第8話 山寺
東京の取引先から3名の来客があった。
山形にはあまり来たことがないようで、楽しみにしていたらしく、仕事を終えた金曜日に帰る予定を一日延ばし、近郊を見て回ることになった。
しかし、真冬の山形では観光などする場所がない。
まして、外を歩くにも、革靴で来た人達を拒むかのように雪が降り続いているのである。
スキー客なら蔵王でも良いのであろうが、厳つい顔した男どもがネクタイを締めて行くような所ではない。
やむを得ず、山寺に案内することにした。
山寺とは通称で、宝珠山立石寺と言うのが正しい名称である。
立石寺の本堂は根本中堂と呼ばれ、平安時代に創建された歴史ある建物である。
かの有名な俳聖芭蕉も、ここを訪れ名句を残している。
車を降り、長い石段を登り始める。
しかし、雪が積もった石段を革靴で登るのは無謀であった。
「うわー!」私の後ろに付いて登っていた小田原さんが声を上げた。
振り向くと、うつ伏せになったまま滑り落ちていく姿が見えた。
慌てて石段を降り、雪にまみれてうつ伏せになっている小田原さんに駆け寄った。
「だいじょぶだが? ケガすねっけか?」
「うぅ... いてー...」と唸っている。
「どご いっでんだ?」
雪を払いながら尋ねるが、答えがない。骨でも折れたのではないかと心配になる。
「どご いっでんだっす?」もう一度尋ねる。
返事をしないまま起きあがり、腰を曲げて飛び跳ね始めた。
一瞬、何を血迷ったのかと思ったが、次の瞬間全員が事態を理解し、笑い始めた。
どうやら、石段を滑り落ちる際、急所を洗濯板でしごかれたような感覚を味わったようである。
彼にとって、山寺は忘れられない思い出の場所になったことだろう。
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