第25話 大先輩 天目一花

 アンチに対する宣戦布告と、俺の立ち位置を明確化させた一昨日のお知らせ配信は、凄まじい勢いでネットに拡散されていった。

 なにせ俺の解答は、一連の出来事に対する一つの結論のようなもの。か細くとも残っていた救いの糸が断ち切られたようなものなのだから。

 一応、宣戦布告という名の釘刺しが効いたのか、誹謗中傷は当初の予定よりも少なかったけど。それでも匿名質問箱サービス【マカロン】には、中々の量のお気持ち文章が投下された。

 とりあえず、外部に向けたミスリードは上手くいっているようでなにより。……上手くいきすぎて、雷火さんに『話が違うんだけど!?』と詰められたのは笑ったけど。

 それでもなんとか宥めて、天目先輩にも話を通してもらって、子猫君も実家に預けてなどして、準備を済ませたのが昨日の話。


「──えっと、すいません。ちょっとよろしいでしょうか?」

「はい。……あ、その声。もしかして?」

「正解です。その反応だと、やっぱり正解でしたか。はじめまして、先輩」

「ふふっ。こういう時は、いつも変な感じがするんだよね。はじめまして、後輩君」


──そして今日。一連の出来事に終止符を打つために、ついに行動を開始。ウタちゃんと友人関係にある天目先輩にも協力を要請して、待ち合わせと相成ったわけだ。


「……呼び方はどうしましょうか? 外なので、普段のを使うのは不味いですよね?」

「名前は本名でいこうか。瀬良双葉です」

「夜桜猪王です。よろしくお願いします、瀬良先輩」

「よろしく、夜桜君」


 現在俺たちがいるのは、事務所の最寄り駅前。そこそこに人通りが多い場所であるし、誰が聞いているかも分からぬ場所だ。

 そんな公の場でバーチャルの名前を使うわけにはいかないので、互いにチャット上では交流があるものの、こうして正式な自己紹介を交わすことに。

 にしても、予想通りのビジュアルの人がきたなぁ。交流のあるライバーたちからは、清楚や聖母と称されることの多い天目先輩だけど、リアルでもその印象が全く覆えらないのは凄いと思う。

 見た目は綺麗だし、軽く話しただけで分かるぐらいには包容力があるし、立ち姿にも品があるし。典型的な年上系のお嬢様というか……なんだ? 失礼を承知で例えると、恋愛ゲームとかで攻略対象になっている類いの姉キャラ的な。


「……なんというか、本当にすみません。いきなり不躾なお願いをしてしまって」


 とりあえず、リアルの場に呼び出したことは謝っておこう。VTuber天目一花の時点でそんな気配はしていたけど、この人は振り回していい人ではないわ。……いや、印象とか関係なく、無理なお願いしたら謝るけどね?


「ちょっとちょっと!? 謝ったりなんかしないで!? むしろ私の方が謝らなきゃなんだよ!? だって、私とあの子のために、夜桜君はいろいろやってくれるんでしょう……?」

「んー、誤魔化すのもアレなので、ここは素直に頷いときます。本格的に動こうかなと決めたのは、らい……同期から瀬良先輩と例の彼女が友人だと聞いたからですね」


 危うく雷火さんの名前を往来で出しそうになったが、それはさておき。

 偉大な事務所の一期生で、デビューしてからなにかと気をかけてくれていた人が、友人の不幸で落ち込んでいる、しかもそれを空元気で誤魔化していると聞けばねぇ?

 その不幸が起きた友人さんとも、妙な形で縁が結ばれてしまったとなれば、解決に向けて動くことも吝かではないというか。……世論に加えて、将来的なアレコレを考えると、最終的には先輩の縁とか関係なく助ける判断をしていた可能性も高いとなれば、余計に躊躇う理由もなくサクッと助けてしまおうと。


「っ。本当に……!」


──ということを素直に伝えたら、感極まった様子で深々と頭を下げられてしまった。


「……あの、そんな全力のお辞儀とかいらないですよ? 感謝の表れってのは分かるんですが、謎の罪悪感がこんこんと湧き出てきまして。頭上げましょう?」


 キャリア的、心理的に目上としてカテゴライズされてる人に、ガッツリ頭を下げられると居心地ガガガ。

 わりと勝手気ままというか、スタンドアローン的な生き方をしてきた身としては、こういう真摯かつ本気の感謝を向けらるのに慣れてなくてですね……。


「それよりほらっ、早く移動しましょう? 相手のご家族を待たせるのもアレですし」


 ということで、無理矢理にでも話を進めてしまう。こうすれば、瀬良先輩も頭を上げざるを得ないだろう。

 それに相手がいるのも間違いではないのだ。ウタちゃんと付き合いが長く、ご家族とも交流があるという瀬良先輩経由で、ウタちゃんのお母様に約束を取り付けてもらっているのである。

