第34話 祝福は油の音で その四
「──はい、てことで。最後に軽く全体に塩を振れば、鶏皮揚げの完成です。付けダレにはネギ塩、ポン酢、レモン、ヤンニョムソースを用意してます」
:美味そう
:美味そう
:これはダメなやつ!
:一目で分かる美味いやつやん
:酒がほしくなる
:王道オツマミ
皿の上に盛り付けられた山盛りの鶏皮揚げ。香ばしいキツネ色に染まり、ホクホクとした湯気を立ち上らせるその光景は、控え目に言って食欲を唆る。
コメント欄も狂喜乱舞。ある意味で王道な、誰もが一度は似たようなものを口にしたことがあるであろう料理。だからこそ、画面越しでもその美味さは想像できる。
「唐揚げの皮の部分ってさ、無性に美味く感じたりするよね。つまりこれは勝ち。皮単体が揚げられているのだから、美味いことは確定しているわけです」
:分かる
:皮は美味い
:唐揚げの皮はね、駄目だよね
:唐揚げで皮付きを探すのは分かる
:あの独特の歯応えがうんまいんだぁ
:ぶっちゃけ肉より皮が本体
うむ。やはり唐揚げの皮教は存在しているらしい。……なんか一部過激派が顔を見せていたけど、概ね同意できてしまうのが悲しいところ。皮はマジで美味い。
「んじゃ、いざ実食。最初はシンプルに塩だけで。……Vの配信見ながらご飯食べるの、完全にプライベートのそれで気が抜けそう」
実際、デビュー前はこんな感じの晩酌をよくやっていた。スナック菓子とか、コンビニスイーツとかを買って、酒を片手にパクつきながら配信観ると楽しいんだ。
なのでこの時点で至福。ウタちゃんたちのトークを聴きながら、鶏皮揚げをパクリとはい。
「っ、あぁ。やっぱり美味いわ……!!」
一口だけでもう優勝。アッツアツでサックサクですよ! これよ、これなのよ……!
「なんだろうね。カリッカリなの。余計な脂が落ちてカリッカリになってるの。でもしっかり皮の弾力は残ってて、噛むたびにジュワって馬鹿みたいな旨味がさ……!」
ガツンと口の中に広がる旨味。でもくどくない。無駄な脂は鶏油になってるから、全くくどくないんだ。最後まで残ってた、皮の奥底に眠ってた本来の旨味が剥き出しになってる感じ。
「……マジでポテチみたいな軽さでサクサク食べられる。止まらない」
:めっちゃいい音してるなぁ
:鶏皮揚げが画面からひょいひょい消えていってる
:その音やめろ酒が呑みたくなるだろ!
:安定の飯テロ
:美味そう
:羨ましいんじゃぁ
:画面を突き破って強奪したい
:ウタちゃんのライブ配信観れなくなるんで止めてもらっていいですか?
味が幸せ。歯応えが幸せ。全部が幸せ。はぁぁ、なんだこれ最高でしょ。……これはもう我慢できないわ。
「はい、ここでドンっ。銀色のヤツ! 美味い揚げ物ときたら、やっぱりビールよね!」
画角の外に準備していた生ビール缶。わざとらしくカメラに近づけたあと、カシュッとプルタブを開ける。
「……っ、ぁぁぁ!! やっぱりコレ! コレなんだよ! コレが一番美味いんだよ!」
:ああああっ!?
:犯罪! これは犯罪ですよ!
:やっていいことと悪いことがあんだろうがよぉ!
:ライブに集中させてくんねぇかなぁ!?
:揚げ物と缶ビールはベストマッチすぎるのよ
:うわ一気やん
:……サラッとアルミ缶握り潰したな
:山主さん満面の笑みやん
:缶がビー玉サイズになってるの怖っ
ゴッキュゴッキュと喉がなる。あまりの爽快さに、たった一口で缶ビールが空になってしまった。いやはや、酒が進むとはこのことよ。
「ふぅぅ。いやー、イッキ飲みとか危ないから、配信でやるのはよろしくないんだけどねぇ。それでもこれは我慢できないよね。……俺は肉体強度的にイッキやっても大丈夫な人だけど、絶対に普通の人は真似しちゃ駄目だよ」
:流れるようにもう一本開けてて草なんよ
:さては山主、結構な酒好きだな?
:イッキは本当に危ないからな
:肉体強度ってなんだ
:酒で出てくる単語じゃねぇんだわ
:急性アルコール中毒は洒落にならん
:あー、そういや毒耐性スキルって、アルコールも有効なんだっけ?
