Spirit-07 情報と新たなお客



 イエティはオレンジ等級のパーティーで戦うような強さだ。ギリングは強いモンスターが周辺に出ないから、オレンジ等級以上のバスターが長居しない。

 だからイエティやミノタウロスなどのモンスターが現れた時、迅速な対応が難しいのだという。


「ほら、有名な武器屋さん。えっと、ほら、町の西にある……」

「武器屋マークですか」

「そうそう! そこに装備を取りに来る強いバスターのおかげで、なんとかなってる感じ」

「おおう、ボクつくらでるところ、ますか?」

「そうだよ、君が生まれたお店」


 突然別の声が話に割って入り、店員さんがビクリと肩を震わせた。

 そうだった、当たり前だよな。最初に紹介するべきだった。


「すみません、今の声は、こいつなんです」

「ぐえぃゆにーむ、ます!」

「グレイプニール、オレの愛剣です」

「喋る武器……へえ、伝説の英雄さん以外にも持ってる人がいたんだ!」


 店員さんが驚きながらも興味深そうにグレイプニールに触れた。凄い凄いと連呼され、グレイプニールは上機嫌だ。


「まぐれいえみ、もしゅた?」

「まぐ? あ、はぐれイエティ? うん、モンスターだよ」

「きゅうん、ぬしぃ……斬らてる、しますか?」

「斬らせて欲しい、と。うーん、今現れてるわけじゃないし、オレ1人じゃ難しい」


 強いモンスターだと聞いて、グレイプニールが意欲を見せる。でも悪いなグレイプニール、お前の主はまだグレー等級なんだよ。

 グレー、ホワイト、ブルー、その上がオレンジ。3等級も上、なおかつ5人のフルパーティーで倒すモンスターを相手にする実力はない。


「ぬしぃ、もねがい、ボクまぐれいえみ斬る、しますか?」

「お願いって、言われても」

「もねがい、もねがい!」


 仮にクエストがあったとしても、管理所はオレに受注させてはくれない。もちろん勝手に突撃して、勝手に戦う事は可能だ。

 ただし、報酬は出ない上に失敗して逃げ回れば、付近にいる人にも迷惑が掛かる。

 モンスターのなすりつけ禁止は、バスター間での暗黙の了解だ。


「君、バスターだよね。等級は……あ、グレーなのか。駆け出しじゃ難しいかな。仲間は?」

「それが、1人なんです」

「えー? 絶対仲間を集めた方がいいよ、管理所には行った? 猫人族で剣術士なんて、ギリングならすぐ声が掛かるよ」

「えっと……まあ、そうなんですけど」


 やっぱり1人で行動するって不思議に映るものなんだ。ワケありだと思われて敬遠される。かといって、名前を出せば血眼の勧誘を受けるし、親に会わせろと迫られる。

 どうすりゃいいんだよ。レイラさんの事務所に来る人は、活発な活動をしたくない人ばかりだし。


「オレンジ等級のバスターに付いてきてもらって、一緒に戦うって手はあるね。それならクエストを受注できる」

「……他人の力で戦闘、か」

「夜に顔を出してくれたら、バスターの知り合いが出来るかも。言い方は悪いけど、ベテランもグレー等級相手ならライバル視しないし、歓迎してくれるよ」


 そう言うと、店員さんは別の人のオーダーを聞きに行ってしまった。


「グレイプニール、夜にもう一度来よう。クエストはないけど、外で特訓だ」

「ぴゅい」


 やがてハンバーグが運ばれ、アツアツの塊を頬張った。その時、ふと背後の客の会話が聞こえて来た。


「来月から夜の営業をやめちゃうなんて、勿体ないわねえ。一等地じゃない」

「でもご夫婦も歳だし、後継者がいないんですって」

「バスターのお客さんって声が大きいし、騒ぐのよ。ここが無くなったら他のお店が荒れそう」


 バスターは力が強い分、一般の人と同じ空間では嫌がられることが多い。気が大きくなる人や喧嘩する人はバスターに限らないんだけど。


 バスターが集まる貴重な場所が、夜の営業をやめる、か。





 * * * * * * * * *





