第22話 期待
運転免許証更新のため総合交通安全センターいわゆる免許センターに出かけた。受付開始の少し前に着いたのだが、休日のためか大勢の人でごった返し、長い行列ができていた。
行列の最後尾に立ち、じっと我慢すること30分、ようやく私の番になった。
「いままで 違反ないですね?」
「はい ないっす!」
「えーと 講習は必要ないので この順番に回って手続きして下さい」
疲れた顔つきの係員に指示された窓口に向かった。
ここでも長い行列ができている。
更に待つこと15分程で自分の番である。書類を手渡し、印紙代を支払い適性検査場に向かった。
視力検査場の前に並んでいると、中から大声が聞こえてきた。
「じいちゃん! 丸い輪のどこが切れていますか?」
「はぁ?」
「だから! 丸い輪が見えねんだがっす?」
「はぁ?」
検査員はイライラしながら叫ぶような大声になってきた。
「じいちゃん! 聞こえねんだが!?」
「はぁ? 補聴器わすっできたんだずぅ」
補聴器を忘れたおじいちゃんは係員に連れられ別室に移動してしまった。
80代と思われる耳の遠い老人であったが、それでも運転免許は必要なのである。マスコミでは高齢者の事故と運転免許返納を報道しているが、この辺の山間部に住む人たちの唯一の移動手段は自家用車だけなのである。都会で電車や地下鉄の張り巡らされた便利な場所に住んでいるテレビのコメンテータ諸氏は、高齢者の免許返納を叫ぶ前に車無しでこの辺に数年住んでみることを勧めたい。免許返納は死を意味することが分かるだろう。
適性検査など全ての手続きが終了し、新免許証の交付を待つためビデオの流れている部屋に入った。無事故無違反で更新に来た人たちの控室である。室内には二十人前後が交通事故などのビデオを見ながら待機していた。
暫くすると、書類を抱えた係員が現れた。
「これから新しい免許証を渡します 古い免許証と交換しますので準備してください」
カバンから古い免許証を取り出し準備をはじめる。
「間違いを無くすため 名前で呼びますので 前に出てきてください」
「えーと アベ カズオ さーん」
「はい」
「スズキ ナオミチ さーん」
「はい」
「ウラヤマ タダシ さーん」
「はい」
数人の名前が呼び出され、室内がざわついてきた。
「ハシモト マナミ さーん」
(えっ 橋本マナミ!?)
まさか、愛人にしたい女優ナンバーワンと言われているあの橋本マナミなのだろうか。確かに彼女は山形出身だが、免許更新で地元に帰省しているのだろうか。
全員が同じことを考えたのだろう。一瞬にして室内が静まり返った。
「ハシモト マナミ さ~ん!」係員が再度大声で呼んだ。
誰が「橋本マナミ」なのか? 誰が立ち上がるのか? 期待が膨らんだ。
...しばらく間をおいて一人の女性が無言で立ち上がった。
だが、その女性を見た全員が失意の溜息をついてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます