Wish you the best-09 招かれざる訪問者



「みんなのお父さんやお母さんは? 家畜もみんなどこに?」

「わ、分かんない、どこかみんな連れて行かれた」

「ふ、ふえぇぇん……」

「泣いちゃ駄目、外に聞こえる!」


「誰かいるの?」


 ふと外から声がした。子供達が小さく悲鳴を漏らし、暗く埃臭い地下室の隅で縮こまる。でもオレは声の主が誰なのかを知っていた。


「大丈夫だ、オレの仲間。伝説の英雄、知ってる?」

「し、シーク・イグニスタ?」

「それはオレの父親。今の声はビアンカ・ユレイナスだよ。みんなの歳だとビアンカ・ランガの方が馴染みあるかな。一緒にみんなを助けに来たんだ」

「わたし知ってる! 槍使いのビアンカ! バルドル使いのシーク! 大剣使いのイヴァン! あとね、あとね……」

「……何でバルドルだけ名前?」


 オレは外されたレンガの隙間からビアンカさんに声を掛け、皆に心配ないから出ておいでと伝えた。

 周囲の人がいなくなって既に数日。ようやく敵ではない大人と出会えた事で、7人の子供達は安堵の色を見せた。


「オレはイース。イース・イグニスタ。この剣はグレイプニール、よろしくな」

「ぐえいゆにーむ、ます! ボクのぬし、ぬします! ゆらしくね!」

「私はビアンカ・ランガ。この槍はグングニルよ」

「みんな、もう大丈夫やけんね。お嬢とイースちゃんがおれば安心ばい」


 子供達は戸惑いながらも、オレ達にしがみつくように外へ出る。ひとまず汚れた格好をどうにかさせ、食事をさせないといけない。


「さてイース、この状況はどういう事?」

「魔法を使う集団が村を襲って、みんなをどこかに連れ去ったって」

「村の人は誰も外に助けを求めなかったの? 電話は?」


 オレは自分が調べた結果と、子供達の証言から事態を出来るだけ詳しく説明した。

 途端にビアンカさんの表情が曇る。


「用意周到ね。この村を狙う事をずっと計画していたんだわ」

「お嬢、ここから誰にも見つからんで村人や家畜を移動できる場所は、そうないばい」

「もしかして、ギリングでレイラさんが話していた……魔王教徒? とかいうのと関係が」

「位置的にはいてもおかしくないわね。この先へ2日歩いた地点に、ヒュドラっていうモンスターを倒した場所があるの」


 無人のホテルに着いて、子供達はシャワーへと向かわせた。その間にオレとビアンカさんで服を洗い、外に干す。下着や靴は付近の店で揃え、子供用の室内着を各部屋から拝借した。

