもの。大抵の病気も、悪いところを雑に切り取って速攻でポーションを振りかければ、丸ごと再生して完治するんだもの。

 だから大雑把な見立てでも、手元に100億はないと勝負にすらならないと思われる。ウタちゃんクラスならクラファンすればワンチャンな気もするけど、【色羽仁ウタ】としてクラファンを募る以上、ライブラが矢面に立つ必要があるし、見切り発車で進めるにはハードルが高い。

 実際、事務所の方でいろいろと協議を進めてたっぽいんだよねぇ。怪我が理由で引退である以上、ライブラに落ち度は一切ない。《人気商品》を失うのは痛いが、新人が何人かデビューすれば回収できる可能性も高い。

 ならば、そのまま引退してもらってサヨナラバイバイもありなのではと。クラファンという一種の大博打に出る必要はあるのかという意見も出てたそうで。

 失敗した際に社名が傷付くし、成功したらしたで重い前例ができてしまうと、会議はかなり難航してたとか何とか。……最終的に決断するはずのご両親が、厳しい現実に心が折れかけていたために、決め手に欠けていたのが一番大きな理由だったようだけど。


「……なるほど。御堂さんたちの状況は分かりました。とても大変でしたでしょう。どこまでお力になれるか分かりませんが、最大限ご協力させていただきます」


──だが災い転じて福となすと言うべきか。クラファンなどの大勢が絡む話が進んでいないというのは、俺にとっては実に好都合だった。だって、これなら気を遣わずに動くことができるから。


「──では、娘さんとも顔合わせをさせてください。本人の意向を踏まえて、打開策を考えていきましょう」

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