第5話 焦れる
「助けて下さりありがとうございました」
花が散っても、艶やかな青葉が生い茂る山茶花の下を通った女性は、その力強い生命力に見惚れて足を止めていたのだが、災難が降りかかった。
冬に起きて春夏秋に眠りに就き、蝶ほどの大きさであり竜の一族でもある
小さくとも竜の一族である。
山茶花の葉のような羽から竜巻を発生させて吹き飛ばした処に、雪男が通りかかり空で抱きとめると、竜花に雪雲を巻き付けると遥か遠くへと運ばせたのち、雪が降り積もる地に降り立ち女性を立たせた。
「災難だったな」
「ええ本当に。まさか空に飛ばされるだなんてびっくりです」
「何処も怪我はないか?」
「はい」
「人間は雪が嫌いだと思っていたが。大人は特に」
「どうでしょう。寒くなるのは嫌だけれど、私は好きですね。心が躍ります」
「そうか。だがじきにひどくなる。早く帰った方がいい」
「はい。本当にありがとうございました」
女性は深々と頭を下げて転ばないように気をつけながら帰路に就いた。
幼い頃のように思った事を言えなかったなと思いながら。
貴方は月の神様ではないのですか、と。
(似ていた)
銀色の髪の毛と瞳の男性は、不思議と幼い頃に助けてもらった赤い髪と瞳の女性を想起させた。
「あれから結局会えてないけど、分かったのかな」
「何故隠れたんだ?」
ほとんどの炎種族は冬の間は眠りに就いているのだが、つまらないと言い根性で起き続けていた炎女は、雪男と出会ってからはもっぱら冬の間は小さな炎の姿になって雪男の肩にしがみついて過ごしていた。
それが空を飛んでいた雪男が女性を助けて、また居なくなるまで、ずっと雪男の懐に隠れていたのだ。
嫌ってやまない懐に、だ。
「まだ答えが見つかっとらんから出会うわけにはいかん」
「答え?」
「そうだ」
「そうか」
「そうだ」
「おまえ、肩より私の懐に居た方がいいんじゃないか?」
「いやだ。窮屈だ」
「消えるなよ」
「だれに。言っとるんだ。莫迦め」
莫迦が。
咄嗟に言い返そうとした言葉は飲み込んで、雪男は洞へと向かったのであった。
「早く山茶花の花が咲けばいいな」
「ああ」
(2022.11.16)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます