Wish you the best-06 覚悟。
早い話、オレをボールのように打ち飛ばして向こう岸に着地させる、って事だ。そんな事が可能なのかを尋ねたら、父さん達はよくやっていたらしい。
「現役時代、私のフルスイングとゼスタの跳躍で、上空200メルテ辺りのアークドラゴンまで打ち上げた事もある。身体能力に関してなら、シークやゼスタよりイースの方が高いよ」
「で、出来るかな……」
「他に案がある? 3日ほど掛けて南下して、ギリングの東に掛かる橋を渡る? その北の橋が無事な確証もないけど」
うう……やるしかない。何度かタイミングを合わせる練習をし、オレは向こう岸へと打ち飛ばされる事になった。
「ビアンカさんは?」
「私はもう少し狭い所を探して飛び越える。あと半日歩けば北にもう1つ橋があるはず。2人してモタモタしてられないから、先にイサラ村まで走って」
「お、オレ1人ですか!?」
「この状況だとダイサ村も心配。私はダイサ村を確認したらすぐに追いかける。死ぬ気で走って」
スタ平原に強いモンスターがいないと言っても、少し西に行けばオレンジ等級相当のミノタウロスなどが出現する。この辺りに絶対いないとは言い切れない。
イエティでもミノタウロスでも、遭遇したら絶対に勝てない。
そもそもオレ1人じゃ何もできないから、落ちぶれてくすぶって、グレー等級のままだったのに。
「ぬし?」
「……オレだけでイサラ村まで行けると思うか。イサラ村で、皆を助けられると思うか」
「ぬし、ゆきたいますか? たすけむ、したいますか?」
オレが行きたいか、助けたいか。
出来るならやりたいさ。英雄のように颯爽と現れ、困った人達を救えるのなら。
「ぬし、でぎるしまい、ゆく、だめますか?」
「出来なきゃ、行っちゃいけないのかって? ……行っても意味がなくては」
「ぬし、ゆく、しまい。ゆくしましたの意味分かる、しますか?」
「それは、そうだけど」
行ってもないのに意味があるかどうか、分かるはずない。そりゃそうだ。
そうなんだけど、橋を落とすような連中にオレ1人で何が出来るんだよ。
「グレイプニール。あんた、ちょっとこっちに来てん。テュールから習っとらんかもしれんね」
ふとグングニルがグレイプニールを呼んだ。必然的にオレが歩み寄る事になる。
武器同士は声に出さずとも、互いの気力が及ぶ範囲内で会話が出来る。1、2分が経ち、グレイプニールが「ぴゅい」と納得した声を出した。
「ぬし、ボクとゆきます。ゆく、よごでぎます」
「出来る? 何でそんな自信ありげなんだ」
「イースちゃん。心配ない、グレイプニールと行っといで。あたしが奥の柄ば教えたけん。あんたらなら出来る。お嬢を持ち主に選んだあたしが言うんやけ、間違いない」
「イース。あんたにないのは度胸、自信! 私が大親友の子供を勝算もなく送り出すと思う?」
ビアンカさん、グングニル、グレイプニール。対するオレ。
3対1でオレのイサラ行きだ。
「本当に、オレ1人で行けますか」
「行ける。ほら」
「ぬし、ボクあります。1人、違うます。ぬし1人でぎまいは、ぬしとボク一緒、よごでぎます」
「……分かった」
グレー等級のモンスター相手でも一苦労だった時に比べ、今はグレイプニールもある。昔よりは随分とマシになった。
なのに、オレの向上心や自信はいつもその場限りで据え置きだった。
驕り高ぶるつもりはない。でも、ここまで周りに言われるのなら、少し自分を……買い被ってもいいのかな。
「ビアンカさん、お願いします」
「うん! ほら、ポーション、エリクサー! 包帯と血止めも持ってけ!」
「え、エリクサー!? そんな超高級品……」
「要るの、要らないの」
「い、いただきます……」
エリクサーって、即効性もあって1晩ぐっすり寝たくらいに回復出来る薬だぞ。
1瓶1万ゴールド超えるってのに……。
よ、よし。とにかくこれで多少の怪我は耐えられる。オレはビアンカさんの前に立ち、跳び上がる覚悟を決めた。
「イース。あんたを甘やかしてるんじゃない、煽ててるんじゃない。今はイースにイサラ村の事を託すしかないの。やって貰わなくちゃ困るの」
「はい。行ってきます」
「レイラの覚悟、あんた達を育てると言った約束。無駄にしないで」
ふと付近の茂みが揺れた。枯れて黄色くなった草や茎が折られる音がする。
「飛べっ!」
戦闘を済ませる時間はない。そう言うかのようにビアンカさんが大声で合図をした。
「フル……スイング!」
「あたしらを信じて飛びなさい!」
跳び上がり、最高地点から体が落ち始めたところで足の裏が棒状のものに触れた。
そこで膝を曲げ、押し出されると同時に足場を蹴る。
「よしっ! ……キャーッ、飛ばし過ぎたかも! ごめーん!」
ビアンカさんの声が遠くなり、20メルテ以上あった対岸の縁が眼下を過ぎていく。
「うわ、わわっ!」
落ちたら命がないと思ったせいか、ビアンカさんもオレも力を入れ過ぎたようだ。
オレは川幅の倍程も飛んだ地点でようやく着地した。
足に気力を集中させていなかったら、絶対足の骨折れてたぞ、これ。
対岸で微かにモンスターと戦う音が聞こえる。
オレが心配する必要はない、ビアンカさんは強い。
草むらに飛び込むように着地したオレは、無事だと返事する代わりにグレイプニールを高く掲げ、そのまま北東のイサラ村へと駆けだした。
* * * * * * * * *
夜空に星が瞬き、暗いのに手元が見える。空の星が見えない部分はシュトレイ山脈の影になっているって事。
晴れた夜空がオレとグレイプニールを守るように周囲をぼんやり照らしてくれ、オレはコケる事もなく走り続ける事が出来ていた。
「ぬし! えっと、ひだり? もしゅたます!」
「ゴブリン? オーク? まさかオーガじゃないよね……」
「ボク、よごでぎません!」
「分かんねえって事か、ありがとよ」
急げと言われているのに、野宿なんてしていられない。どうせ1人じゃ寝る事も出来ないんだけどね。
モンスターは夜でも活動していて、オレはもう十数回目のモンスター戦をこなしていた。
「ぬし!」
「くっそ、暗くて正体が分かんねえ! おい、名乗れねえなら斬るぞ!」
「グ……グッ……グアァァァァッ!」
「はい人じゃなかった! まず相手の攻撃を先に躱す!」
「ぴゅい」
いつの間にか草原は終わり、周囲は土と石の地面に変わっていた。時々巨石が行く手を遮るようにそびえ、街道が小さく回り込む。
今回もその岩の影にモンスターが潜んでいるようだ。
「来い!」
モンスターの正面に立ち、攻撃を待つ。どんな攻撃が来るか、どんなモンスターかも分からない。それでも避ける事には自信がある。
「ぬし!」
「見えてる!」
咄嗟に右に飛び退いた時、オレがいた場所を頭程の大きさの岩が襲った。モンスターが岩を持って殴り掛かっていたんだ。
「オークか……違う、ちょっと待った、オーガだ!」
オークは人のような体に豚の頭を持つモンスター。オーガはそれよりもっと筋骨隆々で、頭に角があり、鋭い牙もある。
オークは頭が悪いけど、オーガは多少知恵も働くんだ。
オーガ退治なんて、1人で出来る自信ない……けど!
「背中を……斬る!」
「ぬし! 首ます!」
「わかった、く、首!」
オーガはまだオレに視線を戻せていない。とりあえず当てやすい場所に斬撃をと考えたオレに対し、グレイプニールは最も効率的な部位を提案してくれた。
剣としての天性なのか。
確かに、今の状況なら首を狙える。
「水平……斬り!」
「ぬし気力!」
「はっ、そうだった!」
まだ緊迫した戦闘に慣れていないせいか、気力を使うのを忘れていた。
これで気力も込めていたら首を刎ねる事も出来ていただろう。
「グアァァァッ!」
オーガが叫びながらオレへと振り向く。
「わっ、わっ……」
オレの背の1.5倍はあるその巨体、その殴打の威力。思わず足が竦むオレを救い出したのは、やっぱりグレイプニールだった。
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