Wish you the best-08 助けなくちゃ
「誰か、いませんか! 救助に来ました!」
朝焼けに照らされた村内に、オレの声だけが響く。村の東に放牧場があり、鶏や牛や羊がいるはずなんだけど、その鳴き声も聞こえない。
破壊されたトタン屋根の色鮮やかな塗装は、そこに日常があったのだと強く主張している。石作り、レンガやモルタルの壁、色々な家が斜面に立ち並んでいるけれど、やはり人の影はない。
破壊され何かが燃えたとしても、何日もそのままとは思えない。数日以内には誰かがいたはずだ。
「誰かいませんか! 返事してくれ!」
「だれかまれんか! きゅうじょみきらした!」
坂は階段へと変わり、路地以外には空地もないほど家が立ち並んでいる。斜面を見下ろせば視界が拓けるものの、北を向けば家の壁ばかり。
「ぬし! 屋根、いきももおられます!」
「生き物? ああ、あれはねずみだな」
「あで……何ましたか忘れたます。あっ、めこます! ぬし! めこおられます!」
「ねこ、ね。どこかに隠れていたんだろう」
この破壊活動を免れた生き物達が、朝陽を浴びようと屋根に上がってくる。ねこやねずみも、人に守られていない集落では生きていけなくなるだろう。
「誰もいない、何がどうなってるんだ」
「寝るしてますか」
「いや、大声を聞きつけたら起きるよ。あっ、バスター向けの宿がある!」
階段を上っていくと、そこにバスター向けの宿の看板が出ていた。東に路地があり、覗き込めば1軒の大きな平屋が立っていた。
「誰かいませんか! 宿の方!」
「だれかまれんか! やどもかた!」
フロントは荒らされておらず、静まり返っている。客室のベッドは使われた形跡があるものの、荷物はない。
フロントの宿泊者台帳の記録は、7日前で途切れている。バスターの名前はあるけど、この人達はどこに行ったんだろう。
「グレイプニール、一度南門へ戻るぞ。入村者名簿を確認する」
階段を下り、南門の守衛室を覗いた。いつからあるのか、机には飲みかけのコーヒーカップが置かれている。争った形跡はなし。
高さは2メルテ程度しかないものの、石で組まれた強固な外壁にも異常はない。
橋を爆破されている事、外壁に異常がない事。これらから推測するに、モンスターの仕業ではない。
門で騒ぎがあれば、すぐにギリングの管理所に連絡をしているだろう。もしくは、村長から首都ヴィエスへ非常事態だと伝える事も出来たはずだ。
それをしていないという事は、怪しまれずに村へと入り込み、破壊を開始したという事。
「電話線……」
試しに守衛室からギリングに電話を掛けようとした。しかし、電話は全く使えないようだった。村に発電機がなくても、電話線には電気が通っているはず。
という事は、電話線が切られているという事だ。村から連絡できない状況を予め作っていたのか。
「電話があるのは、せいぜい守衛小屋か、ホテルや宿、後は村長の家か……金持ちか。そこをやられていたら連絡のしようがない」
「もしゅた、ちがうますか? ボク、何できますか?」
「犯人がいたら、君の側面で思いきり引っ叩くくらいは」
「おぉう、斬えまい、仕方まい」
ただ気になるのは、誰かが殺されているような様子はない、という事。いや、殺されていない方がいいんだけど、じゃあ村のみんなはどこに行ったんだ?
