【Wish you the best】目指したいのなら。

Wish you the best-01 企む者達



【Wish you the best】目指したいのなら。




「ぬし、ぬし」

「……ん~」

「ぬし! おぎてくまさい!」

「……おはよ、今何時」

「おはろもざいなす、7時ます」


 昨日はコカトリスを追い払い、過分なお礼と労いに気分が良かったっけ。オレの正体など気にせず、「ご両親によろしく」とも言われなかった。

 オレとオルターは実力で褒められ、認められたんだ。


「はっ? うっそ、7時!?」

「ボク、本当つきます」

「まずい、支度しないと! ……嘘つきの反対は本当つきじゃないぞ」

「ぷぇ? 何ますか?」

「いや……いいや、本当つきで。意味は分かるし」


 今日は8時に事務所に集合なんだ。まだ時間はあるけど、これがもし管理所通いのバスターなら朝食抜きだ。8時前に並んでいないと、良いクエストは確保できない。


「食堂で朝飯食ってくる、留守番でき……ないよな、行こう」

「おむすばん嫌ます」

「だよな」

「ボク置いてゆく、あびちいます」

「ったく、トイレまで付いて来ようとするからな……」


 宿の部屋のカーテンを開けると、石畳は少し濡れていた。夜の間に雨が降ったみたい。でも空はしっかりと晴れている。町の外の街道がぬかるんでいなかったら問題なしだ。


「あー……寝癖が」

「ねむせ、斬りますか?」

「寝癖のたびに切ってたら丸坊主になるよ」


 鏡の中のオレは、後頭部の髪がしっかり跳ねてる。急いで廊下の手洗い場で髪を濡らし、食堂でナイフを使えない不自由な食事を済ませた。


 グレイプニールの前でハサミを使ったら、どんな反応をされるんだろうか。





 * * * * * * * * *





「おはようございますー」

「おはろもざいなす!」

「おはよう、1人と1振りさん」


 レイラさんの事務所に着いたのは7時55分。走ってなんとかだけど、間に合ったと言っていいよね。

 宿を引き払って荷物全部持ってこいって言われていたから、バックパックはパンパンだ。


「おはよ、イース、グレイプニール」

「おはよう。今日も宜しく」

「ゆらしくね! おるた!」


 オルターもオレより少し前に来ていた。鉄の胸当て、革の膝当て、手袋……うん、バスターとして当たり前の格好だ。

 それに比べ、オレの格好は何だ。ベストにシャツ、スラックス。そして、工事用の編み上げの安全靴。昨日武器屋マークで肩当を買ったけど、他を買う金は残っていない。


「数日町に戻らなくてもいい用意はしてあるよね」

「はい、一応……」

「え、イースまさかその格好か?」

「あー、実は旅立ちの時に揃えた防具、入らなくなってさ。胸当てとか小手とか」


 本当に防具を持っていないとは思っていなかったんだろうな。

 いくらオルターが不遇職な自分を気にしていても、防具を持たない剣術士と組みたくはないだろう。


「イースくん、君には切創防止生地のベストを頼んでるから。そのギャルソン風の格好は事件屋として合ってるし、デザインそのままで防具素材に変更すればいいかなって」

「えっ?」

「武器屋マークでサイズ計ってるって言ってたから、任せてある。オルターくんも採寸ね」

「俺もイースと同じ格好に?」

「事件屋シンクロニシティの制服。いいでしょ」


 レイラさんは、オレの格好を切創防止用の生地や鋼で再現して、それをこの事件屋の制服にすると言う。


「武器屋マークへのオーダーって、何ヵ月も掛かりますよね?」

「1週間でやってもらうことになった。ホワイト等級相当のものをね」

「え、ホワイト?」

「何かおかしい?」


 おかしいところだらけだ。武器屋マークは超人気店で予約がぎっしり。それに、オレ達は今防具がないんだ。

 1週間で装備を作ってもらったとして、ホワイト等級まで置いているのでは意味がない。


「あの、どうしてホワイト等級の装備を?」

「あなた達がホワイト等級に上がるからでしょ」

「……そりゃまあ、俺もいずれは上がるつもりですけど」

