第12話 同期の不満
私、日南朱里はとある企業でVTuberをやっている。VTuberとしての名前は雷火ハナビ。所属事務所はデンジラス。
もともとVTuberが好きで、業界に憧れて、そのままオーディションに挑んだら受かった形だ。両親がそれぞれパフォーマンスとパソコンに強かったこともあって、配信の素人ながらもどうにか受かることができた。
でもVTuberとしての知名度はまだ低め。デビューしたてだし、所属事務所も業界の中では新参寄りの中小クラスという理由もある。
特に事務所に関しては、とても辛い事情があってね……。一時期は新進気鋭と呼ばれるぐらいには勢いがあったんだけど、ある事件から一気に失速しちゃったんだ。そのせいで事務所の拡大が叶わなかったとか。
それでも、個人的には頑張っている方だと思う。デビューしてから一ヶ月ちょっとで、チャンネル登録者はもうすぐ33000人に届くぐらいだし。
先輩たちがコツコツ築いてきた知名度による恩恵を、最大限受け取っている形ではある。でも、私も自分なりに努力して、先輩たちから流れてきた人たちを取り込んだと思っている。『雷火ハナビ』のファンを、しっかり獲得してきたという自負がある。
「自負、あったんだけどなぁ……」
──それがここ数日で揺らいでしまってたり。その原因は私の同期、デンジラス唯一の男性ライバーである山主ボタンだ。
「同期が伸びてくれるのは嬉しいけど、流石にコレはねぇ……」
彼のチャンネルを覗くと、そこには私とは比べものにならない数字が載っている。しかも、少し前に覗いた時よりも明らかに増えている。
元から数字が離されていたわけではない。むしろ数日前までは、私の方がチャンネル登録者は多かった。あけすけに言ってしまえば、ボタンはデンジラスの中でも不人気なライバーだった。
理由はシンプルに、ボタンが男性ライバーだから。デンジラスは女所帯の事務所のイメージが強いせいで、性別が男というだけで拒否反応を起こす厄介なリスナーたちがいるのだ。
かつてのデンジラスが勢いを失ったのもそれ関連で、その影響はかなり大きいらしい。そうした背景もあって、ボタンの存在はアンチ以外からも微妙に距離を置かれていた。
まるで光と影のように、私とボタンの差は開いていった。いやむしろ、ボタンがいたからこそ私の数字が増えた側面もあると思う。新人を期待してたリスナーたち。本来なら分散するであろう彼らが、私の方に一極集中した形になったから。
もちろん、ラッキーなんて思ってない。ボタンは大切な同期だ。余計なヘイトを集めないよう表には出していないだけで、裏では積極的に交流していた。これは私だけじゃなくて、先輩たちだって同じ。……むしろ先輩たちの方が、かつての一件を繰り返すまいと全力で絡んでいたりも。
まあともかく。そういう事情もあって、私も先輩たちもボタンのことは気にかけていたわけだ。だって納得いかないじゃん。問題も起こしてない、性格だって悪くない人が、理不尽な理由で嫌われるなんてさ。
確かにVTuberは人気商売だし、跳ねる跳ねないは自己責任と言えばそうだけど。ボタンの場合はそもそもスタートラインをズラされてる状況だったし。一方的にデバフを掛けておいて、自己責任論で片付けるのは違うじゃないかと。
少なくとも、同じ事務所の仲間として、唯一の同期としては認められない。認めてやるもんかって思っていた。ぶっちゃけてしまえば、表に出したら諸共炎上するレベルで心情的に肩入れしていた。
「なのに、なのにさぁ!」
──それがほんの数日でガッツリ逆転されたんだから、私としては情緒がぐっちゃぐちゃだよ!
そりゃ大前提として、同期が伸びて嬉しい気持ちもあるよ! あと数字が大きい方が偉いとか、そういう格付け的な感覚もないよ!?
