第24話 重要なお知らせ その三
子猫君にミルクをあげるため、休憩を一旦挟んだわけだが。トイレ休憩とかと違い、この休憩時間は子猫君次第なところがある。特に今回の場合、ミルクを与える前に排泄の世話もしておきたいので、時間が中々に掛かりそう。
だがしかし、長時間の中断のまた如何なものかと考えてしまうのが、配信者としての職業病。あと話題が話題なので、あまり待たせすぎると暴動が起きかねない。
「ミャァッ! ミャァー!」
「ハイハイ。今あげるから騒がんの。相変わらず食いしん坊だねキミ」
:荒ぶっとるなぁ……
:これは癒し
:猫ちゃん可愛いですね
:ちょうどいい清涼剤じゃのう
[メッセージが削除されました]
:ウタちゃんのこと早く教えてください!
──ということで、排泄の世話だけ済ませ、パソコンの前でミルクをあげることに。これなら長時間配信を途切れさせることもないからね。
「あー、悪いねリスナー諸君。うちの子猫君、まだ哺乳瓶が必要なチビ助でね。結構手が掛かるんだ。だからちょっとだけ待ってね。終わったらすぐ再開するから」
「ミャッ、ミャァッ!」
:了解
:赤ちゃんなら仕方ないかな
:シリアスな空気がどっかいったな?
:早くウタちゃんの話の続きを!
:猫飼いはお猫様の下僕だからね
:うーん。まあ、張り詰めすぎるよりはね
[メッセージが削除されました]
ふむ。消極的な賛成が大半といった感じか。ま、シリアスな空気が霧散してしまっているのは確かなので、この反応も仕方ない。
ただやはり、両方とも目を離せらんないんだよね。子猫君にはミルクをあげなきゃだし、配信の方もコメントの流れ次第では一気に雰囲気が悪化しかねないから。
状況を把握しつつ適宜軌道修正を挟むには、やはりこのスタイルが一番丸いだろう。
「ミャーッ、ミャァンッ!」
「だから騒がないの。ちゃんとあげるから、ほら」
「ミャ、ミャウ……」
よし。哺乳瓶を子猫君の口にセット完了。初日は苦戦したけど、今はなんとかスムーズにことを運べるようになった。……まあ、タオルで包んだ上で頭もガッツリ固定してるから当然なんだけど。
子猫君、当初の予想の数倍ワンパクでねぇ。めっちゃ鳴くし、めっちゃ食べるし、めっちゃ動く。元気があるのはいいことなんだけど、とんでもなく手が掛かるのよ。
ただ同時に、まだ赤ちゃんのようなものなので、ミルクを与えれさえすればそっちに集中してくれる。
「……ふう。やっと子猫君が落ち着いた。──じゃあ、そろそろ話そうか。ながら作業になっちゃうけど、リスナーたちも早く聞きたいだろうしね」
絵面としては微妙に間抜けだが、焦らしすぎるのもよろしくない。それにアレだ。子猫君が全ての発端でもあるのだから、この子が配信にいたところでなんの問題もないだろうさ。
「まず大前提として、俺は色羽仁さんがどのような状態なのかは把握していません。例え把握してても、公式から発表がない以上は話さないけどね。なので彼女の安否につきましては、引き続き公式からの続報をお待ちください」
:それは当然
:まあ話せんよな
:ぐぐくっ。流石に仕方ないか……
:その点はマジでライブラに早く動いてほしい
:センシティブすぎるからなぁ……
:いくら炎上に巻き込まれたとはいえ、他所のライバーに話せる内容ではないよなぁ
まあ、実際はちょっと違うんだけどね。昨日の話し合いの際、ウタちゃんの容態に関しては確認しようと思えばできた。ただ俺が訊ねなかっただけだ。
──だって聞いたところで、俺がやることはなにも変わらないのだから。ウタちゃんの情報など、あってもなくても関係ないのだから。
「それらを踏まえ、俺、いや探索者としての対応を語らせてもらいますが……どうしようもないというのが、正直なところです」
だから、目的のために淡々と布石を打っていく。ウタちゃんを心配するリスナーには悪いが、大局のために踊ってくれ。
「ここに正式に宣言しておきますが、俺はポーションの提供などはいたしません。正確に言えば、できない」
:……やっぱりかぁ
:なんでだよ!? 猫に使うぐらいありあまってんだろ!? 寄付ぐらいしてくれてもいいじゃねぇか!
:マジかぁ……
[メッセージが削除されました]
:そんな、ウタちゃん……
:助けてくれよ! お願いだよ!
[メッセージが削除されました]
:じゃあ売ってくれ! どんなに高くても買うから! ライブラ運営の方でクラファンとかして、あとは皆で金は出すから!
:ファンたちが荒ぶってるなぁ。でも無理なんだよ。そういう問題じゃねぇんだよ……
予想通りの反応。休憩を挟んだことでわずかに落ち着いていたコメント欄が、爆速で流れていく。それだけウタちゃんが愛されているという証明なのだろうが、その反動を向けられている身としては……うん。
でも擁護コメントというか、俺の台詞の意味を理解しているらしきコメントもちらほら。恐らく探索者クラスタ、または探索者と近しい職についているのだろう。
関わりがあるからこそ、背景が分かってしまうのだ。感情論とかを抜きにした、どうしようもない現実というものが。──おかげでいいブラフになる。
「文句が出るのも分かる。子猫君に躊躇なく使ったことから、皆も俺に薬の余裕があるのは察しているだろうしね。実際、色羽仁さんの容態は把握してないけど、俺の持ってるポーションなら快癒させることはできるだろうし、別にあげたところで痛くも痒くもない」
致命傷だろうが一瞬で傷を塞げる上級ポーション。昔に失ってしまった部位すら復活させる特級ポーション。エリクサー、アムリタ、変若水、仙丹などの最上位の霊薬の数々。
あと薬ではないけれど、傷を癒すスキルだって俺は持っている。これらを駆使すれば、あらゆる傷、病を完治させることは可能だ。それは認める。
「でもね、実現可能と合法は違うんだよ。法律の問題で、俺が色羽仁さんに薬を提供することはできないんだ」
だが社会がそれを許さない。ダンジョン発生初期から現在まで、様々な社会的混乱を経て制定された日本国の法律。
それがある限り、俺はウタちゃんを直接助けることができない。助けるためには、こうして裏でコソコソ悪巧みをしなければならない。
「長くなるから、詳しい内容は各自調べて欲しい。とりあえず、この場では簡単に説明するから。まずダンジョン産のアイテムは、ざっくり三つの種類がある。一つは手続きを踏めば国を通さず取引きが可能なもの。二つ目は、取引きの際には国が必ず間に入るもの。三つ目が国が強制的に回収するもの。で、ポーション類はこの中だと二つ目」
法的には【第一種〜】とか、そんな硬っ苦しい名前かつ、もっと細かく分類されてたりするのだけど。まあ、それはさておき。
ここで重要なのは、ポーション類、というか薬品系のアイテムは、確実に国が所在を把握できる形になっていること。
「流れ的には、ポーション類を獲得した場合、それを探索者協会に報告。この際、所有と売却かを選択するんだけど、所有の場合はポーションに専用のタグを付けて登録。それを個人情報と紐付ける。売却の場合は国が買い取る。その後は国のオークションに。……で、探索者側が選べるのは、この二択だけなんだ。讓渡とか、そもそもできないんだよ」
:マジか……
:そうなの!?
:知らんかった……
:そうなんだよなぁ、歯痒いことに。背景を考えれば、仕方のないことなんだけど
:なんでそんな法律になってんだよ!?
何故、なんて言われてもなぁ。そうなってるからとしか。いやまあ、ポーションの取引なんて一般人にはまず馴染みがないし、知らないのも無理はないんだけどさ。
俺が燃えた理由の根本もそこだ。一般人との認識の相違。俺は探索者だから、ポーションを他人に讓渡できないと知っていた。だから普通にツイートしてしまった。
もし『寄付を〜』なんて要求がどこかから上がっても、法律の関係で無理とツイートしてしまえばそれでお終い。そう思っていたから、ちょっとした日常のイベント感覚で子猫君のことを報告した。
で、見事に燃えた。いや、ワンチャンどっかから煙があがるかなぁと構えていたけど、まさか同業他社を、それも業界最大手を巻き込んで大炎上するとは思わなかったよ。世の中って本当に不思議だ。
ちなみに、個人による讓渡、販売禁止の理由に関してはシンプルだ。ポーションが社会にもたらす影響がデカイから。一瞬で傷が治る魔法の薬が、国の預かり知らないところでポンポンやり取りされたら……ねぇ?
ポーションは高価だし、もしもの際のお守りとしては頼もしいことこの上ない。待っていると分かれば、あらゆる手段で手に入れようとするものが出てくるのは想像に難くない。
強盗などの直接的なものはもちろん、周囲に圧力を掛ける、立場を利用するなどして、寄付という形で奪い取ろうとする事柄が発生しかねないわけだ。……てか、過去にそういうことが実際にあった。
だからこそ国は、ガッツリその辺りの規制を行った。ポーションの所有権周りの制度をガッチガチに固め、個人間の讓渡すらもできなくした。所有者→国、国→所有者というルートを固定してしまったのだ。
「あと付け加えるとね、ポーションの所有者が他人の怪我を治すのも、割とグレーゾーンな部分だったりします。なんでかと言うと、ポーション使用も分類的には医療行為に当たるからですね。原則として医者しか使えなかったりするのよ」
:そうなの!?
:ポーションって医師免許いるんか!?
:なにそれ初耳なんだけど!?
:マジです。あれはれっきとした医療行為です
:探索者がポーションを使えるのって、探索者資格がそっち方面を微妙に包括してるのと、特例事項を利用してるからという
:一般人には分からんよなぁ
だよねー。中々想像できないよねぇ。でもさ、一旦前提条件を振り返ってみると、頷くしかないんだよ。
口から摂取させる、またはぶっかければ効果を発揮するのがポーションだけど、だからといって大怪我を素人が処置していいかと言われるとね……。そもそもアレ、分類的には【医薬品】だし。
なので原則として、ポーションは医療関係者しか使用できません。自分、または家族が怪我や病で入院した場合でも、医者にポーションを一旦提供して使用してもらうというのが、本来の正しい流れだったりする。
ただそれだといろいろと不都合があるし、ポーションの即効性が激減してしまうので、いくつかの特例事項が設定されている。それ駆使することで、現行法に違反せずにポーションを使用しているわけだ。
例えば、探索者はダンジョン内に限り、医者と同様に自己判断で使用することが可能となったりするし、人命を優先し応急処置とかならば、資格の有無を問わずに使用が認められる。他にもいくつかの特例はあるが、今回は割愛。
「で、残念なのが、色羽仁さんのケースだと、そうした特例には引っかからない。重度の怪我で入院中と仮定した場合、彼女を治療できるのは医者だけなんだよ。そして医者にポーションを提供できるのは、色羽仁さんのご家族だけだ。だから俺にできることはなにもないんだ」
表でできることとすれば、ポーションをいくつか放出することぐらいか。そこから先のオークション、多数の大企業や資産家も参加する札束ファイトには、残念なことに俺は関知できない
「あとは色羽仁さんのご家族が、どう決断するかの問題だ。俺はもちろん、ファンも、交流のあるライバーさんたちも、そしてライブラさんであっても、口出しできる領域じゃないんだ。家族の話になってくるんだ」
:そんな……
:どうしようもないのかよ……
:家族つったって、政府主催のオークションとか、一般家庭でどうこうできる次元じゃないだろ
:公式からの声明待ちかよ……
:ウタちゃん……
:クラファンのお知らせとかがないと、俺たちにはどうしようもないのか……
そうだね。ファンが絡めるとしたら、ご家族が決断して、ライブラ経由でクラファンを募ったりした場合かな。……と言っても、クラファンで解決できるかと問われれば、かなり難しいところだろうけど。
前にチラッとだけ調べたら、オークションに参加するだけでもいろいろと条件があって、とにもかくにも金が掛かる印象だったし。
100万人のファンがいて、ライブラの後押しやらがあったとしてなお、薬の確保は厳しいんじゃないかなというのが正直な感想。
「ま、妙な形での炎上とはいえ、ここまで来たら俺も無関係を貫くつもりはないけどね。なにかあれば探索者として相談に乗るとは、ライブラさん経由で色羽仁さんのご家族には伝えているよ。乗り掛かった船みたいなものだから。……表には出さないけどね」
:なるほど
:理解
:無理なのは承知だけど、表に出してほしい気も……
:山主はトップ層だし、相談に乗ってくれるだけでも心強いかもな……
:それでもモヤモヤするんだよ!
:ウタちゃん……
[メッセージが削除されました]
:法律とか、どうすりゃいいんだよ……
んー、やはり反応は芳しくないよなぁ。特にウタちゃんのファンらしき人たちは、理解はしても納得はしていないといった雰囲気だ。
実際、モヤモヤするのも分かるからなぁ。法律さえなければ助けられるからこそ、そのもどかしさが一際際立つんだろうさ。
「……ともかく。そんなわけでお知らせは終了。モヤッとしている人も多いだろうけど、仕方ないと割り切ってほしい。この件については、これ以上の言及は俺にはできない。法律を違反しない範囲で、助力できるところは助力する。俺にできるのは、それだけだから」
──そして法律の壁は、しっかり迂回して助けますとも。わりとグレーゾーンというか、法の抜け穴的なアレなので、現段階ではお口にチャックしとくけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます