Spirit-09 予想外の仲間と明日の仕事




 * * * * * * * * *




「いらっしゃいませ! すみません、カウンターしか空いてないんですけど」

「3人なので大丈夫です! さ、2人とも座って」

「兄ちゃん、昼間にも来とったの。レイラちゃんと知り合いだったか」

「はい、覚えていて下さって有難うございます」


 訪れたのは、昼間に来た酒場だった。フロアの女性店員は別の人に交代となっていたけど、厨房のマスターは覚えてくれていたみたい。

 珍しい猫人族だから、こういう時に覚えてもらうには好都合なんだ。


「マスター、うち専属の2人なの。銃術士のオルターと、剣術士のイース。宜しくね!」

「あいよー! 事務所を立ち上げると聞いてたが、上手くいってるかい」

「おかげさまで! 専属2人を連れて来れるくらいには順調なの!」


 カウンターが2席空いているだけで、4人掛けのテーブル席は全て埋まっていた。ビールやワイン、ウォッカがひっきりなしに運ばれていき、アツアツのステーキや唐揚げの香りが鼻をくすぐる。


 コンクリート打ちっぱなしの床、灰色の壁紙、オレンジ色の照明。席とカウンターだけが木製。

 飾り気のない店内は、時間が違うだけなのに客層のせいか雰囲気が全く違う。


「オルター、あなた18歳になってたよね」

「はい」

「じゃあビール3杯で!」


 入り口に近い方からオレ、オルター、レイラさんが並んで座る。グレイプニールはオレの膝の上だ。オルターは苦笑いしながら、酒に弱い事を伝えてきた。


「さあ、明日から忙しくなるわよ? ようこそ事件屋シンクロニシティへ、乾杯!」

「乾杯!」


 大きなジョッキを傾けたらビールの泡が上唇にくっつき、冷たく苦いのどごしに思わず顔をしかめる。その顔で「美味い!」と言葉が出ちゃうから不思議だ。


「唐揚げと、キャベツサラダ、川魚のフライ……ほら、あたしの奢りだから選んで」

「あ、えっと……じゃあオムレツを」

「オレは焼き飯にします」

「遠慮してるのね、まあいいわ。サイコロステーキも!」


 いったいどれだけ食べるつもりなのか。レイラさんのビールは既にジョッキの半分。オレとオルターが食べ始めると、レイラさんはまたビールを口に運んだ。


 そんなオレ達の輪に入れずにいたのか、グレイプニールがようやく口……は開けないけど、言葉を発した。


「ぬし、おじゃべり、しますか」

「ん? 何かあった?」

「ボクじゃない、つかう、いやます」

「使う? グレイプニールじゃないもの? ……あっ」


 グレイプニールが言いたい事はすぐに分かった。オレは今、フライをナイフで切り分けようとしている。

 斬るのはショートソードである自分の役目だと言うのに、他のもので切り分ける。グレイプニールはそれが許せないらしい。


「聖剣バルドルは食器や包丁の代わりなんて御免だって、いつも言ってたけど」

「ボクじゃない、つかうますか?」

「君はモンスターを斬るためにあるんだから」

「ぬし、ボクいいこ、いいこ、じょうずね、なでるますか」


 自分の方が優秀だからじゃなくて、いい子だから使ってくれと言うのがなんともグレイプニールらしい。

 ナイフに対抗心を抱かれるとは思ってなかったけど、これじゃナイフは使えないな。

 オレはグレイプニールの柄を撫で、ナイフを置いた。


「はははっ、グレイプニールのライバルはナイフか」

「まさか食器に嫉妬されると思わなかった。これじゃ切って食べるのは無理だな」

「ボクのぬします! まいふ、だめ!」

「分かったってば」


 フォークで切っても文句を言うだろう。オレはため息をつき、グレイプニールを背負った。


「さあて、楽しく美味しくご飯を食べている間にも、周囲の会話を気にかけてね」

「周囲の会話……?」

「事件の匂い、モンスター被害の情報。それらを解決出来そうなら管理所に連絡、情報掲示板に広告を出す」

「おぉう、まぐれいえみ? まぐれいえみ、くですとするます!」

「まぐ……はぐれイエティ? 昼間の?」

「ぴゅい」


 レイラさんは、ただご飯を奢ってくれるだけのつもりじゃなかった。オレ達に情報へのアンテナを張る癖を付けさせたかったんだ。