「確かにね。イースくんが強いモンスターと戦って腕を上げるには、等級が上のバスターに頼るしかない」

「そうでなければ地道に仲間を募って戦闘回数をこなして、ホワイトまで行く、か」


 夕方になって事件屋に戻り、自分なりに集めた情報をレイラさんと共有した。

 レイラさんの情報では、イサラ村から戻る定期配送便が2日遅れているのだという。


「はぐれイエティは、年に何度か現れてるの。北のシュトレイ山脈に生息しているんだけど、馬車を追って来ちゃう事があって」

「そのイエティが原因で遅れている……」

「可能性はあるわね。ちょっとごめん、管理所に電話する」


 レイラさんが電話で何かを話している。オレは手持ち無沙汰で窓際に寄り、何気なしに外を覗く。


「あれ」


 窓の外、路地の角に1人のバスターが立っていた。その視線の先にはこの事件屋の看板。お客さんかもしれない。

 オレはメモを書いて、電話中のレイラさんに見せた。

『管理所から白い服の男性バスターに、この事件屋を紹介したか』

 その答えは、マルだった。


「いらっしゃいませ、中に入りますか」


 オレが扉を開けて中へ入るよう促すと、男は一瞬怯んで視線をそらした。気付かれていたとは知らなかったみたい。

 それにしても、どこか思い詰めたような表情が気になる。見た目の歳はオレと変わらない。


「あー、オレもバスターなんです。ここのマスター、電話中で。管理所から連絡があって、多分あなたが来るのを待ってたみたいです」

「え、俺のこと?」


 話が通っていると知れば入りやすくなる。オレは扉を大きく開け、再度どうぞと中へ促した。





 * * * * * * * * *





「オルター・フランクさん。ご用件は」

「……銃術士を専属で雇ってくれる仕事がないですか」

「お金持ちの警備、御者……色々ありますけど、ガンナーに絞ったものはないですね。不問の求人なら」

「不問じゃ駄目なんです! 応募条件に銃術士の文字が入っていないと」


 オルター・フランク、18歳になったばかり。オレより学年も歳も1つ下の新人だった。

 黒い肌に銀色の髪が良く映える、眼光鋭い青年だ。赤い目に短くも角度の付いた眉が意思の強さを感じさせる。


 この事件屋ではバスターを雇いたいという求人も取り扱っている。ただ、気になったのは銃術士、ガンナーという職業だった。レイラさんもそれは一緒だったみたい。


「ある程度察しはついているけど、かつてガンナーである事を理由に仕事を断られた、という理解で宜しいですね」

「はい。使用武器の制限ナシであっても不採用続きで」

「ま、そういう募集には不人気な武器を扱う人が群がるし、結局剣や弓、魔法を好まれますからね」


 銃術士は圧倒的不人気職だ。

 まず銃自体がとても高価で、弾もそこそこする上に使い捨て。おまけに接近戦では使い物にならない。とにかく金がかかる。


 弓であれば矢を10本も用意していれば旅ができるし、矢は魔物から引き抜いての再利用も可能だ。

 非常時には木の枝を削って作り足せるし、気力や魔力を乗せたら威力は絶大。

 銃弾の場合、そういうわけにはいかない。自分で金属を溶かし、数発作ることくらいは出来ても、材料も環境も選ぶ。


 そして、何より問題なのがその発砲音だ。周囲に響き渡り、モンスターに存在を知らせてしまう。火薬の匂いを辿られることもある。


「……だから、ガンナーを希望している依頼主がいいんです!」

「まあ、対峙するのが人の場合、つまり施設や豪邸の警備なら、雇ってもらえる時もあるけど……今は求人も出てないわ。あなた、銃は何を」


 レイラさんの問いかけで、オルターが肩を落とした。右太もものホルスターから、小さな拳銃を取り出す。


「回転式拳銃……リボルバーね。6発式かな」

「はい」

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