イッキは本当に駄目。他人に勧めるなんてもっての他。俺がグビグビいってるのは、アルコールを含めた大抵の毒に耐性があるから。
スキルやらなにやらが合わさって、単純な肉体の頑丈さだけでなく、臓器までも強靭になっているために、馬鹿みたいにアルコールを摂取できるってだけだ。
「俺の場合だと、リットル単位でスピリタスを呑んでも死にはしない。多少は酔うけど、それでも気分が軽く高揚するだけだし、ちょっと意識を切り替えればそれもすぐに治る。それにポーションもあるからね。あくまで俺が例外ってやつで、他の人は本当に無茶な呑み方は駄目だよ?」
二本目のビール缶を握り潰しつつ、リスナーに注意喚起。アルコールの過剰摂取は本当に危ないからね。……にしても、ヤンニョムソースに鶏皮揚げは犯罪的な美味さだな。開けたビールが一瞬で空になる。
「次はネギ塩で……はい優勝。これもまた優勝。ここで銀色のヤツが、口の中の全てをかっさらってくまでがワンセットよ。堪りませんなぁ」
:完全に酒カスで草
:頭の悪い呑み方してるなぁ
:凄い美味そうに晩酌してる……
:缶ビールなのにめちゃくちゃ美味そうに呑むのな。もっと高い酒とか呑めるだろうに
:Vのライブ観ながらの晩酌とか、酒好きリーマンの宅飲みじゃねぇか
:画面の中に俺らがいる
:もう四本目いったぞ。どんだけ呑むんだ山主
:一億を端金と言った男の呑み方じゃないだろ
ポン酢もあっさりしてて美味いなぁ。レモンとはまた違う、和風な感じがまた素敵だ。
にしても、ちょくちょくコメントで分かってないものがあるな。これは物申さねば。
「あのねぇ、高い酒が全てってわけじゃないんだよ? 料理にだってTPOってもんがあるの。そりゃね、我が家にはダンジョン産の酒とか大量にあるよ。売れば億とかいくような、馬鹿みたいに美味い高級酒が何種類もあるさ。……でもね、違うんだよ」
高ければいい、美味ければいいってもんじゃない。その時々で呑むべき酒は変わるんだ。
イタリアンにはワインが王道だ。和食ならやっぱり日本酒がよく合う。居酒屋での一杯目は生ビールだ。バーで呑むならカクテルだ。
こういうのはバランスだ。料理、酒、雰囲気のどれかを重視するかという話だ。で、今回だとダンジョン産の美味すぎる酒は合わないというだけ。揚げ物、宅呑みときたら缶ビール。コレが王道。
「美味いってことは、それだけ主張が強いってこと。下手すれば全部を塗り潰す。それじゃあ駄目だ。釣り合わせて調和させなきゃ、料理の方がもったいない。──その点、こういう時の缶ビールは最高だよ。特にここの会社のは個人的に好き。なんていうか、ちょうどいいんだよ」
いい塩梅に美味いんだよね、ここの缶ビール。味の方はわりと平均というか、ソツのない感じなんだけど、ソレ以上にキレがいいんだ。名脇役っていうのかな?
料理の邪魔はしないし、かといって足を引っ張るわけではない。それでいて料理とはちょっと異なるステージで、しっかり存在感を主張してくるんだ。
「ぶっちゃけさ、ビールって気持ち良く呑めれば十分じゃん? 商品として成立するレベルの味さえあれば、料理の邪魔にはならないから、そこは大して重要じゃない。それよりも大事なのは、やっぱり喉越しだよ。この爽快さがいいんだ。口の中に残った旨味を、綺麗に運んでスッキリさせてくれる。これは酒造りの結晶だよ。ダンジョン産の高級酒でも、この分野では劣ると俺が保証する」
:分かるわぁ。やっぱり喉越しよ
:ビールは喉で味わうものだからね
:今までにないぐらい饒舌だなw
:ダンジョンの酒より優れてるってマ?
:これ案件配信でした?
:そこのビールは本当にキレがあるからね
:山主のお墨付きとか、下手なCMより宣伝効果高くない?
いや、宣伝でも忖度でもないよ。実際に俺はそう思ってる。ダンジョン産の酒はね、そっちをメインにするか、料理も同ランクのダンジョン食材で作らないと、完全に一強になっちゃうんだよ。それぐらい美味くて、味の主張が強いんだよ。
だからバランス良く堪能するとなると、市販品ぐらいがちょうどいいんだよね。なんだかんだで、人類の技術も侮れないんだよ。
「ま、結局は楽しむことが一番なんだよ。料理を楽しみ、酒を楽しみ、場を楽しむ。それさえできればオールオッケー。酒の席でそれ以外を持ち出すことはナンセンスってね」
:それはそう
:それを分かってないやつも多いんだよなぁ
:いいことは言ってるんだけど、量産されてるアルミ玉が気になって仕方ないんよな
:飲酒量のせいで名言が酒カスの戯言になってるの、本当に草
:一旦呑むの止めてライブの方に意識向けない? 今いいところよ?
:正論
:空き缶を潰しながら呑み続けるの、控え目に言って輩の呑み方なんだわ
:なお、酒談義をしてるこっちと違い、ウタちゃんのライブはかなり真面目な雰囲気になってる模様
んー、向こうのライブ配信? ……って、なんか通話来たな。誰だ?
ーーー
あとがき
活動報告にも書きましたが、週一更新だと長いので、最低週一更新に変えます。日曜十八時の定期更新は、とりあえず続けてみますが……ちょっとルーティンを考えます。それ次第で変わるかも。
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