Wish you the best-07 危機



「ぬし、ボク構えまさい!」

「はっ」

「ボク、つごい、負けるできまい」


 反射的にグレイプニールを顔の前で構えた時、手が痺れるような衝撃と共に腕が持っていかれそうになった。

 オーガは振り向いただけでなく、岩を手に掴んでオレに殴り掛かっていた。


 グレイプニールはオレの腕に気力でしがみ付いてくれている。

 もしそうじゃなかったらグレイプニールは弾き飛ばされ、オレの顔か肩が岩で砕かれていただろう。顔や胴体に気力を留めようとする暇なんてなかったから。


「た、助かった!」

「あち斬りまさい!」

「足!?」

「あち、立つできまい!」


 無事を確認しホッとするオレと違い、グレイプニールはオーガを倒す事を考えていた。そうだよな、わざわざ確認しなくても倒せば無事でいられる。

 オーガは不安定な体勢でオレを殴ろうとしたため、岩を掴んだまま四つん這いになっている。

 

 オレにグレイプニールの助言を無視できる程の実力はない。


「足だな!」


 すぐに移動し、足へと刃を振り下ろす。


「ブルクラッシュ!」


 今度は気力をしっかり込めた。

 グレー等級最強モンスターとはいえ、グレイプニールを使ってなおオーガ程度を斬り倒せないなんて、完全にオレのせい。

 不測の事態が起きても、グレイプニールと一緒ならなんとかなる。


 グレイプニールはそう思えるだけの信頼をくれた。オレはただ全力を出す事だけに集中するのみ。


「ギャアアアアーッ!」

「ぬし! 斬る止めまい! 首ます!」

「分かった!」


 グレイプニールがつい確認しようとするオレを諫める。斬った場所がどうなったかより、反撃の隙を与えず斬り倒す。

 斬るため、倒すために存在しているグレイプニールはその点を徹底していた。


「うおりゃあっ!」

「ブアァァァーーーッ」


 足を斬り落とされてなお、オーガはオレを食い殺そうと上半身をひねり、牙で噛みつこうとする。最初に斬り付けた首根っこは血を噴き出しているというのに、全く怯んだ素振りもない。


 モンスターの獰猛さ、生命力、オレはそれらを侮っていた。こいつらは人を襲うためなら頭だけになっても噛みつこうとする。そういう存在なんだ。


 牙を恐れている余裕はない。首を狙い、腕や牙で防ごうものならそれごと叩き斬る!

