第11話 15万人記念配信 その三

 途中、ちょっと予想外な量のリクエストが飛んできたが、それはさておき。


「──はい完成です。で、どうよコレ」


 ひとまず調理が完成したので、キッチンから場所を変えてダイニングへ。

 そうして配信画面に映し出されるのは、限界まで加熱された石焼きプレートの上に、ドンッと鎮座する俵型の巨大ハンバーグ。あと付け合せのコーンとマッシュポテト。そしてライス。

 さらにさらに、部屋の中では暴力的な音と匂いが蔓延している状態。匂いは伝わらずとも、ジュージューという音だけでも十分に食欲を刺激する。

 これだけでも飯テロ。美食という名の暴力なのだが、これから肉の旨味をたっぷりと含んだ艶々のグレイビーソースを掛けるわけで。

 この後は一体どうなってしまうのだろうな? 考えるだけで涎が止まらない。


︰ヤバい

︰美味そう

︰これは飯テロ

︰禁止カード

︰こんなことしていいと思ってるんですかぁ!?


 うむ。コメント欄も賑わっていて大変結構。特に海外ニキたちの熱狂ぶりが凄まじい。あっちの人たちって本当に肉料理とか好きよね。

 そしてここからが本番! デカい肉の塊に真っ二つにして、熱々のプレートでガッツリ焼く! これこそ今回の醍醐味ですよ! 


「さあ皆様ご覧じろ! 鉄すら弾く強度の肉が、どんなものになったか──をっ!?」


 言葉が止まる。配信者として褒められたことではないが、驚愕でそれ以上マトモに喋ることができなかった。

 ナイフはいっさいの抵抗を感じさせることなく、スっと肉の中を進んでいく。そして、そこから溢れ出る肉汁が──。


「ちょっ、やばっ、ふぁぁ!?」


 まるで噴水。堅牢な肉の中に閉じ込められていた水分。それらが微塵に刻まれ、コネられ、加熱されたことで解き放たれたわけだ。

 使ったのはシャトーブリアン。きめ細かいサシの入った極上の赤身肉。その瑞々しさは桁外れ。鋼鉄のような強度を誇ろうとも、触れた際にはしっとりと手に吸いつくかのようだった。

 だからこそ、溢れ出る肉汁は膨大。肉に宿っていた旨味とともに、だくだくと洪水のように零れていく。

 プレートによって熱され、蒸発していき、それでもなお消えきらず、ソースもかくやと残る肉汁の凄まじさ。肉汁が沸騰し飛び散ることすら気にならないほどの、の暴力。


︰……すご

︰うまそう

︰ヤバい

︰うわぁ


 コメント欄ですらこの有様。流れは加速しているが、その大半から語彙力というものが感じられない。匂いは届かず、見た目と音だけのはずなのに、思考を蕩かすにあまりある美食の光景。

 配信者としての思考、余裕が一瞬にして消え失せたわ。これは駄目だ。本当に駄目だ。食欲を唆るという表現すら生易しい。こんなの飢えそのものだ。──見ているだけで、腹が減って仕方がない。


「……ソース、かけるわ。もう食べる」


 決定。コメント欄すらもう目に入らない。それだけこのハンバーグは暴力的だった。

 我慢などできるわけがない。生焼けかどうかもどうでもいい。並の人間ならいざ知らず、超人の領域にまで鍛えあげたこの身体ならば、毒を食ったところでまあ耐えるだろう。

 だから動く。用意しておいたグレイビーソースを手に取り、一気に肉へと振りかける。

 素材の味を楽しむとか、そんな小洒落たことをする余裕もない。今はただ、さっさと目の前の肉を最高にして、一気にかぶりついてしまいたい。


──ジュワァァァ!!


「っ、ハハ。ハッハッハッ……!!」


 自然と変な笑いが零れた。なんだこれ、なんだこれ……!? 音、匂い、景色! 全部が全部シャレになんねぇぞこんなの!!


「いった、だきます……!!」


 ナイフで切る。フォークを突き刺す。そして口いっぱいに頬張る。……カメラの前にフォークを持っていくとか、そんなのやってる暇ないわ。顔写り防止で、犬食いみたいにがっつかないようにするだけで精一杯だわ。


「〜〜〜っ!!」


 そんで感想も言えない。言葉にできない。肉の旨味がガツンと頭をぶん殴るせいで、思考が上手くまとまらない。

──いや、違うな。コメント自体は思いつくんだ。『最初の固はなんだったんだってぐらい柔らかい』とか、『蕩けるような舌触り』とか、『口から肉汁が溢れてしまいそう』だとか、『元が強靭な肉質だからか、柔らかいと同時にステーキみたいな重さもある』とか。食レポしようと思えば、いくらでもできる。それぐらいのポテンシャルがある。


「あぐっ、んぐ。ふぅぅ……うま……」


 でも無粋だ。この料理の前じゃ、下手なコメントとかいらない。んなことで口を動かすなら、どんどん肉を口の中に運んでしまう方がいい。


「っ、ぁぁぁ……! やばっ……」


 箸休めにマッシュポテトとコーン。これもまたヤバいなぁ。肉汁とソースを吸ってるから、まあコッチもガツンとくること。


「んぐっ、やっぱりライスいるわぁ……」


 そして日本人と言ったら、やっぱり米よ。白米よ。馬鹿みたいに美味いハンバーグをおかずに、一気に掻き込むライスの素晴らしさよ! もうコレはさぁ……!!


「──ふぅぅぅ……」


──気付いた時には、全てを食べ終えていた。一キロのハンバーグも、付け合せのマッシュポテトにコーンも。ライスに至っては、三回ぐらいおかわりしてしまった。それぐらい一心不乱に食べていた。


「……優勝。以上」


︰いや感想よ

︰食レポすらせずに食ってただけじゃねぇか!

︰でも分かる。アレは言葉なんて不要だわ

︰美味そうという感想以外浮かばなかった

︰なんという飯テロ

︰俺らもただただ魅入ってたからなぁ……

︰雑談とかせずに延々と食べてただけなのにな

︰つまらなかったら、同接数は減っているはず。でも結果はむしろ増えているという。それほどの配信だったという証拠よ

︰腹減ってきた


 一息ついたら、コメント欄も似た感じになっていた。というか、リスナーがまた増えてる。文字に起こせば、ただバクバク食べてるだけの配信でしかないというのに。

 それでも、低評価すら現状ではついていないのだから、コンテンツとしては楽しめる内容だったのだろう。……てか、海外ニキたちは絶賛してる。言葉が分からないからこそ、飯を無我夢中で食ってるだけの内容の方が楽しめたのかもしれない。


「えーと、リスナーの方々。配信をほっぽってしまって、誠に申し訳ないのだけど……。俺の料理配信に関しては、もうこういうものだと思って納得してくれると助かります。結構な確率でコメントできない」


︰草

︰開き直ったwww

︰謝罪と開き直りを一緒にやるなw

︰まあ、うん。仕方ないよねという気も

︰ええんやで

︰山主の好きなようにやればええ


 良かった。謝罪は受け入れたか。アンチも抱えている現状で、こういうことを言うのは賭けな気もしたけど、流石に杞憂だったか。

 とりあえず、ネガティブ系のコメントはなし。モデレーターの方々が頑張ってくれてる可能性もあるが、とりあえずは目につかない。だったらもう、リスナーも納得のあるあるとして定着させてしまおうか。


「はい、あったかいコメントどうも。それじゃあ、好きにやらしていただきますね。てことで、今日の記念配信はここまで。最後に感謝の言葉で締めさせていただきます」


︰いや草

︰これで終わりかい!

︰そういや記念配信だった

︰好きにやれとは言うたけども!

︰記念配信なのに、トークほぼぶっちぎったVTuberがおるってマ?

︰堂々としすぎて草ですわよ

︰このメンタルは見習いたい

︰いろいろと強すぎる


「いや仕方ないでしょ。なんかもういい感じに一段落ついちゃったんだから。変に一人語りしてもどうせグダるし、だったらサクッと終わらせるべきだって」


 その辺りの取捨選択は間違っちゃいけない。流れを見極めて、退屈と思わせないことが長く受け入れられるコツなのではと、素人モドキとしては思うわけですよ。

 ということで、締めの言葉に入ります。


「それでは皆様、俺の15万人記念配信に来ていただきありがとうございました。多くの関係者のご協力により、初期からご視聴していただいていたリスナーさんたちだけでなく、大勢の方々の目に触れる機会を獲得できたこと、誠に嬉しく思います」


︰おめでとー

雷火ハナビ︰私はほぼなんもしてないけどね!

巫女乃美琴︰気にするな。お礼は飯で

︰一昨日ぐらいまで伸び悩んでたもんなぁ

︰推しが一気に時の人になって、嬉しいやら寂しいやら

︰新参ですけど、今後は応援させていただきます!

天目一花︰私たちはほぼなにもできなかった。だからこの結果は、ボタン君の実力だよ


「はい、はい。暖かいコメント、ありがとうございます。──では最後、これからの展望についてお話させていただきます。激増した登録者数ですが、これはどちらかと言えば一過性のもので、固定ファンの獲得には至ってないと個人的には考えています」


 あくまで今は、昨日からの流れに乗った状態。ここで気を抜いてしまえば、登録はしたけど配信は観ない層ができてしまう。それはできれば避けたいところ。


「また、知名度に関しても、ダンジョンの諸々の要素による後押しが強く、国内よりも国外の方が恐らく高い状態です。ですので今後は、しっかりとした固定ファンの獲得と、国内知名度の上昇を目指して活動していきたいと思いますので、皆様どうか応援よろしくお願いいたします」


 そして一礼。一番の目標は変わらず、推しとのオフコラボ。そのスタートラインにようやく立てたのが今。

 だからどうか、協力してほしい。代わりにちゃんと楽しませるから。皆もどうか、俺を目標の場所まで届けてくれ。


「──それでは、本日も配信にお越しいただき、誠にありがとうございました。おやすみなさーい」


──配信後のチャンネル登録者数、224324人。また海外の方で拡散されたらしい。特に【閃斬煌】の切り抜きが爆速でミリオンを超えたとかなんとか。なんでや。

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