第10話 15万人記念配信 その二

「それじゃあ、まずはこのシャトーブリアンを挽き肉にするところからはじめます」


 鋼並の強度を誇る鎧魔牛の肉。部位の中でもっとも柔らかいとされるシャトーブリアンですら、普通の包丁程度では文字通りの意味で歯が立たない。


︰マトモに切れない肉で挽き肉とか無理では?

︰そもそも食えるのかそれ

︰鉄より固い肉を噛み切れます?

︰確かにハンバーグは、かったい肉を美味しく食べるための料理だけどさ……

︰ブッチャーにかけても歯が折れるだろ


「うん。コメント欄の指摘もごもっとも。お察しの通り、こんなのマトモに調理はできません。なので昨日のザリガニと同じで、普通の人には真似できない方法で調理をしていきます」


 リスナーに対して注釈をいれつつ、包丁を構える。そしてスキルを発動。

 ダンジョンを探索することで手に入る、スキルと呼ばれる不可思議な力。それらは超常の技能であり、卓越した使い手ならば人の領域を飛び越える。

 理外の食材を調理するなら、こちらも同じく理外の技術を駆使しなければ話にならない。トンチキ食材を扱う場合、料理人もまたトンチキを要求されるのである。

 てことで、お肉を大きめの銀バットに移しつつ、固有スキル【阿頼耶識】を発動。そのあとに【斬鉄】、【雲耀】、【刃の理】、【剣技(神域)】etc……。

 自分の所持するスキルの中で、斬撃にまつわるものを片っ端から呼び起こし、要訣を抽出し、目的に沿った形で重ね合わせ、一時的に統合する。

 そうして生み出されるは、対象を瞬く間に塵へと刻む即殺の技。千を束ねた斬撃を、瞬きの間に千度叩き込み、閃を実現させる乱舞の極地。


「【閃斬煌】」


 並の者では視認不可能。故に、と伝えるための宣言。

 銀の光が閃き、そして〆。コツンと包丁の先で突けば、鋼のように固かった肉が塵となってバットの中に崩れていった。


「はい、ミンチ完成です。では、コレをコネていきまーす」


︰は?

︰ふぁ!?

︰待って?

︰待て待て待て待て!?

︰意味がわからない

︰どういうことなの……?

︰スキル、か? いや、にしても知らんぞそんなスキル……

︰やってることがアニメすぎる……


 よしよしよし。爆速で流れるコメント欄に、大変満足。一部の海外ニキは発狂してるし、リアクションに比例するかのようにチャンネル登録者が増えていく。

 やはり非日常系のパフォーマンスは凄い盛り上がるよなぁと思いつつ、バットに山盛りとなったミンチ肉をコネコネ。


「あ、ちなみにこのミンチも、現段階ではわりと危険だったりします。細かい鉄片と変わらないので、ギュッと握ると手がズタズタになります。なので、しっかり手のひらを硬化させてからコネましょう」


︰ちょっと何言ってるか分かんないですねぇ

︰硬化とか普通の人間はできねぇんだわ

︰やっぱりそれ人間の食いもんじゃねぇだろ

︰そもそも材料すら手に入らないよね

︰なんてことないように言ってるけど、全部山主にしかできんぞ


「まあ現段階だとね、流石に食えはしないかな。でもこうやってミンチにして、さらに思いっきりコネることで、だんだんと柔らかくなってくるはずだから。──ほら、もうぐにゃぐにゃ」


 理屈自体は、普通の肉の下処理と大して変わらんのよね。ただ、クリアするハードルがべらぼうに高いだけで。


「こうやって繊維やらをしっかり破壊して、さらに加熱すれば、まあ美味くなると思うんだよねぇ」


︰……なんか、微妙にあやふやじゃない?

︰まさか山主、それ食べたことないんか?

︰いやいやいや、記念配信で完全初見の食材もってこねぇだろ

︰でも滅多に手に入るもんじゃないだろうし、初見の可能性も全然あるぞ


「あー、コメント正解。この肉を食べるのは今回が初だよ。だって普通に考えてよ。配信でもないと、こんな面倒な肉とか使おうと思わないって。もっと簡単に食べられるダンジョン食材だって山ほどあるし、そうでなくても普通にコンビニで飯買ったりするからね俺」


 調理にガチの戦闘スキルがいるような食材とか、よほど特別な理由でもなきゃ食卓に上がることなどあるまいて。


︰それはそう

︰正論

︰ぐうの音もでない

︰草

︰自分で面倒っていうかー

︰まあ分からなくはないけど、よくそれで食べようと思えたね。普通、鉄みたいな肉とか食えなくない?


「なんでコレ食えると思ったかって? そりゃもちろん、美食なのは確定してるからだよ。ダンジョンは奥にいくほど、手に入るアイテムはゲームとかでいう高ランクになる。その法則に則って、食料系のダンジョンの深層で取れたものは、癖の差はあれど絶対に美味いの。馬鹿みたいに美味いの」


 中層で取れるザリガニ肉ですら、最高級甲殻類のいいとこ取りみたいな味をしているわけで。

 ザリガニがいる場所よりも遥かに深く、ザリガニなんて羽虫のように蹴散らす怪物からドロップした食材が、どれだけ美味いかっていう話だ。

 

「うし、コネ終わった。それじゃあ、塩コショウで下味つけて、成形して焼いていきましょう。豪快に一キロぐらいにして、残りは冷凍かなぁ。……おっと、こっちのコンロで石焼きプレートを焼いておかねば」


 器の用意をしつつ、ハンバーグを長めの俵型に成形。そんで、少量のオリーブオイルをひいたフライパンにポン。

 しばらくすると、バチバチジュージューと、それはもう食欲を唆る音が響きはじめる。


︰うわ美味そう!