 グレイプニールの性能なら、それが出来る。オレがこいつを信じて、全力を出せるなら。


「ぬし!」

「ブルクラッシュ!」


 正確にとは言い難いけど、思い切り振り下ろした。太い骨に当たっても、肉を断つ感覚にゾクッとしても。

 左肩にオーガが掴んでいた岩が当たったものの、肩あてのお陰で直撃は免れた。


「ふんぬぅーっ!」


 振り向きざまの首を叩き斬り、オーガの腕がボトリと音を立てて地面に投げ出された。

 オーガはもう動かない。


「や、やった……」

「たもした! ぬし、おりこうます! よごでぎしまた!」

「オレが、倒した……」


 オーガ退治の際、グレー等級で挑むのなら、3~5人のパーティーである事は必須。ボアやキラーウルフとは比べ物にならない強さのモンスターだ。

 ホワイト等級に上がるための基準とも言われている。


「ぬし、ボク、よごでぎしまた? いい子?」

「う、ああ、よくやった、有難う。もちろんいい子だ、君のおかげで倒せた」

「ぴゃーっ!」


 まだ実感が湧いていない。もしやと振り返ったら、案の定オレの尻尾はいつもの3倍どころじゃないくらいに膨らみ、バッサバサになってる。

 ここまでの緊張感は、ビアンカさん達に指導して貰った時でも味わっていなかった。

 オレは今まで心の底からの恐怖も、必死さも、絶望も感じないまま、勝手に自分の心を折っていたんだ。


「ぬし?」

「……怖かったんだ。体が反応できていなかったら、グレイプニールが指示をくれなかったら、オレは死んでいた」

「ぬし?」


 覚悟は、できているつもりだった。いや、確かに覚悟はしていた。

 グレイプニールを手にした時も、レイラさんに覚悟を問われた時も、ビアンカさんと別れ、走り始めた時も。


 足りなかったんだ。


「ぬし、よごでぎしまた、思うます、ボクは」

「うん……倒せたのは倒せた。運が良かったんだ。いや、いい相棒に恵まれたんだね。有難う、本当に有難う」

「まりがと、ぬしボク一緒、うれしみますか」

「ああ」


 才能を感じない魔法でオーガを焼き、オレは先を急ぐため走り出した。

 イサラ村にも護衛やハイキングのガイドなど、バスターや元バスターが住んでいる。オーガくらい簡単に倒せるだろう。


 そんな村が、橋を落とされても連絡1つ寄こせない事態。オレは自分が何かを出来ると思ったわけではなく、ただ駆け付けないといけないという使命感を背負って走っていた。


「ぬし、おじゃべり、しますか」

「ハァ、ハァ……走りながら、じゃ、厳しいけど、どうぞ」

「いさまるま、ゆきます。もしゅたつもい、でもぬし倒せます」

「倒せ……る?」


 脇腹が痛く、足はもつれそうになる。限界ならもう2時間前に迎えたんじゃないか。イサラ村までどれ程あるのか分からない。


 山道を登りながらとうとう走れなくなった時、グレイプニールが謎の自信を言葉にした。


「共鳴、ボクとするます」

「ハァ、ハァ……共鳴?」

「ぴゅい。ぬしがんまる、ちかれむ。そも時、ボクおかわります」

「ハァ……ハァ、何?」


 グレイプニールは必死に話そうとするけど、いかんせん語彙力がなく、言い間違いも多い。何を言いたいのかをゆっくり聞くため、オレは1分だけと腰を下ろした。


「ボク、気力あります。ぬし、気力、使う、なくまります。ボク、ぬしのお体おかわります」

「……あ、それって父さんと母さんが言ってたやつ」


 持ち主が激しく消耗して戦えなくなった時、武器が持ち主の代わりに体を操る。それが共鳴だ。過去1度だけその様子を見たことがある。

 故郷のレンベリンガ村があるテーブルマウンテンの麓の森で、村人が木に擬態したモンスター「トレント」に襲われた時だ。


 森の入り口で母さんの帰りを待っていた時、戻ってきた父さんは村人を背負ったまま、無表情でオレ達に「後は頼んだぜ」と言った。

 その声は母さんではなく炎弓アルジュナの声だった。アルジュナが母さんの体を操り、危機を脱したんだ。


 オレがその当時を思い出すと、グレイプニールはそれを読み取って「そうます」と肯定した。


「オレとグレイプニールも、それが出来る?」

「ぴゅい。ボクよごでぎる、ぬし信じますか。信じまい、共鳴できまい」


 オレがグレイプニールを信じるなら。


「グレイプニールは、オレの事を信じてくれるか」

「ボク、信じまい時、ないますよ?」

「……分かった、信じる。危ない時、戦えない時、共鳴するから助けてくれ」


 オレは再び立ち上がり、2本目のポーションを飲んだ。モンスターと戦ったりで時間を無駄にした時もあったけど、ビアンカさんはまだ来ない。

 更に1時間走ったところで、空が少し明るくなっている事に気が付いた。小さく暗い星は姿を消し、山の端がくっきりと見えている。


 「あれ、壁だ! イサラ村だ!」


 朝靄の中、あまり高くない壁に囲まれた村が見えた。村は山の斜面に張り付くように段を築いているから、村の建物まで良く見える。

 村の東側には斜面になった放牧場があり、西側に建物が集中している。


「なんだか、焦げ臭いな」


 次第に色を取り戻していく村の様子に、オレは絶句した。


「門が、開いてるぞ」

「おぉう?」

「こんな早朝に門を開けたりしない! 誰ともすれ違わなかったし、誰も外に出ていないなら開ける理由がない」

「ぬし、ぬし」

「どうした、何か見つけたか」

「だてもも、こわさめてます」


 グレイプニールの言葉に、オレは目を凝らした。そして更に驚いた。

 朝靄だと思っていたのは、破壊された家々から立ち上る煙だった。

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