 皆が無事に戻ってこれた時、事情を伝えてお金を払うつもりだ。


「見たところ、犯人達は毎日かそれに近い頻度で村を確認しに来ているわ」

「はい。延焼しているわけでもないのに、新しく煙が上がっている家があります」

「生き残りを探しに来ている、訪問者を監視している、それで言うと私達が見つかるのも時間の問題」


 相手も連れ去った人達を拘束できる腕と人数が必要になる。でもこの村の訪問者のうち、それらしい人を全員合わせても100人程。

 そこから村の探索を担う人数は10人も出せないだろう。

 その人数で夜通し歩いて探しに来るだろうか。

 日が昇ってから行動開始しないだろうか。


 外は明るくなったけど、まだ早朝。

 仮に付近にいたなら、安全な村内にさっさと入って来る。だからこの時間に現れていないならまだ時間に余裕がある、とオレ達は考えていた。


「どこかにもっと大勢を集めた拠点があるかもしれない。でも、モンスターと戦える資質を持つ人を数百人揃えるなんて、バスター協会主導でも簡単じゃない」

「そう考えると、村の確認だけに、実力者を複数名向かわせるとは思えないですね」


 子供達が汚れを落とした頃、オレは朝食の準備に取り掛かっていた。

 少なくとも1週間経っているため、使える食材は少ない。


 薪に火を点け、皿には幾つか割った卵を落としていく。悪くなっているものは使えない。なんとか子供達の分はありそうだ。

 じゃがいもの皮はそのままで、スライスしてフライパンで焼く。塩、海藻の粉末で味付けし、そこに葉物野菜とニンジンを入れ、最後に卵を載せて1品完成。


「イース、料理できるんだ」

「酒場で働いていた時に少しだけ。まあ、凝ったものは作れないけど……焼く、炒める、それくらいは」

「十分だよ、私もそれくらいだし」


 鶏ガラの粉末もあったから、スープも作って2品目完成。干し肉も使い、とりあえずこれでお腹はいっぱいになると思う。


「ボク、じょうずますか?」

「うん。切断面がとっても綺麗。有難うな」

「ボク、斬るよごでぎます!」


 包丁に嫉妬するグレイプニールは、モンスターを斬るというより「斬る」ことそれ自体に意欲を示す。じゃがいもやにんじんは全てグレイプニールで斬っている。

 この辺はアスタ村でテュールが上手く言ってくれたんだろう。


「みんな、メシが出来たぞー。食え―」

「うわあ、ごはんだ!」

「兄ちゃんが作ったの?」

「ああ。美味しく出来てたらいいんだけどな」


 子供達はいつ犯人達が来るかも分からない中、命がけで各家を周り、食材をそのまま食べて過ごしたという。

 嬉しそうに食べる姿にオレとビアンカさんはホッとした。


「村に他の人はいないのか?」

「た、多分……会ってないから」

「じゃあ私とグングニルで村を回ってくる。いたら連れてくるわ」

「お願いします」


 ビアンカさんの知名度なら、警戒されることなく出てきてくれる。オレ1人でみんなを守れるかは不安だったけど、グレイプニールを信じて待つ事1時間。


 村中に呼び掛けて2人の幼い姉妹を見つけることが出来た。やはり犯人達の姿はなかった。


「よし。私とイースは村の北門付近で悪い奴を探す。あなた達はこのホテルの2階の部屋に隠れていて」

「わ、悪い奴来ない?」

「私とイースは強いからね。全員やっつける!」


 9人にまた薄暗い空間に隠れていろとは言えない。それに北門からは村を見下ろせるから、ホテル付近の異常も察知できる。

 オレ達は安心させるため元気に声を掛け、めいっぱい微笑んでホテルを出た。


「イースちゃん。この辺りは強いモンスターも出るけんね。率先して戦わんでええ、出来る事だけやって」

「いえみ? たおす?」

「ビアンカさんと一緒にね」


 そう話していると、またオレの耳が音を拾った。砂利を踏む音、布が擦れる音、それが複数。


「誰か、来ます」

「隠れよう。まず相手を見極める」


 岩の影に隠れて数分、北の登山道から5人の黒いローブを着た集団が現れた。周囲をキョロキョロ見回している辺り、あまり戦い慣れてはいないようだ。


「見た目は子供達の話の通り。村を襲った魔法使いか」

「捕らえる!」


 ビアンカさんが岩の影から飛び出し、グングニルを構えた。突然の物音に驚いた5人は、一瞬止まった後で魔法を放とうと手を突き出す。

 その動きは遅く、ビアンカさんの足払いの方が先に決まった。


「イース!」

「お前らおとなしくしろ! 村を襲った奴らだな。返事がなければ……」


 オレはグレイプニールにファイアの魔力を流し込んだ。

 魔法剣自体はアダマンタイト製の剣じゃなければ発動できない。見た事のない剣の状態に怯え、全員が両手を上げた。


「降参してくれるのは有難い。だけど質問に答えろ」

「……そうだ」

「理由を聞こうかしら。私はビアンカ。槍使いでビアンカと聞けば、勝てるかどうか分かるはず。ああ、こっちはシークの息子よ」

「英雄が嗅ぎつけたか。クソッ……」


 オレ達は5人の魔術書とローブを取り上げ、靴も脱がせた。この小石混じりの山道なら、裸足に丸腰じゃ逃げられないからだ。


「村のみんなはどこ。目的は」

「……」

「イース」


 オレが炎を纏ったグレイプニールを掲げる。5人は全員男。短く悲鳴を上げ、1人が質問に答え始めた。

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