︰安定の飯テロ

︰同時視聴枠も大絶叫となっております

︰コレが包丁をへし折った肉とか信じらんねぇ……

︰見た目は美味そう。見た目は


「おお……。流石は硬くともシャトーブリアン。この段階でも結構な肉汁が出てくるね。こりゃソース作りが捗るぞ……」


 肉を焼いたフライパンで、そのままソースを作るとうんまいんだよなぁ。

 てか、匂いの時点もうヤバいんだけど。食欲をダイレクトに刺激されてる感じというか。えげつない勢いで腹が減っていくのですが。


「……よし。全体の表面に焼き色がついたから、一旦肉を皿にどけてと。……この感じだと、油を拭うのはもったいないな。オイル、念のために少量にしといてよかった。そんじゃ、このまま赤ワインと、各種調理料を適量ぶち込んでいきます」


︰あー、いけませんお客様! これはいけません!

︰昨日も思ったけど、めっちゃ手際がいいよな山主

︰一人暮らしって前の配信で話してたし、ダンジョンで野外調理とかもやってるだろうしなぁ

︰マジでプロの料理人みたい

︰でもちょっと火から上げるの早くない? サイズ的にはまだ中身とか生じゃね?

︰ステーキならともかく、成形肉で生焼けはアカンぞ山主! 表面だけにあった雑菌が、全体に回っちまってるからな!


「分かってるよー。横でプレート焼いてるでしょ。これに盛り付けて、真ん中の方はテーブルで焼くのよ。俵型ハンバーグって調べてみな? めっちゃ美味そうだから」


 直前で仕上げの火入れをするのが、この形態のハンバーグのズルいところでねぇ。溢れ出る肉汁が、鉄板とかの上ですげえ音と匂いを立てるのよ。アレはガチの飯テロよ。


︰ああああっ!?

︰調べたけど、これは美味そうだわ

︰うわぁ。こんなんあるのか。店いきたいわ

︰近場に店あるっぽい今度いこう

︰はえー。ワイも鉄板買って作ってみようかなぁ


「あ、ちょい待ち。自分もやろうって言ってる人いたけど、あんまオススメしないからね! ぶっちゃけ、家でやることじゃないから! 対策なしにやったら、掃除でエラいことになるよ!」


 匂いは部屋につくし、メタクソに脂が跳ねるからやばいことになるんだわ。

 なので基本的にオススメしない。俺の場合は、デカいテーブルクロスを用意して、床にカーペットとか敷いておらず、匂いは魔法でなんとかなるから実行しているだけでじゃな。本来は店でやるものよコレ。


「なので覚悟ないリスナーは、お金払って店にいくか、この配信で涎を垂らして我慢しましょうね。ガッツリ対策できる人は、まあ頑張りましょう。諸々の手間とコスト、クオリティを考えたら、大人しく店で食べた方が無難な気もするけど」


︰言い方ァ!!

︰忠告は助かるけど、明らかに喧嘩売ってて草なんよ

︰店で頼んだ方がいろいろ楽ってのは、まあ同意

︰これは低評価

︰どんなに準備したって、よほどの料理上手じゃなければ、最終的に出来上がるのは素人クオリティだからなぁ……

︰草。巫女様が絶対にオフコラボするって叫びまくっとるぞ

︰正直、女性ライバーに囲まれてる山主よりも、山主と同じ事務所の巫女様たちの方が羨ましいレベル

︰女性ライバーの方が嫉妬されそうなの草なんだよなぁ


「……なんかちょくちょくコメントで、向こうの様子が実況されてるけどさ。内容が面白すぎて、気になって覗きたくなってくるんですが」


 時折流れてくるコメントだけで、もう既に面白いの本当にやめよ? こっちは余計な波風立てないように、一人で記念配信やってるんだからさ。楽しそうな実況で誘惑してくるのマジで勘弁。


「このままいくと、お互いに枠を覗き会う謎の配信が誕生するのよ。記念枠にそんなトンチキなことしたくないんですよ。だからちょいと控えてもろて」


︰草

︰鳩はね。マナー違反だもんね

︰ごめんなさい

︰了解

︰でも正直、そんなトンチキ配信も観てみたくはある


「ならもうコラボしろって話になるでしょうが。そんなことするなら、普通に通話繋ぐってば。──まあ、一部の人たちは通話よりも先に、事務所あたりで直に顔を合わせることになるかもだけど」


 巫女乃先輩とか巫女乃の先輩とか巫女乃先輩とか。あと低確率で雷火さん。


「とりあえず、絶叫しすぎて喉を痛められてもアレなので。心当たりがある人は、リクエストでも考えといてください」


巫女乃美琴︰フルコース!

雷火ハナビ︰魚介類を希望します!

夜光channel︰なんか面白いもので

四谷言葉︰美味しいお酒

吹雪氷雨︰お肉

常夏サン︰一番高いやつ

天目一花︰なんかゴメンね……。できれば甘い、果物とかで


 メンバー勢揃いはちょっと予想してなかったんだけど?

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