第5話 テコ入れ配信 その二

 さて、これから調理を始めるわけだけど。まずはリスナーに、コレがどんな品物なのかを説明していきましょう。事前知識は大事だからね。


「まず元となったモンスターの解説から。これはタイラント・クレイフィッシュの鋏です。いくつかのダンジョン中層、淡水エリアに出現するやつでね。端的に説明すれば、鉄並みの強度の殻をまとった羆サイズのザリガニ」


︰なにそれ怖い

︰説明だけで分かるバケモン

︰危ないことせんといてくれ

︰それはもうザリガニじゃなくて自動車の亜種では?

︰なんでそんな危ないのに挑んでるのさ。ダンジョン食材ならオーク肉とかでいいじゃん……


 ……ふむ。コメント欄は驚きが八割、心配二割というところかな。心配されたことは素直に驚いたけど、この辺りは前提条件の違いだろう。

 俺にとっては然して危険ではない相手であっても、大抵のリスナーからすればモンスターはすべからく危険。推しが危ないことをしてるとなれば、そりゃ止めたくもなるというもの。


「心配の声が上がってるけど、その辺りは大丈夫だよ。こっちもプロだし、倒せるモンスターしか倒さないから。それにオーク肉より、こっちの方がインパクトは大きいじゃん? あれ普通に流通してるし」


︰インパクトがデカいのは認める

︰いや、オーク肉もブランド豚みたいな扱いだし、十分に希少なんですがそれは

︰まあ、ザリガニの方が希少そうではあるけども

︰いや、希少なんてレベルじゃねぇぞ多分。流通ゼロのレベルだ。さっとネットで検索してみたけど、全くヒットしねぇもん

︰初見です。いまさっき知り合いから勧められて見にきた専業探索者なんですけど、ちょっとチャンネル主さんに確認いいですか? そのザリガニって、あのウォーターカッター吐いてくる奴です?

︰お? 有識者きちゃ?


「ん? なんか有識者っぽいコメントきたね。大正解。他の人に分かりやすく説明すると、このザリガニはいわゆる強MOBの一種です。水辺とか移動してると、水の中から不意打ちで木を薙ぎ倒す威力のウォーターカッター飛ばしてきます」


 なお、木を薙ぎ倒す威力の攻撃なので、大抵の人間はマトモに喰らうと死にます。掠るだけでもわりと致命傷になります。


︰待ってそれヤバくない?

︰自動車どころか戦車じゃねぇかよ!

︰回答ありがとうございます。……アレを狩れるのか。やべぇぞこの人。あとあの化け物、そんな名前だったのか

︰へい有識者。一般人にも分かるように教えて?

︰探索者のレベル的にはどんぐらいなん?

︰自力であのザリガニを狩ったのなら、間違いなく実力は日本でもトップクラス。中層ってのは、専業で普通に暮らしていけるレベルの、自分で言うのもアレだけど探索者の中の上澄み。で、件のザリガニは、そんな奴らで構成されたパーティーを余裕で壊滅させる

︰ひぇっ……


「実際、あのザリガニって中層メインで活動する人たちからは、蛇蝎の如く嫌われてたりするからね。弩級クラスの地雷モンスターってやつ。食料系ダンジョンじゃなくても出現するタイプなんだけどさ、いるって判明すると、誰もその階層の水辺に近寄ろうとしないレベル」


 タイラント・クレイフィッシュは、いわゆる強MOB、初見殺しに分類されるモンスターだ。同ランク帯の中でも、頭一つ抜けたスペックをしてると言えば分かりやすいか。

 ネットで食材として検索しても、ヒットしないのはその辺りが理由。ダンジョン中層で活動してる探索者じゃ狩れないから、そもそも食材になってないんだ。

 もちろん、中層の探索者たちでも、しっかり対策を練って死ぬ気で挑めば、十分に討伐することはできる。

 だがゲームと違って、現実はコンテニューなんかできない。怪我をしただけで人生が詰みかねないわけで。


「ほぼ全ての探索者は、何重にも安全マージンを取って活動していて、危険なんか絶対に犯そうとしないから。死神扱いされるモンスターなんか無視一択。──つまり、欲しかったら自分でとりにいくか、一流の探索者に大金積んで依頼するしかない、流通ゼロの超希少食材というわけです」


──だからこそ、その調理はエンタメになる。悪評なんて吹き飛ばすレベルで、大勢の興味を惹く内容になる。


「ま、探索者でダンジョン食材を専門にしてる料理チャンネルとかもあるし、何番煎じなんて言われたらそれまでなんだけど」


 といっても、似たようなことをやってるストリーマーも、このレベルの食材は扱ってないんだけどね。大抵がオーク肉とか、ギリ流通に乗っているような食材ばっかりだったりする。

 流通に乗らないレベルとなると、自力で調達するには相応の実力が必要だし、依頼して入手するには費用が掛かりすぎるから。

 つまるところブルーオーシャン。真似できる配信者が滅多にいないからこそ、需要そのものを俺が独占できる。


「じゃ、まずは身入りの方を確認してみようか。といっても、これはダンジョン食材の中でもドロップ品に分類されるやつだから、ギッチリ中身は詰まってるんだけどね──ほら」


 喋りながら包丁を真横に一閃。刃は抵抗なくスルりと殻に入り込み、刃渡りすら無視して巨大な鋏を一刀両断してみせる。

 そして切り開かれた殻の中から覗くのは、真珠のような光沢を放つプリプリの身。


「うん。身入りもいいし、ちゃんと処置したから新鮮なまま。これなら刺身でも問題ないね」


︰はい?

︰待って?

︰待て待て待て待て! 今なにした!?

︰サラッと意味わかんないことしてねぇか!?

︰なんだやらせか

︰あのザリガニを包丁で真っ二つかよ……。マジでこの人バケモノじゃねぇか。なんでVTuberなんかやってんだ

︰なんで包丁以上のサイズの物を一刀両断してるんですかねぇ……


 んー、コメント欄がザワついてるなぁ。仕込みを疑っている者もちょくちょくと。いやまあ、馴染みのない光景と現象なのは分かるんだけどさ。

 ただこの辺はなー。説明するのが凄い難しいというか、説明したところでわりと理解不可能な領域だからなぁ……。


「あー、今のやつに関してはノーコメントで。上手く説明するのは無理だし、仮に説明できても絶対に理解できないだろうから、シンプルに『そういうもの』と受け止めといて。探索者だったらできる人はできるよ、多分」


︰人間辞めてない?

︰まあ、うん……。確かにダンジョンが出現してから、物理法則とかちょくちょく怪しくなってるけどさ……

︰専業探索者として言わせてもらうが、できてたまるか。んなことできる奴、滅多にいねぇよ

︰探索者って凄いんだなぁ(白目

︰おい同じ探索者が否定してるぞ

︰でも皆無と言わない辺り、人間の可能性を感じる


「ぜ、全員できるとは言ってないから(震え声」


 個人差だよ個人差。実力差とも言うけど。……真面目な話、探索者ってかなりピンキリだったりするしね。キリ側は普通に一般人だし、ピン側は人間辞めてるというか、人型の決戦兵器か大量破壊兵器と思っておいた方が無難だ。

 なお自画自賛になるが、俺自身は限りなくピン側じゃないかなと分析していたり。だって同等クラスの探索者って、俺の知る限り二人しか見たことないし。


「ま、冗談はともかく。そろそろ話を戻して、メニューの方を決めちゃおう。とりあえず、全部は流石に多いから、使うのこっちの半身だけにして、残りは保存して後日かな」


 ちゃんと適切な処置のもと保管すれば、かなり長期で鮮度を維持できるので、裏でチマチマ消費していきましょう。

 で、残りの半身よ。んー、どう調理していくべきかなぁ? 鮮度を考えると、やっぱり刺身は外せないかな。あと焼きもいいし、汁物があった方がバランスもいいか。


「──決めた。刺身と焼き、あと味噌汁にしよう。刺身は切り出して大きい甘海老みたいにして、焼きの方は殻付きのままテーブルコンロで炙れば見栄えはいいかな? 味噌汁は余りを適当にぶち込めば、出汁たっぷりでいい感じになる気がする」


──ヨシ。それじゃあ、ちゃちゃっと調理していこう!

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