 こういう時、耳が良い猫人族で良かったなと思う。


「バスターの会話では新人が多いとか、等級が上がるとクエストじゃギリングに用がないとか」

「うえっ、イースよく聞き取れるなあ」

「それだけが特技みたいなもんだし」

「俺は宿屋のねえちゃんが綺麗だって会話しか」

「……重要な会話だ、どこの宿か知りたい。行って確かめないと」

「コホン」


 レイラさんの咳払いに、オレとオルターは同じタイミングでビールに口を付ける。


「色んな情報が飛び交ってるの。ただ待ってるだけじゃ駄目だと分かった?」

「はい」

「同時に、自分たちの会話も誰かに聞かれている可能性がある」

「おじゃべり、だめますか?」

「秘密や、お仕事の話はだめ。そうじゃないお喋りはイースくんに聞いて、いつでも」


 レイラさんがオレのビールを追加で注文する。いつの間にかレイラさんのビールは2杯目だ。食べ物を取り分けて回し、皿が空かないから唐揚げを全部食えと言われた時だった。


「そういやあ鶏肉の仕入れ値が上がってな。町外れの養鶏場で、鶏舎に入っていない個体が鳥型モンスターに狙われるんだと」

「攫われるって事ですか」

「ああ。おまけにニワトリが怖がって卵を産まなくなった。卵も鶏肉も大事に食ってくれや、残すんじゃねえぞ」


 店のマスターがニッコリと笑い、情報をくれた。オレ達に困った困ったと呟いて調理に戻る。


「……鳥型モンスターが来てるのか」

「この時期はコカトリスが卵を産むからね。春先と秋、産卵数は5個以上、近年多いのよ」

「げっ、そんなに増えるのか!」

「この時期はエサを求めてニワトリや猫をよく狙うわ。体を痺れさせる毒のせいで、人にも影響が出る」


 どんなに高い外壁を造っても、鳥型モンスターの飛来は防げない。強くなくても厄介だ。


「被害が出ているのに、クエストでは見かけなかった……コカトリスならホワイト等級だよね」

「魔法の射程距離はせいぜい100メルテ。弓ならもっと飛ぶけど、鳥型って等級以前に面倒なんだよ」

「コカトリスは小さい上にホバリングしないから狙い難い。矢の速度では簡単に避けられる。魔法が届かない位置で様子を窺ったりね」

「被害は出るけど、討伐が出来ない……」


 オレはオルターに視線を向けた。銃弾の速度は矢の速度を上回る。的が小さい場合は銃の方が当たりやすいんじゃないかな。


「気付いた? まさしくあなた達のためにある仕事」

「あ、俺? でもホワイト等級じゃ」

「頭を使いなさい。いい? コカトリス退治ならホワイト等級以上必須。だけど鶏舎の警備だったら」

「……別にコカトリスが相手とは言ってないから、オレ達でも出来る」

「そういう事。地上のコカトリスはイースくん、飛んでくるのはオルターくん。いけるでしょ」


 レイラさんはフフっと笑う。レイラさんが管理所勤めだったからこそ分かる抜け道クエストってことか。確かに、コカトリスは討伐が厄介だからホワイト等級扱いだけど、強くはない。


「イースくん、魔法も使えるよね。魔術書は」

「使えるけど、魔術書は持ってません。父さん程の魔力はないし」

「お父さんと同じ魔法剣は使えるよね。アダマンタイト製のグレイプニールはそれが出来る」

「おぉう、ボク? まぢちしょ?」

「グレイプニール。あなたがイースくんの魔力を溜めて、斬る時に解き放つ!」


 魔法剣士、か。やったことはない。だけど、出来なくもない……かな? 要練習。


「さあて、明日は養鶏協会に電話して仕事を貰うわよ! 待望のモンスター退治!」

「おしゅがと!? もしゅた!?」

「そう」

「もかろきちゅ、たいじゅ!」

「コカトリスだよ」

「こかもきちゅ? でよ」

「こかもきちゅって、あははっ! とにかく宿屋のおねえちゃんが綺麗かどうかなんて、確かめる暇ないからね! それともう1つ」


 レイラさんは更に畳みかける。この人、敏腕なのかも。なんて思いは、次の言葉ですぐに取り消したくなった。


「はぐれイエティの件も、うちがやる。もう夕方に管理所へ電話した」

「はい?」

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