第6話 テコ入れ配信 その三

「──はい、てなわけで完成! タイラント・クレイフィッシュのハサミ肉の刺身、焼き、汁物のザリガニ尽くし。なお見た目と名前はザリガニだけど、そもそもモンスターなので完全に別物です」


 なお、本物のザリガニは少なくとも生食はアウトです。ヤバい寄生虫とかいるからね。

 ダンジョン食材、特にドロップアイテムの場合、モンスターの死体の消滅とともに、謎の光から再構成されるから、少なくとも出現時は無菌。しっかり保存して鮮度を保てば、普通に生食はいける。


「さて。とりあえず皆さん、これをどう思います?」


 一品目、刺身。通常の切り身と違い、甘海老を模す形で切り出された、細長いブロック状のそれ。色合いといい形といい、否応にもエビの美味さを連想させることだろう。贅沢に頬張り、噛み切る醍醐味というものを教えてくれる。味変用のカボスとかが楽しみでならない。

 二品目、焼き。テーブルコンロで焼けるように、殻付きのまま切り出されたそれは、刺身と違ってとても分厚い。まさにエビのステーキであり、加熱することでどれだけジューシーになるのだろうか。

 三品目、味噌汁。具は人参、大根、長ネギというオーソドックスかつシンプルな野菜たちと、ふんだんに投入された殻付きの鋏肉。芳醇なザリガニ、いや甲殻類の香りが漂い、大量の出汁が溶け込んでいることが確定の一品。


「ちなみに味は絶品確定。だって食料系のダンジョンの中層で調達してきたからね。奥で採れるものほど価値が高いというのがダンジョンの法則が、これらの味を保証するわけよ」


 上層で採れるオーク肉ですら、ブランド豚と同等の扱いで絶賛されていたりする。つまり中層の強MOBのドロップアイテムとなれば、そりゃもう相当に美味いというね。


︰美味そう!

︰見た目は超豪華

︰見たら分かる美味いやつ!

︰ズルい。これはズルい

︰高級御膳やん


 テーブルの上に並べられた料理の数々に、かなりの数のコメントが投下される。……いやまて本当に多くない?

同接6000人超えてるんだけど。


「……なんかいつの間にか人増えてない? 同接めっちゃ上がってるんだけど。テコ入れ配信とはいえ、こんな即効性は期待してなかったんですが」


︰おたくの同期と先輩たちが拡散してたで

︰巫女様とか残った半身を集る気満々やったぞ

雷火ハナビ︰同期が凄いことやってれば、そりゃ拡散するよねぇ?

︰身内が拡散→ファンが拡散→探索者クラスタが認知→有名探索者パーティーのがコメント→トレンド入り(今ココ

巫女乃美琴︰飯テロされて悔しかったから巻き添え増やしたった。それはそれとして今度奢れ

︰トレンド入りしとるよ

︰ハナビ!? ハナビおるやんけ!

︰巫女様!?

︰アンタらおったんかい!


「えぇ……」


 調べてみたら、マジでSNSでトレンド入りしてるんだけど……。こんなに早い段階で拡散されるのは予想外なんですがねぇ。

 そして同期、先輩のあなたらは何故いるの……? 炎上回避のために、接触は最低限ってことになってたでしょうが。

 そりゃ宣伝に協力してくれるのは助かるけど、下手したらお気持ち民が大量に発生するぞ。俺は特に気にしないとはいえ、同期や先輩たちの手を煩わせるのは本意ではないんだけど。


「んー、これなんて返すのが正解なんですかね? 絡まなさすぎてコメントに困るんだけど……」


︰素で困ってそうで草

︰アンタッチャブル扱いされてたのは事情だからね……

︰信じられるか? これ同箱内の話なんだぜ……

雷火ハナビ︰ぶっちゃけ同期で絡みにくいの煩わしいよ! これを気に沢山絡んでこうze☆

︰素直に感謝しとき。そろそろ、そういう空気を振り払うべきやで

巫女乃美琴︰後輩はただ先輩に奢ればいい。他のことは気にするな

︰あったけぇなぁ


「あったかいかなぁ? なんか悪ノリで燃料投下されてるようにしか思えないんだけど……」


 いやまあ、ここぞというタイミングで絡んできてくれた感はちゃんとするんだけど。にしてもこう、もうちょっと段取りってあるじゃん? わりと二人とも火の玉ストレートすぎではないかと。

 巫女乃先輩に関しては終始ブレないし。いや別に奢ること自体は全然いいんだけどさ。ただ法律の関係で、ダンジョン産のアイテムの贈答はクソ面倒でなぁ……。


「まあ、巫女乃先輩に関してはアレです。打ち合わせなどで縁があればと。──それじゃあ実食といきましょうか」


︰誤魔化したw

︰巫女様スルーされてて草

巫女乃美琴︰おいコラ誤魔化すな後輩

︰しゃーない。会計換算がガチで『時価』になるレベルの高級品だもんね

雷火ハナビ︰そもそも先輩より先に大事にするべき同期がいると思うなぁ?

︰はい同期がアップをはじめました


「じゃあ実食でーす」


 この辺は触らぬ神に祟りなしということで。お約束の流れであろうとも、下手にネタにして火傷する必要もあるまいよ。


「そんじゃ、まずは刺身から……その前に焼き用のやつを火にかけておきます。コイツの殻って耐熱性能高いから、じっくり火にかけないと熱が通らないだろうし」


 頑丈な癖して熱伝導率がよろしくないから、炎熱系の攻撃が半減以下になるというね。なので後衛のビルドによっては詰むという。


︰なぁにそれぇ……?

︰生物の殻がもっていい性能ではない

︰そんなんどうやって倒すの?

︰あの包丁捌きをみるに、多分普通に刃物で真っ二つにしてると思う

雷火ハナビ︰ちょくちょくトンデモエピソードが出てきてワクワクが止まらない

︰トップ層の探索者は人間と思わない方がいいぞ。前にチラッとみたことあるけど、アイツら何食わぬ顔で斬撃飛ばしたりするからな

︰ちょっと何言ってるか分からないですねぇ……


「よしセット完了。で、は、火に掛けてる間にお刺身いっきまーす。まずはなにも付けずに、いざ」


 刺身を箸で持ち上げ、一旦カメラの前に。そうしてガッツリ見せつけたあと、パクリと一口。


「〜〜〜っ」


︰凄い喜んでらぁ

︰言葉がなくても伝わる美味いやつ

︰めっちゃバタバタしてるの分かって草

︰満面の笑みが凄い

巫女乃美琴︰おいコラ本当に寄越せ後輩!!

︰あー、うん。確かにこれだけ伝わるのなら、実写よりも二次元の甘いマスクの方が効果的だわな

︰どんな味なんだせめて教えろください


「っ、ふぅぅ。……ん、食レポね。えっとアレよ。表面は甘海老みたいにねっとりしてて、でも芯の部分はしっかりぷりっぷりで。こうプチって噛み切ると、エビとカニのいいとこ取りみたいな、足して二で割らないで煮詰めたような濃厚な味が口いっぱいに広がるのよ。……生の次はカボスでいかしてもらいます」


︰もう情報の暴力

︰……いいなぁ

︰なんだその『僕が考えた最強の甲殻類』みたいな食いもん

雷火ハナビ︰ハイハイハーイ! 私も食べたい!!

︰これまでの絡みのなさが嘘のように騒ぎ出したぞ

︰しゃーない

︰絶対に美味いもんアレ


「……カボス、これヤバいよぉ。もうコレだけで優勝していいわ」


 味変したらまた違うなぁ。濃厚な旨味に、柑橘系の酸味が加わってお口の中が幸せです。マジで無限に食えるやつだわ。


︰これはもう完全なテロ

︰また通の食べ方しやがって!

︰素材の味を活かす方針ですかぁ!?

︰なんか山主とコラボするためだけにVTuberになってもいい気がしてきた


「んー、駄目だ。このままだと刺身だけで満足してしまう。そろそろいい感じだし、焼きの方にいこう」


︰山主、これもうコメント見てなくね?

︰我を忘れるほどに美味いってことなんだろうなぁ

︰多分ガチな気がする

︰でも俺が山主の立場なら、絶対に食うことに集中する

︰最高級食材を見せつけて食う気分はどうだコラァ!?


「そりゃもういろんな意味で最高の気分よ」


 えーと、焼きの方を……いや待て。ここでひと手間だ。ちょちょいと箸で殻から身を剥がして、その隙間に醤油を垂らして……。


「あぁ、幸せの音色と香り〜」


︰コメントしっかり見てるやんけ!

︰ならちったぁ手を止めろや!

︰焼き醤油はアカン! それはもうアカン!!

︰マジで美味そう

巫女乃美琴︰後輩! 今度事務所でオフコラボな! 後でDM送るから、予定合う日教えろ!!

︰巫女様荒ぶっとるwww

雷火ハナビ︰ちょっと巫女乃先輩! 同期の私が先ですよ!? まだ同期組でコラボすらしてないんですからね!?

︰ハナビも参戦したぁ!

︰うーん。これは炎上不可避


「見てこれ! こんなん魚介のステーキだよ! 醤油の香りがヤバい! やっぱりひと手間大事だね!」


 はい豪快に一口! ……駄目ですねぇコレ!! 火が通ったことでさらに甘みが増してるよ! 食感もまた凄いの! 歯ごたえ抜群で、身の繊維が一本一本感じられるレベルよ! そんで鼻を抜ける醤油の香りがさぁ……!!


︰なお、当の本人は完全に食事に夢中の模様

︰微笑ましい絵面だけど、やってること完全にエグいんだよなぁ……

︰最高級食材の豪華ディナーとか羨ましい。マジで飯屋なら二桁万円消し飛ぶ内容なんだよなぁ

雷火ハナビ︰コラボ! コラボ! コラボ!

︰ブルジョワの食事すぎて一周まわって嫉妬できねぇ

︰そもそも命懸けで調達してるから……

︰マジでハナビがコラボの懇願してて草なんよ。でも不思議と邪推する気が起きないという

︰完全に食い気が全てだからだろ。あと穿った見方をするには、飯テロの力が威力が強すぎる

︰ここまでくると、オフで会うのも仕方ないと思えるからな。普通の感覚していれば、まあ満場一致で食べたいよねってなるからだけど


「そんで次、味噌汁ね。テンション上がりすぎてガッツかないよう、汁物でホッと一息つくのがね……」


 ズズッと一口。はい無理。コレで落ち着けとか無理。むしろ食欲が増すわ。

 だってさ、味噌という優しくも主張の強い調理料があってもなお、微塵も霞むことのないザリガニの出汁が美味すぎて! 完全に味噌の風味を名脇役に変えているのよ。それでも絶対に主役として目立ってるの。渾然一体で高めあってるの!


「……っ、あぁ。至福よなぁ。汁の中でホロホロに崩れた身が最高なのよ。柔くなった野菜とかと一緒に口に運ぶと、また違った味わいになってなぁ」


︰すげぇ。声だけで恍惚の表情になってるのが伝わってくる

︰立ち絵も満面の笑みだが?

︰幸福メーター振り切れてるよな。そして脳みそって蕩けきってる

︰家とかで美味いもん食ってると、黙々と食べ続けるか、独り言が多くなるかの二択だったりするからなー

︰分かる


「次はまた刺身で──」

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