第3話 伸び悩み、そして決断
──チャンネル登録者数3040人。これが現時点における、VTuber山主ボタンの数字。
「うーむ……」
デビューしてから一ヶ月ほど経ったわけだが、案の定伸び悩んでいたり。どんなに勇ましく吼えたところで、結果に繋がるわけではないのが現実の悲しいたころよね。
一応、人気のあるゲームに手を出したり、視聴者からの質問に答えるタイプの雑談配信をしたりしてるんだけどねぇ。
やっぱり俺程度のゲーム、トークスキルじゃ、人気ライバーの配信で目が肥えているリスナーを満足させるのは難しいようで。配信の分野ではガチで素人に毛が生えたレベルだしなぁ。
かといって、一番数字を稼げるであろうコラボ配信は選べない。デンジラスの状況を考えれば火に油だし、他箱とコラボするには実績が足らない。
はっきり言って、伸びない要素は揃い踏み。ここまでデバフが掛かっているのなら、仕方ないと一周まわって笑いが零れてしまうほど。
だが悲しいかな、企業勢である以上は数字不足は笑いごとでは済まされない。運営側は気にするなと言ってくれてはいるが、デンジラス程度の規模の事務所に余裕なんてあるはずないのだ。
確かに俺は特殊な立ち位置、ちゃんと男性ライバーをプロデュースできるというアピールのために雇われた。
事務所としては収益など二の次で、問題を起こさず長く活動してくれれば、それで十分と思っているのは承知している。
「でもなー。現状はやっぱりよろしくないからなぁ……」
俺は俺で、リーマンとオフでコラボするという目的があるし、事務所は事務所で俺から利益が得られるのならば、それに越したことはないわけで。
てことで、ちょっとしたテコ入れの提案をしようと思う。
山主︰マネさん。ちょっと配信についてご相談があるんですが
葛西︰なんでしょうか?
レスポンス早くない? ノータイムで返信きたんだけど。もしかして俺の連絡、優先順位高めに設定されてたりしない? ……まあ、不都合はないから別にいいんだけどさ。
山主︰単刀直入にいいますと、俺って伸びてないじゃないですか。企業勢としては負債レベルで。なのでちょっとばかし、テコ入れをした方がいいかなと
葛西︰何度もいいますが、数字に関しては気にしないでください。今はコツコツ積み立てる時期です。無理して潰れてしまっては元も子もありません
山主︰いやー、それにしたって限度があるでしょう。同期の雷火さんは順調に伸びてますし、だからこそ分かりやすい『差』として大勢に伝わってしまうじゃないですか
葛西︰……まあ、否定はしません
案の定、苦い感じのコメントが返ってきた。やはりマネさんとしても、新たな火種が燻っていることは認めるしかないってことだ。
俺の同期である【雷火ハナビ】。赤髪に黄色のメッシュが入ったデザインの女性ライバーなのだが、彼女のチャンネル登録者数は現段階で約32000人。デンジラスの規模を考えれば、かなり順調な滑り出しを迎えていると言えるだろう。
企業勢の特徴ではあるのだが、『期』が重なるごとに序盤のチャンネル登録者数は増えていく傾向にある。主な理由は新人に対する導線が増えるからなのだが、その恩恵を同期の雷火さんはしっかり享受できているわけだ。
もちろん、導線はあくまで導線。そこからファンを獲得するのは本人の資質次第。だが雷火ハナビというライバーは、その資質もしっかりと備えていた。
属性としては活発な後輩キャラ。ともすれば喧しいと評されかねないほどのテンションで配信するスタイルは、多くの人々から高評価を得ている。
例の一件によって生まれた澱を焼き払うかのような、文字通り花火のように鮮烈な彼女の姿が、リスナーたちの心をガッツリと魅了してみせたのだ。
山主︰雷火さんが伸びるのはいいことです。でも同時に、山主ボタンがこの体たらくってのはマズイんですよ。
──だがしかし、物事というのは表裏一体。花火がより強く輝けば、それに比例して濃い影ができてしまうのが道理というもの。
山主︰誹謗中傷が加速するとか、そういう話ではなくて。伸びない男性ライバーの存在そのものが、例の件を想起させる要因になる。だからリスナーたちは、余計に山主ボタンの存在を受け入れられない。少なくとも、心の根っこの部分ではそう思っているはず。マネさんたちだって、薄々勘づいてはいるでしょう?