 顔見知りである瀬良先輩の保証があったとはいえ、縁もゆかりもない男の訪問を、娘のためになるならばと二つ返事で了承した母の愛。それを想うと、やはり急ぐべきではないかと考えてしまうわけですよ。


「あっ、うん。そうだね」

「ふぅ……」

「……あの、そんなに私のお礼って嫌だった?」


 あ、っと。一方的な罪悪感から解放されたせいで、うっかり瀬良先輩の前で一息吐いてしまった。俺の馬鹿。そういうのは心に秘めておくもんだろうが……。

 おかげで瀬良先輩の表情が曇ってしまった。溢れんばかりの感動と感謝の表情から、なんかこういろんな感情がない混ぜになった表情に変わった。それでもショックを受けているのだけは伝わってくるので、今度はガチの罪悪感が津波のように押し寄せてきてる。


「嫌とか、そういうのではなくてですね。なんというか、俺って感謝を向けられるのにまったく免疫がなくて。いや、他人から感謝された経験は普通にあるんですけど、それとこれとは違うといいますか……」


 もっと軽い感じだったり、打算混じりだったり、心の底から感謝してる風を出してるだけだったり、感謝はしてるけど状況的にそれどころじゃなかったりとかで、瀬良先輩みたいな真摯かつドストレートな感謝を向けられた経験ってあんまなくて。

 てか、そもそも論として、感謝されるよりも怒鳴られたり呆れられたり、頭を抱えられたりすることの方が圧倒的に多いというか。とある文豪の一節を借りるなら、恥の多い生涯を送ってきている人種でして……。


「……シンプルに感謝されるのが気恥ずかしくてですね。瀬良先輩のお礼が嫌というわけでは、はい」

「……」


 無言はできれば勘弁して欲しいなぁ……。


「なんか言ってくれません? それかせめて、笑うぐらいはしてくれると……。リアクションなしだと、ただただ俺が情けないだけになるので」

「……夜桜君さ、その路線でボイスもちょっと出してみよっか。台本は私からコトちゃんに頼んでおくから」

「待ってください?」


 想定してたリアクションと全然違うんですよ。なんでここでボイスの話が出てくるんです? しかも四谷先輩に台本を頼むとか、まあまあガチなやつじゃないですか。


「今みたいな後輩系のシャイボーイは、絶対に需要があるからさ。今の照れた感じをアピールできれば、かなりの女性リスナーに刺さると思うんだ。というか、私が欲しい」

「瀬良先輩?」


 凄い圧、具体的に言うと絶対に逃がさないという意志を感じるんですが。あなた、そんなキャラでしたっけ?

 いや、確かにVTuberなんてやっている以上、いいとこのお嬢様みたいな瀬良先輩がオタク的な反応をしても、全然不思議じゃないんだけど……。

 瀬良先輩の琴線ってそこ? 年下、いや後輩系のキャラだと見境いなくなる感じ……だったな。なんかソシャゲのガチャ配信で、そんな感じのキャラに課金しまくってた記憶がある。


「後輩キャラ、お好きなんですね」

「いやいやいや。そこは単純に需要の話をしただけで、個人的な好みとかじゃなくて! あくまで需要であって、私の場合は後輩キャラとか関係なく夜桜君のボイスを聴いてみた──っ。ご、ごめんね!? 動揺しすぎて変なこと言っちゃった! なんでもないから気にしないで!?」

「ア、ハイ」


 うん。今のは聞かなかったことにしてあげた方がいいやつだな。無理に誤魔化そうとした挙句、余計にデカイ爆弾をこさえて状況を悪化させたやつだ。


「そ、それより早く行こっか! こういうのは早ければ早いほどいいし!」

「そうですね。例の方がどのような状態かは知りませんが、健康にまつわることなら、早期解決一択でしょう」

「……あの子は、治るんだよね? かなり酷い、それこそ奇跡が起きなきゃどうしようもない状態だけど……」

「どうでしょうね? ただ奇跡に頼るしかないと言うのなら、俺は奇跡を起こせる人種ではあるので。少なくとも、神社や天に祈るよか、何十倍も確率は高いと自負してますね」

「……そっか。じゃあ急ごう!」

「うっ……す!?」


 いやあの、急ぐのは同意見なんですが、そんなガッツリ手を引く必要は特にないかと! 自分で走れますし、そもそも電車ですよね!? ──意外と力強ぇなこの人!?

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