第4話 テコ入れ配信 その一

 マネさんとテコ入れについて話し合ってから二日。ちゃんと運営の方で議題として挙げてくれたらしく、その返事が今日伝えられた。


「自由にやらせてくれるのは、ありがたいったらないねぇ」


──面白そうだから、是非ともやってくれ。難色を示されるかなと思っていたのだけど、中々どうして運営側もノリがいい。


「……ま、ノリ以外にも思うところもあるんだろうけど」


 単純に提出した企画によって、利益が見込めそうだからOKしたのか。それともかつてプロデュースできなかった『彼』を想って、後釜である俺に自由を与えてくれているのか。……追及するべきことではないな。

 ともかく、許可が降りた以上は遠慮無用ということで、諸々の準備を済まして今。最後の機材チェックを完了し、あとは配信をはじめるだけ。


「うしっ」


 てことで、スタート。配信開始ボタンをクリック。用意していたBGMも起動。それと同時に、チャットの勢いがかすかに速くなる。


︰お、始まった

︰ばんわー

︰新企画ときいて


 同接者は23。有名ライバーと比べるのも烏滸がましく、企業勢としてみてもかなり不甲斐ない数字。


「はい皆さんこんばんは。デンジラスに所属するスーパー猟師、山主ボタンです」


︰ばんわー

︰ばんわー

︰ばんわー


 パッと見る限り、配信に来てくれているのはいつもの面子。運営の方針に理解を示している者、逆境だからこそ応援してくれている者などが、山主ボタンの主なファン層。

 ありがたいことだ。苦しい時に手を差し伸べてくれる人間こそ信用できるというのはその通りで、今こうして生配信にわざわざ顔を出してくれている彼らの存在は、活動を続けていく上での一つの指針となるだろう。

 ……だが、それでは足りないのが現実というもの。悲しいことだが、少数の真摯なファンだけは企業としての利益は見込めないからこそ、ここで勝負に出なければならない。


「さて。本日の配信ですが、Tweeterですでにお知らせした通り新企画をやります。……まあ、ぶっちゃけてしまうとテコ入れですねー」


︰あー

︰テコ入れかぁ……

︰まあ状況的にはしゃーない

︰俺は山主は頑張ってると思うぞ!

︰あの一件で何人かのアンチは粛清されたけど、それでもまだまだ湧いて出てきてるからね……

︰運営君ともども、結構キッつい状況だからなぁ


「そうなのよ。あんまり数字にまつわることを話題に挙げるのはよろしくないし、応援してくれる皆にも申し訳ないんだけどね。やっぱり企業勢である以上、収益は考えなきゃならないわけで」


 状況が状況だからか、生々しい話題になっても雰囲気は悪くなってはいない。もちろん、コメントにしていないだけで、あまりよく思ってない者もいるだろうが、ここはあえて目を瞑る。


「で、テコ入れのための新企画。具体的に言うと、料理配信をやろうかなと」


︰待って?

︰料理? 山主、料理男子なん?

︰なんで?

︰なんか今日は音の感じが違うと思ってたら、もしかして山主キッチンにいる?

︰それテコ入れになります?


 テコ入れの内容を明かされ、コメント欄に疑問符が乱立する。リアクションとしては予想通りだ。俺とて第三者なら首を傾げる。


「お、鋭い人がいるね。その通り。今、俺がいるのはキッチンです。……料理がテコ入れになるかと言われたら、多分なるんじゃないかなと。飯テロはコンテンツとしては強いしね。なによりコレを見れば、ちょっと意見も変わるはず。──てことで、はいドン」


 台詞と同時に画面の切り替え。キッチンにセットしていたカメラ映像を、配信画面に載せる。


︰なにそれ!?

︰デカっ!?

︰え、待ってそれなに!?

︰カニかなにかの……鋏? いやでも、ええ?

︰デカすぎんだろ


 ザワつくコメント欄。この反応もまあ予想通り。だって用意した食材は、一般人の常識の外にあるものなのだから。

 バットの上にあるのは鋏。甲殻類、エビや蟹などについている鋏が一つ。種として獲物を掴むために発達した部位であり、殻の下にはそれに相応しい量の筋肉、いやご馳走様が詰まっている。

──ここだけならいい。問題なのは、その鋏だけでということ。


「はい、これが今回の食材です。見ての通り普通の食材ではありません。いわゆるダンジョン食材というやつですね!」


︰ダンジョン食材!

︰またすげぇの用意したな

︰ダンジョンで取れる食材って、こんなデタラメだったりするの?

︰ダンジョン食材とか超高級品じゃん。山主、よくそんなもの用意できた

︰それだけテコ入れに本気ってことか。いやでも、奮発しすぎな気も……


「あ、勘違いしてる人もいるみたいだし、訂正しておくけどね。これは買ったわけじゃないよ。自分で取ってきた。俺、本業は猟師、てか探索者だから」


 ここですかさず情報投下。ライバーがリアル寄りの情報を出すのはあまりよろしいことではないが、ちゃんと許可は取ってある。

 金にものを言わせて食材を用意するよりも、自力で調達してきたと公言する方が絶対にインパクトは大きいからね。


︰マジで!?

︰猟師って設定なのは知ってたけど、山主さんマジでそっちの職業の人だったの!?

︰しかも専業レベルって……。バイト感覚でやるのとわけが違うぞ

︰配信機材とか揃えられる程度には貯蓄があるってことだし、もしかしなくても探索者で結構稼いでる?

︰いや逆に、探索者で稼げないから兼業でライバーに手を出した線も……

︰多分稼いでる側だと思うぞ。その証拠に、キッチンがどことなく高級っぽい

︰あ、マジだ。見えてる限りだけど、かなりちゃんとしたキッチンじゃねこれ?


 よしよしよし。雰囲気は悪くない。いい感じの手応えを感じるし、コメント欄の流れも徐々に早くなってきている。

 やはり分かりやすいインパクトは大事だ。素人と大差ないトークスキルでどうにか回すよりも、ずっとずっと効果的にリスナーの意識を引き寄せることができる。


「これを料理して、ところどころ解説入れて、作った料理を美味そうに食べれば、結構面白い配信になるんじゃないかなって思うんだよね。どうよ?」


︰絶対に面白いですね

︰凄い楽しそうだと思う

︰正直早く見てみたい

︰高級食材や珍味の調理って、かなり需要あるもんな。いいと思う

︰むしろなんで今までこれをやらなかったの?


「わりと好評なようでなにより。……あー、なんで今までコレに手を出さなかったっていうと、地味にリアル寄りの内容だからだね。お気持ちとか発生しても困るから、ギリギリまで控えていたんだよ。普通にやって伸びそうなら、奇策に走る必要もないじゃん?」


 ま、結果は奇策に走るしかなくなったわけだけど。追い詰められた以上は、批判覚悟で突き進むしかないよねと。


「──てことで、レッツクッキング。皆が楽しめるように、そして魅了できるように、ガッツリ飯テロさせてもらいます!」

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