「入村者名簿……7日前で更新が止まってる。8日前に馬車便も来てる。出発予定は7日前の日付だ。バスターは……オレンジ等級が1組、ブルーが2組、馬車の護衛が2人……」
バスターがいなかったわけではない。オレンジとブルー1組は宿泊者名簿の名前とも一致している。残りはもう1つの宿にでも泊まったんだろう。
いずれにしても、滞在中のバスターは多くない。橋や村を爆破した奴らがかなりの手練れだったか、大人数だったか。
「台帳を見る限り、そんな大勢で押しかけた様子はない。武器や防具を持っていたならバスターと記されているはず」
一般観光客として訪れている人は数日おきに何名かいたようだ。ただ、イサラ村を出た人の記録が極端に少ない。何かしらの事件があった当日、数十名から百名程度の滞在者がいた事になる。
「もう少し家を回るぞ。何か分かるかも」
「ぬし、いえみ、どこますか」
「イエティは村の中にはいないね、場合によっては村の北に出て戦うかも」
「おぉう、斬りたいます」
空はすっかり明るくなったのに、一切音がしない。廃墟にしては整い過ぎて不自然な村だ。
不法侵入は気がすすまなかったけど、家々を回っていくうち、荷物を持って出たような形跡がある事に気付いた。
「村を出た? 何かで破壊され……何、今の」
とある家で調査をしていると、どこかで物音がした。
「……外、何かいるぞ」
「もしゅた? いきもも?」
「分からない。静かに行こう、しばらくお喋りなしだ」
猫人族のオレの耳が捉えられる程の、微かな物音。それは息を潜め、音を立てないよう細心の注意を払っているものだった。音が小さく、ゆっくり。
オレも気づかれないよう、ゆっくりと足音がしないように家を出た。その時、今までの静寂が嘘のように大きな音がし、子供の泣き声が響き渡った。
「うっ、うわぁぁぁん! おか、おがあさぁぁん……!」
「子供! 子供がいる!」
オレが慌てて声がする方に駆けよると、小さな女の子がこけて膝を擦り剝いていた。その目の前には小さな籠と、真っ赤なトマトが4つ。
「大丈夫? 傷を見せてごらん」
「う、あぁぁ助けてええ!」
オレを見た途端、女の子が恐ろしいものを見たかのように震え始めた。何があったのか訳が分からない。
「落ち着いて、助けに来たんだ。お家まで送ってあげるから」
「エリス! うおおぉエリスを放せ!」
「な、おい、ちょっと!」
女の子を宥めようとしていたら、背後から駆け足と威勢の良い声が聞こえた。振り向くと7,8歳程の男の子がオレに向かって棒切れを振り回してきた。
「待った、落ち着け! 助けに来たんだ……けど何があったんだ? 教えてくれ!」
「あいつらの仲間だろ! 騙されるもんか!」
「あいつら? 待て、とにかく女の子の傷を診る方が先だ!」
泣く子供、暴れる子供。どっちから先に宥めていいのか分からない。ビアンカさん、早く来てくれ……!
「ボクのぬし! 叩く、だめ! あるい子!」
「ひっ」
突然の声に、2人が驚いて飛び上がった。有難うよグレイプニール。おかげで静かになった。
「今喋ったのはこのショートソードなんだ。グレイプニール」
「ぐえいゆにーむます、ボクのぬし、叩くだめ!」
「しゃべった……」
「オレ達、みんなを助けに来たんだ。何があったのか教えてくれないか」
女の子の膝の傷を水で洗い、消毒液と血止めを付ける。沁みて痛そうだったけど、そのままよりはマシだと思う。
「ど、どうしよ、声出しちゃった、あ、あいつらが来る……」
「あいつら?」
「見つかる、どうしよ」
「……とりあえずどこかに隠れよう!」
「あ、あっち!」
トマトを拾い、2人が指示する方へと走る。しばらくして1軒の長屋につき、オレは音を立てないように扉を閉めた。
「こっち」
石作りの長屋は、一見すると1部屋にトイレと風呂があるだけ。しかし、男の子は絨毯をずらし、床に取り付けられた扉を引き上げた。
「地下室……」
「早く入って」
扉の上に絨毯を掛け、扉が閉まれば絨毯で隠れるよう細工をする。最後に内鍵を掛け、男の子が壁際のレンガを1つ外した。外したレンガの向こうには、家の前の道がある。
「ここは……半地下になっているのか」
「バリス、誰この人」
「助けに来てくれた人」
目が慣れると、そこには5人の少年少女がいた。バリスとエリスを入れて7人。大人達に隠れているよう言われたのだという。
「何があったか、教えてくれないか」
「あ、あのね、急に村の電気が切れて、魔法使いがいっぱい家を壊し始めたの」
「魔法使い? いっぱい?」
「お父さんは、ホテルに泊まってた奴らだって」
もしかして、入村時に身分を偽っていた? そうか、大人数である事がバレないよう、数人ずつ村に入って来たんだ!
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