「オルターくんまでその調子? 向上心は持ってるだけじゃ駄目なのよ」


 オルターと顔を見合わせ、あまり積極的ではない性格を指摘されて苦笑いする。

 自己主張をしづらい日々が長かったオレ達の姿勢は、レイラさんの目に良く映っていないらしい。


「こうしょうぢん、何ますか?」

「やる気、頑張る気、かな」

「おぉう。もしゅた斬る、ボクしたいます、がんまるます!」

「そう、それよそれ。グレイプニールは合格」


 グレイプニールの横やり……いや、横剣? によって話が中断されてしまった。レイラさんはオレ達の顔をしっかり見つめている。


「あなた達はイサラ村との定期便遅延を解決したら、ホワイト等級に上がる」

「え? それだけで?」

「あたしが管理所に交渉した。あたしの仕事っぷりは認めてくれてるし、親の名前も使わせてもらった」

「……ゼスタさんのおかげ、ですか」


 コネで昇格。オレが一番したくなかった事だ。仲間になったばかりのオルターも、そんなオレにどんな感情を持つだろうか。

 オレといれば美味しい思いが出来ると考えて、利用する気になったかもしれない。

 そんな奴じゃないと思ってパーティーを組んだからこそ、それは嫌だった。


「あたしは、あんた達を絶対に凄腕バスターに育てる。その為に使えるものなら何でも使うわ。お金も、経験も、人脈も」

「あの、イースはコネでのし上がるのを嫌っているって」

「あたしのコネよ、文句ある? あたしが悪者になってでも、2人はあたしが最速でオレンジ等級に上げさせる。必要なの、あなた達は」


 不正をしているだなんて噂が立てば、レイラさんの許に仕事が来なくなる。

 結果的に、レイラさんも、ゼスタさんも評判が落ちるんじゃないか。


「だから初回はコカトリス討伐をさせた。あたしはホワイト等級のモンスターを倒した2人を昇格させてと言った。ま、予想していたけど、却下だった」

「そりゃあそうでしょう、流石に……」

「だからイエティ退治に行ってもらう。もちろん、イエティ退治じゃなくて遅延解決という名目だけど」

「管理所は、バスターに無茶をさせないために等級制度を取り入れたんですよね。装備制限までして、クエスト受注も制限して」


 レイラさんがやろうとしている事は、管理所として止めさせたい事。無理をして死人が増える事を防ぐため、バスター制度にはルールがある。


「2人とも、この石を見た事はあるよね」

「レインボーストーンですよね、はい」


 レイラさんの目の前に置かれているのは、触れた者の体力や気力や魔力に反応する石だ。管理所ではブルー等級以上の昇格に使われる。


「触って、いいから」


 7つの石をそれぞれ触っていく。グレーの石はともかく、オレはホワイト、ブルーまでの石の色が変わった。オルターもホワイトまではハッキリ変化している。


「え、青って事は……」

「既にブルー等級の資格がある。コカトリスと戦うあなた達の事は、あたしも見ていた。気力の使い方、正確さ、それらは十分だった。無いのは自信だけ」


 自信が問題なのは分かる。だけど、ルール違反は駄目だよな?


「今の管理所はバスターの昇格を絞ろうとしているの。レインボーストーンでの昇格判定を無効にされる事も増えた」

「え、本来は合格なのに?」

「実績がない、まだ若いって。だから何って思わない? じゃあ実績と強さを叩きつけましょうよ。ルールの範囲内でね」


 分かった、何故レイラさんが独立したのか。

 オレ達は思い違いをしてたんだ。


「もしかして、父さん達がやろうとした事、やったはずの事を、なかった事にさせないため……」

「英雄だと持て囃している裏で、バスターの弱体化を図る誰かがいる。石を再発見して制度を元に戻した父達。それを疎ましく思っている人がいるわ」

「レイラさん、バーの計画ももしかして」

「ええ、同志集めも狙いよ。あたしは今のバスター協会を変える。だから手伝って欲しい。イエティ討伐はちゃんと助っ人を頼んでる、絶対に安心だから」

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