でもコレは違うじゃん! 不遇な立場に置かれた同期を心配してたのに、実際はデバフすら跳ね除けるレベルでポテンシャルの塊だったとかさぁ!? なんか梯子外された気分なんだよ!
「確かにちょっと変わったところはあったけど、こんなの予想外すぎるじゃん……!」
アンチからの誹謗中傷とか全然気にしてないし、専業レベルでコンスタントに配信してるし、その割には金銭的な不安とか表裏含めて全く感じさせなかったけど!
蓋を開けてみたら納得だよね! リアルの方じゃスーパー勝ち組なんだもん! そりゃ不安なんか感じないよね! ……アンチからの誹謗中傷を『物理的に害があるわけじゃないから』なんて超理論でノーダメだったのは、未だにちょっと納得いってないけど。
「はぁ……。なんで言ってくれなかったのかなぁ」
まあ、いろいろコメントしたけど、結局はこの感想に尽きるよね。人が心配してたんだから、そういう安心できる要素があるなら先に言ってよ、って。
いや、 分かってるよ? 同期だとしても、プライベートなアレコレとか話す関係じゃないし? 普通の会社とかでもそうなんだから、バーチャルで活動するVTuberなんて、よっぽど親しくないとそういう会話はしないよ?
でもさぁ、匂わせるぐらいはしてくれてもいいじゃんか……。こうして振り替えれば、ちょっと『あれ?』ってなるところはあったかもだけど、もう少し分かりやすくやってよって思うじゃん。
全力で協力する気でいたのに、一人で解決されたら立つ瀬がないよ。……酷い前例があるからこそ、そして事務所の置かれた状況を薄ら把握してたからこそ、こっちは本気で心配してたってのに。
「なんだろうなぁ、この釈然としない感じ」
状況は改善した。ボタンのチャンネル登録者は20万の大台に乗ったし、それによって事務所が抱えていた負のイメージは払拭されはじめた。
ボタンがやったことはシンプル。正真正銘の天才による、そのジャンルのスーパープレイ配信。ある意味で分かりやすく、だが限られた人間しか手を伸ばせないブルーオーシャン。
ダンジョンという世界でも通用するジャンル。それに加えて飯テロ、探索者の専売特許であるデタラメな超絶技巧を見せつけることで、ダンジョンとは縁のない層の関心すら集めてみせたわけだ。
多分もう、この流れは止まらない。話題性が抜群すぎる。ボタンはこのまま伸び続ける。不祥事を起こして炎上とかでもない限り、人気ライバーの階段を駆け上っていくはずだ。
私が事務所の恩恵を最大限利用し、その上で努力して獲得した数字。それを軽々と、しかも完全な自力で越えられたことは……うん。正直に話すと、思うところはある。ぶっちゃけ悔しい。
でも同時に、ボタンはこれまで不遇だったから、同期が日の目を見たことは素直に嬉しい。何度も言うけど、数字が大きい=偉いってわけじゃないからね。そういう考えはギスりのもとなので私は嫌い。
そもそも私だって、先輩たちと比べればかなり早いペースでチャンネル登録者を獲得できているわけで。でもそれは事務所の力で、先輩たちの力。私が威張れるわけじゃないんだから、数字云々について言いはじめたら普通に恥知らずだ。
だからコレはアレだ。この私のモヤモヤは、つまりそういうことだ。
「頼ってくれたっていいじゃんか……。ボタンの馬鹿野郎」
──絡ませてくれなくて寂しい。唯一の同期のはずなのに、観客と大して変わらない立ち位置のまま、全てが解決してしまったことが不満なんだ。
本人のポテンシャルの関係で、誰かに頼るほどのことでもなかったのかもしれないが、そんなの知ったことか。だったら教えてって話でしかないし、それを怠ったのだから私としては不満ありありなわけで。
「──うん! やっぱりちょっと懲らしめてやらなくちゃね!」
同期を蔑ろにした罪は重い。だから私は、仕返しのためにボタンとマネさんとにメールを送ることにした。
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