葛西︰……その通りです。ですが、その辺りは我々としてもしっかりと手を打っていきます。時間を掛けてでも、確実にボタンさんをリスナーの方々に受け入れさせてみせます
山主︰気概に関しては疑ってませんよ。でも多分、それじゃ遅いです。これは配信者ではなく、斬った張ったで飯代を稼いでいる探索者としての勘なんですがね。この辺りが分水嶺なんですよ。ここで流れを変えないと巻き返せない。ズルズル引き摺ってゲームオーバーです
分かりやすさ優先で『勘』とは言ったものの、ぶっちゃけコレは確信だ。預言と言っても差し障りないレベルだ。
なんで断言できるかって? そんなの簡単で、こちとら命をベットして生活費を稼いでいるからだよ。死ねば終わりだからこそ、我が身の行く末とかには敏感になるんだよ。
だからこそ分かる。このタイミングで手を打たないと破滅すると。いや正直、俺個人としてはそこまでダメージはないが、【山主ボタン】としては致命傷になる。俺という負債が膨らんでいって、事務所の方が音を上げる。デンジラスはもう二度と男性ライバーを切り捨てられないからこそ、関係者全てを巻き込み溺死する。
山主︰俺は配信も素人に毛が生えたレベルで、企業のマーケティングなんて素人そのものですよ。……でもね、勝負勘は隔絶している自負がある。機を窺い見極めることに関しては、マネさんたちは俺の足元にも及ばない。そんな俺が断言させてもらいます。ここが分水嶺です
失礼なのは百も承知。不興を買うことも覚悟しての訴えだが、果たして──
葛西︰……なるほど。ボタンさんの言いたいことは理解しました。そして分かりました。テコ入れ、しましょう
山主︰ありがとうございます!
よしっ、受け入れられた。これで第一関門はクリアだ。
山主︰よかったです。本気を伝えるために、わりと喧嘩腰な台詞になってしまったので……
葛西︰いえいえ。ライバーさんがやりたいことをサポートするのが、運営の役目ですので。気負わないでほしいと思っていただけで、テコ入れ事態は私も賛成でしたよ
山主︰おっと、そうでしたか。それは失礼を。一人で早とちりしてしまって、お恥ずかしい限りです
なんとなくというか、かなりハッキリと過保護の気配を感じていたのだけど。まれによくある『我々がやりますので、座ってお待ちください』的な空気感が漂っていたのだけど。
まあ、マネさんがそういうのなら、きっと俺の勘違いなのだろう。……そういうことにしておこう。
葛西︰でもちょっと意外でした。さっきのボタンさん、かなり強キャラみたいな感じで、配信や打ち合わせの時の印象とは大分違かったです
山主︰あー。まあ正直、これまで少し猫かぶってましたからね。特に配信とかだと、下手に押しの強いところを見せると、一気にマイナス側に評価が寄りそうだったので……
気性が荒いとは言わないが、なんだかんだ我の強い性格をしているのは間違いない。ただ俺の取り巻く環境を考えると、素を晒すのはリスクの方が高いと判断したから控えていた。……まあ、おかげで配信におけるキャラが薄くなってしまい、伸び悩む結果になったわけだが。
葛西︰うーん、勿体ないですね。さっきの不敵な感じは、わりと女性受けしそうなんですが。ボタンさんのモデルの雰囲気ともマッチしていますし。……あ、テコ入れってそういうことですか?
山主︰いや、ちょっと違います。クール寄りで美麗系のガワですらから、そういうロールも悪くないと思いますけど、やっぱりデンジラスのファン層は男性の比率が圧倒的なわけで。そんな中でそういう売り出し方をしても、顰蹙は買えど人気には繋がらないかと
ガワに合わせるロール自体は、選択肢としては無難な部類に入るだろう。でも無難じゃ駄目だ。俺、山主ボタンを取り巻く状況では、その程度のテコ入れでは逆効果にしかならない。
必要なのはインパクトだ。これまでの悪印象を、丸ごと吹き飛ばせるぐらいのインパクト。それこそ、デンジラスを知らない人ですら引っ張ってくれるほどのインパクト。
山主︰俺が思い描いているのは、もっと派手なテコ入れです。誰にも真似できず、大勢から注目されるような内容です
葛西︰……そんなアイデアがあるんですか?
山主︰ええ。ただ正直なところ、かなり異端寄りの内容です。いわゆる炎上系に分類されるような、犯罪や非道徳的な行為ではないですが、VTuberでやることかと言われたらちょっと判断に悩む。やるとしても個人勢で、企業勢がやることではない類のテコ入れです
実のところ、伸びる方法自体はとっくに思いついていた。ただVTuberという枠組みからは大分外れていたために、このギリギリまで控えていた。
これは裏返せば、それだけ山主ボタンが置かれた環境が悪いということ。使用を躊躇う鬼札すら切らなければならないほどに、追い詰められているということ。
葛西︰今のところ、デメリットの方が大きいように思えますが?
山主︰ただ確実に伸びます。いや、もっと言ってしまえば、批評を押し流すだけの反響を得られる確信があります。ただ何度も言うように、これは禁じ手寄りの内容です。だから詳細を今から説明するので、運営サイドで話し合ってください
葛西︰……分かりました。聞かせてください。ただ最後にもう一度だけ訊ねますが、犯罪行為や道徳に反することではないんですね?
山主︰その点については問題ないと断言します。俺はただ、自分の強みを全面に押し出すだけですから
──さあ、プレゼンの時間だ。ここから先は、伸るか反るかの大博打。目標まで突っ走るための最短ルート、いっちょ示してみせましょう!
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