Spirit-12 事件屋計画、本格始動。
バスターを辞める時、ある程度資金が貯まっている人は多い。だけど再就職した場合、収入はガクッと落ちる。
20代後半で大工屋や鍛冶工房に就職しても、新人の給料と変わらない。そこから3年、5年経つうちに貯金を食いつぶしてしまう。
かといって、よほど等級が上がっていない限り、バスターとしての実績は転職に生かせない。土木、事務、農業、漁業。どれもモンスター退治のノウハウは使えない。
職業校の教師は狭き門だし、英才教育の家庭教師もブルー等級程度じゃ箔が付かないんだ。
「なんだかバスターを辞めた後って、残酷な現実しか待ってない気が……」
「そうね、活かせるのは護衛や警備くらいかなあ」
家庭を持ち、子供が生まれていたら更に生活に不安が生じる。
そこで、週に1回でも2回でも、空いた時間の副業としてコツコツやれるクエストがちょうどいい。3人、5人パーティーでは割に合わないクエストの出番だ。
依頼側も、管理所だとクエストの受注者を選べない。条件付けも出来ない。等級を満たしてさえいれば、窓口に持って来た人が受注者だ。
もちろん討伐さえすれば良い、結果主義で手段と内容を問わないクエストならそれでもいい。
そうでない場合、例えば性格、方法、実績、それらを指定することでミスマッチを防ぐなら、事件屋に持って行くべきだろう。
「今でも管理所にそれなりのクエストはあるわ。バスター証を返納していなければ、管理所で見つけて受注できる」
「でも、ミスマッチが多い。そういうクエストがこっちに集まれば、こっちで条件に合うもの探し、受注できる。ですよね」
「うん。中には現役には会いたくない、やめたのが恥ずかしいって人もいるの。棲み分けは以前から必要とされていた」
レイラさんは、管理所勤めの頃から色々と考えていたらしい。バスターを辞めてもつぶしが利かない、だからそもそもバスターにならないという人もいるという。
「3つ目は、30代後半。ここはオレンジやパープルまで昇格した人達ね。体力の衰えを理由にしたり、家庭を持ちたいという人も多い」
「お金は十分あってバスター人生に悔いもない。腕は衰えていないから、何かあればちょっと手伝うくらい出来る人達、か」
「教師、個人道場、気楽なスローライフ。でもどこかでまだ強さを見せつけたいとは思ってる」
「2人ともいい分析ね。彼らの暇つぶしにも最適。戦えるけど、管理所でクエスト搔っ攫うような、現役の邪魔まではしたくない人達よ」
予備兵のような人たちは大勢いる。そして、現役には歯ごたえがない、割に合わないなどでずっと残り続けるクエストがある。
予備兵と管理所は現状うまく嚙み合ってない。掲示板で貼り出すだけじゃだめって事だ。
「だけど、どうやってそういう人達を呼び込むんですか?」
「ふふん。あなた達、どうして昨日酒場に行ったか、覚えてる?」
「それは、決起と、情報収集です」
「情報、いっぱいあったよね」
色々な話が飛び交っていたのは事実だ。ニワトリが襲われているという話も酒場で情報を得た。
という事は、酒場で事件屋を宣伝して回る?
「酒場回り、ですか。でも俺はそんなに酒強くないし、飲み歩く金もないっすよ」
「事件屋ですと宣伝して回るにも、飲み食いせずポスターだけ貼らせてもらうのは気が引けます」
オルターとオレの回答に、レイラさんは違うと言って首を振った。情報を仕入れるという目的だったのは合っているはずなのに。
「1番の決め手はイースくん。君はマイムで酒場のギャルソンをやってたよね」
「はい、1年やってましたね」
「そして君は酔わない。それと、昨日の昼間に仕入れた情報をもう一度思い出して」
「昨日の、昼……」
「まぐれいえみ!? まぐれいえみ斬ゆ! ボク、おりこう? なでるます?」
「違う、そっちじゃない」
はぐれイエティーを討伐するという件はもう決まっている。物流が遅れているなら酒場にも影響が出ているはず。でも、レイラさんの狙いはそこじゃない。
オレが酒場で働いて……?
「もしかして、夜にあの酒場でアルバイトをしろと」
「ん-、ん-っ! 惜しい! あのお店で夜にアルバイト出来るんだっけ? もう、もっと考察力を鍛えて、ほらっ!」
「……あっ、そうか。あの酒場は夜の営業をやめるんだ。という事は、あの店で情報収集は出来ない。バスター達は、他所の店で飲む」
普段頭を使っていなかったのがバレバレだ。ヒントを貰っているのに答えにたどり着かない。考えを整理しないと。
酒場の1つが夜の営業をやめる。オレは接客が出来て、多少酒の種類や入れ方が分かる。
目的は半引退状態のバスターへ事件屋を紹介する事。かといって飲みまわる訳じゃない。
つまり、バスターが他所の店に行くからって、そっちに営業はかけないわけだ。
「もしかして、オレ達で酒場を?」
「ようやく答えが出たわね、その通り」
「ちょ、ちょっと待って下さい! オレはいずれ遠くのクエストもやりたいし、世界を回りたいんですけど」
「俺もギリングだけに留まりたくないですよ!」
仕事を紹介してくれて、酒も飲めるなんて場所があれば貴重だとは思う。
だけど繁盛するかは分からないし、何よりオレ達が旅に出られないじゃないか。
「軌道に乗ったらあたしや他の暇な人にお店を任せたらいい。どうせあたしも週末くらいしか手も回らない」
「ま、まあそもそも情報収集と提供が目的だし、それでもいいでしょうけど」
「専属の事件屋コンビが世界で大活躍! そうすればうちも認められるし、あなた達は管理所の委託先から指示を受けているという大義名分で動ける」
パープル、シルバー、ゴールドなど、等級が上のバスターでなければ立ち入れない場所や施設がある。そうでなければ管理所の職員か、国の役人か。
レイラさんの事務所の力が付けば、管理所の代行として動く仕事も出来るんだ。
「もしかして、レイラさん……オレ達のために最初からそれを」
「まあね。それと、交流は絶対にあった方がいい。バーのお客は引退者とはいえ、あなた達にとっては大先輩よ」
これはもう、バーを開くのは決定なんだろう。
どこで開業するのか、開業資金も準備もどうするのか。何もかも分からないけど、オレとオルターは頷くしかなかった。
「レイラさん、開業資金は? 場所は……」
「えっ? 資金なんてないよ、この事件屋を開いたもん。場所だってここを確保するだけで一苦労だったし」
「えっ」
ちょっと待った。まさか、これから資金を貯めて場所を探すのか?
「ちょっと、意味が分かんないっすね、つまりこれからどうするんですか」
「町のみんなに恩を売る、貸しを作る」
「……はい?」
「という事で、次はイサラ村との定期便が遅延している件を解決しましょう」
「は、い?」
「まぐれいえみ? たいじゅ?」
「そう。じゃあ明日、2人ともまた朝になったら事務所に来てね! 今日はよくやってくれたし、もういいよ。お疲れ様!」
え、まだお昼なんだけど。
レイラさんはどんどん勝手に話を進めていく。オルターが付いていけていないのに、オレの頭で理解できるわけない。
「はぐれイエティ退治って、まさか本当にオレンジ等級のバスターに手伝って貰えばいいじゃんって作戦でいくのか?」
「わ、分かんないよ……」
「ぬし! ありまと、まぐれいえみたいじゅ、ありまと!」
「……有難うは、終わってからでいいよ」
今日、オレとオルターは確かにレイラさんに感謝した。小さいけど達成感もあった。
だけど。
「とんでもない事務所を頼っちまった……」
オレ達はそんな思いを共有していた。
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